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世界史に置ける秀吉の朝鮮征伐の考察その5

1 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:16:29 0
秀吉軍の北伐は可能だったと客観的に証明されていますが。

引き続きマターリ考察していきましょう。



前スレッド
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034574345/


2 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:19:27 0
  , ノ)
  ノ)ノ,(ノi
  (    (ノし
┐) ∧,∧  ノ  いまだ!2GETいける!
..|( ( ....:::::::) (
 ̄⊂/ ̄ ̄7 ) ヽ lヽ,,lヽ
 (/ 川口 /ノ   (    ) やめて!
   ̄TT ̄    と、  ゙i

3 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:19:38 0
制海権&補給路を確保出来なかった豊臣政権軍じゃ無理だった。

以上

4 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:47:56 0
「置ける」じゃなく「於ける」だ。
>>1
みっともないぞ!

5 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:50:30 0
世界史に桶る秀吉の朝鮮征伐の考察

世界史にOKる秀吉の朝鮮征伐の考察

6 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 21:55:29 0
世界史に斜め置きにされた秀吉の朝鮮征伐の考察

7 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 22:00:28 0
世界史に放置プレイされた秀吉の朝鮮征伐の考察




8 :世界@名無史さん:2006/07/11(火) 15:11:14 0
age

9 :世界@名無史さん:2006/07/11(火) 15:53:49 0
秀吉の朝鮮出兵=十字軍

文化的に劣等なDQNが
優れた文化の国に攻め入り、略奪強姦三昧
という構図は非常に似てます

10 :世界@名無史さん:2006/07/11(火) 18:28:16 0
>>9
チョン乙

11 :世界@名無史さん:2006/07/13(木) 20:29:54 0
上げると酷いことになるスレ

12 :世界@名無史さん:2006/07/13(木) 21:37:03 0
じゃ上げよう。
どうせチョンの工作員とウヨの喧嘩になるだろうけど。

13 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 17:43:04 0
【文禄慶長】 秀吉の朝鮮征伐スレ4 【壬辰倭乱】
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150531200/

戦国時代板のスレ

14 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 23:10:57 0
倭城は堅固なの?

15 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 23:11:06 0
倭城は堅固なの?

16 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 23:21:35 0
MUSI

17 :世界@名無史さん:2006/07/16(日) 02:02:35 0
kengoda

18 :世界@名無史さん:2006/07/16(日) 22:09:01 0
こちらでどうぞ

高麗・李朝スレ その3
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1129640674/

19 :世界@名無史さん:2006/07/17(月) 16:43:40 0
日本軍は連戦連敗を続けていたんだよね。

20 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 00:33:04 0
そうですね。
連戦連敗を重ねて約一ヶ月で平壌まで退却した訳ですよw

21 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 08:03:31 O
倭城は実績を残しているよ

22 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 20:45:14 0
>>21
具体例を。

23 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 22:15:06 0
朝鮮側の記録で「猿も登れないような山に城を築いていて攻め難い」というようなことを書いてる。

実際よく耐えた。ま、鉄砲のおかげもあるんだが。

24 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 22:48:12 0
泗川にあった倭城なんか実績ですね
明・朝鮮の連合軍3万6千が押し寄せたがこれを撃退している
何でも鉄砲の銃身が真っ赤になるまで撃ちまくった、らしい

25 :24:2006/07/18(火) 22:54:07 0
しかしあれだな、日本の城は鉄砲の運用を主眼に置いたわけだけど
相手が大砲持って来たら大阪城だって落城しちゃうんだよな〜

26 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 00:42:23 0
>>24
別に大阪城が落城したのは大砲のせいではないんだが。
そもそも日本の山城が大阪城のような平城になったのは
鉄砲、大砲対策のわけなのだが。

27 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 01:29:49 0
>>26
それはない。

なぜなら秀吉が各地に平城を作らせたのは経済活動重視だったから。
その秀吉が朝鮮出兵のときには山城を作らせている。
実戦ではやはり山城が一番防御力があった証拠だ。

大阪城が落ちたのは首脳部が大砲にびびって講和し
堀を埋めさせてしまったからだろう。


28 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 01:43:04 0
普通に考えて守ることだけを考えたら山城の方が有利だよなあ。
山地じゃあ大砲の設置も大変だろうし、城が上のほうにあれば、
さらに発射角度を高く取らないとならないし。

というか、信長・秀吉式の平城が、関ヶ原の戦いの前哨戦で、
大砲と鉄砲と大量動員という同じく信長・秀吉式の戦術の前に、
簡単に落城しまくってしまったので、戦後築城術が大きく改良された。
と聞いたことがあるが。

29 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 01:43:43 0
>>27
秀吉が各地に平城を作らせたんですか、
そうですか、、、

初めて聞きました。

30 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 01:45:31 0
チョンはテボドン打つ練習でもしテロよ
>>24

31 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 01:49:01 0
>>29
勉強になってよかったね。

32 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 03:29:18 0
え〜と。釣りなのかこれ?
日本では攻城砲自体、大友宗麟が使って以来、わりとポピュラーなもので
山城が平城に移った理由は経済的なものもあるが、平面距離を広げて
中心部を大砲などの火器の有効射程外にするためというのもある。
当然大阪城もそれをふまえて造られたものだった(同じ頃に造られた
熊本城、江戸城、名古屋城といった城もそう)。
ただ冬の陣において徳川勢に最新鋭、射程距離6,300mの鋼鉄製カルバリン砲
という造成時想定してなかった高性能砲が登場した。
その結果、天守閣に弾が届き侍女らが死んだのは史実。しかし、これによって
「淀君がビビって講和した。」というのは後世の憶測(だったと思う)。
また、これで大阪城が陥落するとは徳川勢さえも思って無く、それで講和した。
カルバリン砲がその威力を発揮したのは、堀が埋められて射程が短くなった夏の陣。
ちなみに西南戦争において薩摩軍は熊本城に大砲が打ったが、そのほとんどが
届かなかったという話もある。

33 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 07:02:03 0
大坂城を平城の範疇に入れるのも変だよな。
構造上平山城になっているからな。
もともと石山で上町台地の北端で高台になっているのだから。

34 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 07:30:59 0
>>32
関ヶ原後に建てられた城はね。
それ以前の大津城とかは大砲で簡単に落ちている。

35 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 12:25:52 0

最新ニュース 【教育】国際数学オリンピック 中国が全員金メダルで3年連続世界1位 2位ロシア、3位韓国 日本は7位も過去最高成績
1 :ネットナンパ師φ ★ :2006/07/19(水) 02:23:23 ID:???0
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0718&f=national_0718_002.shtml
http://imo2006.dmfa.si/results.html によると、順位は 1中国 2ロシア 3韓国
4ドイツ 5アメリカ 6ルーマニア 7日本 8イラン 9モルドバ 10台湾 11ポーランド 12イタリア
13ベトナム 14香港 15カナダ 16タイ 17ハンガリー 18スロバキア 19トルコ 20イギリス
【ニュー速+】http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1153243403/

(以下参考情報)
インド人は、あんだけ人間いて夏季オリンピックで銅1個しか取れない劣等民族。
自慢の理系でも数学オリンピックは毎年中国が優勝。アメリカが2位。この2国が指定席で、インドなんてランク外。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%95%B0%E5%AD%A6%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF
数学オリンピックの日本の輝かしい成績
1995年:1位-中国、2位-ルーマニア、3位-ロシア、4位−ベトナム、5位-ハンガリー
1996年:1位-ルーマニア、2位-アメリカ、3位-ハンガリー、4位-ロシア、5位-イギリス
1997年:1位-中国、2位-ハンガリー、3位-イラン、4位-ロシア、アメリカ
1998年:1位-イラン、2位-ブルガリア、3位-アメリカ、ハンガリー、5位-台湾
1999年:1位-中国・ロシア、3位-ベトナム、4位-ルーマニア、5位-ブルガリア
2000年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-韓国、5位-ブルガリア、ベトナム
2001年:1位-中国、2位-アメリカ、ロシア、4位-ブルガリア、韓国
2002年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-ブルガリア、5位-ベトナム
2003年:1位-ブルガリア、2位-中国、3位-アメリカ、4位-ベトナム、5位-ロシア
2004年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-ベトナム、5位-ブルガリア
2005年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-イラン、5位-韓国

なお参加資格は高校生までです。今すぐではなく次世代、次次世代に効いて来るものです。
それが教育の深さ、恐ろしさ。

36 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 20:14:58 0
↑これが噂の火病(ファビョン)って言うの!

37 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 20:33:40 0
インド人はこんな物を自慢するほど、バカじゃ無いってこと!

38 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 01:31:01 0
>>29
広島城とかそうだよ。
他にも本拠を山城にしていた大名たちに平城を作って移るよう命じている。
初めて日本を統一した秀吉だからできたこと。

39 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 17:33:51 0
熊本城攻防戦は事前に熊本鎮台司令官の谷干城が
城下町を焼き払い、城からの視界と射界を良くして
大砲を近づけさせなかったのが勝因の一因とか。
典型的な平城の有効活用の一例。

40 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 01:00:17 O
>>24           最近流行りのゾンビ映画顔負けだな

41 :世界@名無史さん:2006/07/24(月) 19:37:38 0
連戦連敗していたのに、
何で秀吉の死まで日本側は引き上げなかったの?

42 :世界@名無史さん:2006/07/24(月) 19:48:46 0
撤退=敗北を意味するので秀吉としては意地でも自分の生きている内に
引き上げさせなかったから。

43 :世界@名無史さん:2006/07/25(火) 07:43:52 0
この戦役で有名な陸戦となるとどんな合戦がある?

44 :世界@名無史さん:2006/07/25(火) 09:02:08 0
連戦連敗はしてないのだよ、知ってるよね。>>41

45 :世界@名無史さん:2006/07/25(火) 17:13:24 0
>>44
そのソースと詳細な根拠をどうぞ。

46 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 02:08:24 0
>>45
それをいうなら、
オレとしてはあんたのソースをまず聞きたい。

47 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 02:37:40 0
首都陥落させて北部まで連勝。
明軍が南下してきて連敗。

48 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 04:15:37 0
>>47
>明軍が南下してきて連敗
碧蹄館まではな。あとは一進一退。

て、こんな基本的なことから始めにゃならんのかい。('A`)

49 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 17:09:55 0
>>48
全然具体的な論証になっていない。
「碧蹄館まではな。あとは一進一退」を具体的に論証すべき。

50 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 18:36:00 0
>>49
歴史の本くらい読んでから書き込もうね。
所詮何を言っても「ソースは2ちゃん」だからさ。

51 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 19:14:33 0
>>50
君は何も証明できないだけだろw

52 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 21:15:56 O
鉄砲隊があるのになんで一進一退になったんだ?

53 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 21:26:19 0
>>51
とりあえずこれでも読んどけw
http://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3

54 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 22:03:20 0
>>53
自分の言葉でレスをしろ。
できない屁たれ野郎かw

55 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 22:08:47 0
>>52
人海戦術&兵糧切れ

56 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 22:12:38 0
李家軍ってそんなに数いたのか?

57 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 23:31:14 0
歴史的に価値があるのは、朝鮮出兵の際に初めて日本は火薬の製法
について習得した点が上げられる。
ポルトガル人が鉄砲を日本にもたらしてから、鉄砲の製法について
の国産化は直ぐに達成されたが、日本は火薬の製造はすべて、西欧
に頼っていた。
消耗品である火薬貿易で堺を押さえ、支配的地位に立った信長が天
下を獲ったのは当然の帰着であった。火薬がなければ鉄砲はただの
鉄クズである。
しかし中国軍捕虜からこの火薬の製法が伝来したのがこの戦争であ
った。これ以降、火薬を日本で国産できるようになり、火薬貿易支
配権の戦略的意味合いが減っていった。
信長からこれを引き継いで、生野銀で爛熟した秀吉の天下はそう長
く続かなかった。
そして家康は火薬貿易による西欧諸国との必要性を既に感じなくな
っていた。逆にキリスト教と植民地化を危惧したのである。
当時の世界の中でも日本の火薬・鉄砲の保有量は格段の多さであり、
カソリック関係者がそれをローマに伝えていた事が、西欧の冒険者
達が日本に近寄り難くしたのである。

58 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 23:31:56 0
>>54
いいからシネよチョンクソはwwwww

59 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 07:41:40 0
碧蹄館まではな。あとは一進一退の根拠は?

60 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 17:48:25 0
加藤清正が国境付近まで進撃したと右翼は言い張るが
そりでは清正はそこらを占領したのかい 実際してないだろ
日本軍は闇雲に朝鮮国内を荒らしまわって義軍によって蹴散らされ
南部沿岸に張り付いていた田だけ

61 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 17:55:54 0
清正といえば、日本軍と野人女直との戦闘について詳しい本ってないですか?

62 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 20:47:12 O
日本軍が漢城にくる前に
景福宮等の大部分は燃えてたんだって。
それは民衆が宮殿を襲って略奪したかららしいよ
ちなみに奴卑の台帳を保管していた所に火を放ったのも民衆
今の韓国に両班の子孫を自称する人が多いのは………


63 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 23:06:03 O
スペインと同盟して征服のノウハウを伝授してもらってたら清に勝てたかな? 勝った後の日本のキリスト教化が恐いけど

64 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 23:21:32 0
スペインと同盟してなんになるんだよ…

碧蹄館以降っていうか
慶長の役でも日本軍は戦場では勝っている様に見えますね
南原城の攻略だとか、前述の泗川もそうだし
蔚山のような絶対的に不利な状況でもなんとか凌いだ訳だし
戦場では勝っても戦争に負けてしまうと言うのは
第三回十字軍とか、ベトナム戦争とか
まぁそういう戦争なんだったと理解しているが、違うのかな?

65 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 00:13:50 0
>>60
占領してないから、進撃もしてないと思い込む君の
脳内に笑ったw 広漠とした土地しかなく、物資の現地調達も
ままならないなら放棄するのは当たり前だろw

66 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 00:25:23 0
義軍によって蹴ちらされってさ、韓国人が正規軍の
惨状ごまかすために、やたらと義兵よいしょするのが
目立つけど、日本側からは山賊とか言われるぐらいの
存在でしかないんだよな。実際に朝鮮の義兵軍とやらが、
日本軍に正面から会戦挑んで勝った例なんかないし、渡河を
妨害されるんで、とりあえず引き返したとかが成果としては
あるぐらいだし、元豪なんかも真剣に日本軍に睨まれると速攻で
殺られてるからな。

67 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 02:34:46 0
朝鮮戦争時の米軍といっしょ。
中国国境までいけると思ったら、中国軍の介入で一気に後退させられた。

朝鮮は北上するより南下するほうが楽なのかもしれん。

68 :世界@名無史さん:2006/07/28(金) 16:10:43 0
>>67
単に占領地の維持は大変ってだけだろ

69 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 01:54:11 0
>>57
>朝鮮出兵の際に初めて日本は火薬の製法について習得した点が上げられる。

と、一昔前では言われていたが、最近の研究では「本願寺文書」「上杉家火薬製方秘伝書」
などにより鉄砲伝来と同じくして床下製法が伝わったとされてるようだ。
>>67
で、38度線で一進一退w

70 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 02:39:42 0
小西行長に平安道を担当させたのが失敗の基とも言われてる。
逃走する国王に目前まで迫りながら捕獲しようとせず、ただ
使者を送って投降を促すだけで、やる気ないのが見え見え。
その点、咸鏡道の清正は速攻で二王子を捕虜にする辺り、闘志満々なのが
見て取れる。

71 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 08:15:42 0
>>70
しかし戦略的には小西の和平工作は妥当ではないかな。
小西の1個師団程度の戦力は、
兵の補給を維持するのもたやすくない一方、
平壌から遼東半島まで進撃するにはあまりにも少なすぎる兵数。
それに何にもない土地の連続で山海関を抜けて北京に入ろうとしても
途中、撮り得は何もない。
かなり現実的な判断であったと思う。

その辺は秀吉も実は読んでいたのではないか?
朝鮮人(国王)を服属従属させて朝鮮全体を兵站化できなかった時点で、
所期(明征服)の実現性は半滅した。

72 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 12:19:49 0
>>70
和平を餌に小西って何度も明に騙されてんのなw
秀吉や清正と違い、とっとと明と和睦して、(あくまで形式上の)朝貢で
大儲けして国を富まそうって彼なりの算段はあったんだろうけど。


73 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 12:36:44 0
商人出身だからね、打算に走るのは仕方が無い。

>>71
海上輸送での兵站というのはかなりの難事だからね。
日清・日露両戦争での兵站に関してはよく知られてもいるだろうが、第二次大
戦中の米軍の欧州戦線での兵站もかなり大変だった事はあまりよく知られてい
ないのでは?

圧倒的な物量を誇り、補給難等という言葉知らなかったではないかと思われて
いる米英連合軍ですら、渡海兵站というものは極めて難事だったようだ。

74 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 13:54:46 0
小西のように主人の秀吉を騙してまでも、休戦して明との通商を欲する者もいれば、
毛利一統や、比較的後から豊臣政権麾下に入った島津、長宗我部といった九州、四国勢のように
自領安泰と新たな領地獲得のために死に物狂いで戦った大名達もいた、
そして秀吉の意(明、朝鮮制圧)をそのまま受け、小西の動きをけん制しつつ、日明間の火種に油を注ぐような
奮戦をした加藤清正のような「忠臣」もいたとなると…

やっぱ秀吉は渡海して実情を確認して、各軍団に自分の命令を徹底させとくべきだったのかな。
国内は徳川と前田で拮抗させときゃいいんだから。

75 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 18:09:52 0
>>74
いや徳川を渡海させて倭城築城普請をさせておけばよかった。

76 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 19:02:33 0
なるほど、確実に徳川家の力を削げるね。

77 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 19:29:53 0
>>75-76
家康自身、自ら兵を率いて渡海すると
秀吉に談判したくらいだからね。
家康に手柄をたてられるのを秀吉は危惧したのか。

78 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 21:52:23 0
徳川には渡海させて朝鮮を治めよぐらいに命令しとけば
豊臣家も安泰だったんじゃないかな

79 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 01:43:59 0
家康が兵を率いて那古屋に近づいたとたん秀吉を攻撃するかもと思ったからでは?

80 :名無し募集中。。。:2006/07/30(日) 14:35:51 O
愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。

半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝負服ないでたちで。

脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。

私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。

あれには本当にびっくりした。

中学校の同窓会に行こうとしたら
「中学の時のクラスメートや先生に、愛知のキチガイ脳糞古川だなんて、わかったらどうする。
 みっともない。
 愛知のキチガイ脳糞古川の身で、同窓会なんかに行くな!」
と怒られた。

「同窓会くらい、いいだろう」と反論したら
「親の言うことが聞けないのか!」と玄関先から、家の中に
押し倒された。

脳糞古川だと、同窓会にも行けないのか?

81 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 07:19:04 0
>>20
二ヶ月じゃないの?

82 :世界@名無史さん:2006/08/01(火) 21:54:45 0
>>79
史実でも家康は名護屋に兵を率いて参陣している。
もともと家康も利家も秀吉自身も
渡海する前提で名護屋に出向いている。

83 :世界@名無史さん:2006/08/02(水) 15:56:11 0
俺は高3。さっきまで世界史を勉強していた
世界史用語集をぱらぱらとめくっていると、「朝鮮侵略」という用語発見
内容は豊臣秀吉の遠征だった
・・・ちょっと待てよ。何か引っかかる。と、「侵略」と名の付く用語を調べてみる
すると、他の戦争関係の用語は全て戦争とか遠征、戦い、乱などで「侵略」はこの「朝鮮侵略」しかない
用語集は検定に合格している世界史の教科書の用語を集めたものであるが・・・恣意的だなぁ、教科書って

84 :世界@名無史さん:2006/08/02(水) 18:22:17 0
韓国に配慮してるんだよ。大人の事情ってヤツ。

85 :世界@名無史さん:2006/08/03(木) 03:14:02 0
俺の時代は朝鮮出兵だったが?

というか文禄の役が正式名称だろうが。


86 :世界@名無史さん:2006/08/03(木) 16:12:31 0
日本全国の軍隊をかき集めて日本国軍として統一しそれから海外侵攻という
シナリオの方が興味あるけどな。

87 :世界@名無史さん:2006/08/03(木) 16:13:12 0
そうなれば言うこと無しじゃね?

88 :世界@名無史さん:2006/08/04(金) 03:13:31 0
>>85
文禄・慶長の役では?
正式名称というか当時の古文書では「朝鮮征伐」。
征伐は差別的でイカンとかいうことだけど
征伐の意味は「悪者、または服従しない者を攻めること」で
四国征伐、九州征伐、北条征伐とか「服従しない者を攻める」
の意味で使われているんだけどね。なんぼ秀吉がアレだとしても
「明、朝鮮人は悪人」などと思っていたわけではないし。
困ったもんだ。

89 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 14:55:14 0
文禄の役の日本軍兵力は16万人。
時代を進めて例えばヨーロッパのD-dayには15万5千人の連合軍が上陸。
D-dayの連合軍よりも文禄の役の時の日本軍の方が兵力は多かったんだ。 すごいね!


90 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 14:57:11 0
日本の軍事力は弱い

91 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 15:10:27 0
弱くはないだろ。日本軍の攻撃で明が大打撃を受けてそれが明滅亡の
きっかけになったことを知らないの?

92 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 15:30:46 0
明を征服するには、弱かったんじゃないかな。
世界的に見れば上位ランクだったろうけど。

93 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 15:30:59 0
明の史料で、半島の影響で国力が下がったから
こんな事態になったんだ ヽ(*`Д´)ノゴルァ
という情報は?

94 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 16:48:35 0
>>92
歩兵によるか?

95 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 16:53:27 0
>93
「明は万暦に滅ぶ」とか書いてた人がいなかったっけ。
うろ覚えだけど。

96 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 17:20:45 0
朝鮮半島侵略の大義名分は、何だったの?
明からの支配解放のため?

97 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 17:32:28 0
大義名分などないことは近世の人でも認識していた。
要は国内統一の延長線上で領土拡大を考えていたということ。

98 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 17:51:36 0
そもそも半島なんか眼中にないよ。
ただの通り道。

99 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 18:15:18 0
だが、結局、朝鮮半島南部の割譲に要求がトーンダウン。

100 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 18:31:12 0
ただの通り道も征服できない日本って・・・

101 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 18:34:02 0
通り道で明と戦争していたんだけど。

102 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:01:58 0
で、通り道の確保ができなかったんだろ。

103 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:03:21 0
通り道といいつつ、途中からはその一部の割譲を主目的に変更してるよな。

104 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:03:55 0
秀吉が死んだから、やめただけなんだけど。

105 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:10:34 0
つまり、秀吉以外の大名にとっては、是が非でも継続しなければいけない戦争ではなかった。
その秀吉にしてから、当初の「仮道入明」から朝鮮南部の占領と日明貿易復活に目的を変えてる。

106 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:22:20 0
和議、そして上っ面だけの朝貢=明との通商こそが小西行長の狙いで、
沈惟敬と示し合わせ、無理やりごまかして日本へ冊封使を送ることに成功。

秀吉もバカじゃないから、まぁ貿易のためなら「日本国王」くらい受けてやってもいいから、
交易はさせろと、そして最低でも半島南部くらい割譲して、明の皇室から生娘献上しろや、とご機嫌状態。
んで秀吉が明使を謁見する会場だった伏見城で軍事パレードの準備して、明使を徹底的にビビらせようとしてた。

結局、明は秀吉を「日本国王として封じてやるが、反省してないから通商してやんない」って
領土はもちろん、一番おいしい果実=交易も与えないという使い遣して秀吉激怒。
「お前、ちょっと立場弁えてないんじゃないの?」ってことで慶長の役に突入。

全部、小西が悪いwww

107 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:41:18 0
ま、そんなところだが、明の皇女は「献上」じゃなくて「降嫁」だろ。
実質は人質でも、建前だけでも冊封を受ける以上は「降嫁」になる。

誤解のないように言っておくと、天皇への「降嫁」だから、秀吉が生娘で
ウハウハするわけじゃないw

108 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 19:53:39 0
>誤解のないように言っておくと、天皇への「降嫁」だから、秀吉が生娘で
>ウハウハするわけじゃないw

ワロタ。

109 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 01:00:09 0
秀吉はエロいが、このころになるとさすがに体力的に難しかったかも。

110 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 01:14:08 0
>>88
まあ、北条征伐を「小田原の役」とする人も多いからね。
史学用語は中立性を尊重するため、必ずしも当時の用語を
使うとは限らない。

111 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 01:41:11 0
男色が武士のたしなみとされた戦国時代に
秀吉だけは女にしか興味がなかったという。さすが百姓w

112 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 03:03:55 0
>>95
張廷玉の明史
ボバイの乱、朝鮮援兵、楊応龍の乱を「万暦の三征」と言い、
多大の軍事費の出費により財政が悪化し、それが明滅亡の主因となった。

113 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 09:09:53 0
朝鮮で捕虜になった日本兵が楊応龍の乱の鎮圧に使われたりしてたらしい。

114 :世界@名無史さん:2006/08/08(火) 02:53:33 0
>>89
上陸した全兵力と橋頭堡確保のための兵力を一緒にしてはいけない

115 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 19:03:33 O
んだ

116 :世界@名無史さん:2006/08/20(日) 19:45:15 0
上陸後、ある程度侵攻した後に補給難で進軍停止しちゃったのは同じだな。

117 :世界@名無史さん:2006/08/22(火) 01:52:02 0
贔屓目なしで、戦国時代を経た武将が多くいたわけで日本兵は強かったと思う

118 :世界@名無史さん:2006/08/22(火) 11:25:17 0
日本兵が朝鮮についたら、朝鮮人も日本兵に加わって支配者と戦ったらしい。
民衆にしてみれば敵の軍隊より搾取層のほうがよほど憎たらしい存在だったのだろう。
略奪・放火などをやらかしたのも多くはどさくさに紛れた朝鮮人だった。
そりゃそうだ罠。
国民国家の概念の無い時代に民衆がゲリラで抵抗なんてありえない。

119 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 01:47:21 0
九州大学の学生が文禄の役だけで、7万人の損害が出たといってるが、実際
日本側の損害はどのぐらいだったの?

120 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 22:15:40 0
>文禄の役だけで、7万人の損害が出たといって

その学生の意見のソース、教えてくんろ。
新説なので。

121 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 22:25:13 0
本当に7万人も出たのか? 日本側の戦死者数は不明のままなんでしょうか?

122 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 00:32:30 O
当時日本や中国沿岸部、中欧以外の地域では
未開の地が殆どで街道も整備されておらず
戦病死が直接戦闘による戦死を大きく上回ることはざらであった

123 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 00:42:07 0
中近東も街道は整備されてたが

124 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 01:00:48 0
疫病でも発生したんかな。
大陸なら水すら煮沸しなけりゃ飲めないと聞くし。

125 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 02:04:09 0
>>120 ソース
http://matsu.rcks.kyushu-u.ac.jp/p/study/14wajo/bunroku-keicho/7senkyo/heisinoshomo.html
http://matsu.rcks.kyushu-u.ac.jp/p/study/14wajo/bunroku-keicho/7senkyo/yy.html

126 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 02:39:19 0
>>117
それでも負けた。

127 :とりあえず:2006/09/01(金) 13:20:06 0
126
明軍の対清最精鋭部隊のおかげで。
しかも負けたなら日本の有名武将が戦死してないのはなぜ?

128 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 15:57:56 0
ベトナム戦争がアメリカのま負けいわれているのだから、朝鮮征伐も一応負け
当初の目的を果せなかったので

129 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 19:14:07 0
上げ

130 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 19:15:02 0
実際、日本の被害は少なかったはずだよ。

131 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 20:06:46 0
日本軍の勝利条件=半島を制圧
明軍の勝利条件=半島から日本軍を撤退させる

どう見ても日本軍の敗北だろ
いくら明の被害が多く、日本の被害が薄く
明の滅亡を早めたとしても、日本の負け

これを日本の勝利と言い張るのは
日露戦争で「日本軍のほうが被害が多かったから負け」
と言うようなもの

132 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 20:28:04 0
負けに決まってるだろ。


ただ勝利者もただではすまなかった。というだけ。

133 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 20:45:44 0
撤退させるというのが条件なら、明軍の実力で追い出したのではなく、
日本側の国内事情での撤収であるから、それには当てはまらない事になる。
日本軍が撤収するまで持ちこたえるというならわかるけど、これだと
あまり華々しい勝利とは言えないな。

134 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 20:50:06 0
実際の所、明側も日本軍殲滅はもう絶望的だったようだけど。
陳舜臣の中国の歴史で、明史の引用で、明と朝鮮は協力して日本軍と
戦ったが勝算は無く、ただ関白の死だけが戦争を終わらせる事が出来たとかの
内容だった。こりゃ勝者無き戦争の典型例ですな。

135 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 20:54:12 0
漁夫の利を得たヌルハチが真の勝者。

136 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 21:47:04 0
家康も漁夫の利の悪寒

137 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 00:43:56 0
日露戦争で「日本軍のほうが被害が多かったから負け」

usoこくでないよ。




138 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 00:56:07 0
>>125
それ、昔からある資料ですが、
単純に差っぴいていいの?

139 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 16:42:14 0
秀吉は40万の軍を用意してた

140 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 10:34:05 0
>>139
日本の軍は全員が戦闘員ではないぞ。

141 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 22:01:15 0
もしかして、日本軍以外はそうだ。

・・・などと言っているわけじゃないよなw

142 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 23:58:36 0
>>131
>日露戦争で日本軍のほうが被害多かった
そんな嘘言う目的は何よ?

143 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 01:35:55 0
131じゃないが
おそらく旅順のことだろ
少し言葉足らずだ

144 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 01:41:40 0
今の中国人はこの戦いをどう捕らえているのかな
今の中国人もゲームの影響か、信長や秀吉、信玄謙信あたりについてもかなり詳しくて中国語の戦国サイトもあるそうだがw
この方々からみれば、自国とその戦国武将が直接戦った戦いは大いに興味のあるところかと思うが

145 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 08:28:32 0
>>134
新校本明史 列傳 卷三百二十二 列傳第二百十 外國三 日本

然自關白侵東國,前後七載,喪師數十萬,糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算.
至關白死,兵禍始休,諸倭亦皆退守島巢,東南稍有安枕之日矣.秀吉凡再傳而亡.

146 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 14:38:18 0
>>145
誇張



147 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:42:23 0
>>145
ありがとう!これが戦争の記憶が遠くない時代の人間の感想なんでしょうな。


148 :とりあえず:2006/09/04(月) 21:48:39 0
147
何々何書いてんの?
偉大な毛沢東がアメリカに降伏したあとの満州に攻め込んだこと
が書いてるの?
文化大革命が自国民を2000万人も虐殺したこと書いてるの?
中国の教科書は共産党のためのものだよ
元寇もチベット虐殺も書いてない教科書に戦争が遠くない人間の
感想がかいてあるのかな?

149 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:50:43 0
>>148
何怒ってんの?

150 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:51:44 0
>>148
何を一人で興奮してるんですか?

151 :とりあえず:2006/09/04(月) 21:54:23 0
149
怒ってないよ。ただ中共のご都合教科書{明の本か?いづれにしても
捏造だらけの本だが}を見て感動してる君がおかしくておかしくて・・・

152 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:03:00 0
>>151
ただ人格誹謗したいだけ?なら付きあうまでもないね。さようなら

153 :とりあえず:2006/09/04(月) 22:08:29 0
152
はいさようなら。二度と来なくていいよ

154 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:11:33 0
>>148
そりゃ、どんな資料でも妄信するものではないが、
君の最も信頼する資料は何かな?せっかく人がこれこれこうの
物があると見せてくれたのを、そうまでしてケチつけるなら、
さぞかし素晴らしい資料をお持ちの事と思われる。
それから明史日本伝について、原文に基づく資料批判もお願いしたい。


155 :とりあえず:2006/09/04(月) 22:17:27 0
中国語わからんからなあ・・・
まあ漢字で大体は中国万歳ってわかる
とりあえず翻訳してくれ


156 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:18:11 0
中朝與朝鮮迄無勝算.至關白死,兵禍始休
この辺り、別に嘘書いてるわけでもないようだけど?
喪師數十萬,糜餉數百萬
これはさすがに誇張だろうけど、中国資料でこういうのに
一々つっこみ入れてたら切りがないw


157 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:18:25 0
たしか小西や加藤の軍が明の先鋒を壊滅的打撃に追いこんだよね


158 :とりあえず:2006/09/04(月) 22:22:02 0
156
だから誇張があるって言ったろ?
で、147がどこに感動したか分からないが。
だから日本語訳してくれって。前文。
中国語はわからないけど東洋史専攻だから
朝鮮征伐のことはわかるよ

159 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:29:35 0
>>158
だから、当時の人の感想として、
中朝與朝鮮迄無勝算.至關白死,兵禍始休
とある辺りに、明側も、先が見えない戦争で
無勝算とまで言うほど、自分たちがこの戦争で
苦しんだ気持ちを、中国人の側が中華帝国マンセーな内容でなく
素直に弱気漏らしてるのが気に掛かっただけ。それが何かご不満でも?

160 :とりあえず:2006/09/04(月) 22:35:08 0
159
へえ?そういう内容だったんだ。
で、その次は?
しかし支配者の都合で書かれる中国の史書に
こんな事が乗ってるとはね。
あ、明史は清が書いたから矛盾は無いか。
それで苦しんでいるってのは軍人?庶民?
庶民だったらおかしいなあ

161 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:46:58 0
明国の財政を傾けたと云われるぐらいだから、
当然、その分税率は上がるわけで、
庶民もやっぱり苦しかったんだろうね。いつ
徴兵されて前線に放り込まれるか知れたもんじゃないし。
確か、関白襲来と明の民衆を恐怖に陥れたとか何かで
読んだけど、やはり身近に迫る恐怖は感じてたんだろうな。
山海関を越えられたら、北京まで目と鼻の先だし。

162 :とりあえず:2006/09/04(月) 23:03:56 0
で、次は?
俺中国語わからないから翻訳してくれよ〜〜〜〜〜
庶民は皇帝の贅沢のせいで十分苦しんでいたよ
それと明には「軍戸」という軍人の家があって
庶民は徴兵されなかったよ
村内で自衛組織はできていたが
しっかしどうして政府の正式な歴史書に
庶民の事が書いてるんだろう?


163 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:15:31 0
>>162
>政府の正式な歴史書に庶民の事が書いてるんだろう?
民間の事が書いてたらおかしいのかどうかは知らんけど、
とりあえず誰もそんな事言ってないのは?

164 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:24:30 0
皇帝の贅沢+戦争=これで庶民が苦労しないわけないだろ・・・・

165 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:43:26 0
漢文読めない東洋史専攻って日本は大丈夫なのか?wwww

166 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:48:25 0
一々煽んないでお前が論点整理しろよw
東洋史専攻の割には使えねーなあ。社会のリソース無駄食いしながら歴史なんて
勉強してんだから、ちっとは一般社会に還元しろやwwwwwww

167 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:54:12 0
>>166
お前も十二分に頭悪そうだなw

168 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:05:52 0
>>148-162
のコテは釣だろ。
下等な釣。
あるいはスレを誹謗する工作員。
でないとしたら、マジ逝ったほうがいい。

169 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:11:19 0
>>167
頭はわるいけどさあwww史料批判は大事だけどさあ、問題点があるなら
論点提示すれば話が建設的な方向にすすむだろうよw東洋史専攻くん頼むよwww

170 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:12:18 0
ヌルハチ最強ということで両者共に和解しようぜ

171 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:17:28 0
>>170
おう同意だw

172 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:00:34 0
>>145の翻訳
客観的に訳したつもりだが
多少間違いがあるのは許してね

しかし、関白から東国を侵略して、全部で7年
皇帝陛下の兵を数十万を失って、こいつらの給料の数百万払っているのに
中朝と朝鮮は今まで全然勝算がない状態でした。

結局、関白が死んで
七年目にようやく兵士は、戦禍はやっと休むことができて、
もろもろの倭軍は
全て島の巣に守勢取りながら後退していく
東南(朝鮮日本のこと?)がの少し安心して我々も枕を高くして眠れるよ
倭軍の諸侯も秀吉の死が一般に伝わってきたんだろう。

173 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:05:08 0
最後の文。
秀吉は二代目で滅亡した。

174 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:49:56 0
 万年属国 千年奴隷 半島土人 南北分断 夜郎自大 現実逃避 無知蒙昧 
 受験地獄 思考停止 火病遺伝 卒中短命 自爆行動 差別大国 病身蔑視 
 中華事大 三跪九叩 悪女閔妃 奴婢搾取 両班白痴 不潔糞嘗 風水呪術 
 歴史捏造 誇大妄想 独立神話 洗脳狂育 国定学問 起源詐称 日帝恩人 
 謝罪商売 賠償欲得 偽証誣告 自称強制 似非被害 犠牲皆無 真実共犯 
 改名殺到 焚書風説 追軍売春 妖婆集会 嘘吐歪曲 泣女転倒 詐欺泥棒 
 文化不毛 伝統急造 虚栄渇望 贋作武術 援助横領 真似盗作 朴李模倣 
 感謝不要 忘恩返仇 動物虐待 犬肉強壮 強姦暴力 犬鍋韓食 暴飲暴食 
 元軍手引 対馬侵略 倭寇偽装 越南虐殺 二重基準 米帝糾弾 裏切常習 
 醜悪幼児 顔面工事 民辱衣装 乳出韓服 倒壊建設 特許無視 汚染元凶 


175 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:56:12 0
ああそうだ
最後は174だな
俺も最後は秀吉死んだが二回も続いて違和感あったんだよ
どーも

176 :日本のななし:2006/09/05(火) 12:21:08 0
172
へえ、そんなコトが書いてたんだ。
で、それは明史のどこ?
167は俺じゃないけどな
頭わるいやつに馬鹿にされるとむかつくなあ。
な?ばか?

177 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 12:58:26 0
>>161
当時の明軍は唐初期のような徴兵制じゃなく、志願兵と軍事カーストが主体。
日清戦争のときもそうだが実際に戦ってたのは一部の辺将の軍隊だけ。

178 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 13:47:54 0
以後>>176は無視でお願いします。

179 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 18:41:12 0
>>177
明史読んでりゃわかるだろうが、遠くは蜀や広東からも朝鮮に援兵として派遣されている。

180 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 20:22:55 0
徴兵制なら烏合の衆度は倍化。泗川の戦はもっとひどい事になっていたろうな。

14万も後期にかき集めたのだから挑発、徴用もあったろう。

>徴兵されて前線に放り込まれるか知れたもんじゃないし

というのは語彙は正確でないかもしれないが、言わんとしている論点は分かる。

181 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 20:24:19 0
朝鮮人が「南兵が倭銃をもっていた」とか書いてるね。

あとシャム王が艦隊を派遣しようかと持ちかけてきたが
明の方で断ったらしい。

182 :名無し中国兵:2006/09/06(水) 18:32:15 0
明に火縄銃が伝来したのは1548年に倭寇から捕獲したものが最初であるが、10年後の
1558年には既に年間1万丁の生産が可能であった。
これにより旧来の三眼銃と合わせれば全軍の半数以上に火器が装備され、鄭和の伝統
を受けつく大海軍とあわせ、明軍は世界有数の火力を持った先進的軍隊となっていたの
である。

もし中国側の総司令官が万暦帝の如き無能な皇帝でなければ、この戦い中国側の圧勝
で終わっていたであろう事は今や世界的常識であろう。
残念なことである。

183 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 19:52:17 0
>>182
「鄭和の伝統を受けつく大海軍」とか書いてるからたぶん釣りだと思うが
一応マジレスすると、16世紀半ばに伝来して明で生産されるようになった鳥銃は
銃身を青銅で鋳造していたため過熱しやすく、連発すれば暴発の危険が高い
という重大な欠陥があった。鍛鉄の鳥銃が作られるようになったのは朝鮮の役終結後。
またルイス・フロイスは(従軍した切支丹からの情報か)朝鮮に派遣された明軍の
装備や規律を賞賛しているが、銃に関しては「無数に発砲した後も、そのための
死傷者が一人も出なかった」と書いている。

184 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 22:47:10 0
多数の火器揃えて、ヌルハチの騎兵団に壊滅させられた明軍って・・・
そういや、サルフの戦いには朝鮮の鉄砲部隊も参加してたけど、
これも地形・気象を計算に入れず使おうとして大敗してる。
彼らには最新の武器もたせても使いこなす事ができんのかよw

185 :名無し中国兵:2006/09/06(水) 23:23:12 0
その満州族の騎兵隊は明軍の銃火器を恐れて人馬共に鉄製の鎧で身を固め、
「鉄騎兵」と呼ばれることになるのだがな。
元のモンゴル騎兵が皮鎧の軽騎兵だったのとは対照的である。

崇禎帝がもう少し猜疑心を抑えていてくれたなら、明軍の火力と袁崇煥のような
名将の努力で野蛮な満州族など鎧袖一触であっただろうことは間違いないだろう。
返す返すも残念なことである。

186 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 23:40:52 0
>>185
鉄製の鎧で身を固めただけで負ける明軍ってなんですか?
火器の発達が鎧を衰退させていくわけですがw

187 :名無し中国兵:2006/09/06(水) 23:54:18 0
何か上のほうで狂を発した気の毒な者が暴れているようだが、当時の銃火器なら
ある程度距離をとれば環鎖鎧で衝撃を抑えられたのだ。
倭国の戦国時代で火縄銃が普及しても鎧が消滅しなかったのと同じ事。
火器の鎧に対する優位が絶対的になるのはもう少し後なのだよ。

そう、もう少し時間があればロシア人が火器で中央アジアの遊牧民を征服したように、
鳥銃よりもっと優れた火器で北方の蛮族など圧倒できただろう。
全くもって残念なことである。

188 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 05:37:06 0
明は李自成に滅ぼされたんじゃね?

189 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 14:07:13 0
>>188
だからどうしたっていう。

190 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 18:37:20 0
日本が搗き、李自成がこねし中華餅、座りししままに食らう福臨ってとこか。

語呂が悪くてスマン。

191 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 23:31:19 0
秀吉(サルorハゲ)が搗き、自成がこねし・・・で合うか。

192 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 08:23:50 0
>>191
お前、普段でもその調子で周囲をシラけさせてるんだろ。

世渡り楽じゃないみたいだな…

193 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 22:41:13 0
>>187
百年単位でもう少し?

194 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:45:45 0
>182

おかしいな。
室町8代将軍の時代に中国から献上(変だな)された銃器があるらしいぞ。
試し撃ちさせたところ、命中度が劣悪だったのでお蔵入りしたそうだ。
日本における鉄砲伝来の最初。
なお、中国製コピー品だったから命中度が悪かったのだ、と解釈されているらしい。

ここからすると、15世紀半ばには明に鉄砲があったハズなんだが。

日本史板で聞いた話とは違うな。誰か出張して、教えてやってくれ。

195 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 05:39:48 0
火縄銃と火槍は違うぞ。

196 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 09:16:01 0
>>194
銃器=火縄銃というあなたの発想が間違っているだけだと思う。

197 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 09:19:25 0
>>194
15世紀の明で使われていたのはタッチホール(差火)式の銃。火縄銃とは違う。
「もののけ姫」で峠で山犬を撃った際の銃を思い浮かべてもらえれば大差ない。

198 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 15:02:46 0
まともに兵農分離されていたのは、信長・秀吉の軍団だけなんだろ?
毛利とか、他の大名の軍隊は完全分離できてなかったんじゃないか?
それなら、大陸に出兵して何年も戦い続けるというわけにはいかなかったんじゃないか?

199 :とりあえず:2006/09/12(火) 19:01:42 0
198
そのまま入植させりゃいい
兵農分離できずに何年も半島に駐屯できたのはなぜ?

200 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:33:51 0
>>198
信長秀吉の軍もほとんど兵農分離なんてしていない。

201 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 00:08:28 0
>>199
だから、武将たちは日本に帰りたがって、士気が低下したんじゃないの?
稲刈りをやりに帰らないと、日本の領地の人々も困るし、奥さんだって寂しいだろ。

202 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 00:50:56 0
>>201
兵糧なくなって。

203 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 02:58:14 0
秀吉が死んだから帰ったんだろ

204 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 09:48:56 0
>>198
つ刀狩令

205 :とりあえず:2006/09/13(水) 09:56:17 0
201
士気が下がったのは明が参戦して李舜臣に補給を妨害されたから
てか日本には浪人もいるしね
大阪の陣じゃ30万人の浪人をかき集めたよ

206 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 10:40:17 0
>>205
時事系列がごっちゃになってないか?
大量の浪人発生は、関が原の後の話なんだが・・・・

加藤、小西、黒田以外の将兵の士気は始めから低く、朝鮮の未開ぶりによる
現地調達の困難さと相成って、ソウル陥落→朝鮮全土平定の最勢力時にすら、
「はやく帰って故郷の水を一杯飲みたい」などと書状を送ってる大名が
いる始末だよ。


207 :とりあえず:2006/09/13(水) 14:07:22 0
206
でも彼らは農民ではなかったわけだよね?

そのソースを教えてほしい。

208 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 00:14:33 0
>>206
朝鮮を統治して収益を上げるつもりの大名が少なかった。
下手に朝鮮征服できて日本の領地取り上げられるのは嫌だし。

209 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 01:01:25 0
秀吉軍20万人の内、水夫や人足を除いた兵卒は半分ぐらいしかいなかった
みたいだね。

210 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 01:25:20 O
>>181
どさくさに紛れて雲南あたりでも分捕っちゃえば良かったのにw

211 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 01:27:59 0
統治しようにも、ハゲ山だらけに、灌漑無しの天水農法。
インフラの積み上げが無いから、年貢が上がらないし。
動員されたのが西日本の大名ばっかりだったから、冬季の裏作のできない気候も
イヤ気が差すし。

212 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 00:21:53 0
李氏朝鮮の対馬征伐は「失敗した戦争」
「1419年の対馬島(テマド)征伐は、軍事戦略面から見て、失敗した戦争だった。」
国防部の戦史編纂研究所(所長:安ビョンハン)は17日、古代から李氏朝鮮時代までの軍事戦略
を分析した資料3冊を発刊したが、そのうちの「朝鮮時代の軍事戦略」編では、対馬征伐(訳注:
日本側の呼称は「応永の外寇」)の過程を詳細に扱っている。

李氏朝鮮は1419年6月、三軍都体察使(征伐軍総司令官)李従茂の指揮の下、艦船227隻と兵力
17,285人からなる征討軍を編成し、対馬征伐に出た。
最初の小規模上陸作戦では賊船129隻を捕えて家屋1939軒を燃やし、倭寇114人を射殺す戦果
をあげるとともに、倭寇に連行されていた中国人131人を救出する成果をおさめた。しかし本格的な
上陸作戦を敢行した際は、指揮官らの戦術知識不足や上陸戦の経験不足で100人余りの我軍の
死傷者を出すなど、拙劣な戦闘だった。

李氏朝鮮の圧力の結果、対馬島主は李氏朝鮮に人を送り、君臣の礼をとるという内容の降伏文書
をもたらした。

「対馬は土地が不毛で生活が苦しい。島民を巨済島などの島に住まわせて下さり、対馬を朝鮮の
領土の州郡と思って州郡の名称と印信(確認書)を頂戴できましたら、私どもは適切に臣下の礼を
もって命令に従います。」 世宗20年の1420年7月、李氏朝鮮は対馬島主に「宗氏 都都雄瓦」と
いう印信を授け、対馬島主としての地位を認めてやった。対馬の戦略的価値と潜在的経済価値を
認識することができずに、対馬島主に自治権を認めてやるという愚を犯したのだ。

李氏朝鮮が当時、対馬の戦略的価値を理解して官吏を派遣して直接支配体制を確立していたら、
対馬は朝鮮の領土になったに違いなく、後日の壬辰倭乱(訳注:秀吉の朝鮮出兵のこと)も予防
できたはずだ、と著者は指摘している。

▽ソース: 聯合ニュース/Yahoo!Koreaニュース(韓国語)(2006/09/17 09:30)
http://www.yonhapnews.co.kr/news/20060917/030000000020060917093046K4.html

213 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 00:53:04 0
>>212
対馬を領土にしててもあっというまにソウルまで占領されてると思うけどね。


214 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 01:03:22 0
>>212
>李氏朝鮮は対馬島主に「宗氏 都都雄瓦」という印信を授け、

漢語として意味不明なのはもちろん朝鮮語や日本語とも思えないこの称号(?)は一体?
モンゴル語?

215 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 01:09:38 0
日本語を朝鮮の書物の中で当て字にするとたまに変なのができあがるけど

216 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 20:10:10 0
今じゃ、征伐なんて言ったら、サヨに叩かれるなw

217 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 13:55:16 0
戦前の日本から
すでに朝鮮征伐という呼称は改められていたけど

218 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 20:58:34 0
退治とか成敗とか膺懲とか駆除とか・・・

219 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 01:16:31 0
俺の子供のころは、普通に朝鮮征伐だったけど(80年代)
なお当時は帰化人とかが、渡来人に変えられつつあった時代。


220 :世界@名無史さん:2006/09/27(水) 21:11:50 0
週刊朝日(10/6)
江川達也、打ち切りで描けなかった続きの1コマ
http://opendoors.asahi.com/data/detail/7630.shtml

この記事で江川が言うには、日清戦争時、参謀本部の川上操六は、
6個師団で北京を攻撃し、大本営を北京に移そうとしていたらしい。
北京を大日本帝国の首都にするつもりだったのかも知れない、というような話。
もしそうなら、秀吉が明を征服して、天皇を北京に移そうとしていたのは、
先見の明があったということになるよな。
実際、日露戦争後、日本では秀吉の評価が高まっていたし。

221 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 21:42:16 0
16世紀の朝鮮王朝の人口は1,000万人はいたよ。
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm?No=935




222 :世界@名無史さん:2006/10/02(月) 14:58:23 0
>>221
そのソースじゃあてにならんw

223 :世界@名無史さん:2006/10/02(月) 20:22:49 0
http://tv8.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1156550693/

224 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 12:48:55 0
>>219は明治の人かな
大変だな。2chも

戦前から、日韓合邦の観点より
日韓併合の辺りから朝鮮征伐という言葉は使用されなくなって
慶長・文禄の役に改められてそれ以後は慶長・文禄の役が一般化している
ソースは文部省科学省の資料ね。


225 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 23:36:05 0
マンスリーウィル2006年11月号
■黄文雄
永久保存版
韓国・北朝鮮を永久に黙らせる100問100答
http://web-will.jp/

黄氏がいうには、秀吉の頃、朝鮮の人口はどんなに多く見積もっても200万人ぐらいだと。

226 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 01:31:55 0
実際に北京まで進軍していたら後の歴史はどうなっていたのだろうか?
以前、大河ドラマ「秀吉」で石田三成がローマまで遠征するとか計画していたし。


227 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 01:38:15 0
本宮ひろ志の漫画で、本能寺から生きて日本を脱出した信長が、
内政は秀吉に預け、自らはヌルハチやイヴァン雷帝と戦いに大陸へ雄飛する、という
凄すぎる話のがあったがw

228 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 01:45:07 0
>>226
日本優位の講和を明国と結んで南方進出に向かったのじゃないか。

229 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 01:51:56 0
>>224
もそっと、正確に言うとじゃのう。
戦前において「朝鮮征伐」とは神功皇后のソレを指したんじゃよ。
童話誌「赤い鳥」掲載
鈴木三重吉作『古事記物語』「朝鮮征伐」
ttp://www.j-texts.com/taisho/kojiki.html

230 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 03:39:05 0
豊臣政権の真の目的は日本を中心にした大東亜共栄圏の建設。
これが実現していたら、大航海時代を経て産業革命も日本で興った可能性が高い。

231 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 03:50:01 0
釣れたら教えてねノシ

232 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 11:47:22 0
半島の人口
高 麗 210만명
- 李朝太祖 30만명 (양계누락)
- 李朝太宗 37만명 (한성부누락)
- 李朝世宗 68만명 (한성, 개성누락)
- 李朝中宗 374만명


233 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 11:57:40 0
(;´Д`)ハアハア

234 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 13:50:54 0
>>232
日本語でおk

235 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 17:39:44 O
>>224
>>229
秀吉が書状に「朝鮮征伐」と書いているので、朝鮮征伐と呼んでもでも間違いではないと思う
俺は朝鮮役、文禄・慶長の役と言っているが

236 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 18:39:23 O
>>225
黄氏が200万人と見積もった数字が説得力を持つのか、根拠を知りたいな
日本とは比較にならない少なさだと思う
笑っちゃう位少ない

237 :日本のななし:2006/10/09(月) 19:30:03 0
>>236
人口はよくは分からんが200万人は少なすぎ。
200万人とはおそらく李朝成立期。
そのころの日本は1000万人いたわけだが・・・
いずれにせよ朝鮮征伐の頃の人口は1000万人くらいではなかろうか?
当時の日本の人口はよく分からんが江戸初期の人口が3000万人だから
そんくらいだと思う

238 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 19:43:27 0
200万人は李朝が直接、把握していた数じゃない?
奴婢・賤民階級いれたら最低でも500万〜1000万は居たと思う。
それにソースが日本贔屓の黄文雄じゃイマイチ説得力に欠ける。

239 :朝鮮人奴隷:2006/10/09(月) 19:50:24 0
佐賀県立名護屋城博物館を訪ねたことがあった。
文禄慶長の役に関する歴史研究なら、ここのストックが日本一
ではないかと思われるが、館内を案内してくれた研究員の方か
ら興味深い話を聞かされた。要するに、秀吉の朝鮮侵略というのは、
現在の日本史の授業で軽く触れられている程度のイメージよりも
実際には遥かに大型の国家事業であり、秀吉らしく軍事だけでな
く経済の面も周到に考慮した本格的な対外侵略戦争であったとい
う説で、彼によれば、釜山と名護屋の間を毎日ピストン輸送する
大型船には、捕獲された大勢の朝鮮人奴隷が積み込まれていて、
奴隷商人が日本各地に売り捌いていたという。


240 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 20:03:07 0
鍋島家にとっては旧龍造寺家臣団をまとめるのに丁度いい戦争だったね。
しかも捕虜にした朝鮮人の陶工使って伊万里の基礎を作ったのもこの時期だし。

朝鮮貿易が主要収入だった対馬の宗家にとっては飛んだ災難だったけど。

241 :日本のななし:2006/10/09(月) 21:07:13 0
>>238
ふ〜む・・まあ良く分からんが
1000万人もいた人口を200万人と勘違いはしないと思うけどね
専制農業国家が。

でも500万ならあったかも

242 :北島万次『豊臣秀吉の朝鮮侵略』:2006/10/09(月) 21:15:48 0
秀吉の朝鮮侵略戦争が倭寇以来の「人取り戦争」という側面をあらわにし、
朝鮮侵略の先鋒を務めた武将は、おおむね倭寇以来の奴隷貿易の伝統を持
つ西国の武将たちであった。僧慶念の『朝鮮日々記』一五九七年十一月十
九日の条に「日本よりよろつ(萬)のあき(商)人も来たりしなかに、人
あきないせる物来り、奥陣よりあとにつきあるき、男女老若かいとりて、
なわ(縄)にてくひ(首)をくくりあつめ」という生々しい人間狩りの状
況を記録しているという。「そこ(全羅南道務安郡)には賊船六、七百艘
が数里にわたってあふれており、それらの船にはわが国の男女が倭兵とほ
ぼ半々になるほどいた。船ごとに哭き叫ぶ虜えられたものの声は海や山を
震わせるほどであった」と朱子学者姜 (カンハン)は『看羊録』に記録する
[北島万次『豊臣秀吉の朝鮮侵略』吉川弘文館、二五九頁]。


243 :朝鮮日々記:2006/10/09(月) 21:31:08 0
真宗僧が見た秀吉の朝鮮侵略
「慶長の役」に医僧として老境の身で従軍した記録、戦場日記だ。
苦戦と厳寒、飢餓の中での転戦、釜山に跋扈する人買い商人たち
への驚きなどがありのままに綴られる。


244 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 23:08:49 0
「この戦、九鬼水軍の大鉄甲船が500隻もあれば勝てたものを…」

と、大河ドラマ「秀吉」で小西行長が言ってましたね。

でもって石田三成が

「陸の戦に船など無用の長物でござろう?」と言ってた。


ちなみに約300年後、対馬海戦でバルチック艦隊を撃破し、
日本を勝利に導いた「東郷平八郎」は小西行長の遠縁の末裔。

245 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 00:23:09 0
>>244
当時の航海技術だと、動力は人と風、大鉄甲船(在れば)が日本海の荒波を越えるのは至難の技。九鬼水軍の大鉄甲船は日本海戦のバルチック艦隊になるぞ。
蒸気動力の船と人力・風力の船は同じ土俵には入らないぞ。

246 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 00:44:17 0
>>245
黙れ、この三国人めが!

247 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 00:58:27 0
追加だが、大鉄甲船は本願寺の補給を断つ為の拠点防御用、長距離移動には適さない。
それに史実は、そんな物(大鉄甲船)が無くても秀吉死亡による撤収が始まるまでは、補給の届く範囲でだが日本優位で戦っていた。

248 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 01:04:09 0
>>247
失敬、三国人ではなかったのね…

核実験で頭に血が上って前後の見境が付かなくなっていた!ゴメン!

249 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 02:01:22 0
ネトウヨは馴れ合いが大得意
ハン板とか東亜はコテハン多すぎ

何か理由があるのだろうか

250 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 02:39:38 0
>>247
長距離輸送力のある船が日本にはなかったということと、陸路が義兵に
寸断されて陸路での補給もままならなかったというのが最大の敗因だろ
うな。補給の届く範囲が実際にはほとんど無かったからなぁ。


>>248
核実験で「三国人」って、意味わからん・・・頭冷やせ。

251 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 07:44:00 0
つうか「ネトウヨ」なんて言葉を使ってる時点で
自分は在チョンだ、と述べている事に気付かないのか?

252 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 14:12:35 0
ネトウヨと言われただけで在日認定ってw

253 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 17:18:44 0
>237
秀吉による統一期の日本の人口は、
手がかりが少ないため諸説あるが、
1200万〜1800万あたりに集中してる。

3000万は元禄以後の話で、江戸初期はもっと少ない。

だから朝鮮半島に1000万ってのは、ちょっと無理っぽい。

254 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 19:59:57 0
>>245
そもそも大鉄甲船の存在は史実で確認されているのか?

255 :緒戦の朝鮮軍が想像以上に貧弱であった :2006/10/10(火) 20:35:34 0
従来、日本軍の補給不足を李舜臣の補給遮断によるものと解釈
されることが多いが、全戦役を通じて九州から釜山までの物資
や人の流通が決定的な補給不全を起していたことはなく、補給
不全を起こしていたのは内陸部の部隊であるので、このことの
みで日本軍の補給路が遮断されたと解釈するのは正しくないと
する意見も近年提出されている。この意見に拠れば、日本軍の
食糧不足の主な原因は緒戦の朝鮮軍が想像以上に貧弱であった
ため奥地へ急進してしまったこと、和戦の曖昧な侵攻による食
料の準備不足、現地が貧しく調達を日本の常識で想定してしま
ったこと、義兵や流民による輸送路襲撃の激化などが挙げられ
る。これらは1593年からの日本本土からの補給作戦の開始と主
力軍の南部への布陣で解消されており、準備を整えた慶長の役
の侵攻作戦では補給の破綻は起きていないとしている。


256 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 20:39:09 0
>>250
長距離輸送力のある船が日本にはなかった
そんな中で釜山が飽和状態になる程の補給物資を運んだ太閤の手腕は凄い。
明軍も日本軍も日露の日本軍同様、陸路は義兵(盗賊)より大量輸送に適さない朝鮮の悪路に泣いていた。
義兵も後期になると上層部が活動を報いない事から日・明・朝関係無く襲い易い方を襲う盗賊と化した。

257 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 20:45:17 0
>>256
それ、日清戦争でも同様の理由で両軍共に苦労してるね。
特に清軍側は朝鮮の悪路に負けたとかも言われてるとか・・・


258 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 20:46:57 O
>>255
ソースを教えて欲しい

259 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 21:13:02 O
>>254
されてるだろ。
信長公記などの国内資料のみならず、オルガンティーノの報告書にも書かれてるんだから

260 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 21:26:04 0
以前読んだ本では木津河口を封鎖するための浮上要塞みたいな書かれ方だった。

261 :小西行長朝鮮人説:2006/10/10(火) 21:28:28 0
小西 行長(こにし ゆきなが)
行長の父小西如清はみそや弥十郎とも云われ、戦場で討ち取った
首の脳味噌を買い付け、生薬として売るのを業としていたらしい。このことから
曲直瀬玄朔が著した『延寿院記』の記述「首から脳味噌を抜き取って丸薬にして
商うみそ屋は唐人(朝鮮渡来人)」から、矢切止夫氏は行長は朝鮮人だったとい
う説を立てている。(矢切止夫著『武将意外史』参考)


262 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 21:29:33 0
>>259

ハア?それらの記録には「鉄甲」船とは書かれていませんが。

263 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 21:43:28 O
>>262
鉄板で船体が覆われてたって書いてんだからそーゆーことでしょ

264 :亀甲船(コブッソン):2006/10/10(火) 21:52:56 0
鎮海・海軍士官学校内に展示されている亀甲船。
軍港祭(桜祭り)の期間のみ一般公開している。
亀甲船は李舜臣将軍率いる朝鮮水軍の
シンボルとも言うべき大型装甲鑑であるが、
亀甲船自体は慶長の役の緒戦(漆川梁海戦)で
全滅したと見られている。
http://cgjbusan.hp.infoseek.co.jp/shiseki/Gyeongnam/Geobukseon/Geobukseon01.html






265 :亀甲船(コブッソン):2006/10/10(火) 21:54:49 0
亀甲船については様々な論争がある。全体が鉄甲に包まれていた
のではなく、甲部分だけ鉄甲に覆われて真の鉄甲船とみることは
難しいとの主張から、2階または3階の構造説に二隻の船を利用
した形だったという説まで。朝鮮太宗(チョソン・テジョン、第
3代王)のときから記録に言及され始めた亀甲船は、壬辰倭乱
(文禄慶弔の役)を経て18世紀正祖(朝鮮・第22代王)時代
にも登場する。壬辰倭乱当時、亀甲船は李舜臣(イ・スンシン)
将軍の指揮で、軍官・羅大用(ナ・デョン)などが建造したという。

266 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 21:55:23 0
>>263
だから、「鉄板で船体が覆われてた」なんて書かれていません。
ソースを原文で抜き出してみなさい。

267 :信長の「鉄甲船」:2006/10/10(火) 22:10:18 0
織田信長は、1578年には配下の水軍を率いる部将九鬼嘉隆に命じて伊勢で6艘の
大安宅船を建造させた。その規模は、その噂を聞いて書き残した興福寺の
僧侶の記録(『多聞院日記』)によれば横七間(幅約12.6m)、竪十二、
三間(長さ約24m)で、鉄張りであったという。鉄張りにしたのは毛利氏
の水軍が装備する火器の攻撃による類焼を防ぐためと考えられ、当時の軍
船としては世界的にみても珍しい。これが有名な信長の「鉄甲船」で、
多聞院日記の通りだとすれば全長が寸胴過ぎるため、実際には30mから50m
ほどの規模であったと考えられている。この大安宅船を実見した宣教師
ルイス・フロイスの証言によれば、各船は3門の大砲と無数の大鉄砲で装
備していたといい、大阪湾に回航されて毛利氏や雑賀衆の水軍との戦い
に活躍した。

268 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 22:13:40 0
>>267
『多聞院日記』には、「鉄甲船」については
伝聞の内容を記しているだけで
筆者が実物をみて記しているわけではない。
ルイス・フロイスの証言には、どこにも、
「鉄板で船体が覆われてた」とは述べられてはいない。

よって、「鉄甲船」が存在していた確証は無い。

269 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 22:36:18 0
☆ チン

        ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ ___\(\・∀・)<金正日の粛清まだー?
             \_/⊂ ⊂_)_ \_______
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|
        |           .|/


270 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 23:39:51 0
亀甲船
韓国の史料通りだと、人間動力には重過ぎる装備の性で船足の遅く、日本水軍に追い付けず歯軋りしながら彼方を航行する日本水軍を遠目に眺める亀甲船部隊の姿しか思い浮かばない。
亀甲船を文字面で捉えれば拠点防御用の盲船、もしくは甲板をドーム(暗色の布)で覆い見つかり難くした奇襲専用の船かも。

271 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 00:48:06 0
>>268
まあ、無かった事の証明も出来ないんだけどね。
江戸初期に総銅板貼りの巨船「安宅丸」が作られたのはまぎれもない史実だし
技術史的に見れば「あった」可能性のほうが大きい。

272 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 01:54:46 0
数十艘もの大鉄甲船から数百もの大筒を一斉砲撃して明・朝鮮の艦隊を撃沈して欲しかったです!



273 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 07:57:26 0
>>271
鉄甲船の安宅船ならば、トップヘビーになり、
防御力もたいしたことも無く、
海で使うならば塩気ですぐにさびてしまい、
合理性がありませんがw

274 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 09:33:03 0
>>273
鉄板は単なる防火用の装備ですが?
一回限りの特務艦だったとするなら非合理的なところは何一つありません

275 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 11:22:15 0
中国の歴史に関する娯楽・文学は三戦板のご利用を

http://hobby8.2ch.net/warhis/

276 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 16:33:06 0
>>274
費用対効果を考えるなら非効率。

277 :李舜臣:2006/10/11(水) 21:25:57 0
勝つために人民を犠牲にした稀代の迷将です。

日本軍は占領軍です。
大義名分のためには占領地の住民に支配するための物資を与えなければいけません。

李舜臣は日本軍が占領するであろう地に先回りして、住民から生活物資全て略奪して田畑を焼いたのです。
そして、日本軍の補給部隊を徹底的に叩いたのです。
正規軍と戦わずして勝つ作戦です。
日本軍より地の利があるので先回りが可能なのです。

この戦術の利点は何と言っても
金がかからない!!!!!
自軍兵士の損害も少ない。
国力そのままを武器としたのです。

確かに勝てる作戦です。
まぁこんな作戦を運用した時点で統率力はあったのでしょう。
彼の最後は最後らしく日本軍最強の正規兵「島津軍」と対峙して戦死だそうで。

勝つために手段を問わない作戦とはこのことです。
戦争ですからね。
賞賛に値するかどうかは個人の倫理観だと思います。


278 :李舜臣級駆逐艦:2006/10/11(水) 21:26:50 0
忠武公李舜臣級駆逐艦(チュンムゴン・イ・スンシンきゅうく
ちくかん)は大韓民国の次期駆逐艦計画により生産された国産駆逐艦。
別名はKD-II。計画名のKDX-IIで認識されることも多い。
209型潜水艦に同音の艦(李純信、Lee Sun Sin)があるため、
「忠武公」が加えられている。

279 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 21:35:48 0
「勝つために人民を犠牲にした」というか、史上ありふれた焦土戦術に見えますが・・・

280 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 21:38:52 0
>>278
何もしないで崩れた某橋や某ビルと一緒じゃないと思いたい、韓国製だとどうも不安だ。韓国注文で他国が作った「(外)国産」なら不安は無い。

281 :李舜臣の最期 :2006/10/11(水) 21:53:10 0
実は李舜臣は、日本が誇る猛将島津義弘に敗れて敗死しているのだ。

朝鮮側の立場で書かれた書物には、『李舜臣は島津軍に勝利するも、
敗走する島津軍を追撃する途中に、不幸にも流れ弾を受けて戦死した。
』と書かれている。中には李舜臣の勝利した戦だけを詳しく記述し、
その最期については全く書いていない物まである。

だが島津側の書物には、『島津義弘が李舜臣との決戦に勝利し敗死
させた。』と書かれている訳で。ていうかこの島津義弘の軍勢は、
たった1万の軍勢で朝鮮に渡り、日本に帰国するまでの間に3万8千
もの首を取ったらしい。


282 :広開土大王級駆逐艦(クァンゲトデワン ):2006/10/11(水) 21:55:22 0
第2次世界大戦期のアメリカ製駆逐艦12隻(ギアリング級駆逐艦7隻、
アレン・M・サムナー級駆逐艦2隻、フレッチャー級駆逐艦3隻)
を更新するために、大宇重工業が研究、開発。1995年に起工し
1998年には一番艦が竣工した。建造費は一隻あたり約7056億ウ
ォン(706億円)。 最大12隻までの建造構想があったが、より大
型の李舜臣級駆逐艦・KDX-IIIへの移行に伴い、3隻で建造は終
了している。


283 :世界@名無史さん:2006/10/11(水) 23:15:14 0
>>281
その戦いで明・朝鮮軍は副将が戦死する程の被害を日本軍から受けた。この戦いは将校の被害から明・朝鮮軍の完敗だろ。

李舜臣は焦土戦術までやったが日本軍の補給線を最後まで切れなかった。どんなに個人が頑張っても周囲の理解と協力が無ければ戦争は勝てない。

284 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 14:34:30 0
だから日本は失敗したんだね

285 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 19:23:24 O
自称勝利だし

286 :評価の難しい軍人:2006/10/12(木) 19:26:54 0
李舜臣提督は、当時の李氏朝鮮がいかに「無能、無策、無責任」
であり、かつ当時の朝鮮の民が「李朝にいかに愛想に尽くしていたか」
を理解しないと偉大に見えないという、ある意味東郷やネルソンより
も評価の難しい軍人であると私は思う。
 だから、東郷を引き合いに出しても李舜臣提督の評価にはつなが
らない。

 李提督を評価するには、当時の李氏朝鮮がいかに「無能、無策、
無責任」であり、かつ当時の朝鮮の民が「李朝にいかに愛想に尽く
していたか」を引き合いに出し、敵である当時の日本武士団がいか
に精強であったかを語らないといけない。
 でないと、「絶望的に弱い自軍と、混乱しきった自国の政治状況
下で、何とか艦隊をくみ上げ、圧倒的に強い敵に挫けず立ち向かい、
損害を与えた」という、ある一面では非常に高く評価できる一面が
見えてこない。


287 :プロフェッショナル:2006/10/12(木) 19:28:02 0
いわゆる韓国の教科書で語られるような、「常に寡をもって衆
を圧した」「神がかった聖将」というものでなく、
 自軍より数の少ない船団を狙い撃ちしたり、停泊中で動けない
船を襲ったり、素人からすれば「卑怯」と思われるかもしれませんが、
職業軍人としては至極まっとうです。
 ようするに、かの国にしては珍しい「プロフェッショナル」
な人物ではなかったか?と思ってます。

 それだけに、現在の韓国における彼の評価は、的外れもいいとこで、
むしろ彼のほめるべき部分を台無しにしているように感じるのです。


288 :仮想シナリオ:2006/10/12(木) 21:01:07 0
韓国海軍と日本海軍の間で戦闘が起こったらどうなるか。両国の海軍力に多大の差が
あるから結果は推し測ることができるが、むしろ「与件上」、我が国の海軍が手出しする
間もなく敗れるだろうというシナリオが出て、関心を集めている。

国防力強化のための市民団体である「自主国防ネットワーク」( www.KoreaDefense.Net )
のシン・インギュン事務処長が21日に提示したシナリオによれば、独島周辺海域で両国
海軍の間で戦闘が発生した場合、黄海(平沢)にある我が海軍の第2艦隊は東海(訳注:
日本海)に行く時間がない。また北朝鮮を牽制せねばならないから容易には動けない。

鎮海にある第3艦隊は、佐世保から攻撃する日本海上自衛隊の第2護衛隊群(我が海
軍の機動戦隊に相当)によって進路を阻まれ、大韓海峡(訳注:対馬海峡)の通過もでき
ない。特に釜山にいる第3艦隊は司令部を置いていながらも専用埠頭がなく鎮海の海軍
作戦司令部埠頭に居候しているから、南海に出るだけで相当の時間がかかる。

我が軍が日本艦艇にミサイルを発射しても、日本のイージス艦「みょうこう」と「ちょうかい」
指揮によってすべて要撃されるはずであり、KDX-2駆逐艦は日本のミサイルに空しく倒れ
てしまう。結局、ろくに手出ししないうちに我が海軍が一方的に莫大な被害をこうむる、と
いうシナリオだ。


289 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 22:49:05 0
庶民は朝鮮の普段からの悪政で上層部を憎む事甚だしい。国軍は国王一族の逃亡で名実共に崩壊、確かにこんな中、戦果が出せなくても李舜臣は良く戦ったよ。
李朝
兵力 食い詰めた盗賊崩れの雑兵、利己主義が強く民族病となっているので纏りに欠ける。
補給 後方は崩壊、例え崩壊が無くても派閥意識と悪路で補給が滞るのは確実、略奪による現地調達以外無い。
将校 朝鮮将校は分裂、明将校はまともに戦わない。
日本
兵力 大半は臨時雇いの足軽、職業兵士も多少有り。無能な将校でなければ良く従う。
補給 悪路の朝鮮内陸部以外は良く行届いている。
将校 確執が有りイマイチ纏りに欠けるが分裂に至ってはいない。

勝負以前の問題だな。

290 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 07:17:55 0
>食い詰めた盗賊崩れの雑兵

当時の李朝の兵制がよく分からないので解説よろ

291 :官軍が5000人:2006/10/13(金) 20:40:03 0
官軍が5000人しか居ない当時の朝鮮が日本に勝つのは不可能。

日本は無抵抗同然の朝鮮を一通り制圧した所で明の大軍相手の
交戦状態に突入。

李舜臣は壊滅後の敗残兵を率いてチョロチョロしていたのを
島津隊に捕捉されて鎮圧されただけ。


292 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 20:46:47 0
定期の世界史はほぼ糞。

293 :李朝初期の兵制:2006/10/13(金) 20:57:56 0
李朝初期の兵制は、原則的には両班と賎民階級を除く、
良民と農民を根幹とした農兵一致、全国皆兵制度であった。
併し、それを支える経済的基盤が無かった為に、直ぐに有名無
実な制度となった。更に農民達は、避役によって軍役に抵抗した為、
後には「軍布」を出すだけで、代役を立てる者も多く出て来た。
 地方の軍監督官も、「軍布」を受け取って兵役を免除するばかりか、
「軍布」を確りと着服する。農兵一致の軍役制度が瓦解するのも当
然である。そして、軍役制度は自然に傭兵制となり、「軍布」の徴
収のみで経常軍事費を維持していた。


294 :新生児は生後3日で軍籍に編入:2006/10/13(金) 21:04:57 0
軍布徴収の量は一定せず、政府も全国的な数量を把握出来ないまま、
軍事費を捻出するために収奪を強化するばかり。それにより、大き
な財政混乱と弊害が生じ、農民の貧窮化と逃亡を促す事となった。
農民が逃亡すれば、李朝の収奪の基盤も無くなると言う事だ。
 それを穴埋めする為に、更に農民を痛めつける軍制を設けるのだ。
「白骨徴布」とは、逃亡者の滞納分をその子孫に弁償させる事が
出来ると言う軍制だし、「黄口簽丁」は、新生児は生後3日で軍
籍に編入させられ、その分の軍布の支払いを強制する軍制である。
また、避役者や逃亡者の穴埋めは、隣人や親族にも徹底的にしても
らうのだ。


295 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 21:07:09 0
こんな惨状じゃ対馬一つにも勝てないはずだよ。

296 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 23:07:03 0
露梁は、ともあれ、両方が勝ったと言っている戦い。
ところが今の本(日本の本にも)あたかも朝鮮が勝った
というイメージで書いたものが多い。

だから、この分野のこれまでの書籍は90%以上信用が置けない。
客観的、合理的な解説本が皆無に等しい。
二次資料、三次資料はては○○次資料を書き写した類のものが
堂々と書店でまかり通っている。

この役の本格研究、分析、知識の一般化は緒についたばかりと言える。

297 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 01:04:25 0
>>293-294
解説サンクス。
官制などは明の影響が強いみたいだけど
軍戸制を取り入れようとはしなかったのだね。

歩兵と騎兵に分かれていたらしいが
徴兵された者をどうやって分けていたんだろう。

298 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 01:30:38 0
黄文雄の本によると、朝鮮の独立運動家が秀吉の朝鮮出兵によって朝鮮の住民
が戦死や餓死などで300万人死んだと言っていたと書いてあったよ。

299 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 05:33:45 0
>>297
>官制などは明の影響が強いみたいだけど
>軍戸制を取り入れようとはしなかったのだね。

大明の朝鮮藩ですから。

300 :297:2006/10/15(日) 13:16:54 0


301 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 22:16:00 0
>>297
袖の下次第だったけど一応、適正は見たらしい。
>>298
明、朝鮮がやった焦土作戦って徹底していたんだ。

302 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 09:53:17 O
ウィキペディア日本語版の李舜臣が韓国人に荒されているそうなので知識のある皆さんには応援をお願いします。

303 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 10:57:23 0
韓国人に語らせたら神か魔か状態になるからな。
この戦争の実態がはっきりしないのも、韓国人の
悪影響大だと思うよ。

304 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:15:13 0
「学」というものが体質として身についていないからね。
感情論があるだけ。

305 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:28:08 0
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306 :世界@名無史さん:2006/10/17(火) 14:33:39 0
>>304
朝鮮は政権安定のため優秀な人物を芽の内に摘んでいたから、朝鮮の弊害を韓国は今も引いている。

307 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 10:24:53 0
wikの露梁、また無理矢理に朝鮮勝利にされてるぞw
やる事が余りにも恣意的なんだよな。

308 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 19:13:51 0
あそこの歴史は捏造でもしなければ正視できない。
朝鮮史読んで見たが、陰鬱で全然楽しく無かった。

309 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:03:31 0
所詮は他人事だからな。
「楽しい」とか「楽しくない」とか言えるのは。

もしも、自民族に繁栄も栄光も勝利も無く、延々と敗者であり続け、奴隷で
あり続けたと言う事実だけ突きつけられるような歴史だとしたら、頭がおか
しくなるかも知れんよなw

310 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:16:00 O
ウィキの李舜臣がまた書き替えられた。
他の項目も汚染され始めた。

311 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:28:39 0
>>308
実際の話、朝鮮史マニアの多くはその陰鬱さが好きで読んでると思う。

312 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:33:13 0
由々しき事態だな。
つーか巧妙だよな。何時の間にか少しずつ表現を変えていって
朝鮮側が有利な雰囲気の文体にしてる。
これは間違いなく在日コリアンの仕業だろう。これからも微妙な書き換えは続くぞ。

海外サイトでのコリアンの暴れようは周知だけど、最近になって急に
日本国内でも工作が活発化し始めたのは何故なんだ?

313 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:42:22 0
>>311
そう。
壬辰・丁酉倭乱の記事よりも、そこで活躍した李氏朝鮮の名将・功臣たちが
次々に粛清されていくダメっぷりなんか、もうたまりませんがな。
光海君タン(;´Д`)ハァハァ

314 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 21:03:15 0
日本人なら虚しくてやってられないよなあ。

315 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 21:19:32 0
>>313
うむ。ああいう両班が観念論で果てしない党争に明け暮れている一方で
水尺・才人や盗賊の下層民が独特な反秩序の世界を形成していたりとか
あの暗くてゴシックな世界はちょっと他に類をみない気がする。
韓国人は人工的な栄光ではなくもっとその「暗さ」を誇るべきだろう。

316 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 21:33:12 0
秀吉は門番を逆さまにして磔にした

317 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 21:47:02 0
戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/

318 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 23:17:00 0
残虐さ、陰湿さで明の洪武帝、朝鮮の歴代国王の方が秀吉の数段上をいっている。

319 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 00:33:12 0
晋州城攻防戦は、壬辰倭乱の中で最大の戦だったんだよな。
一回目の戦は朝鮮側が持ちこたえ、二回目の戦は日本側が徹底的に攻めて陥落させた。

いずれにせよ、一回目の戦で持ちこたえたことはニダーさんの自尊心になっている。


320 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 09:06:13 0
ttp://jbbs.joins.com/content.asp?board_idx=1355&page=1&tb_name=m_discuss1
一番下の絵、ありえんだろ・・・・・

321 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 10:27:46 0
>>319
二度目の戦いは意見が纏らずに日本に負けたと言うより内部崩壊で自滅した感じ。内輪揉め起こさなかったら二度目も防衛出来たのでは。
この戦いは朝鮮もやれば出来る事を証明しているのだが詰らない自意識で台無しにしている。

朝鮮が立たなくて高麗のままだったら文禄で無人の野を行く快進撃は無かったかも。

322 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 10:43:28 0
後から弁解カコワルイw

323 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 15:10:35 0
>>321
その内輪揉めというのは、晋州城を放棄して撤退するか
あくまで死守して城を枕に討ち死にするかの対立だったから
どの道、城兵側にもう余力はなかったのだろう。


324 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 16:23:59 0
>>323
表現するなら
「勝つには勝ったが、どうやら最後の力を使い果たしたらしい(byオルテガ)。」
か。
他からの増援は無かったの?

325 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 18:02:49 0
篭城側の意見対立ってのは、踏みとどまるか放棄するかの二択しかないから
323は当然だろう。
つまり、日本側の攻撃がそこまで朝鮮側を追い込んでいただけであり、
これを内輪もめの内部崩壊などと見るのは、
祖国に特別の思い入れのある人間くらいだな。



326 :321:2006/10/19(木) 18:16:45 0
>>325
朝鮮時代の半島を見ると内輪揉め(党争)に明け暮れていたから、戦果が出せたので誰が今後の音頭(大将)を取るかで揉め始めたのかと思った。

327 :イギリスの海軍学校でイスンシンが尊敬されてる:2006/10/19(木) 21:40:02 0
Admiral Ballard of the Royal Navy considered Yi Sun-Sin a great naval commander, and compared him to Lord Nelson of England:

It is always difficult for Englishmen to admit that Nelson ever had an equal in his profession, but if any man is entitled to be so regarded,
it should be this great naval commander of Asian race who never knew defeat and died in the presence of the enemy;
of whose movements a track-chart might be compiled from the wrecks of hundreds of Japanese ships lying with their valiant crews at the bottom of the sea,
off the coasts of the Korean peninsula… and it seems, in truth, no exaggeration to assert that from first to last he never made a mistake,
for his work was so complete under each variety of circumstances as to defy criticism… His whole career might be summarized by saying that,
although he had no lessons from past history to serve as a guide, he waged war on the sea as it should be waged if it is to produce definite results,
and ended by making the supreme sacrifice of a defender of his country. (The Influence of the Sea on The Political History of Japan, pp. 66?67.)


328 :忠武公・李舜臣艦:2006/10/19(木) 21:43:14 0
新型の韓国型駆逐艦「忠武公・李舜臣艦」(4400トン)などで編成された韓国海軍の
巡航訓練艦隊が26日午前、英ロンドン南部のポーツマス港に入港し、6日間の英国訪問の
日程をスタートした。
 
 同日、ポーツマス港には趙潤済駐英韓国大使をはじめとする大使館関係者や現地に住む
韓国人約200人、朝鮮戦争への参戦者約80人が集まり、太極旗を振って韓国海軍の
3度目の英国訪問を熱烈に歓迎した。

 海軍巡航訓練艦隊は今後、28日には英国のトラファルガー海戦勝利とネルソン提督の
殉国200周年を記念する国際観艦式、30日には国際海洋祭りなどに参加するほか、
観艦式に参加する国々との軍事外交を展開する予定。また、軍楽隊やサムルノリ公演、
テコンドーの模範演技などを通じ、韓国の文化を紹介する計画だ。
 海軍巡航訓練艦隊のチェ・ユンヒ提督は「史上最大規模の国際観艦式に忠武公・
李舜臣艦が参加できたことは非常に意味深いこと。英国訪問中は、友邦国との友好を深める
ことに最大限努力する」と述べた。
 海軍巡航訓練艦隊は7月1日に英国訪問の日程を終え、次の寄港地のドイツに向かう予定。


329 :李舜臣の英雄化は日本が主導した:2006/10/19(木) 21:49:18 0
李舜臣(イ・スンシン)、郭再祐(クァク・ジェウ)将軍を振り返る=20日、
パク・ファンム・ナクソンデ研究所研究院とハ・ヨンフィ・テドン古典研究所教授は
それぞれ壬辰の乱の英雄李舜臣、郭再祐将軍と関連通念を覆す解釈を出す予定だ。

パク研究員は「李舜臣、帝国と植民地の間で」という論文を通じて「李舜臣将軍を『民族の守護者』
『東洋のネルソン』と作り上げたのは日本」とし「日清戦争を控えた1892年、
日本の現役陸軍大尉である柴山尚則が書いた
『李舜臣伝』が李舜臣を世界史の名将に仕立てた母胎だった」と主張した。

彼は「3.1運動以後、文一平(ムン・イルピョン)、申采浩(シン・チェホ)、
李光洙(イ・グァンス)らがそれぞれ李舜臣に関する論文などを発表した」とし
「李舜臣を『救国の英雄』と表したのは日中戦争以後の総動員体制で、
植民地朝鮮と帝国日本の間の内鮮一体と統合を強調する論理として活用された」と主張した。
ハ教授は「火旺山城(ファワンサンソン)の記憶」という論文を通じて
「1597年、加藤清正の侵略を郭再祐将軍が慶南昌寧火旺山城で塞いだという記録は
実在より誇張されている」と主張した。
彼は「もともと火旺山城は戦争がない疎開先にすぎなかった」とし
「137年の歳月が経った1734年に出版された『倡義(チャンイ)録』を通じて
火旺山城の記憶は誇張され始めた」と明らかにした。


330 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 00:41:00 0
>>281

その後長らく朝鮮や明で「石曼子」(シマズ)といえば泣く子も黙る鬼として
恐れられた。
後年彼は関が原で、負け戦の中必死の退却を行い、西軍に居ながら本領安堵したんだよな。
この猛将は八十五歳の長寿を保った。晩年は老人ボケで食事も排泄もままならなかったが、
家臣が法螺貝をならすと居住まいを正した、という。

331 :石曼津(シーマンズ):2006/10/20(金) 05:33:10 0
薩軍の戦いぶりは、朝鮮を畏怖させた。泗川の戦いである。朝鮮攻略の拠点として築いた泗川新城に、明軍20万の軍兵に城を包囲されてしまう。
義弘は冷静に敵を引き付けて反撃に転じ、混乱した明軍の隙を突くことに成功する。混乱した明軍に、火薬庫爆発の惨事が重なり明軍は撤退する。

これ以後、島津の名前は朝鮮・明国側に轟き、石曼津(シーマンズ)と呼ばれ恐れられた。

そんな折も折、秀吉逝去の報が入り、退却を余儀なくされる。義弘は水軍を率い小西行長を救出、朝鮮の名将・李舜臣と交戦し、これを退け日本軍の退路をなんとか見出すに至った。



332 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 18:21:51 0
>>331
なんとか見出すも何も、明・朝鮮側が講和を破って不意打ちしたにも関わらずその戦いで日本軍に完敗(将校の被害から見て)している。

333 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 18:54:43 0
泗川の戦は日本側大勝利だが、現在の韓国に対する妙な配慮のせいでほとんど世間には知られていない。

朝鮮側の勝利といえば、幸州城篭城戦くらいじゃないか?

334 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 19:49:54 0
>>333
幸州城でも、日本側は失敗したとはいえ、
敵方に物資補給がなされたのを確認した上での
無理をしない判断で秩序保っての撤退で、軍組織が
瓦解するほどの敗北はしてない。篭城側は被害甚大で
結局城を放棄せざるを得ない状況に追い込まれてる。
大捷というには随分とお粗末な勝利だと思った。

335 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 20:01:37 0
>>334
実にならない党争に明け暮れていた朝鮮が、百年近い戦闘のノウハウが在る日本と渡り合った。
満身創痍の勝利でも朝鮮なら大勝でいいだろ。

336 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 23:57:24 O
>>334
お前は朝鮮人か?

337 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 00:11:41 0
>>331
2chの過去ログで見た話なんだけど20万は過大だろ。明軍全体で20万いたかどうか

338 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 02:32:49 0
その後の関が原とのエピソードも含めて、つくづく島津義弘とは凄い武将だ。

ぜひ大河ドラマでやってほしい。

339 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 04:05:12 O
たしか伊達政宗も参戦してるんだよね?
なんか活躍したんだろうか?
異国の地を駆ける独眼竜モエス…(*´д`)ハァハァ

340 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 05:45:21 0
>>339
金海城の戦いで数に勝る明軍に奇襲かけて蹴散らしたり、
晋州城で伊達勢が最も首級あげたとかで秀吉から感状もらってる。

341 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 11:59:07 O
>>340
へ〜結構活躍してたんだな。
あの三日月兜かぶって中華兵相手に刃を交えたのか…カ、カッコエェ
日本の歴史ドラマもたまにはこういう数少ない異民族同士の戦いを取り上げたらいいのに。
絵的にもかなり面白いし話のスケールもでかいし、それこそネタの宝庫だと思うんだがなぁ。
まぁ朝鮮中国相手だから歴史問題も絡んで色々難しいんだろうが…

342 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 14:01:11 0
朝鮮に投入された明軍は大体10万と聞くが。

343 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 14:09:56 0
加藤清正が前線基地として半島南部各地に作った日本式の城「倭城」の廃墟があちこちに残っている。
城郭研究者には大変貴重な存在だが、ニダーさんは「負の遺産」としてこれらの保存に積極的ではない。

344 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 15:04:10 0
倭城の跡には
「追い詰められ困窮した日本の武士は糞尿を飲んで飢えをしのいだ」
という看板が立ってるらしいな

345 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 15:24:57 0
>>344
一方ウリナラの両班は倭城を占領し嘗糞飲尿の宴会でこれを祝った。

346 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 23:37:24 0
清正は、蔚山(一発変換できる!)の篭城戦で、落城寸前まで追い込まれたんだったな。

帰国後熊本城を築城するに当たり、畳の芯を食べられるイモガラで作るなど、飢え対策をしておいた。

347 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 01:40:43 O
>>338
韓国様マンセーのNHKにはあんまり期待できないんじゃない?

348 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 01:51:24 0
>>347

そんなのわかりきってるわ。
「北条時宗」のときだって、元のスパイとして訪れた高麗の使者を
「平和の使者」として画いているんだからなぁ。

349 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 13:15:29 O
まあNHKの時代劇は全般にヒドス
ヒューマニズムとか平和主義とか当時存在しない観念を平気で
前面に出して来るからシラケる。モンゴルと平和共存を
目指す北条時宗なんて噴飯もの。

350 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 13:34:50 0
「功名が辻」では、千代が反戦主義者だったりする。

「利家とまつ」では、史実では一向一揆を生け捕りにして磔火あぶり釜茹でにした
利家を、一向宗を保護したことにしている。


351 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 13:51:47 0
現代の価値観で作らざるをえないんじゃ。勘弁してやれ。

352 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 18:55:37 0
「内府殿」などと言うと「なんでこの時代にナイフがあるんだ!」とか抗議
するDQN視聴者もいるらしいからなw
「徳川殿」とか「家康様」とか平気で言う方が違和感あるだろうに・・・。

353 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 19:51:33 0
じゃあナイフじゃなくて小刀殿ならいいのか?

354 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 00:56:47 0
韓国人がうるさいから、日本では軍記物として楽しむ機会は少ないが、
韓国人の情に訴え、相手責めぬく手法が通用しない欧米では、中華帝国と
日本の16世紀最大の戦争として知られてるらしい。

355 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 01:38:44 0
これかね。韓国人がどうとかいう話じゃないな。

885 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2006/06/29(木) 14:35:48 0
昨日の朝日新聞の夕刊に「倭乱と東アジア」短期連載の記事が載ってけど、
「壬辰倭乱」をテーマにした韓国でのシンポジウムが6月19日〜22日迄
やっていて、韓国・日本・欧米の学者30人の歴史学者が議論してて、その中で
目を引いたのは、ケネス・スオーブ米ポールステート大準教授は「日本と朝鮮の間
の戦争だとの見方はやめるべきだ」。言って戦争構図は明を中心にした東アジア
の支配体制・秩序への秀吉の挑戦。日本と明との戦争であり、明は当初は内乱の
為に兵を送れなかったが、朝鮮の要請ではなく自分の利益のために参戦した。
886 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2006/06/29(木) 14:47:15 0
上の続き
また、明軍は弱いと言うイメージがあるが、明を倒した清によって作られたもので、
当時は武器も優秀で精強だった。一方の秀吉軍は戦乱で鍛え上げられた世界
最強の軍団。両者の激突は16世紀最大の戦争だった、スオーブス準教授
(中国軍事史)位置付けた。あとはオランダ・ライデン大学のW・J
ポート教授(日本思想史)は「朝鮮征伐は、当時の日本の実力者の間で広く
共有されていた」正気を失った秀吉の暴走との見方に否定的な考えを示した。
後は読んでチョ。

356 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 14:09:02 0
世界最強の日本軍に勝ったウリナラこそ世界一ニダ!などとホルホルするのかね。

357 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 18:43:50 O
>>352
内府がナイフはひどいな
アホとしか言いようがない

358 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 20:47:24 0
>>357
それはギャグに近いネタだが
今の歴史知識の無い(或いは義務教育程度のレベル)視聴者に合わせなきゃ
ならないから当時の呼び方じゃクレーム来るのは本当だそうだ。
「娯楽番組なんだから視聴者に優しい内容にしろ」という投書が平気で来る。

359 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 09:50:30 0
教養番組じゃないのか…。

360 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 21:19:21 0
 文芸春秋11月号は、中国人歴史研究家・趙無眠なる人の「日中戦争 中国も同罪だ」という
論文を掲載している。中国語で書かれた論文の原題は、「もし日本が戦勝国であったなら」。
筆者はアメリカ在住で、中国内のサイトでは民族の裏切り者と集中砲火を浴びている。

 本論文は、ネット上で自由に閲覧できたが、すでに規制の網がかかっている。日中関係を
考えるに当り、数々の示唆に富む論文を、埋もれさせてしまうのは惜しいと、文春が筆者の
許可を得て掲載したものである。
http://blogs.yahoo.co.jp/kim123hiro/archive/2006/10/14

この論文で、著者は、モンゴルや満州族のその後を例に挙げ、日本が中国を征服するのは
中国が日本を征服するのと同じ、と指摘し、暗に征服されるべきだったと書いている。
台湾や満州は発展したと。
秀吉の時代にシナを征服したら、満州族に征服されるよりシナは発展しただろうが、
日本はその後どうなっただろうか?

361 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 21:26:54 0
当時の豊臣政権に植民地のインフラ整備なんて思考ある訳無いだろ。
16世紀と19世紀の国家観をごっちゃにしているなw

362 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 21:47:17 0
>>361
主に社会制度は改善されるはずだ。
日本だって、信長の楽市・楽座で改善されたように。
満州族だって、善政を敷いて、シナ人は激増したんだぞ。

363 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 23:09:26 O
>>360
日本人は満洲人に比べると支那文化への免疫ができてるというか、古代からかなり扱い慣れてたから、
支那を征服していても、満洲人のように完全に漢化してしまったろうかね?
どうだろ。

364 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 23:46:04 0
日本がアメリカに潰されんかったら、もっと豊かになってたと
考える中国人や韓国人も出現し始めてるんかな?
北朝鮮は言うに及ばず、中国も韓国も不当に殺された人間の数は、
日本に統治されてた時代よりも圧倒的に多いのが現実の歴史なわけだから。

365 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 00:15:05 0
アメリカの植民地だから発展した。


366 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 01:21:38 0
中国制覇に成功していたら、日本は破産していたか内地が重税で悲惨な事になっていた。

367 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 01:39:50 O
征服地から富を吸い上げずして何のための海外征服か。

368 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 09:29:16 O
日本語版ウィキ「李舜臣」のノートで韓国人が暴れています。
追放にご協力を。

369 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 15:05:03 0
>>364
北京が首都になるだろうから、やっぱり、中国を中心とする国作りになったんじゃないか?

370 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 18:27:12 0
李舜臣は糞。

371 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 19:02:08 0
糞じゃないぞ、朝鮮人にしては良く頑張った。

372 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 20:04:45 0
その李舜臣(一発変換できる!)を討った島津は・・・

373 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 20:24:30 0
まあ、李舜臣も相手が悪かった。
当時の日本でも最強クラスの武将と戦ったのだから完敗もやもおえない。

374 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 20:26:55 0
朝鮮でも捨てかまりとか使ったんだろうか?

375 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 11:24:12 0
捨てかまりは退却戦の戦法では?

376 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 12:15:15 O
李舜臣将軍もネルソン提督も戦死した海戦で完勝したことでわかっています

377 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 17:12:33 0
ひとつの海戦で戦死した提督が一人か二人だけなら「狙撃されたんだ」とか言い訳できるんだけどね。

378 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 20:46:50 O
倭人の口惜しい歯軋りですね

379 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 21:30:30 0
日本軍と明軍の戦い。朝鮮が出る幕じゃないのは明か。

380 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 21:40:26 0
明に負けたんだよ。
朝鮮じゃないんだよ。
日本は偉大だよ。
無敵なんだよ。


381 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 21:49:00 0
日本が負けたんじゃなくて秀吉が病死したから引き上げただけだろ。
明側の文献にも「我々は勝った」みたいなことは書いてないみたいだよ。

382 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 22:11:44 0
そうだ。間違いないよ。
日本は勝利した。秀吉が死んだので撤退しただけ。
やっぱり世界最強。無敵。

383 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 22:48:39 0
勝利はしてないだろ…。
こういう場合勝ち負けはどうなるんだろうね。太閤の死で戦争目的がなくなっちゃったわけだが。
講和条約は対馬が偽造してるから認識に差があるし。

384 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 23:46:28 0
客観的勝敗の存在しない戦争なんていくらでもあるよ。
戦況に全く関係ない講和も同じく。

385 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 00:41:42 0
戦況が優位でも明への要求が何一つ通らず終ったのだから、日本の負けだろ。

386 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 00:54:47 0
明側も勝てなかった事は認めてるし、日本側もそうだろう。
約一名、吼えてるのがいるが、これは当戦争の対象外であるから無問題。

387 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 01:07:19 0
最期に戦場にふみとどまった方が勝ち

388 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 09:41:06 0
>>355
>当時は武器も優秀で精強だった
明の武器の何が優秀だったの?

>>183でも鉄砲は青銅製で難有りなのに、装備が誉められてたりしてよくわからん。
鎧とかは大差ないよね?大砲とか弩のこと?

389 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 13:21:23 0
「五胡十六国〜清までの軍事史」スレより
武器は微妙な気がする

278 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2006/08/29(火) 18:00:34 0
「朝鮮渡海日記」での明軍の描写

大明國しゆこしらへの事面には赤きとろめんを仕り候て裏にはくろかねを二寸四方ほとに切り候て
くさり付候ながき道服のやうに候甲もくろかねを白くみかき候て着候小手もくろかねにて矢も不立候
刀共にて候少もきれず候武具の事候鐵砲玉口三ッ明にて筒三ッを一ッにはり合わせ候一度にも
三度にも自由にはなし申候半弓も朝鮮のよりははりつ能く矢の箙木にて候叉刀は三尺はかりのも
二尺四五寸ものありさきは剣のやうに仕候馬の大きさけしからず候男もけしからず大き候上衆も
けしからずおぢ被入にや日本にてもかはとの働は稀成よし其沙汰候何も武邊つよき唐人かと上衆も
手ををかれ候や

裏に黒鉄をつけた道服のようなものというのは恐らく綿甲だろう。
「甲もくろかねを白くみかき候て着候」というのは↓のような鉄製のラメラーアーマーかな?
ttp://chinese-armour.freewebspace.com/images/swordpolearm.jpg (嘉靖帝と近衛騎兵)
あと旧式火器の「三眼銃」も言及されているようだ。

390 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 18:27:23 0
日本と明の戦争である根拠か提示されていません
倭人のいいわけは息苦しいですね

391 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 21:46:34 0
秀吉は、こんだけの兵力で明に勝てると思っていたのだろうか?
明の人口とか兵力とか知っていたのか?

392 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 21:48:33 0
どうでもいいけど「倭」の字の持つ意味知ってるの?
漢字もろくに読めない「貢物少ない」国の人w

393 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 21:52:53 0
蛮族によって滅ぼされた文明国は数知れずある。

394 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 21:55:31 0
晋も匈奴に滅ぼされたもんね。

ローマもフン族やゲルマンのせいで危なくなったものね。

395 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 22:02:06 0
明を攻撃すると見せかけた半島攻略作戦だった。
明を征服できると思っていた。
半島が味方につくと思っていた。
平和な世の中になるので、あまった武士を殺すためだった。

396 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 22:30:53 0
アジア解放のため

397 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 22:58:26 0
こんだけと言っても本当は他にも徳川とか出撃する予定だった部隊はいた訳で。

398 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 02:06:09 0
太閤の目的は大名たちの目を外部に向けさせることが目的、
豊臣の基盤整備の時間を稼ぐための外征であり成果は2の次
徳川を北條の旧領へ転封し、東海中仙の両道を譜代の家臣団
で固めた太閤にとっては、子飼い家臣の派閥争いと毛利3家
が、政権の脅威と考えたため、武闘派家臣と毛利3家の弱体
を目的に朝鮮出兵を行った。そもそも、太閤の得意とする戦
は調略でありいきなり京城まで攻め入るのは無策といわざる
を得ない。本気で攻略を考えるのであれば、倭寇的な攻撃を
前段に行い、その取締を口実に大陸及び半島に陣所を構えさ
せ、兵站及び連絡を整備した上で、蒙古、ウイグル、満州等
の異民族と呼応して戦端を開くだろうし、十分な水軍を整備
して戦に望むだろう。世界でもまれに見る米本位制の経済を
とっていた日本が米の収穫量がわずかな朝鮮半島を占領する
意味は大名には少ない。攻めるなら江南だが、それには水軍
整備が必要であり橋頭堡に琉球を占領し支配を安定してから
でなければならないのは自明の理である。
(戦国板、太閤殿下による朝鮮征服が成功していたら>>233よりコピペ)
なんか説得力が有ったので貼っておきます。

399 :398:2006/10/30(月) 03:13:53 0
戦国板じゃ無くて三戦板でした。

400 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 06:22:02 0
朝鮮→貢物少ない

これのソースっていったい何なんだ?

401 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 06:42:01 0
そういう意味にも取れるとかなんとか。
実際どうなのか知らんが俺は10年ほど前に教授から聞いたことがあるから
デマだとしたら結構根の深いものだろうな。

402 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 07:19:04 0
ソースは「正論」だよw

403 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 15:20:53 0
朝鮮という呼称も侮蔑的なものです。中国皇帝に対して朝貢し、朝鮮国王を授かったとき、
「貢ぎ物少なし」とつけられた、「朝(みつぎもの)鮮(すくなし)」なのです。
これをいまも信じて変えないのも面白いことです。

「阿片としての中華意識」高木桂蔵 静岡県立大学教授(「諸君!」2002年6月号)

404 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 15:21:27 0
「『変見自在』 連載I 気分はまだ始皇帝」 週刊新潮7月11日号 高山正之 帝京大学教授

 中国は昔、大国だった。
 ただ嫌な癖があった。やたら周りを見下して、例えばチベットは吐蕃、北方の民族は匈奴と
名づけて公文書、つまり正史に書いている。
 よその国の名を勝手に決める尊大さも問題だが、それに「吐」とか「奴」とかひどい字を当て
る。仏教だって「浮屠」と呼んでいる。
 日本は小人の意の「倭」を当て、その女王を「卑弥呼」と書く。おそらく女皇子(ひめみこ)の
ことだろうが、それに失礼にも卑しいという字を当てる。
        (中略)
 そういう尊大さを華夷弁別という。中央に中国があって周りはすべて夷狄の国々。その夷狄
にも序列があって朝鮮、ベトナムなど近い順に序列が高く、海の向こうの日本は最下位だっ
たらしい。
 それで朝鮮は「朝」に「鮮やか」。いい国名が与えられたのかと思ったら、渡部昇一氏が
大阪での講演で「あれは朝貢(朝)が少ないという意味」で、鮮は「巧言令色鮮(すくな)し仁」
の鮮と話された。
 朝貢国は中国皇帝に拝謁するさいに貢物をもっていく。皇帝はそれに倍するお返しを下賜
する習わしだが、「朝鮮」は貢物が少ないくせにお返しだけはたっぷり持って帰る、そういう
気持ちを込めた命名だというのだ。

405 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 15:24:57 0
>>403
コピペし損なった部分があった。
正確には、



しかし、中国人からみれば依然として朝鮮半島は“まごうことなき藩属国”なのです。
朝鮮という呼称も侮蔑的なものです。中国皇帝に対して朝貢し、朝鮮国王を授かったとき、
「貢ぎ物少なし」とつけられた、「朝(みつぎもの)鮮(すくなし)」なのです。
これをいまも信じて変えないのも面白いことです。

「阿片としての中華意識」高木桂蔵 静岡県立大学教授(「諸君!」2002年6月号)

406 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 18:28:43 0
朝の口臭の鮮烈な悪臭からとった説も有力






では無い。

407 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 23:10:12 0
ところで、宗主国様は竜の爪の数は五本。
琉球国や朝鮮国は何本だった?

あのチャングム、日本語吹き替え版は王を「王様」と呼んでいるが、
朝鮮語のナマでは「皇帝陛下」と呼んでいるらしい。

宗主国さまに通報しますた!

408 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 00:50:53 0
ルイス・フロイスによれば、信長も明の征服を考えてたらしい。

あと、スペインの王立図書館にある宣教師やルソン提督などの書簡によると、
当時の西欧人は明の征服は日本より遥かにたやすいと考えていたらしい。
日本は、スペインと歴史共同研究すべきだろう。

409 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 01:25:07 0
ルイス・フロイス『日本史』第三部五四章

シナ人について、日本人その他の国民は誤った認識を抱いていたので、アゴスチイノ(小西行長)
がシナ人に対して(和平交渉を)提議したことは、人々に幻滅感を抱かせることになった。人々は、
シナ人は(天性)惰弱であり、たとえ無数(といえるほど)いても、鉄砲の音を耳にし、抜き身の刃を
見れば、(こちらが)少数であるにかかわらず敵を恐れて逃走するに違いない、と思っていた。この
ような考えは、軍兵がいないシナの海岸地帯へ盗みにいった幾ばくかの日本人(倭寇)に基づく
ものであった。そこには武器など手にしたことのない農民と土着の住民だけしかいなかったので、
二百人ないし三百人の日本人が無数(のシナ人)を追い払ったように見えたのであった。またこの
考えは、広東のシナ兵について語ったポルトガル人の証言とも一致するものがあった。これらの
兵士たちは、一度も敵に接したことがなく、戦争の経験がなかったので、戦意に欠け、たまたまある
機会に争った際に、きわめて卑怯に振舞ったのであった。
しかし、アゴスチイノに戦いを挑んできた(シナの祖承訓麾下の)兵士たちは、タルタール(韃靼)人
との国境に駐屯する部隊(遼陽の副総兵の軍)であり、彼らと絶えず戦っていたので、事実、戦場で
示したように、非常に勇気があり、戦術にも長けていた。このためにアゴスチイノはシナ人の実力を
知り、彼らとの実戦の経験を考慮して、彼らの戦闘能力について認識を改めたのである。

410 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 03:40:11 0
逆に考えると小西行長とかは明の精鋭部隊と戦ったわけか。

411 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 03:40:35 O
>>400-401
明か清の皇帝が朝鮮にむかついて嫌みで言ったんじゃないの?
たぶん。

412 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 16:38:16 0
偏見自在かよwwww

413 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 17:12:54 0
実際少なかったかのか、史料見れば分かるんじゃないか?


414 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 17:44:58 0
東北地方を例に、朝鮮の石高を700万石〜1000万石くらいはあった
となんかにのっていたよ。

415 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 17:53:56 0
>>414
そんなに有ったのか朝鮮・・・精々500万くらいかと思っていた。

416 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 19:03:38 0
確か加藤清正はオランケまで攻め入って、この土地は瘠せ地だといって引き返したんだったな。

日本だったら、加賀の国だけでも100万石あるのにね。

417 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:48:43 0
正確には加賀、能登、越中と一部越前で100万国だけどな

418 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 00:26:48 0
で、日本列島全体では何万石あるの?
北海道は除いて。

419 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 01:15:48 0
秀吉の太閤検地で1850万石で、陸奥と出羽で200万石あったから朝鮮の
国土は東北の4倍ぐらいあったから800万石ぐらいあったかもね。

420 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 01:23:31 0
>>390
>日本と明の戦争である根拠か提示されていません
倭人のいいわけは息苦しいですね

休戦交渉に朝鮮は参加させてもらえませんでしたがなにか?

421 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 02:10:31 0
確か朝鮮八道の面積は、日本の本州の4分の3の面積なんだよな。

422 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 02:46:42 0
>>404
>日本は小人の意の「倭」を当て

それ俗説だから。諸橋大漢和でも字通でも漢和辞典引けばわかるが
「倭」に「小さい」「背が低い」の意味はないし、そうした漢文用例もないよ。
高山正之は法律経済学部卒業で国際関係社会論、ジャーナリズム論が
専門だから知らずに書いたんだろう。
てか元新聞記者なら書く前に辞書ひけと。

423 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 09:34:13 0
>>421
北朝鮮+韓国の面積が22.0万平方km
本州の面積が22.7万平方kmだから、ほぼ同じ。

424 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 10:00:09 0
>>419
朝鮮で稲作やってたのは南部だけ、
というか北朝鮮ではこの時代まだできなかったというから、
実高はもっと下がるんでないかい?

425 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 10:45:28 0
そもそもシナや朝鮮の租税って米ではないだろ。
稗や粟だし。

426 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 12:54:22 0
中国だと北部が雑穀で南部が米だったか

427 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:21:00 0
>>423
青森県を除いた本州と同じ面積、
と昔から言われております。

(最近は埋立地の面積を合計して発表しているんじゃないの>韓国)

428 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:29:07 0
そういえば、漢江河口付近や江華島のあたりはものすごく干満の差があるんだった。5mくらい?
そのため欧米列強は寄港地を選ぶのに苦労したとか。

429 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 19:44:44 O
別に粟何かでも人は養えるし、当時は1000万人位いたはずだよ。

430 :世界史@名無史さん:2006/11/01(水) 21:17:05 0
朝鮮半島みたいな非文明地を経由せずに、もっと水軍を協力にしてから
直接、明大陸に上陸すればおもしろそうだよね。


431 :世界史@名無史さん:2006/11/01(水) 21:17:51 0
朝鮮人が滅びますように

432 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 21:53:37 0
チョンは「倭人」を「矮人」と勘違いしてるんだろうなあ。

433 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 22:24:33 0
応永の外寇(wikipedia)の「軍事行動」の項目を見たけど思わず吹き出しました。

434 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 22:35:18 0
【国内】 学費のためワイン1本万引したベトナム人留学生に実刑判決〜「すべて自分が悪い。迷惑を掛け、とても恥ずかしい」[11/01]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1162383704/

36 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/11/01(水) 21:30:59 ID:kjwrZUg3
朝鮮や中国の奴らは金もらって失踪したり遊んだりしているのに
いい加減他の外国人への差別をやめるべきだよね

137 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/11/01(水) 22:16:03 ID:4n2soGF9
これが朝鮮人だと、〜のせいだ、〜が悪いから、とか言いわけしただろうな




435 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 23:05:00 0
1.李氏朝鮮の石高は?
http://yasoshima.hp.infoseek.co.jp/#4-1

ここか?

436 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 00:09:22 0
シンガポールか
空き缶投げ捨てたら逮捕
吸い殻捨てたら逮捕
犬の糞後始末忘れも逮捕
ノグソも逮捕


民主国家じゃやりたくてもなかなかできないよねえ

437 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 01:12:45 0
朝鮮には防人のようなのが無かったのか?

438 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 15:48:47 0
>437
支那に支配されてるのに朝鮮独自の軍隊なんて有るわけ無い。

439 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 18:30:35 0
>>298
黄文雄なんてまともな史学者でもない奴の本なんて信じるなよ。

440 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 19:20:57 0
>>438
盗賊や山賊に対して、どう対抗するの?

441 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 21:56:07 0
>>439
金達寿もなw

442 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 22:06:50 0
>>440
支那の王朝の場合だと、官位を与えて懐柔という手法が多々見られる。
やはり宗主国を見習っていたのでは?

443 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 22:33:39 0
軍隊と徴兵制はあったよ。16世紀には兵士が全国で5千人ぐらいしかいなかったらしいが。

444 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 01:14:17 0
>>441
金達寿に比べれば黄文雄のほうがまだマシだろう。
ベクトルが違うだけで、似たようなもんだし、どちらの本も読む価値は無いけど。

445 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 02:42:55 0
>>438
一応軍隊はあった。軍事力が低かったのは国力にもあるが、

・そもそもそれほど軍事力が必要ではなかった
・文民優先主義で、軍隊の弱体化が激しかった

という理由が大きい。中華王朝の「属国だったから朝鮮独自の軍隊が
持てない」、なんてことはない。そもそも冊封下にあるからと言って「属国」
とは呼びがたい。

446 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 05:50:18 0
「属国」じゃなくて「属州」だもんな

447 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 12:17:32 0
属国と言うからには内政・外交権などのほとんど全てを
掌握されていなければならないから、属国でもないし属州
でもない。冊封体制下では、そういう関係になり得ない。

元代なら、あるいは当てはまった部分もあるが、これも
王家の関係を考えるとしっくりこない部分も目立つ。

448 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 17:37:01 0
>>445
そもそもそれほど軍事力が必要でなかった
→中国の属国だから中国軍に守ってもらえる
文民優先主義で軍隊の弱体化が激しかった
→中国は文民優先だが軍隊はしっかりあったぞ?
>>447
ふうん。なるほど
じゃあ日本もベトナムも属国では無かったってことか。
まあ実際そうなんだけど

449 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 17:49:46 0
タイやビルマも清国に朝貢していた。

そこで支那人は、「東南アジアすべてがわが国の領土アル!」と内心思っているとか。


450 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 21:38:07 0
>属国と言うからには内政・外交権などのほとんど全てを
>掌握されていなければならないから

「属国」や「属州」と言った史実を捻じ曲げたい為だけに作った設定か・・・。
支那の諸帝国の統治技術の実態、当時の通信/連絡手段とその速度くらいは理解するべき。

451 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 02:58:45 0
日清戦争前の朝鮮独自の元号見せてみろよ。そうすれば独立国と認めるから。

452 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 07:44:36 0
渤海も高句麗も中国とは「朝貢・冊封制度」という関係にあった。
日本もこの中に入っていたわけです。聖徳太子のときに抜けたわけではなく、
歴史上入ったり、抜けたりしてはいましたが、明確に抜けたと言えるのは、
明治維新のときのようです。

明治維新のときというと中国は女真族の「清」であり、また「明」は漢民族でありはしたものの
皇帝の出自から周辺国で中華としての正統性が疑問視されたようです。
それで、本当の中華を受け継いでいる国は我が国だと言いはじめたのが「小中華思想」ですが、
この小中華を唱えた国の中には当然朝鮮もいますが、日本もいます。
倭の王というのは朝貢冊封されてますし、遣唐使とかも朝貢です。
聖徳太子の手紙は有名ですが、決別したわけではない。
足利将軍義満も日本国王という権威付けをしてもらっている。
その前の南北朝時代は南朝が日本国王。
朝貢冊封というのは、属国になるというものではないのです。
皇帝から王として認められ権威づけする。貢物をしていますが、
それ以上に中国からもらって帰るということでもあり貿易関係という意味もあった。
原則内政干渉なしの独立国です。

日本人の中にも誤解が多い。朝鮮・韓国ずっと中国の属国で、
日本は中国の属国であったことはない聖徳太子以降ないんだと。
歴史的な中国との関係でいうと、日本も朝鮮も大同小異でしょう。
それが崩れたのが明治時代です。日本はいち早く欧米の文化を入れた。
そこからの歴史の動きがまた両国の関係を複雑にするのですね。

中国が「渤海が唐の地方政権であったことを立証する遺物」ということに関しては、
韓国が異を唱えているのと同様、日本も異を唱えるべきことでしょう。
「朝貢・冊封制度」の関係にあった国は中国の一地方政権ではなかったんですから。

朝貢も冊封の似たようなものです!

453 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 08:18:20 0
なるほど〜。
それはそれとして、「大清國属」等と大書した旗を掲げる国は当然の如く「属国」と見做されるべきでしょうなぁ。

ちなみに「高麗」は簡略した字を使用したもの。
歴史板なら「高驪」と正確に書くべきですね。

454 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 14:21:24 0
渤海も高句麗も日本に朝貢してたよ。



455 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 16:31:30 0
http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/jushin.htm

日本が属国
国旗すらない

456 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 17:18:20 0
>>455
噂に聞いてたが、もう病気だなw

457 :日本のななし:2006/11/05(日) 18:58:59 0
>>455
それ韓国人でも信じてないって知ってる?www

458 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 19:05:51 0
>>457
いや、知らん。
だって、韓国の国定教科書でも似たようなもんだし。
http://members.tripod.com/textbook_korea/fr_2.htm

http://members.tripod.com/textbook_korea/2_2.html

(中国の遼西等の地に百済の勢力が進出したという記録は、『宋書』、『梁書』のような中国の歴史書に表れている。)
http://members.tripod.com/textbook_korea/3_2.html

459 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 22:53:20 0
>>454
何をどのくらい朝貢したの?

460 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 23:51:08 0
>>459
有名だから検索すればまずかかる。
高校生の教科書に掲載されてる。と思う

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/gaikou.html


461 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 23:58:14 0
渤海が日本に朝貢という形式で往来していたという記録はある。
(当然だが、だからといって渤海は日本の属国ではない。)

>>448
→中国軍に守ってもらえる
それもあった。しかし、李朝のこのころは北方民族の大規模な
進入もなく、比較的平和だったので少なかった。それで良かった。
十万人以上という動員力はまさしく「想定外」だったろう。

→文民優先主義でも中国に軍隊はしっかりあった
中国(というか明)とは国家の規模も支配領域も異なる。一緒にすること自体
無理がある。中華帝国=覇権国家である以上、ある程度の力を持ってるのは当然。
だが、明もそんなに強いわけではない。

>>450
マジメな話、辞書で冊封体制の簡単な概説くらい読んだ方がいい。
まあ、今の日米関係を属国と宗主国の関係だ!というノリで「属国」と使うなら
止めはしないが。

462 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 00:04:47 0
従属国というべきだな

463 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 00:24:29 0
>>455

なんだかその話では、日本に漢字を伝えた王仁博士は日本式音読みにすれば「オウジン」だから、
日本の応神天皇と同一人物ニダ!日本皇室(このときだけは王室と言わない)はウリナラ起源ニダ!
マンセー!

と、なるそうな。

464 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 01:47:24 0
明代の東南アジアの王国の元号ってどんなのが有ったの。
あっちの方は良く分らないので教えてエロイ人。

465 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 02:08:11 0
ウィキでベトナムの陳朝や黎朝のページを開けば、使われていた元号も載っている。


466 :464:2006/11/06(月) 11:43:48 0
>>465
情報トンクス。

467 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 17:49:40 0
>>458
まさかあんたそんな韓国のウリナラマンセーな捏造信じてる
わけないよね{汗}
しかもあんた・・・・
韓国の教科書って・・・・
南朝に朝貢してた百済がどうやって勢力を山東まで拡大できたのかね?
なぜ中国に遠征するほどの国力を身につけていた百済がヤマト王権にすがったのかね?
なぜ高句麗に対抗できなかったのかね?

大体韓国の教科書って日本の九州に百済勢力が進出したなんて大嘘ついてる
ほどなんだから信憑性は非常に低いよ


468 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 17:51:05 0
>>461
大筋では間違っているわけじゃない。
けど李朝が属国じゃなかったら属国と言う概念は
どこの国にもあてはまらなくなるぞ?

469 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 18:50:58 0
>>447
>元代なら、あるいは当てはまった部分もあるが、これも
>王家の関係を考えるとしっくりこない部分も目立つ。

Mongol Empire
ttp://www.geocities.com/Athens/Forum/2532/
ttp://www.allempires.com/article/index.php?q=The_Mongol_Empire
ttp://www.answers.com/topic/mongol-empire
ttp://www.artsmia.org/art-of-asia/history/mongol-empire-map.cfm

まだまだあるが、面倒くさいからこの辺で。
確かに「属国」とは呼べないな。
こういうのは、なんて言えば良いんだ?
これが世界の常識なんだねぇ。

470 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 20:16:51 0
>468
戦国春秋の頃の小さな国の一部や、遊牧民族が時々作る
傀儡の漢族政権などは属国といえるかもしれない。内政までほぼ
完全に把握されているから。
朝鮮の統一国家でそこまでに至るのは、元・清朝末期くらいか。
清朝末期(同時に李朝末期)は微妙なところだが。

ただ言えることは、近代欧米的な意味での属国という概念を適用するのは、
どうしてもはみ出す部分があって当然。違う原理で動いてるから。
冊封体制とは理念的な君臣関係が基本だからね。

口うるさくてすまんな。

>>469
王家の繋がりとしては、異様に濃いのが元代の高麗政権の変わったところ。
こういうのは珍しい。国の方といえば、ぼっこぼこに好き放題やられっぱなし
なのに。(朝鮮人は日本人よりモンゴル人を憎むべきだw )

471 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 20:30:43 0
>>469
おっと、よく読んでなかったが、地図でモンゴル帝国の版図に
入れられているから、属国ですらないと皮肉ったつもりなのかな?

版図なんてどうとでも区切れるモンだよ。
それはただ単に、モンゴルの勢力圏を描いたに過ぎない。
(昔の国の勢力範囲なんてその程度でしか描けない)
勢力圏=国土の全面的な掌握とは言えないし、
モンゴル王家と高麗王家は血の繋がりがあったり
して、分かりやすい従属関係にはないんだな。

ただ、元代においては、モンゴルの存在が高麗にとって
圧倒的であったことは事実だろう。

472 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 21:53:51 0
とりあえず君が中国史に関して無知である事は理解できた

473 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 21:58:12 0
話は変わるが・・・

日本軍は朝鮮のあまりの貧しさゆえに、現地調達も満足に行えなかったそうだね。

474 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 22:01:15 0
明軍もな。

475 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 22:08:29 0
ろくに通れる道もない、兵糧も調達できない。
これで七年も優勢保った日本軍、やはり強し。

476 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 22:14:38 0
明軍もな。

477 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 22:35:12 0
最初から現地調達に頼っているところがだめだな。


478 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 23:33:22 0
ナポレオン軍もな。

479 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 07:20:38 O
現地調達に頼らない軍があるの?
近代軍だって頼れるなら現地調達するが?

480 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 14:41:40 0
>>479
古代中国では現地調達はしなかったよ
民衆が基盤と分かっていたみたいだし

481 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 19:08:33 0
>>480
根拠を伺いたい。

482 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 20:18:53 O
480は孫子を知らないのか?

483 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 20:19:41 0
しかし唐末期の黄巣の乱では・・・

484 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 20:53:35 0
元末明初でも朱呉軍と流賊化した紅巾軍じゃえらく違うからなあ

485 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 21:01:58 0
戦国大名と中国軍との戦いを是非映像化してほしい

486 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 21:36:02 0
島津義弘の生涯を大河ドラマにすればいいんだが・・・

487 :世界@名無史さん:2006/11/07(火) 23:00:52 0
明軍
戦力 足手纏い(李朝)有り
補給 日本以上に長い
士気 留まっている理由が日本以上に希薄
敵 戦に慣れた統一のとれた熟練兵
明軍は戦争放棄しないで良く7年も残れたな。

488 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 01:26:45 0
>>487
補給のベースはどこだったの?

489 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 14:41:37 0
>>488
朝鮮の民を略奪

490 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 20:11:58 0
人肉を喜んで食べる中国兵。
糞尿を喜んで食べる朝鮮兵。

補給難の極限状態では彼らの方に利があるw

491 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 01:29:17 0
>>489
>>487で「補給が長い」って書いてあるけど?

492 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 20:59:01 0
朝鮮征伐って一度たりとも映画、ドラマ、アニメ、ゲームとかになったこと無いの?

493 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 21:18:53 0
PCゲームなら、あちら製のやつの日本語版がある。

494 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 21:27:52 0
それって抜ける!

495 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 22:13:28 0
>>492
漫画なら「沙也可」(マンサンコミックス)がある
つまらんけど

496 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 01:31:14 0
>>492
史実に忠実に作ったら、李朝の描写で大人向けの鬱作品にしかならない。

497 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 01:41:41 0
韓国の大河ドラマで、「壬辰倭乱」が作られたことはある。

498 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 16:19:31 O
明の司令官に付き従う朝鮮将兵

499 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 16:22:03 0
ありえない

500 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 16:23:04 0
500

501 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 20:07:50 0
>>497
東宝のゴジラスタッフが特撮(海戦シーン)を担当してるらしいな

502 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 18:47:18 0
朝鮮は明国の属藩だし、親分たる明国に朝鮮が頼んで来た援軍なんだから、
武器や兵糧は朝鮮の負担だろうに。

503 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 18:50:56 0
>>502
なんで?親分負担だろ。

504 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 23:18:55 0
最近はブサヨ市民団体の配慮のせいか、図書館にまで「まんが韓国の歴史」がおかれている。
向こうの国で発行されたものを、そのまま訳したものだ。
なぜか「李朝中期の壬辰倭乱」「李朝滅亡と日本の侵略」のあたりの巻のみ置かれている場合が多い。

さてその壬辰倭乱の描写を読んでみた。
一応、「貴族は党争に明け暮れ、侵略を見逃していた」「日本は瞬く間に進軍し、王は平壌から義州まで逃げ出した」
「無人になった王宮は暴徒の略奪に遭い、賎民は戸籍もろとも王宮に放火した」
「援軍である明の略奪もひどかった」と、事実は記してある。

しかし戦いに関しては李将軍の海戦マンセーのみ記し、まるで日本軍が李将軍の働きで、
一人も帰れず全員玄界灘に没したような描きぶり。
そして最後。「朝鮮の国土は荒れ果てた。明は多大な出費で女真族を押さえられなくなり、やがて滅亡した。
しかし『文化後進地』の日本は略奪した学者や書籍、陶工のために大いに文化が進んだ」

けっきょくウリナラマンセー。

505 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 23:21:22 0
考え方が分かっていいではないか?

506 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 23:35:19 0
>なぜか「李朝中期の壬辰倭乱」「李朝滅亡と日本の侵略」のあたりの巻のみ置かれている場合が多い。
のこりは日本との絡みがないからか?

507 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 23:41:06 0
>506
だろうね。
しかし三国時代も、「原始時代だった日本に多大な文化を伝えました。マンセー!」だから
巻が置かれていてもおかしくはないが。

508 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 22:58:02 0
「反日教育」に関しても「歴史教育」に関しても朝鮮韓国のそれは、どう見ても愚民化政策と言うか愚民化教育と言うか・・・。
客観的事実を直視できない人間を量産しても現体制現政権の維持には役立つかも知れんが、国家の発展と言う点を考えればマイナスにしかならんだろうに。
日本も気をつけんとな。

509 :504:2006/11/12(日) 23:32:51 0
で、その後で女真族に攻め込まれ、王子を人質に取られたことは描いてあっても、
額から血が出るほど「叩頭」させられたり、帰国した王子に「蛮族のものでも、いいことは学ばねば」と
進言され、トラウマが爆発して硯で殴り殺すことなどもちろん書いていませんでした。


510 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 00:06:19 0
半島は高麗時代の文官優位政策からおかしくなったらしい。

511 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 01:56:36 0
だがそれがいい

512 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 18:40:16 0
渤海も高句麗も中国とは「朝貢・冊封制度」という関係にあった。
日本もこの中に入っていたわけです。聖徳太子のときに抜けたわけではなく、
歴史上入ったり、抜けたりしてはいましたが、明確に抜けたと言えるのは、
明治維新のときのようです。

明治維新のときというと中国は女真族の「清」であり、また「明」は漢民族でありはしたものの
皇帝の出自から周辺国で中華としての正統性が疑問視されたようです。
それで、本当の中華を受け継いでいる国は我が国だと言いはじめたのが「小中華思想」ですが、
この小中華を唱えた国の中には当然朝鮮もいますが、日本もいます。
倭の王というのは朝貢冊封されてますし、遣唐使とかも朝貢です。
聖徳太子の手紙は有名ですが、決別したわけではない。
足利将軍義満も日本国王という権威付けをしてもらっている。
その前の南北朝時代は南朝が日本国王。
朝貢冊封というのは、属国になるというものではないのです。
皇帝から王として認められ権威づけする。貢物をしていますが、
それ以上に中国からもらって帰るということでもあり貿易関係という意味もあった。
原則内政干渉なしの独立国です。

日本人の中にも誤解が多い。朝鮮・韓国ずっと中国の属国で、
日本は中国の属国であったことはない聖徳太子以降ないんだと。
歴史的な中国との関係でいうと、日本も朝鮮も大同小異でしょう。
それが崩れたのが明治時代です。日本はいち早く欧米の文化を入れた。
そこからの歴史の動きがまた両国の関係を複雑にするのですね。

中国が「渤海が唐の地方政権であったことを立証する遺物」ということに関しては、
韓国が異を唱えているのと同様、日本も異を唱えるべきことでしょう。
「朝貢・冊封制度」の関係にあった国は中国の一地方政権ではなかったんですから。

513 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 19:08:39 0
自分を属国であると胸を張って言っていた国は属国だったと認めてやるべきだろう?

514 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 03:13:28 0
高麗は後期になってから朝鮮は明・清を通してずっと属国を名乗っています。
統一新羅 外交で中華に頭を下げつつ戦争に備えている面従腹背政策。
李朝 面従服従の明の完全属国、清に負けてから実質を伴わない面従後言になる。この時代以降の朝鮮に言える事は面牆の譏り(めんしょうのそしり)。

515 :朝鮮征伐:2006/11/17(金) 22:59:25 0
碩学の士にお尋ねしたい。
1.日本の海上輸送力の評価は如何、
 撤退戦にも拘わらず万余の朝鮮人を拉致出来ている事実を公正に見て?
2.日本軍の鉄砲の威力の評価は如何、
 鉄砲は日本が独占所有したものではない、支那・朝鮮も飛び道具で対抗している。



516 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:24:11 0
日本の鉄砲の性能が高いことは、朝鮮側の史料に多く登場する。
しかし、鉄砲の性能が高いから、われわれは劣性なのだと弁明
していることを鑑みれば、実際の性能の高さ以上の評価を
受けていたようだ。

517 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 02:24:28 0
>2.日本軍の鉄砲の威力の評価は如何、
> 鉄砲は日本が独占所有したものではない、支那・朝鮮も飛び道具で対抗している。

朝鮮兵の投射兵器は角弓や指火式銅銃など。
明にはすでに火縄式の銃が伝わっていたが、銃身が鋳銅製だったりと問題があったようだ。
朝鮮の役を境に鉄製の火縄銃が配備されるようになったらしい。朝鮮へ赴いた北方辺境の軍隊は
それまでまともな火力をもった敵と戦ったことがなかった。
戦争終結後に趙士禎という人が著書の中で西洋銃、ルーミ銃、和銃の性能を比較してたが
たしか威力はルーミ銃がもっとも優れているとされていたはず。

518 :朝鮮征伐:2006/11/18(土) 07:05:48 0
>516、517さま
ご教示ありがとうございました。

519 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 14:03:32 0
>>452
に誰も突っ込まないから、
調子に乗って
>>512
が暴れているぞ。
Wikiと一緒や。

520 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 20:51:07 0
それスルーされてるのと違うの

521 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 21:32:37 0
ちつをするーしたい

522 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 02:00:26 0
スルーですか。

了解。

523 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 05:29:48 O
スルーでいいのかな…彼らただの構ってちゃんと違うでしょ

524 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 12:50:16 O
鉄砲を過大評価したのは明や朝鮮だが日本まで付き合う必要はない。

525 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 14:32:06 0
>>1
>秀吉軍の北伐は可能だったと客観的に証明されていますが。
本当?

526 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 19:55:59 0
女も現地調達

527 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 14:09:46 0
だだっぴろい平原地帯での戦闘は、日本人は経験したことがないので
かなり苦戦はしただろうな。

女真も黙っては見ていないだろうし。挟撃受けて全滅に近い状態、という
可能性もあり得る。

528 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 23:39:17 0
>>527
加藤清正と野人女直の戦いって詳しい記録残ってないんだろうか。

529 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 01:17:22 O
野人女直?

530 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 08:03:25 0
清正が戦ったかもしれないのは、今の沿海州に住んでいた
中華の影響が比較的薄い女真系民族だったんだろうな。

531 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 19:23:13 O
清正高麗陣覚書(続々群書類従 第四 史傳部)に、おらんかいの合戦について少し記述があるが…。

532 :日本のななし:2006/11/25(土) 21:05:46 0
>>527

さて女真が日本と手を組まないという可能性はないだろうか?

533 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 21:36:25 0
自作自演御苦労で御座る。

534 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 22:13:03 O
>>532
なさそうだ。

535 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 12:34:40 0
>>532
一時的にはあるかもしれないが、中原に野心があれば
日本軍は基本的に邪魔なだけだろう。

536 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 14:45:16 0
日本経済新聞(2006/11/25)夕刊によると、
イエズス会の1583年報告(フロイス著)や、秀吉に仕えた大村由己の「柴田退治記」、
家康家臣の本多忠勝の書状などから、賎ヶ岳の戦いに勝ち、大坂城築城を始めた1583年から
1584年の間に大坂遷都が実現する予定で、天満に天皇の御所が設けられる計画で、土地の造成
も行われており、天皇、朝廷のすべての役人、国司、がすべてがやってきて、
本願寺を誘致するなど、秀吉は京都という市そのものを移転させる命令を出していたそうだ。
ただし、朝廷側には記録なし。
ところが、84年の小牧・長久手の戦いで家康に敗北して、征夷大将軍就任、大坂幕府の計画
とともに遷都も挫折し、秀吉は公家になり、逆に京に近付くコースに向うことになったそうだ。

537 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 10:54:33 O
朝鮮と明の関係はどんな感じ?

538 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 13:45:34 0
>>537
友達。
薩摩と琉球みたいな。

539 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 21:56:40 0
どうなんだろう。
15世紀末、明末清初の時代の世界史の流れ。
明は衰えて内憂外患、西洋列強の貿易・植民地競争も一段落ついた
その隙をついた軍事行動だったんじゃなかろうか。
秀吉は外国のことを何もしらずに放言していたかもしれないが
島津や小西行長あたりはあるていど察知していて
「目がないわけでない」と思っていたんでは。

540 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 01:01:23 0
>>539
隅をつつくようなレスでスマンが、「西洋列強」などというものは、19世紀以前には存在していないよ。

541 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 21:09:01 0
>>535
しかしながら、清は中国本土に野心は無かったようだぞ?
北京入城のとき、明の上層市民や官がこぞって挨拶に来たとき
時の宰相、実権を握っていたドルコンは中国征服を意図したそうだ。

しかし、秀吉が世界征服を企んでいたならいずれ衝突が起きたかもしれない
全滅とはならないだろうが、君の言うとおりかなり苦戦しただろう

542 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 22:11:15 0
>>517
いや、
終戦後、明は、対女真族の最前線で最重要拠点の山海関に
重火器は西欧の紅夷砲、小火器は日本式の火縄銃を配備してるから
鉄砲については総合的に、日本製のものを一番評価していたと見て差し支えない。


543 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 23:04:51 0
>しかしながら、清は中国本土に野心は無かったようだぞ?

金&女真を清&満洲に変えた時点で中原への野心アリアリかと。

544 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 05:18:25 O
改名したとき民族のその後の数奇な運命も決まった

545 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 21:01:48 0
>>543
う〜〜ん・・・


546 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 21:24:17 0
宋(木)→金(金)→元(土)→明(火)→清(水)

何が不服なのかそっちの方がわからん。

547 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 01:04:57 0
誰が不満なの?

548 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 00:08:15 0
>>538
朝鮮の国是は"事大交隣"だぞ、"大"とはどこの国のことかな?

549 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 00:24:06 0
>>548
時代によって違う。
李氏朝鮮成立期〜明滅亡 明が大
清成立〜日清で清敗北 清が大
日清以後〜日韓併合 ロシアが大
・・・少しは独立の努力しろよ。

550 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 09:11:02 0
>>539
>>540に加えて、
まず、15世紀末ではないし、
明が衰えたのはむしろ朝鮮出兵の結果。
西洋諸国の貿易競争については全然ひと段落もしていないし、
植民地競争なんてものはそもそも東アジア地域では未だ始まっていない。

551 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 22:10:33 0
>>549
刃向かってなにかいいことがあるわけじゃないからな。
当然の選択だろう。

552 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 22:56:35 0
>>551
それは当然だな。

553 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 23:10:20 0
>>538
実に全く、言い得て妙だな。

554 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 14:36:35 O
明軍や使者は山東半島から遼東半島へ渡る海路は使ったんでしょうか?
それとも全行程は山海関を経由した陸路?

555 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 11:46:56 0
実際に当時の日本軍と明軍の力はどれほどだったんですか?

556 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 16:32:52 O
陸戦では日本は負けなし
海戦で、すこしやられて補給がおぼつかなかった

557 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 16:41:11 0
>>556
ほうほう。
なんて歴史学者の本に書いてあったの?

558 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 17:29:26 0
土豪集団だった日本軍は、結局渡海して朝鮮半島を攻略できるような
集団ではなかったと言うこと。強かろうが弱かろうが、そこが最大の問題点
だった気がする。

559 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 17:49:30 O
>>557
戦史関係で自分で調べろ
ここは世界史板だろ?
教えて君スレなのか?

560 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 20:30:34 0
文禄・慶長の役
日本軍 計141390人
朝鮮軍 当時の記述の計166400(明に対する報告172400)人
明軍 計221300人(内、朝鮮兵37600人)
明・朝鮮軍 計387700人

兵の強さは
日本兵1人が明・朝鮮兵2.74人をちょい超える程度。
>>556
名護屋-壱岐-対馬-釜山の補給ルートは一度も切られていないよ。

561 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 21:04:48 0
明はモンゴルと戦ってきてんだから
システムや軍はかなり強いでしょ
日本国内だけで戦闘してた日本軍と異民族と戦闘してきた明とは質が違うんじゃないかな?

562 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 21:08:35 0
>>561
明の相手は日本軍のような火器を持っていなかった。

563 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 21:23:03 0
>>561
明がモンゴルと戦っていた地形と朝鮮で日本と戦った地形じゃ勝手が違うと思う。

564 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 22:47:34 0
>>560
日本軍は全員が戦闘員ではないぞww
しかも、明軍や朝鮮軍にそんな兵力ありえないしww

565 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 23:34:18 0
30万人規模での戦争ってすげえな・・・関ヶ原でも両軍あわせて10万だったか?
まあ、朝鮮側は義勇軍なども含めればそれくらいにはなるかもしれない。

たしかティムールとオスマンが戦争したとき、両軍合わせて数十万の会戦を
やったそうだが。これが近代以前では最高の兵員数かな。

566 :世界@名無史さん:2006/12/04(月) 23:41:57 0
一回の合戦じゃなくて6年間の決算だから。

567 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 01:55:20 0
>>562
明は鉄砲は少ないが大砲は効果的に使い日本は代ダメージを受けたはず
>>563
地形も違うが
異民族との戦闘はまるで異質なものだよ


568 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 02:27:33 0
明側の戦闘の資料や本はあるの?

569 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 02:31:48 O
ひとついえるのは講和は日本と明の間で行われた

570 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 06:40:32 0
>>567
モンゴルの話だよ。
確かに大砲は有効だったが攻城戦にしか使えなかった。

571 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 18:45:21 0
>>567
明の大砲は城郭の倭城に効果が薄くなかったっけ。

572 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 22:08:52 0
>>570
戚継光はモンゴルとの野戦で大砲を使っていたが。

573 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 22:14:01 0
>>572
モンゴル側が火器を使っていなかったという話と
日明戦争での明側の大砲の野戦での有効性に疑問があるという話。

574 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 22:19:38 0
>>568
フロイスの日本史に比較的詳しい記述がある。
手元にコピーがあるけど疲れてるのでうpはできない。

575 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 06:09:09 0
明側は名将がいたのかね?
なんか有名な将軍はいないんじゃ

576 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 06:45:53 0
つ李如松

577 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 06:48:05 0
世界史的名将であるという戚継光なんかは、軍隊ですらない倭寇に一度ボロ負けしているわけだが。

578 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 11:27:55 0
なんかで読んだが家光時代に明だかから援軍頼まれたとき
行こうとか言ったやつらに家光が勝手に行けばとかいったのマジ

579 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 14:40:26 O
その酷い文章を書き直せ

580 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 14:47:02 O
当時の大砲は攻城戦や海戦以外でどれほど効果があるものなのか?

581 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 15:04:47 0
平地の要塞城なら効果あっただろう
日本のように山城が多かったりするとあまり使えない

582 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 16:27:35 O
野戦で大砲を使うというのはどれほどの効果があるのだろう?
個人的には疑問なのだが。
密集隊形を組んでいるところに打てば効果はあるかもしれないが、大砲に機動力があるとは思えないし・・。

583 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 19:43:40 0
>>582
鉄砲の普及により、
それを有効に活用する為に野戦でも柵等の防御施設を構築するのは、
時間的余裕さえあればよく行われているのよ。
それを破壊しその後方の銃兵に被害を与えるのに大砲は非常に効果的。
それに戦国後期移行は兵科ごとの集約的運用が広まって、
足軽は固まって槍衾を作り、鉄砲隊もある程度固まり一斉射撃を加えたりするようになるから、
そのような部隊に大砲を打ち込むのも効果が大きい。

584 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 22:34:23 0
まぁ野戦砲と呼べるような代物はグスタフ・アドルフが改良するまで無かったけどな。

585 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 01:11:25 0
日本の戦場は、悪くて山岳地帯、良くて丘陵地帯のデコボコだらけだから
石弾を飛ばす大砲なぞ何の意味もないよ。ロクにバウンドしない訳だから。
驚かすのがせいぜい。まあ、その驚かす効果はなかなか大きいのだけど。


586 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 02:27:34 0
>>583
西洋でも当時の大砲は砲丸投げの砲丸くらいの玉がドンと落ちてくるだけ。
だから城壁を破壊するときにはよいが、野戦では心理的効果はともかく、
かなりの数をそろえないと殺傷能力は小さい。それなら小銃手を揃えた方が便利で安上がり。
大砲が野戦で大きな効果を発揮するようになるのは留弾(炸裂弾)が実用化される18世紀以降。

587 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 03:02:37 0
あの当時の大砲の丸い弾って、野戦ではコロコロ転がって敵兵をボーリングの
ピンのように薙いでいくって効果が期待されたんでしょ。

588 :世界@名無史さん:2006/12/07(木) 15:59:15 0
>>587
すぐ、障害物に当たる地形(山岳地、森林、水辺)では効果は期待出来そうに無い。

589 :世界@名無史さん:2006/12/08(金) 17:56:24 0
日本は平地でも水田が多いことも影響してるだろうな。
今の水田は戦後の農地改良による乾田化で冬は乾燥してるけど、
戦前までの田んぼは冬でも泥濘状態。砲弾は泥にめり込む。

西洋の畑作地や牧草地のように球弾がバウンドしないだろうな。

590 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 03:24:47 0
李如松で検索しても全然でてこない
本当に名将なのか?

591 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 12:04:21 0
>>586
そりゃあ後代のくらべれば効果が低いのは当たり前だが、
例えば槍衾組んで前進したり、まとまって火縄銃の射撃をしようとしているところに、
大砲の弾が飛んできて、同じ隊を組んでいた仲間の一人がミンチにされたら、
普通、平然とはしていられないでしょう。
だから、そういう部隊に一発ぶつければその隊を乱すという効果が見込める。

>>588
いや、せいぜい数百mも転がれば十分だと思うが。
欧州での使用だって、
そんな何キロも先までなぎ払ってくれるなんて効果は期待していないでしょうし。
まさか日本や東アジアには数百mの余裕すらないとは言わないでしょう?

592 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 14:07:29 0
>>591
朝鮮役では攻城戦以外では大した脅威でなかったのが事実の全て。

593 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 14:57:45 0
そりゃあ、東アジアは大砲運用の後進地域だからね。

594 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 15:18:14 0
同時期のヨーロッパの軍事的ノウハウを導入すればアジアでも効果的なはずだ、
という机上の空論にすぎない。

595 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 16:27:20 0
同時期の欧州でも、野戦における大砲の運用方法はまだまだ研究段階でない?

596 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 19:56:46 0
>>595
少なくとも1512年のラヴェンナの戦いでは大砲が本格的に野戦で使われているし、
1618年からの30年戦争でのグスタフ・アドルフによる野砲の運用は有名。
正に効果的だからこそ、
更なる有効な運用が研究されていた時期といってよいでしょう。

597 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 23:50:46 O
東南アジアでフランキ砲が製造さるたらしいが、具体的にどこ?

598 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 00:24:26 0
名称を日明戦争か文禄・慶長の役に変えるべきだよね?

599 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 03:37:48 0
欧米の学者には「東洋七年戦争」という言い方もあるらしい。

600 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 08:10:23 0
>>593
そうだったの?

601 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 10:30:33 0
>>600
大砲はほとんど輸入に頼っていたしね。
中国製のは質があまり良くなかったらしい。

602 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 10:57:48 0
明代には古代にあった技術も退化しているものがあった。
「武備志」の著者の茅元儀は、漢代のクロスボウの青銅製トリガー機構の実物を見て
このようなものを今の時代に作るのは不可能だといっている。
明代のクロスボウには古代にあった照尺まで無くなっていた。

603 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 13:02:01 0
>>577
むしろ、軍隊でないから負けたと思われ。

604 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 13:10:53 0
>>596
明は、女真との戦いで、大砲をかなり使用しているよな。
ヌルハチが死んだのは自分の部隊に大砲の直撃を食らったのが原因だ。

だから、城を攻めることのみにしか使えないと言うことはない。
当たりさえすれば、当時の未熟な大砲でも相当の威力はあった。

日本で運用されなかったのは地形の問題が主だろうな。
あと、森林などの遮蔽物が多い。

605 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 13:56:42 0
>>604
だから「攻城戦」でだよ。
攻防どちらでも使用してただけ。

>ヌルハチが死んだのは自分の部隊に大砲の直撃を食らったのが原因だ

寧遠城の戦いな。
紅夷砲は威力は凄いが重くて移動させて使える代物じゃなかった。

606 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 14:36:23 0
>>605
前のスレを読む限り、城を潰す意外には有効でない、と取れる記事が
過半を占めてるっぽいんでね。攻める方の優位しか書いてない。

607 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 22:03:27 0
清が南明の南京を攻略した際、紅夷とか仏朗とかを筏に乗せて撃ったとかそういうのを読んだ事があるな。

ご想像通り、一発撃ったらひっくり返って長江に沈んだらしいが。

608 :世界@名無史さん:2006/12/11(月) 01:50:29 0
戚継光が野戦に投入した「大将軍砲」を発射するときは、点火したあと急いで
近くの遮蔽物に逃げ込んだそうだ

散弾のようなものも砲から撃っていたらしい
A Year of No Significanceという本でちらっと書いてあったが

609 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 05:24:58 0
今日は李舜臣ぶっころし記念日

何の因果か生まれて初めて彼のことに
関心を持って、ぐぐってみたり、世界史板で「朝鮮」検索した
その日が 李舜臣の死亡記念日だなんて素敵!!

610 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 08:26:57 0
>>609
お前の前世が李舜臣なんじゃねーの?

611 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 10:35:12 0
島津義弘まんせー!

612 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 14:03:39 0
NHK!!島津を主役級で扱ってくれよ
毛利や前田、山内を扱うくせに
猛将島津義弘を扱わないのはやはり
チョン国への配慮か?
九州人なめんなよ

島津義弘役はもちろん長淵剛!!
チェストー!&セイヤー

613 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 14:04:45 0
おいどんも賛成でごわす

614 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 21:35:01 0
そもそも、文禄・慶長の役での主力は毛利軍だったよね。

615 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 23:12:16 0
信長 秀吉 家康の三巨星は何度も扱われてるな
伊達政宗、毛利元就、前田利家の地方大大名もあつかった。
山内一豊という、本人自身はそれほど大したことない人も
題材にした。琉球の風もやった。

あと大きな地方大名となると、後北条氏、島津、長曽我部くらいか。
ネタ切れよのう・・・

616 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 00:25:38 0
そもそも大河は戦国と幕末がほとんどだけで特に近現代史はやらないからな。
明治以降なんか「獅子の時代」があっただけ。

そこで大河ドラマ『韓国併合』。
韓国併合を一年かけとじっくりと。リアリティを出すため閔妃事件で日本兵を
手引きした韓国人とか韓国一進会の人とか併合に賛成した大韓帝国閣僚とかには
韓国からご子孫を呼んで……



…あっ、なにをするqあwせdrftgyふじこlp

617 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 00:32:16 0
くだらね

618 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 08:25:12 0
>>615
逆でしょう、
山内が可能だったのだから、日本300藩の全てが大河化可能。
もはやネタ切れの心配など無用かと。

619 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 10:38:48 0
>616
「いのち」ってのがあった。
…朝の連続テレビ小説みたいだったw

620 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 13:31:12 0
最近はその時代に生きてただけのただの一般人が主人公でもいいような気がしてきた

621 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 13:53:41 O
大河ドラマ「雑兵達の戦場」

622 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 14:45:45 0
>>616
明治以降が舞台のだけでも
「春の波濤」(川上音二郎と貞奴)
「山河燃ゆ」(日系移民の兄弟、太平洋戦争をはさむ戦前・戦後史)
「いのち」 (三田佳子が女医の主人公を演じる。やはり戦前・戦後史)

なぜか1980年代に多いね。

623 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 14:50:28 0
加藤清正がまだじゃなかったか?
逆法則発動の予感(((ワクテカ:°+.☆)))

624 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 16:59:53 0
文禄慶長の役ってのは、ちゃんとやれば面白そうだけどな。
日本の遠征軍はビッグネームが続々と出てくるドリームチーム。
朝鮮は救国の英雄・李舜臣が活躍したし、
明国は女真と緊張関係にありながら、そちらを睨みつつ参戦…

スゲー面白そうだけど、やった脚本家はここに出入りしている
ようなウヨに殺されそうだな。(w

625 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 17:38:30 0
むしろサヨだろ。
李舜臣と義兵の実態と朝鮮軍の不甲斐無さを描いたりしたら…

626 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 18:28:02 0
サヨはそんなことしないよ。本物の左翼は李舜臣とかどうでもいいし・・・

李舜臣が朝鮮の英雄として描かれ、ウヨがファビョーンとなり
ドラマを叩きまくる。韓国の紆余ももっと格好良く描け!といいあいに
なり収拾がつかなくなる…

ま、こんなところでしょ。結論。紆余はどの国のウヨでも迷惑きわまりない。

627 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 19:45:17 0
今までの朝鮮役の研究者や研究史見るとそうは思えんがな。

628 :世界@名無史さん:2006/12/17(日) 20:12:59 0
元々兵も武装も少ない朝鮮側は兵と戦術勝負の野戦で勝つのは無理ぽいしな
野戦でかっこよく描かれるのは中国の李如松あたりか

629 :世界@名無史さん:2006/12/18(月) 08:11:21 0
韓国産と思われる朝鮮征伐のドラマの朝鮮兵、
鎧すら身に着けず槍振り回してるけど、あれで
素で戦ったら一方的にやられそう。

630 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 00:04:12 0
後半は民衆の抵抗運動が頻発してたから、ある意味鎧すらつけてない
民兵ってのは正しいかもしれん。

631 :世界@名無史さん:2006/12/20(水) 19:56:28 0
大河ドラマ島津か この国は薩摩のものになってるから、どうなるかね

632 :世界@名無史さん:2006/12/20(水) 21:28:48 0
>>630
そういうのじゃなくて、指揮官だけ中国風鎧着てて、
兵卒が白衣に黒のチョッキみたいなのつけた朝鮮服姿と笠姿。

633 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 01:44:26 0
そうだよなぁ。

日本では雑兵でも鎧着ているが、向こうは「動きやすそうな服」だからな。

634 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 17:31:41 0
いくら動きやすくても刀槍がまだ戦場の華だった時代に
あれでは不利過ぎかと。

635 :世界@名無史さん:2006/12/22(金) 01:01:36 0
>>618
そりゃあくまでも司馬寮の原作あってのことだからなぁ

636 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 22:09:30 0
なぜか下記スレにスレッドストッパー発動。ホロン部の火病か?

●中国は韓国から毎年処女三千人を貢がせたんだよ●
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1128668139/l50




637 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 15:55:37 O
なぜ

638 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 23:08:41 0
日本の四国の軍勢だけで明の大軍を破れるほどの実力があったというから、
これが日本全国の軍勢となるとものすごい戦力だろうね。

639 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 23:15:49 0
明朝には公称400万以上の軍隊があった。

朝鮮出兵で動員された兵はごく一部。

640 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 01:06:52 0
>>639
それは洪武帝の時代に登録された衛所制の軍隊ではないですか。
16世紀には半数以下の兵力になってしまっていたようです。
当時の明の最精鋭は北方辺境の守将が集めた健児でしょう。

641 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 20:46:24 0
24 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2007/01/03(水) 19:16:50 ID:ErGZzQq9
壬辰倭乱で李舜臣将軍が何万人の倭人を殺したか教えてほしい。

96 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 05:00:38 ID:???
>>24
七年間の朝鮮役で李舜臣指揮を含めた朝鮮水軍と明水軍の攻撃による日本軍の戦闘死傷者総数は数百人から数千人の規模(最大でも五千人前後)と考えられます。
また李舜臣の攻撃で日本軍の補給や連絡が恒常的に遮断されたことはなく、極短期間の攻撃時間以外で補給連絡線の制海権を維持できたことはありません。
二次的な船腹不足に影響が無いとは言えませんが、海象による事故や寿命の自然減耗に比べるほど戦闘消耗は激しくありません。

97 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 05:19:37 ID:???
>>24つづき
また日本軍には廻船補給計画は元々存在せず、例え朝鮮水軍が存在していなくとも陸上作戦的な海岸支配と技術的な海路開拓の問題によって漢城方面への海路補給が成立することは非常に困難です。

98 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2007/01/04(木) 05:32:13 ID:???
>>24さらに続き
李舜臣に対する評価は戦争指導指揮を行なっていたのが明であり、朝鮮独自の勝利ソースの少なさと李舜臣の属した派閥の評価から朝鮮内部で珍重されたこと、それの日本での江戸時代の受け売りと豊臣失政というレッテル貼りが罷り通った。
そして、明治以降のマハンの海上権力論を奉戴して海軍権益を拡充した帝国海軍の宣伝が原因となっています。
これが権威となり、詳細研究や先行研究批判が充実しないまま戦中に頂点を迎え、戦後の史観へ退凋します。
つまり李舜臣への幻想は朝鮮役という戦争全体の研究不足が原因となっています。

642 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 21:48:15 0
>>638
補給を忘れているよw

643 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 00:48:18 0
まあな。
兵站を考えなければ自衛隊は人民解放軍を一蹴出来る装備を持ってるわけだし。

644 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 05:30:28 0
李如松麾下の家丁が、碧蹄館戦で命を懸けて李如松を護衛した話があるね。
ホントかどうかは知らないけど。

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