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建築の歴史 2軒目

1 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 20:32:19 0
建築・土木などの建築物・構造物・構築物についてかたれ

2 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 20:53:19 0
前スレのリンクは?

3 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 22:21:28 0
画家や音楽家に比べると建築家の知名度って低くない?

4 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 22:45:11 0
>>1
1 名前:例の170 ◆vBOFA0jTOg [] 投稿日:04/03/15(月) 22:36
「ソロモンよ、我は汝を越えたり!」

人はパンのみに生きるに非ず。
人間の、人間らしい営みに欠かせない技術と文化である住居。
世界の果てより来たれりゴグとマゴグの末裔を跳ね返す、いと高き城壁。
永遠なるローマを象徴する街道と水道。
そんな、人類世界に消えることなき建築の歴史を語ろうではないか。

前スレ
建築の歴史
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1079357785/

5 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 14:55:48 0
バビロン空中庭園ってホントにあったのかね?
真空ポンプはすでに発明されていたのか?

6 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 00:12:32 0
ここでいう空中庭園とは、二階とか三階に庭園があるだけでしょw

7 :栴檀公主 ◆MDuA7Bsu5M :2006/12/07(木) 00:30:14 0
おそらく、メソポタミア地方によくある
日干し煉瓦造りの建物の陸屋根に鉢植えの植物などを並べ、
庭園風に設えたものであったのではないか。
今日見れば、他愛のないものであろうが、
当時の遊牧民族などによって、驚異の的として
語り継がれてきたものであろう。

8 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 01:40:35 0
ヨーロッパに高層ビルが少ないのはなぜ?

9 :栴檀公主 ◆MDuA7Bsu5M :2006/12/07(木) 02:04:23 0
一言で言えば、歴史的景観に対する保護意識が強いためである。
実際に、パリをはじめヨーロッパの多くの都市で、
特定地域における高層建築の建設が、法令で禁止されている。
このような都市では、高層建築は都市辺縁部に散在しており、
わが国や合衆国などに見られる都市のスカイラインとは対照的である。

10 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 23:30:16 0
【韓国】 扶餘に11階建て「百済木塔」を再現 漆塗りをしたのは韓国では初[12/07]
1 :死にかけ自営業φ ★ :2006/12/07(木) 22:31:40 ID:???
百済(ペクジェ、B.C.18〜A.D.660)の木塔が韓国内で初めて再現された。
忠清南道(チュンチョンナムド)は最近、扶余郡窺岩面(プヨグン・ギュアムミョン)ハプジョン里に
造成中の「百済歴史再現団地」のなかに超大型の5階建て木塔を建設した。
この木塔は、570年・百済時代の寺の跡地に確認された扶餘邑陵山里(ヌンサンリ)の陵寺
(ヌンサ、王宮を守る寺)にあったものを、学界の考証を経て、最大限原形に近い形に作ったもの。
陵山里では93年「百済金銅大香炉(国宝第287号)」と「百済昌王銘石造舍利龕(国宝第288号)」が出土された。
57億ウォン(約7億円)を注入し、04年5月に着工、2年7カ月ぶりに完工した木塔は、
底の面積が16坪、高さ38メートル(11階建て)。
塔には、松ノ木513トンと瓦3万1768枚が使われた。
また、塔の頂上に設けられた相輪(鉄の飾り)は風化による腐食を防ぐため、
うるし塗りと金のめっきを6回ずつしている。
黄銅で作った相輪(高さ9メートル、直径1.04メートル)はうるし塗りが終わった後、120〜200度で熱処理。
相輪が曲がってもうるし塗りの部分が黄銅と分離されるのを防ぐためだ。
うるし塗りの上には金のめっきを6回もし、変色を防ぐために紫外線遮断剤でコーティング処理した。
ここにはうるし10キロ(600万ウォン)と金3キロ(約5000万ウォン)が使われた。
めっきは、うるし分野の無形文化財第113号のチョン・スファ氏(53)など
専門家およそ10人が、約70日間にわたって手作業だけで仕上げた。
制作チームは、めっき処理のため少なくとも30年間は相輪が腐食したり変色することはないと見込んでいる。
チョン氏は「外部に露出された造形物に腐食を防ぐためうるし塗りをしたのは、
韓国内では今回が初めて」とし
「このうるし塗りの技術は百済時代の建築物で多く使われたが、現在は姿を消した」と語った。
金芳鉉(キム・バンヒョン)記者
ソース 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=82515&servcode=400§code=400


11 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 23:42:30 0
日本の五重塔などはのぼることができないものが多いけど、
中国や朝鮮にはのぼれるタイプが多いよね。

12 :世界@名無史さん:2006/12/08(金) 00:19:55 0
ていうか、朝鮮の五重塔は、法隆寺なんかの塔と同じものだったのか?

13 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 14:35:11 0
>>10
日本の城も再建でコンクリートを使用したりしているよな。

14 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 14:59:55 0
木造で再建したくとも、樹齢500年以上の檜なんか手に入らないでしょ。


15 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 15:02:21 0
百済の建築様式を模倣した法隆寺5階塔
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=2670344


16 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 18:42:28 0
ヨーロッパだと身分によって家の大きさの制限はしないよね。
高さは教会よりも低くなければならないとはいえ、都市部の富豪
の家以外は関係ない。
それに比べ、一方アジアだと何間までという制限が多いのは何故。

17 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 19:27:59 0
>>16
ヨーロッパの身分制度って、要は貴族と市民に分かれるんだろうけど、
本来貴族は市外の城に住んで、市民と隣り合わせに住むことはなかったから、
どうでもよかったんじゃない?
後世になると、市内に宮殿を構えることも多くなったけど、
実際の使用頻度はともかく、建前としては別荘だよね。

一方、アジアで身分によって家屋の規模を規制しているような地域では、
支配層と被支配層の生活圏が非常に近接している。

18 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 00:44:31 0
都市部だと、古代ローマでは、巨大な住宅を建てて、入り口
とかは別でいくつもの世帯にその一部を賃貸していた。
金持ちから貧しい人たちまで同じ建物に住んでいたりすること
も関係しているのかもしれん。
近代で高層化すると、下層階は金持ちや商人が、貧民は上階
や屋根裏に住んだ(不便)。賃金も下の階ほど高かった。

19 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 00:56:34 0
>>16日本では出雲大社より大きい建物は建てられなかったよ

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 01:42:30 0
>>18
そうだねぇ、例えば近世フランスでは、
貴族達のオテルがパリ市内を飾ったけれど、
稠密化した市街地では、街路に沿った別棟には、
使用人の他、一般市民が賃借してこれに住むことも多かった。
建物自体はあくまでもお屋敷の一部
(というより、外部から見て「顔」に当たる)だから、
身分によって間口を制限する意味が全くないことになる。

21 :栴檀公主 ◆MDuA7Bsu5M :2006/12/10(日) 04:50:16 0
浅学を恥じる者であるが、
「アジアで身分によって家屋の規模を規制しているような地域」とは、
具体的にどこを指すのであろうか。
わが国にせよ中国にせよ、貨幣経済が発達すると、
富裕な市民階級は、支配階層のそれを凌ぐほどの広壮な邸宅を築いている。
ときの権力から制限を受けたのは、建築の規模ではなく、
むしろその仕様や、奢侈な生活様式であることのほうが多いのではないか。

22 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 18:18:59 0
江戸時代なら身分によって、大きさ、畳、瓦、長押、床の間、漆喰塗壁、門、
式台などなど沢山ありすぎてきりがない。江戸などでは、防火としての規制も
あったが、事細かくあって、褒美としてちまちま許可を出していたりする。
こんだけ多いと実際に取り締まれたのかが妖しい。

23 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 20:32:33 0
寝殿造りも、身分によって門が違うし、掘りや屋根も制限がある。

24 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 20:55:22 0
だから「日本建築」が一番発達したのは、身分制度がなくなった明治だった。

25 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 21:39:47 0
>>22
ただ襖・障子・畳の大きさは、ビシッと統一されているから
300年前に作られた隣町の解体家屋の襖が、250年前に作られた俺の実家の
桟にピッタリ入るからすごい。

畳の大きさ一つとっても、現代は目茶苦茶だな。

26 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 22:25:09 0
ある意味で、JIS規格!

27 :世界@名無史さん :2006/12/10(日) 22:59:57 0
で、結局何間までという制限があったというのはガセ?

28 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 23:11:56 0
日本なら
亀山藩 享保14年(1729)では、新造の百姓の家は、
梁間二間半、庇一間、桁行六間を超えてはならない。

宇和島藩 宝暦4年(1754)の令で、梁桁は4間まで。

とかだろ。

29 :世界@名無史さん:2006/12/11(月) 00:14:50 0
ローマの建築技術は凄い!

30 :世界@名無史さん:2006/12/11(月) 23:21:04 0
でもアーチは半円アーチ。

31 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 22:57:54 0
ログハウスの発祥の地は、北米ではない。

32 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 23:50:05 0
そう。
ケルト時代の遺跡から、ログハウスの遺構が出土している。

33 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 01:28:41 0
敵はローマの水道橋とかを壊さなかったのだろうか?
あんなに目立つのに。

34 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 01:35:51 0
現にゲルマニアの野蛮人は、ローマの水道を破壊したじゃないか。

35 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 01:36:12 0
確かヴァンダル族が・・・
ただし橋梁部でなく上流の水路部分だが。
都市攻めの際に、市街地への給水を断つために破壊したそうな。

36 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 02:47:15 0
>>10
何だその捏造様式wwwww
西岡棟梁が見たら何て言うかなwww

37 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 13:39:55 O
竪穴式住居を語ろうぜ!

38 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 14:26:03 0
平安時代まで残ってたんだよな。

39 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 15:05:48 0
平安時代どころか、戦前まで関東地方の農家には「竪穴式」の作業小屋があった。
さすがに母屋は高床式だったが。

北陸や東北の山村では、付き固めた地面の上に直にゴザを敷いて床にする「土座式」が主流だった。
このほうが保温効果があり、寒冷地では好都合。

40 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 18:17:13 0
沖縄とかでも、暴風・台風からの避難場所として利用していたし、
歴史としては長い。

41 :世界@名無史さん:2006/12/22(金) 02:09:00 0
ベルギーやオランダなどで見かける荷物を上階へ
引上げるための引上げ梁はいつ頃の発明?

42 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 11:50:15 0
考えてみれば、あの滑車は帆船の帆柱の滑車を陸上の家屋に応用したものなのかもな。
海洋国ならではの発想かも。

43 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:07:32 0
大航海時代ごろからということか?

44 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 02:03:49 0
しかし和船の帆も、滑車で引き上げるぞ。
ちなみに帆を巻き上げると滑車がギイギイ鳴るので、滑車を「蝉」ともいう。

45 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 12:49:37 0
上階を倉庫にする。加重は大丈夫なのだろうか。

46 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 13:22:30 0
オランダは昔から人口過密気味で、家の間口も階段も狭かったため、
家具など大きい物品は玄関から入れられなかったこともしばしば。
そういった住宅事情で苦肉の策として編み出されたのかも。

オランダでも間口の幅に準じて課税されていたんでしたっけ?

47 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 00:05:27 0
見ろ!家並みが京のようだ!

48 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 00:56:57 0
オランダは知らんが、仏英などでは、
窓税が実施されて、窓を潰したりもしたな。

49 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 23:50:23 0
アイルランドは円塔
イングランドは方形塔
という違いはなぜ生まれたの?

50 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 18:48:48 0
>>48
あるいは、窓のよろい戸に漆喰を塗って壁そっくりに作り変えたりもw

51 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 00:04:19 0
竈税や暖房税に比べて、課税が容易というメリットがあったな。

52 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 01:58:29 0
「ウナギの寝床」は、過密都市の習いか・・・

53 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 21:33:13 0
ウサギ小屋は、日本の習い

54 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 22:36:03 0
ヨーロッパの城は馬出の部分がないのは何故?

55 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 02:23:02 0
リディア王国のアリュアッテス王の墳墓は直径355m、高さ69mとのこと。
ttp://www.livius.org/a/turkey/bintepe/bintepe_alyattes.JPG
ttp://www.livius.org/men-mh/mermnads/alyattes.html
紀元前7-6世紀なので始皇帝稜より古い。

googleアース、googleマップでは多分
38°34'20.03"N,28°2'42.18"E
のやつ。

56 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 00:53:40 0
モット&ベイリーのベイリーは一種の馬出?

57 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 12:10:18 0
セントルイス郊外のカホキア遺跡にある墳墓、モンクス・マウンドは
長さ316m、幅241mの長方形で高さは30.5m。

建造年代は恐らく800〜1000年頃か。
N38°39′、W90°03′に建つユネスコ世界歴史遺産。

58 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 13:56:06 0
http://imasugu.kakiko.com/uma/kur/kuroi.html

59 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 17:35:09 0
ぬぬっ、仁徳陵といい勝負か?

60 :世界@名無史さん:2007/01/08(月) 17:13:15 0
googleアース、googleマップの座標をならべると

29°58'44.46"N,31°8'2.73"E
ギザのピラミッド(クフ、カフラー、メンカウラー)

38°34'20.03"N,28°2'42.18"E
アリュアッテス陵と思われる

34°22'52.85"N,109°15'13.13"E
始皇帝陵

19°41'33.08"N,98°50'37.64"W
テオティワカンの太陽のピラミッド

34°33'48.26"N,135°36'33.07"E
誉田御廟山古墳(応神天皇陵)

34°33'51.05"N,135°29'14.78"E
大仙陵古墳(仁徳天皇陵)

38°39'37.35"N,90°3'44.90"W
多分、これがカホキアのモンクスマウンド。googleアースの計測では316mより短く見えるが、浸食前の推定値か?

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