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オーストリア=ハンガリー帝国って領土縮小されすぎだろ

1 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 21:31:40 0
長い間中欧に君臨した大帝国だったのに
一小国にされてしまって可愛そうです(´;ω;`)ウッ

2 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 21:41:49 0
のだめカンタービレ

3 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 21:54:17 0
ハプスブルク家って七百年くらい栄華が続いたのに
最後は本当にあっけなかったよな・・・・・・(´;ω;`)ブワッ


4 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 22:03:31 0
オーストリアの歴代皇帝について語るスレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1138423839/l50

5 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 22:07:08 0
結婚政策によって、棚ぼたで領土拡大しただけなのだから
しかたがない。

6 :世界@名無史:2006/11/13(月) 22:39:27 0
そういや、もともとオーストリアハンガリー帝国だった国や地域に魅力的な
ところ多いよな?

7 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 23:08:42 0

            終   了
 

8 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 08:40:23 0
どっちみち戦争が無かったにせよ、オーストリア=ハンガリーとロシア帝国は後10年も
持たなかっただろう。

9 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 08:50:29 0
オスマン=トルコもなー

10 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 09:09:52 0
グラン・コロンビア合衆国

11 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 09:16:42 0
ムガルも最後のほうは申し訳なさそうに存在してた記憶が

12 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 09:18:31 0
ビザンチン帝国
アッバス朝

13 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 09:21:28 0

共通点:内部で生じていた軋轢が、戦争という契機によって
     いっきに噴出して瓦解した

相違点:

ロシア帝国 = 社会構造の変化にくらべて、制度が疲弊していた

オーストリア・ハンガリー帝国 = 多民族国家の自治要求

オスマントルコ帝国 = 国力にくらべて広大な領土維持が困難になっていた

14 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 12:40:12 O
一小国になったというより
何ヶ国にも分裂した。

15 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:07:07 0
メッテルニヒの時代が最高潮だったんだろうな



16 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:15:29 0
メッテルニヒの時代って二重帝国じゃないっしょ。ハプスブルク帝国の最盛期は
カール5世=カルロス1世の時でしょ。

17 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:20:54 0
オーストリアからオーストリーに国名変わりましたよw

ttp://www.austriantrade.org/japan/our-office-in-tokyo/ja/


18 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:22:27 0
二重帝国という存在自体、簡単に解体できそう。

19 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:22:52 0
危なく米ソに東西分割されそうになった


20 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 08:18:44 0
6:11】【国際】オーストリア→オーストリー 日本語表音表記が変わります…駐日オーストリー大使館
1 名前:依頼446@試されるだいちっちφ ★ 2006/11/15(水) 02:41:46 ID:???0
★Osterreich 日本語表音表記 の変更について
日本ではオーストリアはオーストラリアと常に混同されております。この違いを明確にするため調査を始めたとこ
ろ、Osterreich には以前は別の呼び名があったことが判明致しました。 Hungary(現在のハンガリー共和国)が
ホンガリーと呼ばれていた頃、すなわち19 世紀から1945 年までの間、Osterreich はまさに「オウストリ」と表記
されていたのです。 今日でも多くの日本人は「オウストリ」をOsterreich として認識しております。 当時も今日と
同様に、国名表記の標準化はありませんでした。
文献を紐解けば、1873 年に発行された地理誌「萬國地名往来」にもOsterreich は「ヲウストリ」と表音表記され
ております。日本が参加した1874 年のウィーン万国博覧会においても、Osterreich は「オウストリ」と紹介されて
おります。
そこで、私たちは発音と表記を考慮し長音(ー)を入れ、Osterreich の呼称を 「オーストリー」 と変更することで、
オーストラリアとの違いを明確に致します。
オーストリー大使館、及びオーストリー大使館商務部の表示は現在変更中であり、名刺の表記は既に変更済み
です。
より多くのオーストリー及び日本の機関、企業、個人の方にこの新しい表記を使用していただくことにより、 「オー
ストリー」 の名が広く速やかに浸透していくことと存じます。
2006 年10 月、東京
ペーター・モーザー エルンスト・ラーシャン
駐日オーストリー大使 駐日オーストリー大使館 商務参事官
オーストリー大使館商務部
http://www.austriantrade.org/japan/our-office-in-tokyo/ja/
http://www.austriantrade.org/fileadmin/f/jp/PDF/Umbenennung_von_Oesterreich_im_Japanischen.doc.pdf
関連スレ(国際+)
オーストリアとオーストラリアを日本人がよく混同するから、オーストリーにします(11/14)


21 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 08:52:00 0
どうせ変更するならエスターライヒにすりゃいいのに。
これってジャパンを止めてジパングにしますって言ってるようなもんじゃない?

22 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 09:01:00 0
オーストリー・ハンガリー帝国カワイソス・・・

23 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 09:13:14 0
「俺らはこう読んでるからこう呼べ」って言わずに
日本人が昔呼んでいた名前のほうを持ち出してくるあたり、奥ゆかしいと言うか。

24 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 09:13:21 0
オーストラリアのほうが譲れ>新興国

25 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 11:09:12 0
>>15
>>カール5世=カルロス1世の時
 その自分には全欧州統一も夢ではなかったのが・・

26 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 11:11:17 0
その時広がっても色々あって現在の領土に落ち着くんじゃねーの?
なんだかんだでハンガリーすら扱いに困ってたわけだし

27 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 11:21:13 0
オーストリア=ハンガリー=ボヘミア3重帝国になってgdgdかと思われ

28 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 12:13:31 O
現在のEUのような国家連合に移行していれば存続の可能性はあっただろう
しかしながらボヘミア和協の可能性を討議していた1870年前後と違い、20世紀前後の三重帝国案を出していた人達は民族主義を否定しハプスブルク帝室の存続を第一とすりる保守主義者ばかりであったことを考慮せねばならないだろう
あとイタリア人、ルーマニア人、セルビア人という国外にその民族国家が既に存在している民族とドイツ帝国にドイツ人居住地域のみ分離併合を望むドイツ民族主義者も弊害になるだろうね

29 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 12:18:29 O
バイエルンと合邦って話が歴史上
何度も浮かんでは消えた。

30 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 12:53:01 O
かつてはハプスブルクと帝位を争ったことのあるヴィッテルスバッハ家がプライドと国土を棄てるとは思えないけど

31 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 14:26:30 0





オーストリー=ハンガリー帝国は韓国起源です。李朝。









32 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 15:29:43 0
ここまで没落した国も珍しいよな。1次世界大戦前の5大国(英、仏、独、墺、露)はいまでもG7の
仲間入りをしているけど、海も領土も失ったオーストリアだけは欧州の小国
になってしまった。
いまじゃ支配してたイタリア以下だしな。

33 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 19:19:37 0
 >>31 妻乱 被差別部落のハン板にカエレ

34 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 22:26:42 0
>>30
オーストリア継承戦争
 この時は帝位を奪ったバイエルン選帝侯が、オーストリアも併呑しようとした。

バイエルン継承戦争
 バイエルン系ヴィッテルスバッハ家の断絶後のゴタゴタ。
 プファルツ系のヴィッテルスバッハ家が継承したが、バイエルンにこだわりがなかった
 もので、皇帝ヨーゼフ2世の提案でネーデルラントとバイエルンの交換に応じかけた。
 プロイセンのフリードリヒ2世の横槍が入って御破算。

第一次大戦後、第二次大戦後
 バイエルンの分離独立って構想はその都度上がっていて、オーストリアとくっつける
 という案もあった。

35 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 12:48:38 O
一時はヴィッテルスバッハ家の皇帝ルートヴィヒ4世時代、バイエルン公領、プファルツ伯領の他にブランデンブルク辺境伯領を領有し、チロル伯領も強引に帝国領に編入して権勢を誇っていたのだが

36 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 14:01:37 0
正確には、オーストリー=ハンガリー=大朝鮮帝国
マジャール人は本来朝鮮系で、朝鮮の一部族に過ぎないというのが
韓国史学会の常識

37 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 14:04:11 O
スレタイに爆笑した

38 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 14:16:30 0
オーストリーってそんなに輝かしい領土もってたっけ?漏れの中ではドイツ貴族の有力な
ひとりがオーストリーを持ってました、あと、ハプスブルクでどうたらこうたらというイメージしかないな。
あ、アメリカの州知事になったシュワルツェネッガーがオーストリー人だった、くらいしか。
ヒトラーとモーツァルトは割愛。

39 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 15:44:42 0
38の不勉強に爆笑した

40 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 17:16:41 0
どうせなら オードリー のほうが格好いいとおもう。

41 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 17:24:43 0
>>39でわ君の言葉でオーストリーの輝かしい経歴を語ってくれ

42 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 18:47:10 0
モーツァルトはザルツブルク人だしな。
モーツァルトの存命中は、ザルツブルクはハプスブルクとは関係ない
独立の大司教領だったし。

43 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 18:59:43 O
日本にスキーを初めてもたらしたのはオーストリアの軍人
名前は忘れた

44 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 19:23:37 0
オーストリアが大帝国だったってイメージはないな。
ハプスブルグ家領の本拠がオーストリアだったってイメージ。

45 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 19:25:53 O
オーストラリア=ハンガリー二重帝国

46 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 19:41:57 0
>>16
スレタイのオーストリア・ハンガリーをハプルブルク帝国に脳内変換してるのが謎。


47 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 19:47:50 0
オーストリーって何だよww
ドイツだってドイチュラントから来てるんだからエスターライヒでいいよな
エスターライヒ・ウンガルン

48 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 19:57:58 0
さっき、テレビのニュースでオーストリアがオーストラリアに間違われるから、
オーストリにします、とやっていたぞ。オーストリアです、といったら、
「海のきれいなところですね」と言われるそうだw

49 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 20:08:48 0
>>38
オーストリア自体は家領まとめて国にしましたって感じだから輝かしくもなんともない
メッテルニヒ時代ががんばったかなとか思うけど
あとは滅びの歴史

50 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 20:15:43 0
オーストリア・ハンガリーを
オーストロ・ハンガリーと称するのだと見たか聞いたおぼろげな記憶があるのだが。

51 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 20:27:55 0
 エ ス タ ー ラ イ ヒ

52 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 20:34:14 O
オストマルクという名もあるな

53 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 21:37:39 0
自分の中ではオーストラリアより墺太利の方がメジャーなんだが、
世間ではそうではないということか。
今更。。

54 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:07:05 0
このスレ頑張って続けてね!

55 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:14:17 0
かわいそうとかわからんけど
>>2の言っているとおりならそもそもオーストリア自体領土拡大の賜物で
もともとはスイスの小領主なんだからスイスに引きこもってろって話になってしまう

56 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:21:48 0
オレはeu2というゲームの中でハプスブルク帝国を再現してるぜ……
欧州統一の夢を……

57 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:28:56 0
夕方のニュースでオーストリア人の女性が、原語をカタカナで呼んでちょ、と言っていた。
ウースターライヒ ってさ。
おれはエステルライヒの方がいいなあ。

58 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:30:20 0
>>48

海軍相の小話思い出したw
#「海軍相の小話」でオーストリーorスイスを思い浮かべないのは世界史板民ではない!

59 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:57:09 0
ホントはウースタライヒの方が発音近いんだよな
ゥエースタライヒかな オームラートは よくわからないですけど

60 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 00:30:33 O
オームラート?
ウムラウトだと思ってた

61 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:01:37 0
>>59
たしかにそうだけど、俺は「エスターライヒ」でいいと思うよ。
マリア=ルイーゼ=フォン=エスターライヒなどの人名にも使われてるし。

それにしても、エスターライヒ大使館は乱心したとしか思えないな。
なぜ「エスターライヒ」にしない?(「ウースタライヒ」でもよいが)
自国の呼称に誇りを持て!と言いたくなる。

62 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:05:02 0
「オーストリア」を「エスターライヒ」にするなら(是非してほしいが)
「オーストリア=ハンガリー」も「エスターライヒ=ウンガルン」に。


63 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:28:29 0
「エスターライヒ=マジャルオルサーグ」では?

64 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 02:30:13 0
オーストリア・ハンガリー帝国
Kaiserliche und königliche Monarchie(略称k.u.k)
1867年の成立から1918年の第一次世界大戦敗北まで続いた12の民族における同君連合国家
オーストリア・ハンガリー二重帝国、二重帝国とも


オーストリア帝国
1806年の神聖ローマ帝国解体から1867年の二重帝国成立まで続いた他民族国家
Kaisertum Osterreich


ハプスブルク帝国
1526年の、フェルディナント1世のハンガリーおよびベーメン継承から
1918年のオーストリア・ハンガリー皇帝の帝位喪失まで続いた
ハプスブルク家による支配が行われた国家の歴史学上の呼称。
ハプルブルク君主国のこと。

65 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 23:28:09 0
マジャル語では「Osztrák-Magyar Monarchia」だけど、
これはどう読むんでしょうか?

66 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:10:08 0
>>65
オストラーク・マジャール・モナルツィヒア
でいいと思う。
オーストリア・ハンガリー君主国 そのまんまだな

67 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 03:59:05 0
NHK映像の世紀でのオーストリア海軍戦艦の転覆シーンは迫力あった。

68 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 04:59:58 0
シュツェント・イシュトファンだっけ

69 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:23:36 0
ド級戦艦「セント・イシュトヴァーン」

70 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 23:52:46 0
O ウムラウトは一般的にカタカナでは「エ」段にすることになっているので、「エスタライヒ」
あるいは「エスターライヒ」が適当と思われ。
アクツェントは語頭にあるので「エースタライヒ」と聞こえる、というのも理解できるが。

71 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 11:34:53 0
普墺戦争で、プロイセンに負けた後
ドイツ帝国に編入されるのは無理?
バイエルンでさえ北方の田舎王国の支配下に入ったのに。
ヒトラーのようにドイツ人意識あるエスターライヒ人は少数か。

72 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 13:08:48 0
>>71
戦争に勝ったからといって、勝ちすぎるととたんにヨーロッパのバランスオブパワーが働くから
逆に危険になる。

73 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 19:02:48 O
フランツ・ヨーゼフはナポレオン3世と組んで対普報復戦争を普仏戦争の時期近くまで考えていた
宰相ボイストも普墺戦争時ザクセンの首相だったため、当初は皇帝と同意見だった
しかしながらメキシコ遠征などを見てナポレオン3世に不審感を抱き、対普協力政策に転換し皇帝をたしなめた

74 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 19:30:57 0
19世紀末ウィーンの退廃振りがアドルフ青年と
そのシンパたちの心に大きな陰を落としていた。

75 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 20:38:47 0
>>71
・オーストリア帝国全土の編入は無理がありすぎた。
・ドイツ人地域だけ編入というのも、頭だけもぎ取るようなもので無理があった。
 シュレージエン割譲とはわけが違う。

76 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 13:43:25 0
ルードウイヒ大王が、あまりも戦争で残虐的だったので
エスターライヒはプロイセンに憎しみが強かった。
同一言語でも統合しなかった理由はこれに尽きるね。


77 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 14:12:25 O
国じゃなくて王家のプライドじゃないの
国民国家でないオーストリアの各民族にとってさほどプロイセンに報復を考えるほどのこととは思えない
それに当時としては非常に短期に戦争は終了していて目立ったプロイセンによる残虐行為などなかっだろうし、対仏戦を睨んでビスマルクはそれを許さなかっただろう

78 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 17:11:53 O
ルードウィヒ大王???

79 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 18:53:40 0
>>71
むしろ考え方が逆。
統一ドイツからオーストリーを排除するための戦争だったわけで
オーストリーがドイツに加わればドイツ帝国はプロイセン=オーストリー二重帝国化する。
それも皇家も二つある、完全な二重帝国w

80 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 20:27:32 0

 >>43

シー・ファーレンの季節か、もう。 テオドール・フォン・レルヒ少佐だ
ろ。長岡で一本棒のスキーを指導してくれたのは。

81 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 20:33:54 O
南ティロルはオーストリア領?

82 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 21:19:00 0
イタリア領のトレンティーノ・アルトアディジェ

83 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 21:27:20 O
かえしてくれよぉ〜
いじめるなよぉ〜

84 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 23:10:21 0
第一次世界大戦終了時、オーストリア分割を行った欧州の連合国はいままで
仲が悪いにしても大国として世界を動かしていた仲間であるハプスブルクを滅ぼして
しまうことに抵抗は感じなかったのかね?
オーストリア没落は欧州の没落も象徴してるよな。

85 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 23:37:23 0
東プロイセンはドイツに返還してやってほしい

86 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 23:44:09 0
ヴェルサイユ条約でドイツを二度と立ち上がらないようにするなら、
賠償金がどうのこうのより、統一ドイツ自体を解体したほうが確実じゃないか?
神聖ローマ帝国解体後にするのはまずいけど、
南部をオーストリアにくれてやるぐらいはしたほうがよかったんじゃないの?
フランス以外にもドイツを牽制する大陸勢力は必要だろうし。
帝政続いてなきゃ意味なさそうだけど。

>>84
英仏ってなんかオーストリアと対立軸あったのか?

87 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 00:48:10 O
セルビアからの家畜、特に豚の輸入を禁止した豚戦争という経済紛争まで
オーストリアはセルビアを事実上経済支配していた
セルビアは豚戦争により窮地に立たされるが、欧州大戦化を恐れていた当時のドイツがその分、セルビアから家畜を買い上げ、セルビアは危機を回避した
その後、セルビアは事実上フランスの金融支配を受けることになった
つまりオーストリアはフランスにセルビアの市場を奪われたことになるね
あとはイタリア統一戦争でナポレオン3世と戦ったことあったな
帝弟マクシミリアンもナポレオン3世に騙されてメキシコで憤死したな

88 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 14:31:22 0
>>85
それはやりすぎなんじゃないか。
今の世代のロシア人数百万人の故郷でもあるしなぁ。
ドイツ人で東プロイセンを故郷と思ってる人が一体どれだけいるのかと考えると、
そういうのはもう現実的じゃない。

89 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 15:41:50 0
エスターライヒはあまりもスラブ人を抱え込んでたため
ドイツ帝国にはふさわしくない。(これがプロイセンの本音?)
そう考えた一人が、ヒトラー。ドイツ民族主義から
エスターでなくドイツ軍志願。
で、スラブと縁切れて純正ゲルマンになるとドイツに編入。



90 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 15:43:28 0
>>89
ドイツがなんで純正ゲルマンなんだよ
スラブ人との混血だろ
プロイセンならなおさらだ

91 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 15:44:51 0
同じ南部ドイツ文化圏であるバイエルンがドイツ編入で
エスターライヒが独立維持したのも民族性が原因。
スラブ人の多い複合民族社会はドイツの純潔汚すと。
ミュンヘンもウィーンも数百年前沼地だったベルリンは田舎扱いだけど。



92 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 18:54:05 0
バイエルンのうちミュンヘンを中心としたカトリックの多いアルトバイエルンはスラブ系が先祖だよ。
バイエルンという名称自体、スラブ系の部族の名前に由来するものだしね。
もちろんベルリンもそこに住んでいたスラブ部族の名前から。

93 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 19:01:46 0
オーストリア民族 というものを作ることが出来ていればな

94 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/11/23(木) 20:27:42 0
>>90

そこがいわゆるナショナリズムの神話って奴だと思う。
>>92辺りまで含めてね。

それはともかく、ウィルソンに中途半端に妥協したのが戦後のエスターライヒ領土分割〜
ナチス台頭の一因だと思う。
キッシンジャーの「外交」見てて特に思うんだが、
実行力を伴わない制裁(賠償金含む)は仕掛けるものじゃないな。

95 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 21:22:06 0
ナチスのことはよくわからないけど、
ドイツ諸侯のハプスブルク離れは、
外交革命以降必要以上にフランスと親しくしたこと。

96 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 03:09:33 0
普墺戦争のときバイエルン、ヴュルテンベルク、ハノーファー、ヘッセン×2、ナッサウ、ザクセンはオーストリア側についたんだけどね
ハノーファー、ヘッセン・カッセル、ナッサウは敗戦後プロイセンに併合

97 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 04:12:08 0
廃位されたナッサウ公には、その後ルクセンブルク大公位が転がり込んできた。

ハノーファー王家は本家?のイギリス王家を頼るなり、縁続きのプロイセン王家のお情けにすがるなり
すれば良かったとして(どちらを選んだのかは知らんが)、ヘッセン=カッセル家は・・・?

98 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 22:12:20 0
>>95
バイエルンはぎりぎりまでナポレオンの同盟国としてふるまったおかげで
王国にも昇格したし、国も大きくなったわけだが。

ザクセンはうまく立ち回れずに、王国に昇格はしたけど、ウィーン会議で
国土の半分以上をプロイセンにぶんどられた。

99 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 07:08:57 0
国章かっこよす
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c1/Wappen_Kaisertum_%C3%96sterreich_1815_%28Klein%29.png

100 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 07:39:51 0
第一次世界大戦のゲームではオーストリア・ハンガリー帝国で欧州征服目指すのが通

101 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 12:15:37 0
教科書的にはエスターライヒ=マジャール帝国に改名されるのか?

102 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/11/25(土) 13:05:52 0
>>97
「ヘッセン=カッセル公」として家系存続はしたらしい。

>>98
バイエルンはその前からフランスと仲良かったけどね。
三十年戦争でもフランスとバイエルンは繋がっていたとされるし、
オーストリア継承戦争では、フランスはバイエルン選帝侯を皇帝にしようとした。

歴史的に見て、ハプスブルク家はフランスの西への領土拡大圧力から
ドイツ諸侯を守ってきたんだよね。
軍事力では他のドイツ諸侯より上だったから、三十年戦争後もマリア・テレジアが
出てくる前までは、一応盟主的な立場にはいた。
オーストリア継承戦争以降だと思うよ、この地位が危なくなるのは。
で、その地位を守るためにハプスブルク家がフランス(ブルボン家)と親しくしたことで、
他の中小のドイツ諸侯は保護者を失った形になる。

ドイツにおけるハプスブルク家の優位が「どの脅威に対して必要とされるものか」を
マリア・テレジアは分かってなかったような気がする。
多くの諸侯には基本的にはフランスの脅威こそ重要なわけで、対プロイセンなんて、
他のドイツ諸侯には大して重要な問題じゃなかったと思う。
その認識差が露呈したのがナポレオン戦争、と。

103 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 18:04:13 0
>>101
なにげにいいな。その呼び名。

104 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 15:29:34 0
http://www.austria.or.jp/index-j.html
ペーター・モーザー 駐日オーストリア大使 メッセージ
「オーストリアの公式日本語表記は変わりません!」

105 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 15:54:59 0
>>104
って言うかバカチンにしてもそうだけど一度登録したら
その国がつぶれるとかしない限り日本政府の決めた正式呼称は変えられないらしいね

106 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 16:12:21 0
つ 象牙海岸共和国

変わるときもある。

107 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 16:42:22 0
>>102
ハプスブルクの対仏政策は領土におけるネーデルラントの地位によって
変化していったといっても過言じゃない。
その辺りを勉強してから考え直す事をお勧めする。

108 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 00:03:44 0
ところでイスパニアはいつからスペインになったんだ?

109 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 04:14:51 O
>>107
お前さんは日本語から勉強しなおすことをおすすめする

110 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 04:48:50 0
>>107の日本語は特に間違ってないと思うが・・・
領土の前に「その」が入れば全く問題ない

111 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 05:02:11 0
>>107
ネーデルラントの領土的地位はスペイン領、オーストリア領問わず
一括して国王・皇帝の直轄地であり、総督が派遣されて統治されてた。
お前さんの言うとおり勉強したら
大体国王・皇帝の庶子や出戻り娘が総督やってたってのはわかったが、
どこに対仏政策に絡んでくるんだ?
まさかスペイン領時代はフランスと友好的で
オーストリア領時代は対立してました、とか言うんぢゃねーだろーなw


112 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2006/11/27(月) 08:23:30 0
>>102
ドイツ諸侯の対フランス感情は、当然の事ではありますが
自身の領邦の位置によって大きく変わりました。
ライン地域の諸侯は懸命に帝国全体でのフランスの迎撃を主張しましたし
ライン以東の諸侯は別段の注意を払わない事が多く、逆にフランスと誼を通じる諸侯も少なくありませんでした。
ハプスブルク家の対仏姿勢も積もり積もった怨恨を除くと
この地理的影響に拠っていたりします。
そういう点で107さんの指摘は正しいと思います。
>>111
つまりハプスブルク世襲領と一般に総称される所領群の中で
ネーデルラントの地位が相対的に低下していったという事を指していると思われます。
ネーデルラントの獲得・維持がハプスブルクの勢力全体に大きな影響を及ぼした
マクシミリアン1世の時とは違い、カール6世以降のオーストリア系ハプスブルク家の
再掌握以降は単なる飛び地のひとつになっていきます。

ハプスブルクとフランス王家の対立の深部にはネーデルラント領有問題があったので
外交革命はネーデルラントを放棄しても別に問題が無かったというハプスブルク側の事情が
大きく影響していた事は事実だと思いますよ。

113 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 02:05:07 0
ドイツがなんで純正ゲルマンなんだよ
スラブ人との混血だろ
プロイセンならなおさらだ



ドイツ人にとっては最大の侮辱的発言だな。
奴隷民族の語源となったスラブ ポーランド人と一緒にされて
いい顔するドイツ人など、ポーランド系でもない限り一人も居ないだろう

少なくとも近世の歴史を見る限りそんなことはありえない。

確かに、ドイツ人の東方植民はスラブ人を開花し、その後のポーランドの
国家としての発展を促したことは確かだ。
中世のポーランド南部のクラコフ市の人口の半分がドイツ人だったこともあった。

もっとも、それは当のドイツ人にとってはその後大きな災いをもたらすことになる。



114 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 02:06:26 0
スラブ族の原住地はもともとルーマニア北方のカルパチア地方、
それが、スラブの膨張により東へ向かった一族が東スラブ ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人、
西へ向かったのが西スラブ ポーランド人、チェコ人、スロヴァキア人、
南へ向かったのがセルビア人、スロベニア人、クロアチア人、モンテネグロ人になった。

いずれも6世紀以降のことだ。

ラウジッツ文化は紀元前13世紀から紀元前4世紀にかけてことで、当時の土着の
ゲルマン人が残したものとされ、さらにはトラキア人、イリュリア人が残したものと言う説も
流された。

第二次大戦後、ドイツ人を追放してこの地域をわがものにしたポーランド人はのその政治的な
思惑からこの文化地域をスラブ人が残したものと言張ったが、スラブ人がこの地域にきたのは
前述の紀元後の6世紀以降だ。

もともと、今のポーランド地域さえ、スラブ人の領土ではなかった。
ポーランド人が言っていることは本来ポーランドの領土でないこれらの地域を、歴史的にも
我が物にしようとするあまりにも幼稚な考え方に基づいている。

まして、ポーランド人の血が同じスラブのロシア人とは同類であっても、ドイツのゲルマンに近い
などとはそれ以上に荒唐無稽な話だ。

ドイツ人にこれ以上に失礼な話はない。

115 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 03:45:47 0
ポーランドの領土の半分ぐらいは
歴史的にはドイツ領だろ
変換するべき

116 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 13:57:19 0
>>104
結局、「オーストリー」にはならないのか。

117 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 14:51:02 O
オーストリー・ヘップバーン

118 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 22:32:56 0
ブランデンブルグ州やザクセン州には、
ドイツ化しなかったスラヴ系先住民のソルブ人が今でも存在する。

119 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 03:44:13 0
東方殖民以前はスラブ人の土地だった、などといまさら言っても意味が無い
同様に、世界大戦に負ける前はドイツ人の土地だった、と今更言っても意味が無い

オーストリアもドイツも負けたんだよ

120 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 05:44:52 O
>>115
そんなこと言ってたらシュレスビヒとホルスタインは
歴史的にデンマークのものだぞ

121 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 12:18:21 O
ホルシュタインはドイツだろ
歴史的云々言うならオルテンブルクはデンマーク支配下に入ったことはあるし
ブルゴーニュは帝国領と主張できる
問題なのはどこで線引きするかだ

122 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 14:34:40 0
ドイツ語圏は全部ドイツにすれば問題ないよw
あ そうするとオーストリアもドイツに併合かww

123 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 16:03:07 O
じゃあドイツからデンマーク語地域とソルブ語地域は分離しないと。

124 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 19:34:34 0
フリジア語地域も?

125 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 20:15:48 O
オーストリア、ケルンテンのスロベニア人

126 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 21:30:26 0
EU加盟国同士なんだからもう国境なんて意味ないだろ

127 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 00:41:58 O
まあね

128 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 03:21:14 0
逆に地域主義が強まってるらしいな、EU加盟国では。

将来は面積が増えてないのに国家数が4倍ぐらいになってるかもしれんw

129 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 12:39:51 0
まるで神聖ローマ帝国だな

130 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 13:50:37 0
>>126
税金の関係で意味あるよ。
法人税やガソリン税のなどの高い国と安い国とか。

131 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 17:49:00 0
テレビで見たよ。イギリス人がドーヴァー渡ってフランスにビール買い出し
に来るとかドイツ人おばちゃん軍団ががオランダに買い物バスツアーする
とか。おばちゃん軍団はコーヒー豆だの紙おむつだの買いあさってた。

交通費かけて日常雑貨買出ししてもペイするってのも相当の差だ。

132 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 22:43:55 0
まぁ最終的には言語の違いという壁に

133 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 22:49:56 0
なるが、均質化が進みそれも消えゆくのか。

134 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 23:10:04 0
いがみあって国家としての垣根を残し
続いていくのと
漫然と混ざり合ってしまっていくのと
どっちがいいのやら・・

135 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 05:11:03 0
一人空気読まない奴がいるだけで後者はややこしいことになるからな
トルコかギリシャあたりに役目が回ってきそうだが

136 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 22:56:43 0
世界一外交が上手いイギリスがアメリカとEUのどちらを取るのか興味がある

137 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 23:00:52 0
>>136


138 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 22:54:13 0
アメリカと協調しながら、大陸と距離を保つ。今と同じ。
どちらか一方を捨てる理由が無い。

139 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 10:44:45 O
(´・ω・`)

140 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 23:50:29 0
オールオアナッシングとか
いかに戦前の無能どもの考えそうなこって

141 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 22:52:41 0
>>138
アメリカとEUが対立したときに
イギリスはどっち側に立つの?

142 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 09:37:01 0
>>141
ヒント
タイ王国

143 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 23:25:00 0
イギリスは、アメが強大化するとき、
それと一体化しようとするのか、牽制しようとするのかは
興味がありますね。

144 :世界@名無史さん:2007/01/08(月) 18:49:41 0
>>41
やっぱ語れないみたいだねw

145 :世界@名無史さん:2007/01/08(月) 18:54:51 0
ハプスブルク帝国では、行政裁判所がいちはやく発達した

146 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 06:09:37 0
ソ連時代はゲルマン人がスラブ人の奴隷でしたよ

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