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フリードリヒ大王

1 :某研究者:2006/07/28(金) 18:09:15 0
フリードリヒ大王及び
彼が生きた同時代の人物
及びオーストリア継承戦争・7年戦争等に関して
情報収集や議論をして
貰いたい訳だが

2 :某研究者:2006/07/28(金) 18:13:20 0
フリードリヒ大王が所謂
ペチコート同盟を
外交で打破する方法は有ったのかだが
仏と結んで英を叩くと言う様な
方向しか無かったのかだが
(英がオーストリアと結ぶ可能性は
 有るだろうし
 オーストリア・ロシア・英と
 仏・プロイセンでは分が悪いと言う事は
 無いのかだが
 この程度の差なら大王の軍事能力であれば
 勝てたと言う事かも知れぬし
 英・オーストリア・ロシアの間を上手く
 裂ける可能性は無かったのかだが)
エリザベータが死んだタイミングも不可解な部分も有るし
フリードリヒが命じてピョートルに暗殺させたのか
或いはフリードリヒ信奉者のピョートルが
大王が危機に陥ったから
暗殺したと言う可能性は無いのかだが

3 :某研究者:2006/07/28(金) 18:31:29 0
>ハンガリーは後のオーストリア・ハンガリー皇帝フランツ・ヨーゼフの妻エリーザベトのときもそうであるが、才気あふれ純真なテレジアに心を動かされ、ついに援助に同意する。
>これ以後マジャール人たちはテレジアのもっとも信頼のできる近衛兵となるのである。

此れが無ければ
所謂ユサールと言う物も
無かったかも知れぬし
此れから欧州の軍装が
影響を受ける事も無かった訳だろうか

4 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 19:39:08 0
七年戦争まではフリメの道具

七年戦争後は
彼らに煽られて滅亡寸前までいった不信感で
一転フリメに冷たくなり、戦争をあまりせず財を溜め込み
プロイセンを大国に導く

5 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 19:41:36 0
この人、何をどこから引用してるとか書かないから妄想との区別が付かない。

6 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 21:32:05 0
昔、フリードリッヒ大王のスレがあったがもう少しまとも
だったような気がする。これもゆとり教育のおかげか。

7 :某研究者:2006/07/28(金) 22:23:39 0
大王の母親は確か英国人だが
7年戦争の時には死んでいただろうし
英国を裏切る事は無理だったのか
どうかだが
此れはマキャベリズムなので
大王には選べなかったのかだが
オーストリア継承戦争はマキャベリズムの産物では
無いのかだが
領土の正当な要求なのだろうか


8 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 22:29:57 0
ここまで無知なのに研究者気取りってお前。

9 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 22:55:44 0
それにしても、なぜフリードリヒ大王は女嫌いだったんだろう?
結婚してもベッドには王妃ではなく飼い犬しか招かないという変人ぶり。
7年戦争で貴婦人連合を敵に回してからさらに女嫌いになったらしいし。
愛馬と愛犬と一緒の墓に埋葬されることを望んだりと風変わりな逸話が多い。

10 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 00:21:40 0
>>5
無知だなあ
彼は正規の会員ですヨ

お調べなさいな

11 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 00:26:49 0
へぼ詩人

12 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 01:40:02 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

13 :某研究者:2006/07/29(土) 01:49:36 0
大王の軍事能力は兎も角
外交能力はどうなのかと
言う事だが
能力が無いのでは無く
単にマキャベリズムを嫌っただけなのか
どうかだが
プロイセン系のエカテリーナと共同で
オーストリアを壊滅させようとは
考えなかったのだろうか
(アントワネットが仏に行った後に
 仏と同盟と言うのは
 矢張り余程の事が無い限り
 困難かも知れぬし
 単に英を叩くと言うだけでは
 可能だったのかだが)

14 :某研究者:2006/07/29(土) 01:54:16 0
アントワネットが仏に行った後でも
英を叩くと言う事で
仏に中立を守らせる程度は
可能だったのかどうかだが
英の陸軍力は大した事は無いかも知れぬし
仏と戦うよりはましだったのかも
知れぬが

15 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 02:01:10 0
>>9
女嫌いなんて今の世にもいるだろ。。。
そこに何か理由を見いだそうとしても、第三者の邪推にしかならん。
まあ、物事を小難しく考えがちな性格だったということは言えるかもしれん。

16 :某研究者:2006/07/29(土) 02:10:00 0
オーストリアは大王信奉者のヨーゼフが居ただろうから
オーストリア・ロシアと同盟して
英を叩き
次は仏(或いはオーストリアも)を叩くと言う様な感じで
各個撃破出来なかったのかだが
(仏にアントワネットは居たとしても
 ヨーゼフが仏を裏切る可能性は
 無かったのかだが)

17 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 05:15:22 0
父親には似ずイギリスのハノーバー家から嫁に来た母親に似たフリードリヒ
もともとこの王家は子供は父に似ないジンクスがあるがフリードリヒは極端

18 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 08:58:03 0
>>15
こいつはひたすら自分で書くだけだから反応するだけ無駄だよ。

19 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 17:55:05 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

20 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 19:10:22 0
フリードリヒ大王といえば、軍事的な内容ばかりだけど。
内政はどうだったの。

21 :某研究者:2006/07/30(日) 01:38:09 0
http://www.amazon.co.jp/gp/product/412101152X/249-9765373-2022736?v=glance&n=465392
>しかし、彼にまつわる諸伝説の多くは、プロイセンがドイツ帝国となった十九世紀に成立したものであった。本書は、歪められた虚像の奥から、啓蒙君主の魅力的な人間性を引き出す試みである。

と有るし
実際はどう言う政治を
したのかだが
本当に啓蒙専制君主だったのだろうか

22 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 07:21:43 0
国内の官僚機構の整備をしたのは事実でしょ
国が大きくなったのも、彼の功績

もっとも、晩年には「現場に口を挟まないで欲しい」

23 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 09:04:49 0
フリードリヒ時代の業績を全部フリードリヒ個人に帰するのもどうかと


24 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 12:41:00 0
フリードリッヒの伝説といえば、朝散歩をしていたら郵便局が開かずに行列ができていたので
窓を壊して中に入り局員をひっぱたいて起こしたとかいうのがあるな。

25 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 15:14:16 0
ドイツ語で話しかける相手は馬車の御者だけだという伝説もあるけどね。

26 :某研究者:2006/07/30(日) 22:19:04 0
まあ死後に作られた逸話も
多い様だし
真に何を成したかは未だ
検証が必要と言う事だろうか



27 :某研究者:2006/07/30(日) 22:27:50 0
http://www.amazon.co.jp/gp/product/412101152X/249-9765373-2022736?v=glance&n=465392
>しかし、彼にまつわる諸伝説の多くは、プロイセンがドイツ帝国となった十九世紀に成立したものであった。本書は、歪められた虚像の奥から、啓蒙君主の魅力的な人間性を引き出す試みである。

と有るが
矢張り上の検証と言うのも
正しいのかどうかだが

28 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 02:12:16 0
>>24
若いときは父親に反発し、年を取ってくるとそっくりになる典型

29 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 02:16:42 0
誘拐・拉致紛いの兵隊集めはスルーか。ブラウンシュバイクとかいた
から彼個人だけでは無いかもしれんが。

30 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 08:44:57 0
>某研究者
何でコイツの引用はいつもamazonなのだろう?

31 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 11:37:57 0
ヴォルテールとの仲たがいのきっかけは
フリードリッヒの宮廷ユダヤ人とヴォルの金銭トラブルから
ヴォルがアカデミー総裁のモーペルチュイの悪口を言ったから。


32 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 13:22:49 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

某研究者さん、その機械的で説得力と魅力に欠ける文章なんとかなりませんか。

33 :世界@名無史さん:2006/08/01(火) 20:32:21 0
某研究者を
NGにしている漏れは勝ち組

34 :世界@名無史さん:2006/08/01(火) 20:52:57 0
某研究者かわいそす

35 :世界@名無史さん:2006/08/02(水) 07:00:11 0
>>28
ていうか、郵便局の件は親父のしたこと

>>29
当時は、英国海軍も、夜の居酒屋から水夫を「徴集」していたよ。
合法的な令状を取ってね。

ちなみに西ドイツの諸侯は、アメリカ独立戦争の際に、領民を傭兵に売りとばした。

36 :世界@名無史さん:2006/08/02(水) 07:24:51 0
他国の近衛兵かっさらったのは彼だけでしょう。大きな人捕獲ようの
器具まで作って肖像画描かせて毎日目を覚ましたら巨人にあえるように
したというエキセントリックな親父の血を引いてるだけある。

37 :世界@名無史さん:2006/08/02(水) 19:23:19 0
西ドイツって・・・
ヘッセンのことだろ要は

38 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/08/02(水) 21:14:42 0
フリードリヒの内政上の業績は「紀律と啓蒙」が一番詳しいと思う。


39 :世界@名無史さん:2006/08/03(木) 00:18:09 0
>>35 36
で、父王のフリードリッヒ・ヴィルヘルム一世が
巨人兵に異常な執念を持ってることを知った各国の王は
歓心を買いたいときに競って父王に巨人を贈呈したとも。

大王は他の連隊の6倍の経費がかかる無用の巨人連隊を解体したりと
きわめて合理的な気がするんでつが・・・・

40 :某研究者:2006/08/03(木) 04:31:43 0
http://blogs.dion.ne.jp/duke/archives/3818406.html
>こうしてマリア・テレジアはプロイセン王国を三方から包囲することに成功。これに驚いたフリードリヒ二世はイギリス王国と同盟を結び、オーストリアに対して先制攻撃を仕掛けました。七年戦争(1756年〜1763年)の勃発です。

此れは流石に大王も
予測困難だった訳だろうか


41 :某研究者:2006/08/03(木) 04:39:33 0
まあ持ち堪えれば
仏は英との戦争で戦線離脱していた訳だろうし
オスマントルコ等の存在も有る訳だろうから
エリザベータが死なず共
何とか勝算は有ったのかも知れぬが

42 :世界@名無史さん:2006/08/03(木) 08:05:52 0
巨人兵って食費も倍ぐらいかかったのかな。
軍服は特注サイズだろうな。

43 :某研究者:2006/08/12(土) 00:23:17 0
大王やビスマルクが居なければ
ドイツ帝国も無かっただろうが
ドイツ帝国が無ければ欧州は
もっと早く衰退していたと言う事は
無いのかだが

44 :某研究者:2006/08/12(土) 00:24:47 0
プロイセンが弱ければ
ナポレオンが欧州を支配していたと言う
可能性も有るのかも
知れぬが

45 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 19:45:44 0
上げとくか。

46 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 23:12:46 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

47 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 00:31:10 O
大王よりも軍人王が偉大に見えるのはオレだけか?

軍人王が日本に復活したら雅子はじめ、
メンヘルやニートを片っ端からぶちのめしてくれるだろうな。

48 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 22:52:52 0
まずは口だけ宰相・小鼠だろ

49 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 20:19:34 0
晩年の肖像は痩せぎすの偏屈爺に見える

50 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 08:11:48 0
フリードリヒ大王の男色相手の中では誰が有名ですか?


51 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 08:48:37 0
ヴォルテールと仲違いして、その後も手紙のやりとりなどの
連絡はあったのでしょうか?
あとフリードリヒ大王はフランス語は堪能でもドイツ語は得意
ではなかったとの事を聞いたのですが、そこらへんの事は?

52 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/09/11(月) 13:44:47 0
>>51
文通自体は、ヴォルテールの晩年まで続いた。
ダランベールなどともやり取りしていたらしい。

フランス語の方がドイツ語より得意だったのも本当だけれど、
余りドイツ語が下手だと、地方巡察の時に困ったろうから
(一般庶民と触れ合うエピソードがしばしば出てくる)
ドイツ語も話す分には問題ないレベルだったとは思うけど。
多分、書き言葉はフランス語の方が上手かったという感じでないかと。


53 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 21:00:07 0
不定詞王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世も、フランス語はまともにしゃべれたってこと?

54 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 21:53:45 0
>>53
当時も今も大抵の宮廷では王位継承者にフランス語の教育を受けさせている。


55 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 22:00:06 0
>>53
フランス語については>>54の言うとおりだけど
ナポレオンから
「乗馬は下手糞で話題も軍帽とかボタンとかとにかく駄目な所ばかり目立った」
と酷評された王だからどこまで流暢に話せたかは知らん。

56 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 22:01:25 0
最近は、英語に押されてるけど、
一昔前まで、欧州じゃフランス語の方が通用していたという

57 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 22:07:49 0
18世紀以降のロシアを含めた欧州の上層階級はフランス語は必須だったよ。

58 :世界@名無史さん:2006/09/11(月) 22:36:02 0
17世紀まではラテン語なのかな。

59 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/09/11(月) 23:29:53 0
外交用語としては、フランス語の方が向いてるという話だね。
全ての名詞が男性名詞と女性名詞に分かれていて、代名詞もそれに対応している。
よって英語より代名詞が指す言葉が明確で、文書にした場合にも
解釈が誤魔化されにくいんだとか。


60 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 23:34:21 0
フランス語圏以外の君主にとってはどれほど勉強しても所詮は他国語、
なかなか流暢に、とはいかない。
君主がたどたどしく話すとかえって国の威信を傷つける。
公式の会見や謁見では自国語で通訳を使い、非公式の歓談などでは
多少下手でも話した場合が多かったようだ。


61 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 22:05:14 O
ヒトラーってオーストリア人のくせしてなんでフリードリヒ大王が好きだったんかねぇ。

62 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 22:19:10 0
映画『ヒトラー〜最期の12日間〜』でも地下防空壕の書斎の壁に
大王の肖像画がかかってたな。




63 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 22:42:22 0
ロシア皇室でもフランス語が日常で
ロシア語は召使や平民農民などに話す時しか
使わなかったそうだ。

64 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 15:02:43 0
実はナポレオンよりフリードリヒ二世のほうが好き。

65 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 15:15:57 0
フリードリヒの場合、国家目的がシュレージェン獲得と分かりやすいけど
ナポの場合、際限がない征服戦争になって泥沼化したからな。

66 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 15:20:29 0
ロシアの場合は所謂教会ロシア語と口語がかけ離れてたからなぁ
しかたないんでまいか>ロシアの仏語浸透

67 :36:2006/09/17(日) 15:23:20 0
ナポもフリードリヒも傀儡

68 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 21:17:43 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

69 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 16:19:45 0
>>65
フリードリヒ大王が100年早くドイツ統一を掲げていたら泥沼化して面白かったかも。
もちろん、オーストリアを含めない小ドイツ主義で。もっとも、その当時じゃ
ドイツ統一を掲げても民衆がついてこないか。

70 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 14:42:55 0
age

71 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 14:46:25 0
>>66
ドイツ語も、近代に標準語が作られたと聞きましたが

72 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 10:28:15 0
age

73 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 12:08:33 0
大王は「人間の原初の言語は何語だったか」を知ろうとして
乳児たちを集めてお乳こそ与えたが世話役に一切言葉を掛けさせず
それで乳児が自分だけで初めて話す言葉から原初の言語を探ろうとした

って本当なの?結局赤ちゃんたちはろくに育たずみんな死んでしまったとか。

74 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 12:31:03 0
>>73
それは神聖ローマ帝国のフリードリッヒ2世

75 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 17:53:07 0
約500年違い。

76 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 18:09:10 0
ややこしいので皇帝の方はイタリア語読みのフェデリーコ2世と呼べ。

77 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 22:38:48 0
大王様とボンクラ皇帝でいいよ。

78 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 13:48:35 0
外交交渉で無血でエルサレム奪還して
尚かつ七ヶ国語の言語&先進的なイスラーム文化に造詣の深かった
フリードリヒ二世皇帝をボンクラなどと言えるのは当時の文化史及び
西欧史に無知な者の発言である。

79 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 17:30:38 0
>>77-78
ギリシャ人、フェニキア人、ラテン人と来て、
ノルマン人、アラビア人、ユダヤ人の血までひいた住民の国だったわけだ。

80 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 17:43:40 0
日本語で読めるフリードリヒ二世(神聖ローマの方ね)の伝記て無いですかね?

81 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 00:23:32 0
>>78
地中海を中心とする帝国建設の夢想にふけり、諸侯に特権をばら撒いて抑えておく
ことしかしなかったため、神聖ローマ帝国の分裂を決定的にし、ホーエンシュタウフェン家
没落のきっかけを作った馬鹿者は、ボンクラとしか言いようがない。

82 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 00:28:21 0
シチリア育ちのシチリア国王であるフリードリヒにとってドイツなんて
諸侯乱立状態でも構わないと思ったんでしょ。
彼にとってイタリア半島の皇帝権の下での統一こそが夢であり理想であった。

中世哲学史を専攻している人にとってはナポリ大学を建設して
後のトマス・アキナスを輩出した事で余り悪く言いたくない。

83 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/11/03(金) 01:09:11 0
取りあえず、ここは「大王」のスレだから。
「皇帝」の話は他でやって欲しい。


84 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 01:19:53 0
取り敢えず仕切り直しがてら、大王に関する良書を挙げようや。

まずは基本だがクラウゼヴィッツ「戦争論」岩波文庫版

85 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 18:56:55 0
屋敷二郎『紀律と啓蒙―フリードリヒ大王の啓蒙絶対主義』
この本は「大王」の内政や政治思想を知る際に必読でしょ。

86 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 16:06:53 0
当時のプロイセン人は戦闘民族だな。
ナチスドイツも中核は、ユンカーだったので
この人のせいで大戦争が激しくなった。

87 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 16:28:01 O
>>86
浅薄過ぎて呆れた

88 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 17:21:11 0
大王はいるけど小王ってのはいないんだな。

89 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 00:09:22 O
 7年戦争参戦国投入兵力の参考資料
 プロイセン側
・プロイセン軍
歩兵 100000
騎兵 32000
砲兵 1700
守備隊 20000
・在独英軍
総兵力 53000

 オーストリア側
・オーストリア軍
歩兵 142000
騎兵 32000
砲兵 3500
・フランス軍
歩兵 170900
騎兵 37000
砲兵 5400
・ロシア軍
歩兵 172400
騎兵 43732
砲兵 12937
守備隊 74548
・スウェーデン独派遣軍
総兵力 48000
・ザクセン
総兵力 18000

90 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 22:40:32 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

91 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 20:51:29 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

92 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 00:53:48 0
W&A・デュラント著『世界の歴史』31巻 フリードリヒ時代のドイツより

戦争と平和は、ともに彼(フリードリヒ大王)の身体をすり減らした。痛風とぜん息、
腹痛と痔の痛みは次第に頻度と激しさを増し、しつこい食事とふんだんに香辛料を用いた
食べ物を好んだため病は重くなった。1778年8月22日から25日にかけて、彼はブレスラウ
付近でシレジア軍を閲兵した。24日には普段の軍服を着たまま、6時間も馬上で激しい雨
に打たれた。彼はずぶ濡れになり、震えながら宿舎に帰った。彼はついに回復しなかった。

1786年6月、彼はハノーヴァーからツィンメルマン博士を呼んだが、処方された薬を退けて
文学や歴史の話に興じた。ツィンメルマンは彼を黙らせるため、ギボンの「ローマ帝国
衰亡史」を処方した。病に水腫が加わり、腫れを取るための切開も効果がなく、ついには
壊疽に発展した。それらの包囲攻撃は肺炎によって完了し、フリードリヒは1786年8月17日
に74歳で世を去った。

サンスーシ(無憂宮)の庭園に設けられた愛犬や愛馬の墓の近くに埋葬されるのが、生前
からの彼の願いだった。しかしこの人間味豊かな遺言は無視され、ポツダムのガリソン教会
の父のそばに埋葬された(約2百年後の統一ドイツでようやく大王の遺言は成就)。イエナ
でプロシア軍を打破したナポレオンは、フリードリヒの墓前にぬかずいて将軍達に言った。

「もし彼が生きていたら、ここにこうして来られなかったであろう」



93 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 20:34:58 0
∩(・ω・)∩大王様ばんじゃーい

94 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 22:41:41 0
英語読みだとフレデリック。

なんかイメージ狂うなw

95 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/12/28(木) 00:07:10 0
そこはほら、ドイツ語ですら愛称だとフリッツだし。
何かお菓子の名前っぽいw

96 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 00:46:16 0
>>92
今はサンスーシー宮殿の正面左手側の小さな墓碑の下で眠っておられます。

97 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 08:05:34 0
キリスト教欧州の君主で彼より偉大なゲイ、男色家が居たら
教えて下さ〜い!


98 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/12/29(金) 10:50:21 0
リチャード獅子心王とフィリップ尊厳王。

・・・フリードリヒ含め、三人とも明確な証拠はないけど。


99 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 13:09:25 0
ジャン・フロリって人の本で騎士の同性愛について
獅子心王を「有名なケース」と書いてたけど
ソースは明記してなかったな。

100 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 13:21:02 0
100ゲット

101 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 16:24:42 0
age

102 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 01:18:16 0
age

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