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一切私欲のない善意はあるのか

1 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 00:04:58
行動の一番下に有るのは自分の利益。生殖本能もこの括りに入る
俺は、これは人だけでなく生物全ての本能だと定義している
そこで聞きたい
自分のために行動している生物に、他人への完全無欠な善意のみの行動は可能か
誰か教えて

2 :独我論@201:2006/08/24(木) 00:07:33
私欲に善意があっても、なんら問題はない。

何が言いたいのかね、20代の青二才君よ。


3 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 01:07:20
>>2問題あるかないかは問題じゃない気がするよ

4 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 01:10:13
>>1
完全無欠な善意のみの行動は不可能。
どのような善意の行動も理由はあるとこじつけることが出来てしまう。
それは人間の場合生きてきた環境が決めていることが多い。
人間の場合には考えによっていろいろ価値観を決めたり影響されることがある。
だからパイオニアは賞賛されるけど、それも自分の利益かもしれない。
自分が一番最初に始めたことだ!という。
それだから、命を捨ててまで何か成し遂げようとする人はかなり賞賛されたりする。
けど、どうだろう。その人が突飛なことをして、自分の死の後に、歴史的に礼賛されることを
望み、それが自分の利益だと思っていたとしたら。
人間にはそういったこともできるのだ。だから訳がわからなくなる。
本能だけでも説明できなくなる。ここらへんが人間の謎だよ。


5 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 01:12:08
>>1
オレは教えられない。
善意を知らない。

6 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 02:10:26
>>2
4が俺の聞きたいことを代弁してます。どういう意味かと聞かれたらそういう意味です
それと俺は20代よりさらに青い10代です
>>4
そこから抜け出せなくて困ってます
>>5
そう言われればそうだが。
解ってると思うけど一応ここで聞いてる善意を書いとく
ここでの善意は、人に褒められるような行為のことです

7 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 02:20:35
その質問からして
やろうと思えば人間の行動のすべては本能に根付いたものだ
と説明することは出来ると考えているようだから
その立場からはその逆(本能で説明しきれない善意)を証明することはできないね。

それよりもあなたの場合
なぜ自分は完全な善意を必要としているのか、の方を考える方が有益だと思うね。

8 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 02:28:59
>>6
10代ならきわどい次期だね。
これはね、論理でうんぬんじゃないのよ。
回りを見て、どんな価値観で動いてるか洞察して、
自分が窮地に陥らない方策をとる。
10代なら自然とできることなんだけどね。学生でしょ?
利害が絡んでないから社会人より難しいところがあるのかな。
基本的にね、論理で「こうも言えるし、こうとも言える」というのはね、
ぶっちゃけて脳の動きによるんだよ。
マイナス思考、プラス思考ってあるね?
これと同じで、どちらかに偏ってるときはもう片方がまったくウソに思えちゃうの。
脳の働きが思考の傾向を左右してるんだよ。
だから完全無欠な善意というと、宗教になっちゃうんだよね。言葉遊びだけどさ。
>>1の考えは周りに敵が多い時に陥りがちな思考だよね。




9 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 02:39:00
人に褒められようとしてする行為は善意じゃないね。
それは名誉欲ってもんだわさ。
「善」とは何かが完全に規定されているわけではないから。
自分のためっていうのも見方次第なんだよな。
あなたが他者のためと思っていても
相手が自分優先だろと思うこともあるし。
こればかりは、ああすればこうなるの法則化が無理だから。
考えるな、感じろ。


10 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 02:55:04
いかなる善行も「善意を実行したい」という私欲から発するのだから、
一切私欲のない善意は存在しないんじゃないの。

11 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 03:00:12
むしろ相互利益としての善意は認められない
という異様な潔癖さをどこから引っ張り出してきたのか、だよね。

12 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 03:20:10
ああ。議題からズレるが、1の甘えた精神には問題ある。
心の底から自分の事だけを考えてくれという幼児期の自己愛から
抜け出せていない1の甘ったれた人格はなぜ維持されているのかだ。
甘えから脱却させるために、世間の冷たい風に晒して地獄を見せて
やるのが1に対する優しさであり本当の善意と言えよう。
泥水すすれや1

13 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 03:36:55
善い事をする意思だから 善意は私欲じゃないの

14 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 04:09:58
自分の欲する善を行うことが善
称賛を得るために自分の望まない善を行うのが偽善

15 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 04:25:21
命を懸けた善意

16 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 05:50:44
母親が子供に注ぐ愛情
それは明らかに善の属性を持つと思われるものだが、これも偽善なのか?
子供をかばって死ぬ親
果たしてこれは死後の称賛を願って行う行為なのか?
違うよな、これらには何の打算も無い。
ただ純粋に子供を愛するが故に行う行為だ。
要するにそれが親の喜びであるからだ。
それは確かに個人的な欲求ではあるけれども、決して利己的なだけのものではない。
人間の持つ欲求がしばしば悪者扱いされるのは、時にそれが過度に利己的になり
他人を排除してまで自分の欲求を満たそうとするからだ。
だが、欲求そのものを否定するのは間違いだ。
欲求を失ってしまえば、もはや何の意欲も情熱も沸かないし、そんな人は抜け殻のような人生を送るしかないだろう。
そうではなくて大事なのは自分の心が崇高なものを、善を欲するようになるように自己教育することだ。
確かに人間は他者を害するような低劣な欲求を持つことができる。
しかし、それと同時に低劣な欲求を昇華し、そのエネルギーを崇高な理想へと向けられるようになる可能性も持つ。
そして、人間がもっとも幸福になる瞬間とはまさに理想を胸に抱いて生きる時にほかならない。
人生とは訓練の場だ。そこで人は磨かれ理想へと導かれる。
これは俺が自分の経験と思索を通して導きだした結論だ。

過去に完全無欠な善を欲するようになるまで自分自身を高めた存在たちがいた。
彼らは「聖人」とか「覚者」などと呼ばれた。
それは彼らが長い旅を経て辿りついた境地なのであって、凡人には推し測れない世界だ。
もし、未熟な人間が彼らの行為を真似たところで、自身を破滅させることしかならないだろう。

17 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 06:39:34
気持ち悪い長文書いてしまってスマソ
だけど、この文章の中には俺の人生哲学と信念を嘘偽りなく書かせてもらった
10代の子が悩んでると思ったら捨て置けずにはいられなかった
俺にも経験があるんだけど、普通の日常的なことから生じてくる悩みなどとは違って、
観念的なことに悩みだすと、原理的に解決不可能なことがあったりして、あげく神経症的になったりしかねないからね
俺の分かる範囲のことで、彼の抱えてる難問を解くヒントが一つでもあればいいと思って長々と書いてしまった
夜中に書いたから自己陶酔が入り交じった、何とも嫌な文章だ
不愉快になった人がいたらスマンかった

18 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 09:53:37 ?2BP(0)
>過去に完全無欠な善を欲するようになるまで自分自身を高めた存在たちがいた

いたか?

完全無欠な善を欲するように修行した奴は一杯いただろうが、実際高まった奴が

いるのか?

そのおめでたさに嫉妬

19 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:01:09
>>1
「善意」の定義次第かな。

一万円の使い道をくじ引きで決めるとして、匿名で慈善事業に募金することに
なったとする。
募金される側からすれば匿名での募金は「善意」。
募金したほうに私欲がないので一応スレタイの問いには「ある」という答えが出る。

20 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:07:47
>>19
>他人への完全無欠な善意のみの行動は可能か
これが定義でしょ。
くじ引きで決める時点で受動的になるので問いの答えにはなってない。
善意の意は意思の意。

21 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:15:48
>>20
>くじ引きで決める時点で受動的になるので問いの答えにはなってない
これはどういうこと?
とりあえず人間には完全な自由意志があるというのが前提なのかな。

22 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:34:37
>とりあえず人間には完全な自由意志があるというのが前提なのかな。

この部分、詳しい説明よろ。
よく耳にするフレーズだけど、まだ腰を入れて考えたことない。

23 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:45:48
>>2>>3
的ハズレ
>>6
善意=完全なる利他行為
と定義しろ
>>7
飛躍しすぎ

24 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:07:44
習慣化された善意の行動は、既に私利私欲が無くなっていると考えられる

たとえば、コンビニに入るとき、続いて入ってくる人のためにドアを押さえておく
今改めて考えると偽善かな?とは思うけど
俺はそのときは無意識にこの行動を取っているよ

25 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:20:16
そういうのはスミスの『道徳感情論』で言うところの「共感」というやつでは?
要するにやっぱり出発点は利己心ということなんだけど

26 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:33:50
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27 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:34:04
命を懸ける行為も自分の為、でもそれは醜いものではない、
人の為と書いて偽善、
パラドックスになるが子供を守る親も昔は子供だった、命を懸けて守るという本能がなければ自分も存在しなかったかもしれない、
次に繋げる為、生まれ変わった時自分を助けてもらう為とすると私利私欲が無いとは言えない、
自分の為になることが同時に人の為になるのが真の善で、その最も高尚なものが命を懸ける善だと思う、
自分の為の行為はなにも恥じゃない、それを高めることが大事。

28 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:34:48
私欲の無い悪意というのはどうだろう。
あると思うかい?

29 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:49:24
>>22
ごみん、中間部分端折りすぎた。

>>20 のような話になると、何が受動的(外部要因によるもの)で、
何が自分の「意」によるものかってのをはっきりさせておかないといけなくなる。

そもそも >>19 で言ったみたいに「善意」って何さ、って点をはっきりさせないと
先に進まない話なんだよね。
定義によっては「善意自体が欲を含むことを前提にしてるので、一切私欲のない
善意はありえない」って結論が簡単に出る。

30 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:52:06
>>25
「私益が公益になる」という「神の見えざる手」の経済公理ですね。
マンデヴィルの「私悪すなわち公益」がその先駆らしいですけど。
なまじ人の善意を仮定するのは人間というものを知らなすぎるとの
そしりを受けますし、「地獄への道は善意で舗装されている」との
有名な格言もありますから>>1の設問には否と答えた方が無難ですね。

31 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:52:37
具体的な利益がないのに人の嫌がる行為をするということは精神的な欲求があるということ、その欲求を満たす為、つまり私欲。

32 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 16:09:52
人に褒められる行為って善行じゃ

33 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 16:12:02
スレタイを見た瞬間に「ない」という意見が多数を占めるのが予想できるのは何故だろう。

34 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 16:45:00
私的なものや欲望が悪いものだという固定観念があるのが問題。
道ばたで怪我をして流血している子供を見つけて、応急処置と119番への
電話連絡をするのも私欲、しないのも私欲なのか?どちらを選択しても
私欲ならば、私欲自体は悪くないという事になる。人は、119番に連絡
して助けてあげることに快感を感じるように教育されている。私欲だろう
と何だろうと関係ない。

35 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:02:45
>>1の設問の「私欲」を「邪念」に変えたらどう?

36 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:01:59
犯罪犯して判決で他人への完全無欠な善意のみな奉仕活動している人達に私欲は無い。

        
     ↓ 無理やりやらされているのに善意はあるのか?



37 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:05:34
ああ日が沈む

38 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:11:04
悪いことなどひとつもない。してない

39 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:27:29
わかるでしょう あなたが存在してくれている もうそれだけで 悪いこと

  そう あなたがいない世界 ただそれだけで 善意のかたまり
 
 それ以上  なにも 

40 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 20:37:51
>>1
全然理屈っぽくないけど、精神状態によっては可能。
自殺したいと思ったり生きたいと思ったりするバグまみれなプログラム(人類)
にこそ可能な芸当だ。

無私の愛状態はスーパーマリオの無敵状態くらい長続きしないけどね。

41 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:26:02
             図1「私欲」


                善意
{ありがた迷惑・        ↑ 
 押しつけ・偽善・       |     {win-win・相互扶助}
 善意による暴力・       |       
 確信犯}           |    
         悪行←ーーー+ーーー→善行
                  |   
{女子高生コンクリート詰め   |  {企み・下心・スケベ・マゾヒズム・
  集団暴行殺人犯}     |   当てつけ自殺・世間受けを
                  ↓   狙った自己犠牲}
                 悪意

        

42 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 09:15:49 ?2BP(0)
俺はこういうスレを見るたびに、何とか私欲と善意を分けてやりたいという気持ちが伝わってきて複雑な気持ちにさせられる
無駄なんだよ何処までも無駄
唯物論も相対論も状態を示しているだけで、考え続けるということは考え続けるという状態を示すだけだ
共通の道徳の再構築を目指すやり方も宗教も、断定して思考を止めようとする行為に過ぎない
無駄無駄無駄無駄

自分で決めろ 他人に答えを求めるな

43 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 09:32:37 ?2BP(0)
という意見を、自分は他人に押付けてる。という矛盾
ああああああああああ
でも謝りたくないので謝らないぜ

44 ::2006/08/25(金) 10:13:51
ウジウジと悩むだけの役立たず人間こそが正しくて高貴だという
逆転した観念奴隷宗教の信者さん?

45 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 12:35:39
>>42-43
は出来の悪いテレビゲームでもやっちゃったんだろうか。

46 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 18:02:24
俺は善人ではない、悪人かもしれないが過去を振り返れば善行
らしき事をやっている。
だから善行、悪行と計算高く人生を生きてはいない、そんな面倒な人生
ばかりではない、もっと自然に生きろ・・ バカ


47 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:15:12
うあああああああ

48 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:20:15
ゴキブリが飛んできましたね? バサバサ バサバサ

49 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 17:38:54
一切、私欲のない善意は沢山あるよ。
でも、その事を知るには欲と望みと夢を見分ける知恵が必要ですね。


50 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 18:58:48
しゃばいね。

51 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 21:11:20
>>49
欲と望みと夢
全部同じでしょwww


52 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 21:14:10
明らかに分の良い戦いでwを連発して喜ぶ人って寂しいね。

53 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:02:12
>>52で、どう違うか教えてくれるんでしょ?

54 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:05:28
>一切私欲のない善意はあるのか
絶対にない。

究極の善意とは、己が気分よくなりたいから、他人に善意を施すのである。
この善意の施しは、私欲以外の何物でもない。
そうでない善意は、善意でなく自然な行為であったのだろう。
例えばこんな感じ。

 道端に空き缶が転がってる。踏んだりすると、コケルかもしれないから、
 ゴミ箱にすてとこ。

それを見る側の香具師がそれを善意といおうが、
ゴミ片付けをする当人にしてみれば自然。
これはそもそもが善意ではない。

55 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:14:05
勉強できない人って、こういう風に考えちゃうんだね。
やっぱり学歴で評価するのも、一応有効なんだと思った。

56 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:29:29
|勉強できない人って、>>55いう風に考えちゃうんだね。
|やっぱり学歴で評価するのも、一応有効なんだと思った。

高学歴だったらどうすんだよ。w


57 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:33:03
お前らバカか?私欲の定義は「私の欲」ではない。
私欲とは、私「だけ」の利益をはかろうとする心だ。
分かったら黙って逝け。な。

58 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:48:16
勉強できない人って、こういう風に考えちゃうんだね。
やっぱり学歴で評価するのも、一応有効なんだと思った。

>>54, >>56, >>57

59 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:51:21
私欲を問題にしてる哲学者は誰ですか?。


60 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:53:53
>>58
勉強だけできた人って、こういう風に考えちゃうんだね。
やっぱり学歴だけで評価するのは、かない痛いと思った。



61 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:55:22
私欲に無自覚な道徳家なら当人にとっては在る。

62 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:19:15
私と私の仲良しクラブの利益かも知れないんだがな。

63 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:34:02
「私欲」が意味を持って使われている以上、そうでないものはありうる。

64 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:35:48
>>57
>私欲の定義は「私の欲」ではない。
>私欲とは、私「だけ」の利益をはかろうとする心だ
といった哲学者は誰ですか?。

65 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:43:53
>>57
私利私欲と近藤正臣です。


66 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:48:58


学問を知らない人と話すと、どうも話が通じないんだよなぁ・・・

そういうことなじゃないか、学歴とか勉強とかってさ・・・



67 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 03:02:42
学問ってそんなもんか

68 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 03:04:16
満腹してるヤツは食い物に私欲なんかないよ。


69 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 03:26:30
ヨーガ行者になるんだな

70 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 05:15:23
『女性が選ぶ'好きな女性芸能人'ランキング』

1:蛯原友里(宮崎県)
2:山田優(沖縄県)
3:綾瀬はるか(広島県)
4:伊東美咲(福島県)
5:倖田來未(京都府)
6:杜玖椀晶子(茨城県)
7:榮倉奈々(鹿児島県)
8:押切もえ(千葉県)


71 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 10:04:14
君たち善意なんてものに希望を抱きすぎて少し妄想しすぎじゃないかい?
特に完全無欠の善意なんて、一切の私欲を挟む余地がないというのなら、何を糧にして人間が活動するんだよ?
心から善意に希望を抱いているというのなら、頭の中で考えるだけじゃなく実際に動いてみて試行錯誤してみろよ。
完全無欠を目指すんなら、事の大きさは重要じゃない。自分が一体どこまで善意の視野を拡張できるかから始めないとな。
一例として、善意で家のトイレ掃除から始めてみたらどうだ?
誰もが嫌がるような事だろ?もちろん自分だって嫌なはず。
だが、立ちションして飛び散る黄金水のしぶきを受けて便器がキナ臭くなるのだ。異臭が人々を不快にさせるかもしれない。
男の責任だ。関根さんも子供にそう言い聞かせてるのだ、あの子は将来大物になるに違いない、>16の言う聖人とか覚者くらいのな、どのくらいすごいのか知らんが。
一切の邪念を取り払い、便器ブラシに熱意を込めて磨くがいい。そして完全無欠の善意を己の葛藤の中に見出すのだ。
そしてすべての事を終えた後に、一つ道が開けるだろう。誰かが磨き抜かれた便器に気づいてくれるかも知れないなどと
甘い考えに浸ってはいけない。あくまで善意なのだ、私欲に取り付かれればその分、気づかれなかったりお構い無しにしぶきで便器を汚されたときのショックの大きさは計り知れない。
そして、ただひたすらに善意で便器を磨く若者に、人々は心打たれ賞賛の声を上げるだろう。
しかし、善意の高みを目指す精神は常に自分との葛藤なのだ。こんなことで善意を理解した気になっていてはいけない。
君たちの求める善意は完全無欠なのだ。その境地にたどり着くために必要なのは熱意。
とある公共のトイレのあの汚れ様、君は落胆し自分の無力さを噛締め、ここのトイレで用を足す人々の不快の念に苛まれる筈だ。
だがしかし、君は自分では気づいていないようだが、もう立派な善意の塊と言ってもいい。
なぜなら、すでに君の腕には便器ブラシが握られているではないか。

72 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:16:57
善意も利己心の一部ですよ

73 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:30:28
回りめぐって自分に利益があれば「打算的利己主義」
自意識過剰な喜びの場合も利己主義になるが
そうとは限らないと思う。献身てなんだい

74 :49:2006/09/06(水) 16:40:14
>51
智・知=ものごとを理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。ちえ。知能。
欲と望みと夢を弁別するには、其れなりの知恵を産みだす知能が必要です。
知恵がなければ私欲のない善意にも気付けません。
貴方達の誰もが知恵を持っている、と勘違いしていますが、それは考える心を備えているだけで知恵では有りません。
知恵、智恵=物事の理を悟り、適切に処理する能力。
人は物事の理を悟らなければ知能が育たず智恵を産みだせません。
ですから皆さんは考える心を持っているだけで智恵がないので、この問題を適切に処理することができないのです。



75 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:07:26
しかし、中学生の時は>1のような病気に罹るのが普通ではないか。
むしろ1のような悩みを持たずに思春期を過ごす方が問題だと思う。
まあ20歳過ぎてもまだ1のような考え方をしているならばバカではあるが。

76 :381:2006/09/06(水) 17:42:36
疑問を持つことは病気では有りません。
むしろ、疑問を持たない方が病気です。
疑問と年齢は関係有りません。

77 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:10:14
今日病院を歩いていたら後ろで「ああっ」って声がして振り向いた
するとおばあさんがこけていた。
直感的に助けなきゃと感じたので助けた。このとき何の欲もなかった

78 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:18:51
アッー!

79 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:12:19
>>77
なるほど〜。
その行動は、私欲でもないし、善意からでもないですね。

80 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:15:55
反射か

81 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:19:42
>>77
そうですね。

>>80
か弱き者を助けようとする人の本能でしょうね。


82 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/06(水) 23:20:24
通常の意思疎通が成立する前提である他者への共感能力は、
他人の不幸を当たり前に自分のものであるかのように感じ
させる。

しかし、共感不可能なネット右翼が道で倒れていても、
助けなきゃとは決して思わないわけだ。

83 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:20:55
善意だろうが私欲だろうがババアが倒れてたら大丈夫か
声くらいかけるだろう。そんなのどっちでもいいだろ。
お前らキチガイか。

84 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:21:09
>私欲の定義は「私の欲」ではない。
>私欲とは、私「だけ」の利益をはかろうとする心だ
といった哲学者は誰ですか?。




85 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:25:43
>>83
だから流れは、私欲じゃないと・・・ 貴方様はキティguyですか?。


86 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 00:27:59
ムリヤリ私欲と結びつけるなら、
>>77は、おばあさんを助けることで自己満足できたわけじゃないか。
まして結果的にはこのスレで公言し、優越感にひたることもできた。
そういう未来的なものも欲求ではないかと。

87 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 18:06:04
おばあさんを助けるときに自己満足したい、とか優越感にひたりたい、とか思う人はいないよ。
備わっている善意が反射的行動として表れた、と解釈するべきだな。
助けずに冷ややかな眼差しを送る者もいるだろうにね、

88 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/07(木) 18:55:15
愛は認識だぞ、おまいら。


89 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 20:52:32
>>87
>備わっている善意が反射的行動として表れた、と解釈するべきだな。

備わっている私欲が反射的行動として現れた、と解することもできるのでは。

90 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:08:55
>89
とっさの場合の行動は通常、隠れている善意が現れることが多いいんですよ。
私利・私欲が絡むと、その行動の損得を判断する時間が必要ですからね。
ですから私欲が絡むと反射的行動ができないんです。

91 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:19:35
善意は理性の欲求、つまり判断欲によって支えらている
正当性があると判断することで、安心し、ベータエンドルフィンがでる
分泌されない状態は不安
理性の欲求を求める行為が信念を生み出す
信念(揺るがない判断)によってベータエンドルフィンを継続的に浴び、
安心し、生き生きとしてくる
信念は大体善意的であろうとする、信念を他人の為とすることで、
自らの信念を肯定してもらえるからだ
肯定されやすい上、集団欲が満たされる
これまた脳内ホルモンのドバドバだ
善意はさまざまな快楽物質に支えられて、成立する
そして、善意によって訓練された反射行為によって、あたかも、善意が
独立した存在であるかのように錯覚する
最初から火傷しそうになっても耳たぶは触らない
一度認知するだけで、反射的にできるようになる

もちろん、だからといって善意が否定される物ではない
善意とは、私欲と他欲(もちろん可能な限りの想像において他欲)の、
両立を図ったもので、否定する理由もないし、個人的には歓迎

92 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:20:09
>>90
ぜんぜん説得力ない。
利欲も善意も傾向として身につくんだから、
どちらも反射的行動になりうるよ。

93 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 09:56:35
私欲の無い善意と聞くと、宗教にはまって、アホみたいに高い壷をみんなに売ろうとしていた知人を思い出す。
それ売っていくら貰えるのと聞いたら、「私が利益なんて貰うわけないでしょ。意味が無いじゃない」と真顔で言われた。
あれは本気の目だった。

94 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:01:02
私欲のない善意?ないよ。すべては一本の線で繋がっている。欲も善意も一本の線で繋がっている。よくみれば悩む必要はない

95 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:01:28
このスレ住民におすすめの本:『良心の興亡』
自分も読んだことないけど。
こういう問題が生まれた哲学史的経緯が書いてあるらしい

96 :よく声が出る:2006/09/08(金) 10:08:37
ただ間違っても我々は機械やコンピューターではなく人間だ。人間であり霊性を伴った一個人だ。今まで考えてきた通り複雑で思い通りにならない一個の逆説だ

97 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:14:36
私欲って語は、行為の背後を探る言語ゲームって事なんじゃね。
んで背後の場所にあるのは他者の欠如だから、皆我慢できずについ
丁度手元にある私欲って語をそこへ押し込んじゃうんじゃね。

98 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:24:32
そもそも他人と自分って完全に区別できるの?

99 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:31:40
善意を他者へと向けるからそうなる。
純粋に私欲から来る善意を自分のためだけに使えばいい。
それが他者の称賛を得られたならば善意と定義して差し支えなし。
「自分自身のためになりえる事をやらずして何が私欲か、善意か、自身で出来る物事を他者に任せ許して何が善意か、私欲か」


100 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:36:34
知性が無いと、ものごとを理解し是非・善悪を弁別する心が作動せず欲望と善意の区別もできません。
これは無知蒙昧な人類社会の構造的欠陥で有って、誰の責任も問うことができません。


101 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:39:25
>>98
何か完全だと定義(認識)できるものが存在するのなら、それは神に等しい
矛盾などお構い無しに、とりあえず崇めとけ。

102 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 10:42:42
>>98
自分と他人を区別できないとすれば、他人を利することが自分の利益でもあることになるね。
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。なぜならあなたの隣人はあなた自身であるから」(ある神秘主義者)ってことかな。
仏教もこの発想だよね?

103 :射ぬかれた刃と光の丘:2006/09/08(金) 13:59:22
自他の別は存在論的なものだよ。インターフェイスを自己と他にわけるのは難しい。ただそれが可能であってこそ人間だと思うよ。

104 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:13:27
仏教では自他の別離はない。唯識説や一乗の妙法から法は即ち一切衆生のことであり万物流転の摂理をあらわす。中国思想もそうだけど大まかに言って自己とすべてという見方が主だっていて二元論的な経・論でも法のなかにあるという考え方が仏教

105 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:14:19
縁や円についてはよくわからない

106 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:38:05
ちなみに我が浄土教の阿弥陀仏も広大無辺の慈悲を顕す無量寿・無量光を表しアミダーバは量を伴わない自然を顕す。

107 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:56:15
もうひとつだけ書くと2ちゃんみたいなすべてを含んでいるようなものに書くとすぐに落ちて何かを巻き込んでいるようなことがあったりする。よくわからないが外国人に一度怒られ警察には何もないのに携帯を見せろといわれたことがある

108 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:59:53
車停められたあとにね。無違反だったけど

109 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 16:44:31
>>1
>一切私欲のない善意はあるのか
まず先に望を過ぎると欲に変貌する、と言うことを知らなければ話しを進めませんね。


110 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 21:23:12
>>109
1です。望と欲って一緒じゃないんですか?
どっちも「〜したい」って意味だと思うんですけど

111 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 16:51:22
>>110
全ては人の欲で賄われる、と思い込んでいる人類社会に於いては欲と望の違いを明確に区分けする言語が有りませんので、それだけに説明に難しさが付きまといます。
しかし人の心は欲望が産みだす自我に捕らえられると、知能が潜在してしまい、正しい智恵は一切、産みだせない仕組みに成っていますので全ては人の欲で賄われる、との思い込みを払拭しなければ成りません。
人が生きるにあたり、普通を望ことは欲では有りませんが普通以上を望と欲に踏み込みます。
生きる為に食物を摂取することは食望で、それを過ぎることを食欲としなければ成らないのですが食望と言う言語はなく、全て食欲と言う言葉で賄われています。
そのことを理解できれば>一切私欲のない善意、があることに気づきますよ。
それに気づかなければ知能が潜在してしまい、正しい智恵は一切、産みだせず、人は自分の脳を生涯に渡り3%しか使えない、と言うことです。


112 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 17:28:32
そもそも大部分の人間は、合理的に自分の利益を追求したりしていないだろ。


113 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 22:20:33
>>111
生きるために最低限のことを思うのが望み。
必要以上に「〜したい」と思うことが欲。でいいんですか?
これに当てはめて「一切私欲のない善意」を考えると、助けたいと思った時点で、欲になるのではと思うんですが
これを克服するには、無意識で善を行わなければなります
でもそれでは、人を助けることが出来ないじゃないですか。
人は人を欲無しには救えないってことですか?



114 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 23:31:38
>>113
誤読しないで、最低限ではありませんよ。
生活に対して一般的な水準と言うことです。
「一切私欲のない善意」は生活外のことですので欲にはあたりません。
人並み以上の生活を欲する為に「一切私欲のない善意」を行使する、なんてできませんね。
欲と望の弁別は人に智をもたらす善悪を弁別する心に等しく、知能を育てる上に於いて非常に
大切なものなのです。


ですから私利私欲の絡まぬ純粋な人助けは「一切私欲のない善意」ですよね。



115 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 23:55:38
>>112
>そもそも大部分の人間は、合理的に自分の利益を追求したりしていないだろ。
言ってることは解りますが、合理的や合理性を追求することは理的な行為ですので
利益追求には合利的や合利性と言う言葉が相応しいかと、思われます。
会社が利益追求の為に早期退職者を募りリストラをするのは合理的では無くて
利に合うようにする合利的な行為です。
不景気でもリストラを1人もせずに全社員が智恵を絞り、会社を支えたトヨタは
痛みを皆で分かち合う合理的な手法でしたね。

116 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 23:59:13
偽善だろうと、相手にとってプラスになるなら何ら問題はない
こんな簡単なことさえわからない奴がいるんだよな

117 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 00:00:19
富豪の会話、絵画の売買に際して
「金になど価値はありませんからな」

118 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 00:01:51
私欲を自分だけが良ければいいと欲望する事だと定義すれば、
私欲のない善意はあると思うよ。

119 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 18:29:07
一切私欲のない善行ならあるけどな。

120 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 19:07:12
>>1
それを「純粋贈与」と呼びます。
人間にとって不可能の領域ですが、しかし未開社会のボトラッチ、神への殉教、
母が自らの命をかけて子を助けるなどで、近接するときがあります。
そしてそのとき最高の快楽をえることができます。

しかし当然、これらが自らの利益のため、あるいは快楽をえるために行われるとき、
その純粋は汚されています。


121 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:38:01
「純粋」なんか付けてる所がうさんくさいな。ロマンチシズムの嘘くさ
さ。自殺願望のある人間の憧憬だろう。自殺したい奴が「純粋」という
観念に憧れる心理が底にあると思われ。汚されるという潔癖症の感性も
ヒトラーの幼稚性と同じ。120はファシズムに憧れてるんだろ。

122 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:44:09
>>117
賢者の会話、
「絵画で人は救えず」
金の本当の使い方を知らないから富豪に成ったんだな。
さもありなん、

123 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 19:55:22
なぜ自殺なのか良くわかりませんが、
純粋贈与のたとえとしていえば、太陽の恵みです。
生物は太陽が照ることで生きることができない。
太陽はなにも返礼をもとめず、ただ照ることで、
様々な恵み(贈与)を与えています。
だから人間には不可能な領域なのです。

124 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:59:40
>>114
生きるために必要で無いことは、欲にはならない。
善行は生死に関わりがない。
よって「私欲のない善意」は存在する。こういうことですか?

125 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 20:24:26
>>120
母親が溺れている子供を助けるのは最大の快楽だというのがもう嘘
くさい。ニュースで助けようとした人がよく溺れてしまうと聞くのは、
パニックと疲労によって手足が硬直して動かなくなるからで、
自分が助かるために必死。人間は硬直して必死にもがくと息継ぎ
で水を吸って溺れてしまう。子供が死にそうになるわ溺れるわで
それが最大の快楽なんて嘘やな。

>>123
太陽は恵んでいるのではない。生物が利用しているだけだ。
君の理論だと、こうならないか。
人間の大腸に住んでいる菌がいるが、君の話だと人間は菌に恵みを
与えているわけで、よって人間に可能な事になるじゃないか。
よく考えてくれ。

126 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 20:33:43
>>123
贈与は人間にしかできないが、純粋贈与は人間には不可能なので、
たとえ話で、わかりやすく説明したわけですね。
純粋贈与をより知りたければ、中沢新一、デリダ、バタイユあたりが詳しいでしょう。

127 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 20:41:41
>>125
なぜ溺れているのかわかりませんし、「パニックと疲労によって手足が
硬直して動かなくなる」がどう関係するかわかりません。

母が自らの命をかけて子を助けることの例えなのでしょうか。
溺れているときには、自分も助かることを考えるからのはあたりまえです。
まだ純粋に近接するのはそれほど不可能なのです。


128 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 20:49:27
たとえならばタイタニックとかどうでしょうか。
沈むタイタニック、救命ボートには1つの空きだけ。
あなたは、最愛の人(恋人、子供)に譲り、タイタニックに残る。
死を覚悟するあなた。
こいつのためならただ無償に自らを捧げる。死んでもよい。
それが最高の快楽に近接する瞬間です。
次の瞬間、あなたは自らの死に怯え、苦しむかもしれないが・・・

129 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/14(木) 21:00:23
>>1
>行動の一番下に有るのは自分の利益。生殖本能もこの括りに入る
>俺は、これは人だけでなく生物全ての本能だと定義している

生物は自己保存本能と集団保存本能があります。
なぜなら生物にとって自分(個体)は曖昧だからです。
蟻は一匹が個体ですが、集団という個体の一細胞のようなものだからです。
だから集団の危機には、人間の免疫システムのように、
死を賭けて、敵に向かうのです。

その意味では人間はもっとも個体性が高い。
特に近代以降の人間は。たとえば主体は近代に発明されたと言われるように。
その昔は人は生まれて死ぬまで帰属する集団に強く帰属し、
主体としての、自分というものの自立が低かったわけです。
もっと集団の一部として機能していたわけです。

「行動の一番下に有るのは自分の利益。」というのは近代以降、
さらには豊かさに恵まれた現代人の考え方です。

130 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/15(金) 08:34:53
さらにこのような高い個体性、すなわち自由と平等は近代の資本主義システムに支えられて
実現していることを考える必要があります。
代替容易で均質な労働力、さらには活発な消費者を確保するには主体の自由と平等が必要なのです。

131 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 08:42:03
マザーテレサの動機は何だろう?

132 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 21:34:28
>>126
たとえ話だから俺も例え話で返した。
太陽には人に恵んでやろうという意志がない。ただ目的もなく太陽は
燃えているだけだ。それを利用するのは生物の勝手。人間の皮膚には細菌が
住んでいるが、人間は細菌に住む場所と餌を与えてやろうと意識してやって
いるわけではない。生物学が無い時代には、人間が皮膚に細菌を住まわせて
やっているなど、誰も知らなかった。つまり意識せずにやっていたという
事だ。意志がない太陽も、意識せずに結果的に贈与していたという事だ。
太陽に意志はないからな。もし太陽に意志があるとしたら、水素やヘリウムや
塵の贈与によって太陽も燃えさせて頂いているのだから、太陽だって純粋
じゃないと言える。そもそも贈与するものは、自分の外部に頼らければ
不可能なので、純粋に贈与のみという事は構造的におかしい。贈与するという
ことは、内部に外部的なものを形成して、それを外部と交換するという
事だからな。

133 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 22:04:28
>>128
冗談でおっしゃっていると思いますが、死ぬことが快楽だという感性が分から
ないのです。リストカットや自殺予告などですね。同情や注目を浴びたいという
心理を感じてしまいます。タイタニックなど万策尽きて自分が死ぬしか方策が
ない、もうやるだけやって疲れたから死ぬと、疲労からの解放だと思いますね。
それとプラスして、死を目の前にして自分の身内への幸福を祈る事で、
自分の分身が生き残るという希望を確保することによって、死の恐怖を
回避しようとする心理。これらは、恐怖や疲労や苦しみから解放される
ための自殺心理みたいなもので、それが快楽とは思えませんね。ロマンの
ある聖的なイメージとして気持ちが盛り上がるのでしょうけど。
今もたまにありますが、人前で腹を切るとかそういうパフォーマンスも
大嫌いですね。変に死にたがる人は、他人から愛を得るためにやっているので
しょう。

134 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 23:07:30
むかしむかしある所に自分の利益の為だけに生きていた青年がおりました。
たまたま始めた事業で大儲けしてしまって、あまりに金が余ったから今度は
ベンチャー企業に投資したら、これまた大成長して大儲け。
雇用を増やしてくれたと人に言われ感謝された事が嬉しくて
今度は余ったお金を手裏剣のように慈善活動に寄付したらもっと人から感謝されて
気持ち良く人生を送れましたとな。
めでたしめでたし。

135 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 23:14:34
その昔、伊賀の国はどこの国にも使えず、諜報、火付け、打ちこわし、
と影働きを行ったそうじゃ。何故なら、山がちな地形で土地が貧しく
作物が育たないので、耕作ができなかった。特殊な技術を磨き、陰働
きで金子や糧を得ていたそうなのじゃ。

136 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/16(土) 00:32:58
>>136
話が通じていませんね。
ボクは、ネタにマジレスかっこわるいと言ってるのですよ。
さらにマジに答えてどうするのですか。

再度言いましょう。
贈与は人間にしかできないが、純粋贈与は人間には不可能なので、
たとえ話で、わかりやすく説明したわけですね。

>>133
なぜ死ぬことが快楽なのですか。
死の超越に近接するときが快楽なのです。

純粋贈与の純粋性とは超越、神の領域と言っているのです。
だから人間には不可能なのです。

まず死とはなにか。これを考えるところから始めましょう。
こういうのはどうですか、死ぬのは人間だけである。
動物は死なない。
これが理解できると、純粋贈与の理解に近づくでしょう。
>>129もヒントになると思いますよ。

137 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 00:58:02
136 名前:第三の波平 ◆V8RGN/F1uY 本日のレス 投稿日:2006/12/16(土) 00:32:58
>>136
話が通じていませんね。
ボクは、ネタにマジレスかっこわるいと言ってるのですよ。
さらにマジに答えてどうするのですか。




難解なレスだなw

138 :考える名無しさん:2006/12/17(日) 09:41:34
ポトラッチで自分の奴隷を殺しているけど、あれは奴隷の犠牲によって
「贈与させて『もらっている』」という逆転した形なわけ。自分の所有物を
贈与する際に、所有物の外部性が発生する構造なんだ。発生した外部と
外部が交換されている。たとえば臓器売買で自分の眼球をくり抜いたり
肝臓を切り売りして良いのかという問題がある。自分の所有する肉体だから
自由に切り刻んでいいのか、自分の体だから自由に自殺してよいのか、
残された家族はどうなってもいいのか、自分だけの体なのか、誰のおかげで
成長したのかと考えると、自分の内に外部性が見えてくるはず。第三の波平は
ものを考える素質がない。

139 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/17(日) 12:48:29
>>138
ポトラッチは純粋贈与でないといいたのでしょうか。
その当たりは、ボクというよりも、バタイユ議論では。

呪術的な天への祈りは、豊作を望むなど、贈与ですね。
その以前になんにも望まない祈りがあった。
それがボトラッチである、ということです。
これはかなり微妙な議論ではあります。
だから?

140 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 23:12:40
善意というのも私欲じゃないの?

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