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はい、「デリダ」スレッド その3

1 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:47:29
デリダについて語るスレの続き
※前スレ
はい、「デリダ」スレッド その2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1101192822/

※関連スレ
【訃報】ジャック・デリダ死去 享年74歳
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1097362554/

2 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:48:21
最近の邦訳
『アデューAdieuー―エマニュエル・レヴィナスへ』藤本一勇訳、岩波書店
『デリダとの対話―脱構築入門』高橋透ほか訳、法政大学出版局 (ジョン・カプートとの対談)
『パピエ・マシンPapier machine』(上下巻)中山元訳、ちくま学芸文庫
『生きることを学ぶ、終にApprendre à vivre enfin』鵜飼哲訳、みすず書房
『声と現象』林好雄訳、ちくま学芸文庫
『テレビのエコーグラフィー―デリダ〈哲学〉を語る』原宏之訳、NTT出版(スティグレールとの共著)
『デリダ, 脱構築を語る−シドニー・セミナーの記録−』谷徹ほか訳、岩波書店
『名を救う 否定神学をめぐる複数の声』小林康夫ほか訳、未来社
『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(T)(U)
『エコノミメーシスEconomimesis』湯浅博雄・小森謙一郎訳、未来社
『触覚Le toucher、ジャン=リュック・ナンシーに触れる』松葉ほか訳、青土社
『たわいなさの考古学 L’archéologie du frivole―コンディヤックを読む―』飯野和夫訳、人文書院

3 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:49:39
『割礼告白』鵜飼哲ほか訳  みすず書房
『時間を与える──贋金』 みすず書房
『哲学の権利/法から哲学へ』みすず書房
『ならずものたち』  みすず書房
『散種』 法政大学出版局
『哲学の余白』高橋允昭ほか訳 法政大学出版局
『ヴェール』エレーヌ・シクスー共著 郷原佳以訳 岩波書店
『フッサール哲学における発生の問題』高橋哲哉ほか訳 サイエンス社
『浮薄の考古学』 白水社
『マルクスの亡霊たち』藤原書店
『条件なき大学』 月曜社
『信と知』湯浅博雄  未来社
『海域』若森栄樹訳  書津心水
『葉書』 水声社

4 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:55:13

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154953104/
>初心者の方はとりあえずデリダの著作を2作ほど読んでみましょう。
>ウィキペディアなどの一般情報に過度に頼らないようにしましょう。
どうもデリダ房君はソースをデリダの著作だけに限定したいみたいですね。
聖書からの引用以外のキリスト教の議論は認めないと主張するようなものです。
これはソース主義に当りません。中立的立場から別のスレをたてました。
デリダ擁護・デリダ批判の両方を歓迎します。

5 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:14:14
>>4
>どうもデリダ房君はソースをデリダの著作だけに限定したいみたいですね。

呼びかけて推奨しているだけで、強制ではない。
このスレタイ自体が厨臭いので、先に立った方を
本スレにすることで問題ないだろ。

6 :重複につき誘導:2006/08/07(月) 23:17:10
■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154953104/


7 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 07:53:15
オリジナル

はい、「デリダ」スレッド、ポンッ!
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1038870138/

8 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 12:48:28
デリダ、愛について語る。
http://www.youtube.com/watch?v=DMR52v_Kq9Q&mode=related&search=
フランス語の会話に英語の字幕がついています。デリダによれば愛の考察に重要なのは
誰(Who)と何(What)の違いだそうです。その人そのものを愛するのかその人の特徴
(顔立ち・性格・行動)を愛するのか。

9 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 14:41:21
>>5
「強制していない。ソースをデリダの著作だけに推奨してるだけ」ですか。
詭弁ですね。2ちゃんで強制なんて成り立たないんですから。
「聖書からの引用以外のキリスト教の議論は推奨されない」はいいんですか。
出だしですでにデリダ教徒だけで楽しみましょうと宣言しているようなもの。

ついでにスレが終了する前に先手とは小ズルイですね。それほど批判が怖いの。
下種な態度が気に入らないので別スレを立てさしてもらいました。

10 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 15:11:57
>>9
ソースをデリダの著作だけに限定して論じろとはどこにも書いてないだろ。

ただ、デリダを論じるなら、デリダの著作を少しは読んでからにしろと言っているだけだ。

11 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 20:21:34
>>10
「神様はいない、よってキリスト教は無効」という類の論を避けようとするデリダ教徒の
あがきを批判したまで。神の存在の立証責任はキリスト教徒の方にある。デリダの意義の
立証責任はデリダ教徒にある。「聖書・デリダを読めば判る」なんて論は単なる逃げ。
デリダがすごいならそのすごさをレスで説明してみたら。


12 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 21:24:21
デリダが神だなんて誰も言ってない。
ここはデリダのスレッドなんだから、デリダを批判したければ、少しはデリダを読んで来いよ。
でなきゃ只の荒らしだろ。


13 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 22:37:14
論のアナロジー・類比を理解できんとは。

神の不在という批判を展開するのに聖書を読む必要性はない。
神の存在の立証責任はキリスト教徒にある。
「聖書に神は存在すると書いてある」は無意味。

デリダに意義があるかという問題において、
デリダの意義を提示する義務は君達の方にある。
出てこない場合は意義なしと結論される。
「デリダ(聖書)を読めば判る」なんて無意味。

14 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:08:27
デリダを読めばその意義が分かるなんて言ってない。
批判したければ、デリダの著作に即して批判しろと言っているだけ。
おかしな言い掛かりをつけるな。

15 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:07:40
キリスト教を批判したければ聖書に則して批判しろと言ってるのと一緒www


16 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:13:28
キリスト教と聖書の関係と、デリダとデリダの著作の関係とは違うだろ。
そもそもアナロジーが間違っている。

お前はデリダの著作を読んだ途端、デリダの信者になるとでも思っているのか?

哲学のテキストを批判的に読むということもできないのか?

17 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:18:28
デリダの著作の内容ではなく何をもって「デリダ」と言っているんだ?
デリダの風貌を批判したいのか?デリダの人生を批判したいのか?
批判の対象が空虚だろう。

18 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:28:09
デリダってアメリカの新批評(New Criticism)の手法だけ盗んで手法の目的
そのものは逆転させて、堕落させただけのような気がするけどな。

19 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:31:39
デリダの土俵に上がって相撲を取るよりも土俵そのものを覆すほうが批判として有効だろうが。
それが怖いから「デリダの著作に即して批判しろ」なんて無駄な主張をしている。

20 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:33:03
>>19
>デリダの土俵に上がって相撲を取るよりも土俵そのものを覆す

だからこのスレを荒らしているのか、お前は。

21 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:36:01
よほど文学好きでなきゃ、パイドロスを読んで
エクリチュールを主題化するなんて思いつかないはず。

22 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:50:33
>>20
かまうなかまうな。

>>19
デリダの著作ではなく何を批判しているんだ。
お前にとって批判対象は任意でいいんだから、自分の親父でも批判してろ。

23 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 09:24:45
>>18
新批評(ニュークリティシズム)か。半世紀前のもんだな。
「テクスト外を排斥してテクスト自体の読みにだけ専念する」
だからデリダの先駆であることは間違いない。

24 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 10:52:09
>>18
逆でしょ。後続のアメリカの文学研究家が、デリダの手法
(だけでなくフランスの現代思想)を使って、新批評を
葬り去り(イェール学派など)、デリダはアメリカで有名
になった。


25 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 11:22:25
>>22
デリダは空論。脱構築の定義さえも存在しない。定義があると主張するので
したらそれを掲示してください。それとも「デリダの著作のどこかに書いてある。
俺はどこに書いてあるか知ってるが教えてやらない。デリダを読め」と逃げるつもり。

26 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 11:40:50
>>25
これじゃないのか?
http://www.hydra.umn.edu/derrida/letter.html

27 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 11:56:58
>>25
定義坊

28 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 12:02:53
>>25
「正義」「肯定」の定義を言ってみろ。
そうしたら提示してやるよ。
約束する。

29 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 12:44:19
>>26
それはデリダがドイツ語のDestruktionの適訳を選んだ過程の説明。
「デリダの脱構築はハイデッガーの解体と一緒」でいいの。
ついでにこの場合、「脱構築の定義は何」が「解体の定義は何」に
転化されるだけ。

30 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 12:58:43
>>28
宇宙の起源を証明してみろ。
そうしたら神の存在を証明してやるよ。
約束する。

正義論・肯定論などの哲学は存在しない。仮に存在すると仮定して、
正義・肯定の定義ができない場合はその論は空論となるだけ。
脱構築の定義など存在しない、空論である、ということを暗に認める発言。
ついでに「肯定」は論理学において提示された命題を真であるとすることですね。
正義の定義は確立していません。道徳論において「正議論」などが幅を利かせていない
理由の一つですね。

31 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 13:12:32
そろそろ喧嘩やめな


32 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 13:22:25
>>24
>逆でしょ。後続のアメリカの文学研究家が、デリダの手法(だけでなくフランスの現代思想)を使って、
>新批評を葬り去り(イェール学派など)、デリダはアメリカで有名になった。
その解釈はアメリカの文芸批評史と食い違うのでないでしょうか。新批評はすでにデリダの
現れるずっと前に新歴史主義批評の出現によって衰退していました。デリダがニュー・
クリティシズムの復刻版というのは当時の俗に言う古典的・史的手法により文芸批評を
行っていた者の多くが感じたことです。
http://katase.tamacc.chuo-u.ac.jp/~snakamura/hihyo01.htm
http://66.102.7.104/search?q=cache:LmxzRG_ElNgJ:wwwsoc.nii.ac.jp/dickens/archive/general/g-criticism-murayama.pdf+%E6%96%B0%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E4%B8%BB%E7%BE%A9&hl=ja&lr=lang_ja

33 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 13:23:44
>>29
解体君を黄泉の国から復活させるおまじない。

34 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:19:03
>>30
なんで「定義」が「起源の証明」にすりかわってるの?


脱構築:
言説の無根拠な前提(しかしながらあらゆる言説は無根拠の前提から始めるほかないが)
を暴き出し、その言説の閉じた論理のシステムから排除された他なるものを言説自体をずらす
ことで救いだす作用、操作である。
だから「正義」でもあるしラディカルな「肯定」でもある。

35 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/09(水) 14:29:31
だから「正義」でもあるしラディカルな「暴力」でもある。

36 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/09(水) 14:33:03
「言説の閉じた論理のシステム」なんって脱構築者の妄想の産物。
「言説の閉じた論理のシステム」があたかもあるように隠蔽し、
「正義」の名のものと解体する近代的な理性主体の暴力思想。

37 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:33:47

>>30
ロールズの『正義論』も知らんのか?

38 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:43:55
>>34
デリダの著作からソース希望。

39 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:53:39
>>37
John Rawlsの論じているのは公平としての正義(Justice as Fairness )
さらにこれはあくまでも枠組みの展開のための仮定。正義を公平性であると
捉えた場合においてどのような社会が正義かと論じている。Justiceの定義を
仮定するのとJusticeの定義を決定するのは別。

40 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:59:51
それぞれコテか番号をつけてやってもらえんかね。
誰が誰がわかりにくいのだが。

41 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:01:36
>>39
正義論と無知のベールを混同してますね。誤読です。

42 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:32:18
<デリダスレ内紛構図>

解体くん・・・デリダ原理主義批判者→はい、「デリダ」スレッド その3

デリダ房君・・・デリダ萌え原理主義者→一者1スレを無視してスレ乱立中
 ■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■
 ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■
 ■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■


43 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:45:56
今時デリダかよ恥ずかしすぎるwww

44 :285:2006/08/09(水) 16:11:08
>>41
混同はそっち。
彼の正義論の部品としてJusticeAsFairnessとVeilOfIgnoranceがある。

45 :解体丸:2006/08/09(水) 16:15:46
Destruktion=解体=Deconstruction
Abbau=ばらす

和解案 Deconstruction=解築

釣られたいなら相手になるよ。

46 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 16:38:28
>>36
ぴかぁ〜ともあろう人が、がっかりだ。
脱構築は暴力さ。それはそうさ。でも近代理性の暴力と混同しちゃだめだよ。
近代理性の暴力は暴力を隠蔽する暴力だろ。

47 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/09(水) 17:23:39
>近代理性の暴力は暴力を隠蔽する暴力だろ。

ん?これはフーコー的規律訓練権力?

48 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 21:10:50
>>34
いまだにデリダからの引用出せないね。
ついでに
>だから「正義」でもあるしラディカルな「肯定」でもある。
そんじゃあ、ド・マンはなぜ親ナチ・反ユダヤ人の過去を隠したの。
ハイデッガーのナチっぷりはどう説明するの。
なんでデリダは二人を擁護したの。
単に「卑怯」でもあるし臆病な「偽善」でもあるんじゃない。

49 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 00:26:41
>>29
>「デリダの脱構築はハイデッガーの解体と一緒」でいいの。

よくないよ。全部読んだ上で言ってる?
ハイデガーと一緒なんてデリダは言ってないよ。


50 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 01:03:38
2ちゃんねるで意見言うのに全部読まなきゃならんのかね?w

51 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 06:55:53
>>48
デリダがハイデガー、ド・マンを擁護したというソースを希望。
どのように擁護したのか。デリダの著作か発言から引用して示して下さい。

ちなみに。
思想と生き方とに必然的な関係があるのか?

52 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 09:16:18
>>50
論で勝てないから「お前XX読め」で逃げてるんだよ。

53 :52:2006/08/10(木) 09:18:39
ついでに>>34いまだに自分の出した脱構築の定義のソース出せないね。
ついでに51と34は多分一緒。

54 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 10:07:01
>>26
デリダ本人がDeconstructionの定義を否定してる。

55 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 10:49:59
>>48
>ド・マンはなぜ親ナチ・反ユダヤ人の過去を隠した
別に隠したという事実はないって。死後にジャーナリスティックに騒がれただけで。

>ハイデッガーのナチっぷりはどう説明するの。
それは批判されてるだろ。ただハイデガーとハイデガーの哲学とは分けて考えろよ。

>なんでデリダは二人を擁護したの。
別に擁護していない。批判すべきところは批判し、
彼らの著作の評価すべきところは評価すべきだと言っただけ。

デリダはむしろナチ関与をスキャンダルにして騒いだ軽薄な
連中を批判したから、そいつらにそう誤解されている。

お前を含めてな。


56 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 16:04:41
>>53
ヘーゲルの弁証法って知っていますか?いわゆる正反合っていうやつです。
それはデリダの脱構築と違ってまともな概念だと思う?

57 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 16:11:46
>>55
面白い見方ですね。ド・マンは彼のナチ協力者としての過去を隠したのか、
さらにデリダがド・マンのナチ協力者としての過去を擁護したのかという
問題。これとは別に思想家と思想は分けて考えるべきだという主張の有効性。

58 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 16:22:40
ソース主義というのはあくまで事実確認を可能にするものとして存在すると
思います。学術誌でも脚注に引用先を記述するのが普通で全文を丸写しする
なんて事はありません。議論において「デリダを読め」などの論旨は2ちゃ
んであろうとなかろうと意味のある反論ではないと思います。自ら論・要旨
を述べてその引用先を示すのが筋だと思います。

59 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 16:41:56
「読め」というか「勉強しろ」なんだけどな

哲学だってさー、他の学問と同じように勉強が大変なんだよね
論理学の問題集をシコシコ解いたり、日常的には使えない語学を学んだり
哲学史を暗記したり、ゼミで理論的な問題について考えたりさ
哲学を語るということにもそうした下積みがちゃんとあるんだよね

ソースうんぬんはいいけど、最低限の知的なバックボーンがないのにさ
デリダがいい加減だのどうだの言うのは、ちょっと馬鹿げてると思うのさ
「読む」ってのは、そのなんだ、哲学を語るにあたっての最低限の手続きの一つであってさ
それなしには真っ当なものとは見なされない所作なんだよね

ま、ソース君にはどうでもいいことかもしんないけど

60 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 17:02:37
>>59
院生?

61 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 17:10:18
脱構築の定義のソースを示せっていうのは、三段論法の定義のソースを示せ、って言うようなものだよね。
脱構築っていうのは書き方・読み方なんだから。
どこどこにこう書いてあります、ってものじゃない。
デリダは書くこと(=読ませること)で脱構築のやり方を示しているんだから。

62 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 17:16:21
だからこう言えばいい。

脱構築はデリダの著作のいたるところにある。
なんでもいいから読んでみればいい。

どれがお勧めかは、親切な諸兄方が教えてあげればいい。

63 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:01:58
「ド・マンはナチ協力者としての過去を隠したのか」

ポウル・ド・マンは社会党の党首でありベルギーの副首相であったアンリ・ド・マンの甥です。
ナチの侵攻後アンリ・ド・マンは占領者と協力するよう呼びかける公的声明を出しナチ下の政府
において活躍。戦後はスイスに逃亡。解放後のベルギー政府に反逆者と宣言されスイスで没します。
若いポウル・ド・マンが有力紙であったLe Soirに就職できたのも叔父の影響、あるいはコネで
あったと考えられています。ポウル・ド・マンが書いた文芸批評の抜粋です。原文は英訳です。

「ここにおいて現代イタリア詩の概略、さらにファシズムの環境においていかに美しく独創的な詩が
花咲くことができるかをを見ることができる。.........ファシスト政権は人民の教育者として重要
な市民そして戦士としての魂に反するような領域のものでも、あらゆる源泉から詩人がインスパレー
ションを求めることの完全な自由を与えている。」
「ユダヤ人の理知性、教義を吸収する一方でその教義から冷酷に距離を保つ才能は執筆において要求
させる明確な分析において非常に稀有な特質である。しかし、にもかかわらずユダヤ人作家は常に二
流であり、....重要な集団、特に文学のジャンルにおいて決定的な影響をもった集団ではない。さら
にこれは西洋の知識人にとって慰めになることである。つまり文化の代表とも言える文学の分野において、
ユダヤ的影響から彼ら自身を守ることができたのは彼らの活力を証明するものである。もしわれわれが
外部の集団から抵抗も無しに侵略されることを許すのであればわれわれの文明の未来に希望は存在しない。
ヨーロッパの生活のあらゆる側面におけるユダヤ的介入にも関わらず、その独創性と特徴を維持できたこと
により、われわれの文明はその基礎的特質が健全であるとこと示したのである。よってヨーロッパから隔離
されたユダヤ人植民地の創設につながるユダヤ人問題の解決は西洋の文学的活動において後悔される結果を
もたらさないということが理解できる。全体として取るに足らない幾人かの文人が失われるだけで、以前と
同じように進化の高位の法則に基づいて発展しつづけるであろう。」

64 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:17:42
>>61
>脱構築の定義のソースを示せっていうのは、三段論法の定義のソースを示せ、って言うようなものだよね。
詭弁。例えばアリストテレスの三段論法の定義はちゃんとアリストテレスの
著作に存在する。彼によれば「いくつかの仮定が存在する場合において、な
にか別のことが必然として帰着する論」であると明記している。もちろんも
っと具体例に基づく詳しい説明も存在する。脱構築はデリダの創造であるの
だからデリダ本人がその定義を掲示していないのは非常に問題である。また
脱構築が何であるかも決まっていないのにそれに基づいて論を展開すれば
空論でと批判されるのは当然。

65 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 18:27:01
>>64
デリダは問題と「格闘」してないんだよ。
ちゃんと突き詰めて、もうこれ以上厳しいからと「沈黙」するところまでは
考えないんだよね。
だからデリダに対する批判はご存知のように絶えないんだ。

割り込んで失礼。 これだけで退出します・・・。

66 :63:2006/08/10(木) 18:54:23
>>63
ベルギーで組織的なユダヤ人弾圧が始まるのは1940年の終わりごろ。ヒットラーがドイツ国会議事堂で
この戦争によって「ヨーロッパのユダヤ人種が殲滅」されると宣言したのが1941年一月30日。ベルギー
で政府がユダヤ人の出国の許可を停止したのが1941年二月。ド・マンの「現代文学におけるユダヤ人」が
載ったのは1941年3月4日。1941年八月にベルギーのユダヤ人が最初にアウシュビッツに送られる。同じ月
の二十日にド・マンはHet Vlaamsche Landに載せた記事で現代文学の常軌を逸脱するような傾向の責任は
ユダヤ人にあると宣言。終戦までに二万五千人のベルギーユダヤ人が強制収容所で死亡。ド・マンがガス室
の存在を知っていたと論じるわけではないが、ユダヤ人の出国許可が停止され逆にユダヤ人が南方に強制
送還されているのは誰の目にも明らかな事実。さらに戦後にド・マンが謝罪を行ったという事実はない。
悪名高い叔父を持つことを考えると文人・学者としての道がベルギーで閉ざされていたのは明らか。しかし
ベルギーには他にもナチ協力者はたくさんいたので別の道を選ぶことはできたはず。しかし連合国側である
アメリカでこのような過去を持つ者を大学を含めた公機関が雇うなど考えられない。ド・マンはアメリカに
渡り、過去には一切触れずにイエール大の教授になり没したわけだが、これを「別に隠したという事実はないって。
死後にジャーナリスティックに騒がれただけで」 ですますことができるのだろうか。

67 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:59:39
>>64
Deconstrutionのね、「定義」が慎重に避けられるのはね
「定義」というものには、体系への帰属という問題、現前しないものの隠蔽という問題
そして哲学の再自己固有化という問題が含まれているからなんだよ

>>65
そうだね、プロテインだね

68 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 19:02:26
>Deconstrutionのね、「定義」が慎重に避けられるのはね

慎重=強迫性神経症だね。

69 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 19:25:49
今、手元に『尖筆とエクリチュール』があります(正確には引越し間もないのでダンボール箱の中ですが)。
一度通読したんですが何が書いてあるのかサッパリわからず読みとおすのがやっとでした。
盆休みに再読してみようかと思いますのでいくつか教えていただければありがたいです。

>>62
この本でも脱構築の手法が使われてますか?
というかそもそもこの本はお勧めですか?

>>65
この本は具体的にどのような哲学的問題を扱ってるのでしょうか?

70 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 20:14:47
>>65
ドラゴンボールのミスターサタンみたい。

71 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 20:48:26
>>69
二つ目の問いに関しては、それなりに明確に答えられる

デリダ自身が当の著作の冒頭で「女性」と答えていたはず
ニーチェとハイデガー、時に精神分析学を経由して
デリダの関心事―エクリチュールと関わることの問題―へと繋がっていく

72 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 20:53:12
>>67
デリダは定義を避けていると言っていない。Deconstructionは分析でも批評でもない。また手法の
ようなものではなく「事象(Event)」であると述べている。事象であるならDeconstructionが生じ
る時に何が起こっているかという問題が存在し、この問題に対して「簡易で正式な回答」を持って
おらずこれまでの全ての著作はこの多大な問題を答えようとする試みであると述べている。定義し
ようと試みてはいるが成功していないだけ。避けているのではない。
http://www.hydra.umn.edu/derrida/letter.html
如何に整然とした論を持つ文であろうとも突き詰めていけば究極には矛盾が存在し、それによって
文全体がDeconstructする。この解体・解築・崩壊をいかに理解すべきであるかがデリダの取り組ん
だ問題の本質。自分個人として「意味の意味とは何ぞや」などの考察は不毛でありデリダは幻と格闘
するドンキホーテであるという見解であるが、どちらにしてもデリダ房はデリダ房であるがゆえにデ
リダの取り組んだ問題の本質を理解していない。

73 :解体丸:2006/08/10(木) 21:06:43
修正案

Destruktion=崩壊
Abbau=ばらす
Deconstruction=解体

74 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:22:23
>>67
(笑)それじゃスローガンみたいなもんじゃんか。
デリダは一応学者だろ?
せめて自分が言い始めた言葉くらいは定義すべきだな。


75 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:30:29
>>67
言葉の意味、定義をはっきりさせられないというのは曖昧ということだよ。
なにも言ってないに等しいことになるな、デリダは。

76 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:38:35
>>72
そうだね、プロテインだね

>>74
そうだね、プロテインだね

>>75
そうだね、プロテインだね

77 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:53:30
>>76
ついにヤケクソかい(笑)
なんか見苦しいぞ、そいう悪態は。
幼稚園児じゃないんだからさ・・・。

78 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:54:03
なにもないよ

79 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:59:46
>>67
それで言葉遊び以外に何が残る?

80 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:29:11
>>64
>脱構築はデリダの創造であるのだからデリダ本人がその定義を掲示していないのは非常に問題である。

ヘーゲルの弁証法は?本人は定義していないぞ。

81 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:33:26
自著のなかで他人の用語の訳語としてやむをえず選んだ単語が、
自分の思想の「固有名」のようにして二十世紀思想史に特筆大書
されるにいたったときの一人の著作家のとまどい!

82 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:41:40
特筆大著されると思ったのにそうならなかった戸惑い!

83 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:54:05
>>80
ヘーゲルの弁証法という記述自体が誤り。俗に言われるヘーゲルの弁証法とは
フィヒテとシュリングがカントに基づいて勝手に述べたもの。ヘーゲルの著作
に定義が載っていないのは当然。

84 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:02:32
>>51 >>55
>別に擁護していない。批判すべきところは批判し、彼らの著作の評価すべきところは評価すべきだと言っただけ。
デリダのド・マン擁護
(1)ド・マンはナチの虐殺の全責任者ではない。ド・マンをヨーゼフ・メンゲレと比較するなどの行
為は行き過ぎである。(pg821, Biodegradables: Seven Diary Fragments, 15 Critical Inquiry
812 (1989))
(2)渡米後のド・マンの批評論(作品の批評において作者は無関係。歴史的背景も意味をなさない)を
隠れ免罪論であると論じるのは公平ではない。(pg640-51 Like the Sound of the Sea Deep Within
a Shell: Paul de Man's War, 14 Critical Inquiry 590,1988 )
(3)若いころのド・マンがナチ擁護、反ユダヤの記事を書いたのは事実であるが彼の全人生をこの若
きころの一エピソードで断じるのは公平ではない。(pg650-651 Paul de Man's War)
(4)ド・マンの「現代文学におけるユダヤ人」はその背景を適切に理解した上で読めば両義に取ること
ができる。ド・マンの記事は低俗・俗悪な反ユダヤ主義から距離を保っているものであり、このこ
とを考慮すると彼の記事はそのような俗悪な反ユダヤ主義に対する非難であると読むこともできる。
(pg625-26,Paul de Man's War)

(1)納得。(2)ド・マンにとって都合のよい主張であったのは確か。(3)若きころの過ちとはいえ
未成年の過ちではない。さらに一度も謝罪を行わず自らの経歴を隠してアメリカの大学に就職。その経歴全
部が偽りであったと非難されて当然。(4)次は「我が闘争」を脱構築してください。

85 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:10:11
脱構築はハイデガーの解体を引き継いだものであるというのは
『グラマトロジーについて』p.51にある。
脱構築はデリダの思想の固有名では決してない。が、
どうしてもデリダ自身による定義が知りたいというのなら、本を手に入れて
この前後を詳しく読んでみればいい。

われわれがここで・・・言語学においてまたそれによって行われて得るような或る作業
について語っていること(いわゆる「脱構築」の作業)は、けっきょくのところ、言語学が存在論という、
またとりわけ存在という基礎的語概念を解体(これがDestruktionでありdeconstruction)
するに至るであろうかぎりにおいてしか・・・言い得ない。
・・・そうすると、『存在と時間』によって開始された問いの秩序に従って、
またフッサール現象学の諸々の問いを徹底化しつつ、おそらく次のように言ってもよいだろう。
すなわち、この突破口(言語学)は学それ自体には所属してはおらず、
そのように存在的領域や領域的存在論の中で生まれるかのように見えるものは、
権利上そういったものには所属しておらず、すでに存在のといそのものと再び
結びつくのだ、と。

86 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:10:35
二つのデリダスレで競争になってるwww

87 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:24:44
>>84
それは誰の文章なのですか?
どうやって調べたのですか?
ついでに、あなたはどういうかたなのですか?

2ちゃんねるはすごいですね。あなたみたいな方もいる。

88 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:44:04
>>85
Meには解析不能な文章でござんす。

89 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 12:12:35
>>32
順序が逆。
デリダがアメリカで広く知られるようになったのは、新歴史主義批評が出てくる前。

新批評(戦前〜戦中)

脱構築批評(イェール学派 70s)

新歴史主義批評(80s以降)

ちなみにデリダはフランス構造主義とヌーヴェル・クリティックの
批判者として出てきた。
ニュークリティシズムの方法論自体は、構造主義以前の原始的
なものでデリダがその手法を盗むなんてありえない。>>18

90 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 12:43:16
>>89
ほんまに必死やね・・・。
>>32 までさかのぼるんかいな。
いくらなんでも「デリダがその手法を盗むなんてありえない」とは断言できへんやろ。
極論もいいとこやんか、大変な粘着気質やでおまえ。
話しはなあ、冷静に自分を見つめながらするもんやで。



91 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 12:52:06
>>89
1ページの詩に対して20ページの論文を書くのが新批評。
一節の詩に対して80ページの論文を書くのがデリダ。
そういう意味では新批評のほうがデリダより原始的。
背景資料を無視するところは一緒。

92 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 12:53:39
>>84
デリダって屁理屈こねるのうまいね。

93 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 13:05:13
>>90
そんなに粘着に見える? ちょっと亀レスしただけなんだが。
「断言」ではなく、普通に推論できることだよ。
ニュークリティシズムの手法をデリダが盗んでいたとするなら、
デリダの影響を受けた脱構築批評が、新批評の手法への批判
として出てきたことは成り立たなくなるでしょ。

>>91
そういう意味で両者に共通点がある、ということなら了解。
ただその種の精読主義は、国語の先生でも言ってることで、、、

94 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 13:09:23
>>91
もうかんにんしたったら。
>>89 は青息吐息の瀕死状態やんか。
当のデリダ自身が断言はしいひん人間の代表格ちゃうの?
それを断言しちゃってるわけやし、もう誰が見ても終わりやで。
信者にまでな、落ちてしまってるという事やろ。



95 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 13:18:33
>>93
世の中はなあ、いろんなことが起きるねんて。
本人も知らないうちに批判対象に同化しているっちゅうことはなあ、
しばしばあるねんて。
硬直した思考はな、あかんゆうことや。
「ありえない」ゆうのは断言やんか、それを覆そう思ってもなあ、無理やで。
もっと冷静になってな、本来の自分を取り戻した方がええで。
そしたら実りのあるスレになるやんか。

96 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 13:45:34
脱構築って何で正義なの。

97 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 14:23:45
>>95
そうだね、プロテインだね

98 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 14:38:22
>>97
そうだね、プロテインだね

99 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 15:13:46
↓『ファクシテクスチュール』デリダ 1992年(抄訳)

http://blog4.fc2.com/i/issei/file/hosoki1.jpg

これでも読め、プロテインばか。

100 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 18:37:02
デリダってハイデッガーの哲学と政治は関係ないって論じたよね。
解体・脱構築と倫理と無関係ならそれでいいけど脱構築が正義と
主張するなら無理のある論。

101 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:02:36
>>99
おばさんの入浴姿のJPGです。

102 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:08:01
質問
デリダの思想って哲学にどう関係があるのですか。

103 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:15:05
>>100
いや、別に分かっているけどできないってことは普通にあるし。
思想と人生には必然的な関係はないよ。

104 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 21:26:01
>>99
おえっ。
占い婆さんか、ちくしょう。

105 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:27:48
>>100
脱構築が正義だとは言ったが、それが
デリダが正義だとかハイデガーが正義だとかということと同じになるのか?
どういう思考回路をしているのか・・・

106 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 22:00:33
>>105
>>34
>言説の無根拠な前提(しかしながらあらゆる言説は無根拠の前提から始めるほかないが)
>を暴き出し、その言説の閉じた論理のシステムから排除された他なるものを言説自体をずらす
>ことで救いだす作用、操作である。だから「正義」でもあるしラディカルな「肯定」でもある。
いまだにデリダの著作からソースを掲示できていないことはおいといて、もし上記の定義が正しい
としよう。この場合、論の誤りを指摘するのは「正解」にしか過ぎない。「正義」ではない。

107 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 22:03:23
>>84 
長文レス乙。今時ここまで脱構築叩きに熱を上げる人も珍しい。

>(3)若きころの過ちとはいえ未成年の過ちではない。
>さらに一度も謝罪を行わず自らの経歴を隠してアメリカの大学に就職。

ド・マンは1955年の段階(当時は博士課程の学生)で、
ハーヴァード大の評議会から、対独協力の嫌疑について釈明を求められ、
公式に応答したことがあったので、自らの過去を隠したわけではない。
つまり関係者の間では、この問題はド・マンの生前から知られていた。
よって「経歴隠し」の非難はあたらない。

興味のある方は、M.マックィラン「ポール・ド・マンの思想」新曜社
p201-202辺りを参照。ちなみにこの本は、ド・マンの思想全体を
バランスよく纏めていて、良書。

108 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 22:21:46
現代の法哲学者たちはデリダかポパーばっかり読んでる

109 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 01:15:09
>>107
イェール大にはド・マンと同じ経歴を持つ教員がいました。名前はVladimir Sokolov。ロシア生まれでイエ
ール大で二十年間も教鞭をとっており、反共の立場でも有名でソビエトのユダヤ人のイスラエル移民を支持
する声明にも署名しています。1972年これに反発したKGBがナチスドイツ占領下のロシアでまだ二十代の彼が
ナチ協力者として新聞に記事を寄稿していた事を暴露。彼はナチスがロシアから撤退すると共に敗戦間近の
ドイツで新聞記者として就職。敗戦後アメリカに移住。この事実にイエール大は騒然。幾人もの職員がソコ
ロフの解職を要求。最終的に教授陣にソコロフは辞任を迫られます。その後レーガン政権によりアメリカの
市民権を剥奪されカナダで没する。同じ大学の教員であり殆ど同じ経歴を経ているド・マンはさぞびくびく
していたことでしょう。

ド・マンはハーバード大では新聞社を退職したあと一時期ナチ抵抗運動に参加したと主張している。ド・マ
ンの主張以外にこれを確認する資料はない。イエール大の就職において元ナチ協力者として働いた経歴を履
歴書に記述したわけでもない。就職後に親しい同僚には事実を明かしていたようだが、「ド・マンの同僚で
あったイエールフランス語教授のピーター・ブルーク氏によると........最低でも一人の教授はド・マンの
過去を知っていたがこのことには一切触れる事がなっかたという。別の教授によると幾人かの教授は事実を
知っていたがド・マンが看板教授であるがゆえに沈黙していたという。ド・マンがいかなる過程でイエール
大に就職することになったかの問題の議論は(学部では)避けられている」。イエール学派がド・マンとグ
ルで「経歴隠し」に加担していただけ。ド・マンとイエール学派そのものが偽善と非難されて当然。
http://www.opinionjournal.com/diary/?id=110008115

110 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 01:18:47
>>108
立法者意思の謎が解けると勘違いしてるんじゃない。

111 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 01:31:35
ポール・ド・マンねえ・・・。

112 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 01:38:51
どおくまん の方が面白いけどな。

113 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 01:58:43
法学って神学と似てて、なんで法を守んなきゃいけないのかなんて結局理由がないのよw


114 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 02:30:27
人種差別に関して殊更なにも考えていない人間が
今さらのようにド・マンや他のNazi協力者、その業績を叩いても滑稽なだけ

過去にナチ・シンパの記事を書いたド・マンを擁する「イエール学派そのもの」が
偽善的だ、信用ならないというレッテル張りはNaziよりもNazi的
ユダヤ人だから悪い論法の代りにイエール学派だから信用ならない論法を使用し
すべての災厄をユダヤ人になすりつける代りにイエール学派になすりつける
大戦後のエジプトでユダヤ人排斥の片棒をまっさきに担いだ
「もろもろのイズムをめちゃくちゃに混同していた連中」とそっくりだ

115 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 02:44:59
なんでデリダスレが二つも同時進行してるんだ?
しかも、もう一つは3がないんだけど??

116 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 04:33:26
>>115
アンチデリダ論に先手を打つ目的で算数のできないデリダ房が
「○○も読んでないくせに」という要旨でデリダ4を立てた。

117 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 07:21:44
>>114
ナチ擁護の非難はナチであるとはナチな論ですね。

118 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 09:19:15
>>106
法は・・・本質的に脱構築可能である。・・・法としての正義のこのような脱構築可能な構造こそが、
同時に脱構築の可能性を保証しているのだ。もしも正義それ自体というようなものが、法の外
あるいは法のかなたに存在するとしたら、それを脱構築することはできない。同様にまた、
もしも脱構築それ自体というようなものが存在するとしたら、それを脱構築することはできない。
脱構築は正義なのである。
『法と力』

私がいい加減な自作の文章をデリダの文章として書いたのではないという保証はない。
示しようがない。引用の正しさを確かめる唯一の方法は、お互いがその著作にあたることだけ。
だからあなたは『法の力』を読んで確かめること。ページ数は書かない。
読んだ証拠としてあなたが記してください。

119 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 10:08:39
>>116
それじゃあ、重複スレ削除依頼をした方がいいんじゃないかな?

120 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 11:54:27
>>119
【5:222】な ん で も 哲 学 input に統合すればよしw

121 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 11:57:43
>>109
>イエール学派がド・マンとグルで「経歴隠し」に加担していただけ。
検索&翻訳乙。全く粘着だね。翻訳するのはいいが、
何故以下の文を都合よく訳し忘れたんだ?

(his collaborationist past was known to his former colleagues at Harvard)

>>107でも記したが、ド・マンの過去はイェール大でもハーヴァード大でも知られていた。
だいたい順序が変。イェール学派が形成されたのはド・マンがイェール大に就職した後。
経歴隠しなどできない。つまりイェール大はド・マンの経歴を知った上で雇用した。
よって「イェール学派とグルで経歴隠し」と言うことは出来ない。下らないのでsage

122 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 14:38:11
「実際僕はいまでも、断言を回避するため条件法を頻発し、関係詞節の連なりにより
あらゆる図式を曖昧にしてしまうデリダのフランス語を読んでいると、時折苛立ちで
頭が痛くなる。」『郵便的不安たち』東浩紀、P272


123 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 16:08:55
>>119
誰かがデリダ4の削除依頼を出したと言っていた。

124 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 19:52:46
条件法のところはデリダの意見ではないということでもあり、
かえってわかりやすくなるところでもあるのだが。
日本語では条件法のニュアンスが出ないためわかりにくい。

125 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 11:41:38
お盆のせいかソース坊が撃沈されたせいか、勢いがなくなった。

126 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 15:04:14
>>121
イエール大はデリダと同じ経歴をもつロシア人の教官を辞職させた経緯がある。
デリダの経歴は一部の同僚に「秘密」として知られていたと書いてある。
さらに学部(イエール学派)の看板教授(Star)であったので、表に出さなかったとある。

127 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 16:21:23
これは酷いww
どうやらデリダとド・マンの区別さえつかないらしい。
翻訳ソフト頼りがバレバレです。

128 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 16:30:04
>>127
>>87のデリダのド・マン擁護を踏まえた上での議論です。
ついでに翻訳ソフトが"Star member of the club"を「看板教授」なんて
訳にできるわけないだろ。

129 :128:2006/08/13(日) 16:31:24
訂正。
>>87でなく>>84

130 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 16:42:16
それはさておき、『法の力』の翻訳は酷い。

131 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 07:07:31
>>130
学部生ならまだしも大学教授が訳してなんでそんなにヘボイの。

132 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 08:05:11
法律は変えられるが、
現行の法は守られなければならない

この原則はたんに命令的なものではなく、先験的である。
さもなければ、我々が共に拠っている社会的な基盤が脆弱で不安定な状態になってしまうことは必然の帰趨であるから。

133 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 16:35:06
>>132
無視されている法律も多いぞ。
ついでに先験的であるのは必然の帰趨なんてどうして言い切れるの。

134 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 18:11:56
>>131
院生が訳している可能性は大きい。

135 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 21:19:20
院生の勉強にもなるし銭も稼げることを考えれば美味しい副業ですね。

136 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 22:21:20
>>135
実は儲かってないよ。

137 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 10:42:28
デリダの文章はよく読めば明快。
条件法の頻発で読めなくなる、なんてことはない。
フランス語の勉強が足りないだけ。

138 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 14:16:41
>>137
フランス人でも難解な文章だぞ。

139 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 16:27:39
厳密に読んでみると何の意味も成さなかったり、非常に単純なことは無理に
難しく書いてるのがデリダの文章。翻訳が大変なのは当然。

140 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 16:35:03
良心的な学者・研究者・翻訳者なら訳さないよね。

141 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 17:45:07
理解できない馬鹿ほど人のせいにするんだよな。

142 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 17:53:53
デリダ本人が自分の言ってること理解できてないようですが。

143 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 18:49:14
チョムスキーもデリダはチンプンカンだと言っていた。

144 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 22:59:46
>>143
そりゃあチョムスキーにはわからんでしょう。

145 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 23:29:03
主張できない立場から主張する文学を哲学してみろだぜ?

146 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 00:23:55
>>144
他の教授に聞いても説明できるもんは居らんかったとさ。

147 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 00:36:28
読んでも分からないなら黙ってればいいのに。


148 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 02:22:20
解るものが存在しないって事じゃない。

149 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 05:59:32
底が浅いことが判ったってことです

150 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 08:42:55
低能なレスが続いてますね。

151 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 17:37:17
デリダは電波。

152 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 21:32:48
>>151
同じ電波の君が言うんだから間違いない。

153 :151:2006/08/16(水) 22:17:37
理解できない馬鹿ほど人のせいにするんだよな。

154 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 11:28:32
>>152
と、同じ電波の君が言うんだから間違いない。

155 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 11:57:14
  
先進国の多くの人々は、人類の科学はすばらしくまた神はやさしい方なので、次第に減ってくる化石燃料の代わりも科学が何かにかすばらしいエネルギーを開発してくれるだろうと思ってた
ところが恐るべき大自然の法則は人類に原子力と自然エネルギー以外にはなにもエネルギーが用意されてないという恐るべき「事実」を用意したのである

原子力があるといっても原子力で使うエネルギーの7割も8割をも調達するわけには行かず
自然エネルギーは太陽光でも風力でも使うエネルギーの半分を取り出すには恐るべき規模の投資がいる死できたとしても時間制約がきびしい、24時間強いいつでもエネルギを得るわけではない

 そこで先進国はいやまだ今は時代が来てない、あまりとおくなく、いつかはすばらしいエネルギーが出てくるだろう、そして経済規模をちじめないためにはその日までは化石燃料を現在のようにに
多く使うのをやめるわけにはいかないという態度をとっている
太陽光風力を直ちに大規模にという人は少ない

 こういう大自然の恐るべき「法則」と人類の現状という下部構造はもはやいろんな上部構造を生んでる

世界の過激派は先進国は非常になんかおかしいという観を持ってるかもしれない
また哲学好きの人たちのあいだでは未来はまだまだいろんな可能性があるというのは嘘でじつはすべて決まってるんではないかという抽象論=上部構造に走る人たちも多くでる



156 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 12:54:53
日本人科学者と欧米哲学者の交流は結構ありますよ。

近代の実証科学は欧米で生まれたものであり、欧米の哲学者は
科学における実証主義の重要性をキチンと理解している。
また、欧米の哲学者のなかには自然科学の素養を持つものも
少なく無く、科学者とキチンと意思疎通できる。

翻って日本の状況を見ると、このスレを読むまでもなく、

・哲学者は自然科学に対してあまりにも無知である

・無知の結果として、哲学者は自然科学を蔑視する

・自然科学に対する乏しい知識を自由気ままに濫用しており、
 科学者と意思疎通できない

といった問題があります。

論理学や分析哲学をやっていると基礎論関係者から、
こういった文句を聞かされるわけですw

157 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 18:11:22
分析哲学も現代フランス思想と同じ言葉・記号遊び。

158 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 00:37:41
>>157
分析哲学・論理学の歴史は長い。
フランス現代思想と一緒にするでない。


159 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 03:34:36
>>139-154あたりにいるアンチデリダ厨房よ。
もっとがんばんなさい。応援してるから。
でもオウム返しはなしでやってねw

160 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 07:26:58
>>158
論理学の歴史は長い。
分析哲学の歴史の始まりはハイデッガーと同じ時期。

161 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 12:03:12
分析哲学は論理学から派生しているが明確な区別はされていない。
一般的に分析哲学を論理学と言っても間違いではない。

162 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 12:06:09
>>161
>一般的に分析哲学を論理学と言っても間違いではない。

アホ、間違いだ。19世紀に分析哲学は存在しない。

163 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 12:15:58
>>158
学者間でも「論理学」として話しをすすめる人は実際多い。
特に大きな問題ではないからそれでもいいと思うよ。


164 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 12:19:47
>>158
飯田隆なんかもそうですね。

165 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 12:21:32
アカデミズムの世界では「フランス現代思想」は嘲笑の対象。
同列に扱われたら大抵の人は怒ります。

166 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 12:24:53
>>165
まったくでw

167 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 12:39:30
自演の醜いスレで呆れた

168 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 12:59:24
「分析哲学」ってのは、ラッセルの記述理論あたりが英米圏の哲学界で有名に
なったあたりが起源なんだろうから、当初は論理学と関係が深かったんだろうけれど、
一方では英米圏の哲学にかんしては、特に論理学とは関係がないものも「分析哲学」
って呼ぶようだしなあ。逆の方から見れば、論理学は20世紀のように数学基礎論
の一分野として研究されているとは現在では必ずしも言えないだろうし。
やっぱり区別した方がいいんじゃね?

169 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 14:03:42
>>168
実際は専門家の間でも厳密に区別されて論じられているわけではないからね。
特に大きな問題は無いと思うよ。

170 :副島 隆彦:2006/08/18(金) 14:06:03
西洋思想が今いる場所は仏教・儒教が2000年前に通過した場所だ。
仏教・儒教の伝統を捨てて西洋思想に傾倒した軽佻浮薄な連中は
バカにされて当然。

日本の自然科学者の中には仏教・儒教などの東洋思想への造詣が
深い者が少なくない。また、欧米の哲学者・科学者が東洋思想に注目し始めて
既に100年以上たつというのに、未だに西洋思想の受け売りをする人は
学問の大きな流れを見る目が無い。東洋思想を学ぶ企業経営者は多いが、
西洋思想は完全に無視されている。東洋思想よりも格段に劣っていることが
素人の目にも明らかだからだ。

数学や理論物理は教科書を読めば誰だってロジックを理解できる。でも、直観が
働くレベルまでイメージを膨らませて理解するには、並外れた修練が必要だし、
そのレベルまで理解しないと研究を始められない。高校から大学、修士までは
大天才と呼ばれていても、研究レベルでは雑魚扱いされるし、その多くが
崩れ去っていくのが数学と理論物理。


171 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 14:15:45
またコピペ荒しか。解体厨粘着だな。

172 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 14:19:55
量子弁証法を理解できないと、全てが荒らしに見えるようだな。

173 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 14:44:39
最近の分析哲学のやってることはフランス現代思想と同じぐらい馬鹿らしい。
「山本隆が富士山に単独登頂しました」の述語の意味を長々と分析して論文が
一本書きあがったりする。ついでに「無意味」と「有意味」の区別をつける
という元々の目的は完全に失敗。最近は形而上の観念論を分析するなど
やってることの本質はフランス現代思想と変わらない。


174 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 14:47:20
>>173
ここはデリダスレ。
分析哲学スレに逝け。

175 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 18:27:49
辿れば馬鹿ヘーゲルの責任。

176 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 19:08:26
> 専門家の間でも厳密に区別されて論じられているわけではないからね。

分析だか何だか知らないが、ともかく哲学と論理学を区別しない「専門家」なんて、
俺は一人も見たことないぞ。

177 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 21:42:10
>>176
またブンセキ野郎か
スレ違いだぞ、他の野郎もまとめて分析哲学スレでやってくれ。
バカタレ。

178 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 22:00:36
『ソシュール小事典』より P207〜208
[フーコー・ドゥルーズ・デリダ]
この三人のうちで、ソシュールの批判的乗り越えを主題的に展開しているのはデリダである。
彼は『グラマトロジーについて』(1967)において、ソシュールからヤコブソン、マルティネ
にいたる音韻論中心の言語学の伝統のうちに、音声言語に特権を認め、つまりは意識の自己への
現前に真理の基本的形式を見るロゴス中心主義を認め、その乗り越えをはかっている。
その際彼は、やはりソシュールにはじまりながらイェルムスレウに引き継がれる形式主義−
記号論的観点から、音声言語と文字言語とを等価的に扱う立場−に必要な変更をくわえることに、
その乗り越えの一つの手がかりを見いだす。したがって、デリダにとってソシュールはいわば両義的な
存在いうことになろう。しかし、ソシュールのラングを記号学的な価値体系というその本質な
次元でとらえるならば、ソシュールが音声言語に特権を認めたという前提そのものからして
誤りなのであるから、彼のばあいも、ソシュールの遺産の継承という点では、あまり問題に
なりえないことになる。

179 :考える名無しさん :2006/08/18(金) 22:13:53
>>176
『論理の哲学 知の教科書』飯田 隆 編
でも嫁。

180 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 22:50:10
>>173
激しく同意

181 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 23:36:15
なんでデリダになるとフランス語がそのまま使われるの。
ソシュールだとかエクチュールだとか。
J-POPみたい。

182 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 07:59:39
ソシュールってフランス語だったのかw

183 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 19:43:33
ソシュールは健、って感じだよな

184 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 22:19:52
デリダの入門書でいいのあったら紹介してください

185 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 00:32:48
>>181
頼むから、ソシュールはどうやって訳すのか教えてw

186 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 07:16:11
ソシュールって誰。

187 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 07:20:50
ギュンター・グラスがSSだったてのド・マン事件と似てる。

188 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 21:18:40
>>186
フランス現代思想なんて文芸批評・文化論・心理学・女性論・社会学あたりの
終わってる科目で流行っただけで哲学科では無視されている。
よって知る必要なし。

189 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 22:13:33
>>188
ドゥルーズやフーコーで博士論文書いた人知ってますが。
フランス現代思想は、ますます哲学史の基礎知識になりつつありますよ。

190 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 22:19:56
哲学で学位取得した人間なら、それくらい分かってるって

このスレで粘着しているのはホンモノのアレな人だし
あんまり相手にしないほうがよいよ

191 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 00:08:44
博士号がユルユルになったってだけだろ。単に。


192 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 04:23:07
>>189
哲学「史」っていうか思想史ってことだろ。論理学・形而上学・認識論。
哲学の基本分野ではフランス現代思想は鼻糞ほどの価値しかない。

193 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 04:25:25
フロイトだろーがヒットラーだろーがケインズだろーが思想史なら何でも
博士論文になる。

194 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 04:40:20
   / ̄ ̄\
 /   _ノ  \
 |    ( ●)(●)
. |     (__人__)   それはどう考えてもおかしいだろ・・・
  |     ` ⌒´ノ   常識的に考えて・・・
.  |         }
.  ヽ        }
   ヽ     ノ        \
   /    く  \        \
   |     \   \         \
    |    |ヽ、二⌒)、          \


195 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 08:28:27
ファシズム(ナチズム)は思想ではないとでも主張するつもりですか。
当然ヒットラーの思想の研究で博士論文を取ることはできます。
つまり思想史の一環としてのデリダについての博士論文の存在は
その哲学における価値の糞の証明にもならないわけです。

196 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 13:11:20
>>192
当たり前だ。その基本分野の伝統を崩そうとしたのがフランス哲学なんだから。

197 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 15:04:22
フランス現代思想の研究は思想史ではなく、哲学研究として十分成立します。

198 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 17:57:05
>>197
Citation Indexで調べればデリダがちゃんとした哲学の分野でいかに無視
されているか一目瞭然。

199 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 18:14:34
どこの索引?無視してる方がおかしいでしょう。

200 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 19:17:09
ISIだろ。

201 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 19:22:18
アメリカの大学の哲学科は、ヨーロッパ哲学の動向を殆どカバー出来てないからな。
偏りが酷い。

202 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 19:36:53
フランス現代思想なんてフランスの大学の哲学科でも無視されてるよ。

203 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 19:44:56
んなこたーない

204 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 20:53:53
ケンブリッジ大がデリダに名誉博士号を授与することを決定した時にケンブリッジ大
プラス、アメリカやフランスの哲学科の教授が中心になって書いた抗議文の一節。

"Many French philosophers see in M. Derrida only cause for embarrassment,
his antics having contributed significantly to the widespread impression
that contemporary French philosophy is little more than an object of ridicule."

205 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 21:06:07
それ知ってる。
抗議文は受け入れられず、デリダは無事授与されたんだよな。

206 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 21:07:42
文学を知らんようだな?

207 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 21:49:00
>>205
哲学部の反対を押し切っての多数決投票の結果。
デリダが本家哲学で無視されている事実は変わらない。

208 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 21:59:04
それ、十数年以上前の話なんだが

209 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:06:01
他の学問と同じで、哲学も一枚岩じゃないんですけどね

英語圏だけで哲学が行われているのではないのに
デリダが「ちゃんとした哲学の分野」(?)で無視されているという結論を
いったいどこのCitation Indexから引き出してきたのかと(藁

210 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:18:14
哲学の基本が論理学・認識論・形而上学であるのは英語だろーが
フランス語だろーがドイツ語だろーが一緒。
デリダが哲学以外の学科で重宝されたという事実は世界共通。

211 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:21:41
すいません
ここ頭いい人多いらしいからお願いに来たんですけど他板に論破してほしい奴がいるんですが
どなたか協力してもらえませんか?

212 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:32:00
kwsk

213 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:38:15
>>212
ありがとうございます。

そいつはこのスレにいます。
ATTACHMENT/vol.41
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/fashion/1155735292/l50

^^を語尾につけてる奴です。
ああいえば上祐みたいな奴で都合が悪い質問は全てスルーします。
自分の事を指摘者と名乗っています。
28歳年収480万です。
通称ダッフルニートです。
どうか論破してください。

作戦会議はこのスレでしましょう。
ダッフルニート^^
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/fashion/1148827991/l50

どうか論破してください。
よろしくお願いします。


214 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:44:59
>>210
形而上学ねぇ
アリストテレス的な意味で使用されることもあるし
(「存在としての存在」の解明の学)
デカルト的な意味で使用されることもあるし
(自然学という幹、そして医学・機械学・道徳学という枝葉を支える根本的な学)
それともカント的な意味で使用されることもあるし
(伝統的形而上学の批判の学、転じて理性の批判的分析の学)
一言で形而上学といっても、たくさんあるんだよね

哲学って、正直な話
基本を学び終える前に、人生終わっちゃうんだよね
分量がさ、死ぬほど多くてね

215 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 22:54:17
デリダはいいぞ。基本なんて無視して哲学できるんだから。

216 :考える名無しさん:2006/08/21(月) 23:51:46
デリダほど、基本ができてない者に読めない哲学者はいないんだが。

217 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 01:26:43
In the eyes of philosophers, and certainly those working in leading departments of philosophy
throughout the world, M. Derrida's work does not meet accepted standards of clarity and rigor.

基本ができている者はデリダはスルーだろ。

218 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 01:33:11
基本ができてないから抗議文なんて書くんだよ。

219 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 02:50:53
ミイラ採りがミイラになってしまわぬように

いかなる否定神学的な働きにも囚われず

一人の生者として  それも倫理的な、人との関わりを忘れない生者として

どのようなスタンスとスタイルがあるだろうか



220 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 06:05:29
名誉博士号の一件は、デリダを「哲学者」として祭り上げることで
哲学そのもの貶めようという文学者どもの陰謀ですよ。

221 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 07:56:10
>>218
抗議文の全文と全署名者の名前。
http://www.sveinbjorn.org/news/2006-02-22-01-25-58
この二十名近くの人間を「基本ができてない」と吐ける君は何者。
ついでに「英語圏だけで哲学が行われているのではない」とか
「アメリカの大学の哲学科は、ヨーロッパ哲学の動向を殆どカバー出来てない」
なんて屁理屈はこれで崩壊。

>>220
ケンブリッジ大でデリダに名誉博士号を授与するのを仕掛けたのは仏文学部。
ソース 
http://www.vqronline.org/articles/1994/winter/jones-sing-doo-wah/

222 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 10:51:28
>>221
そんな十数年前の大学政治のゴシップ記事をさもありがたそうに引用してくる君こそ何者?
そんなものは散々批判されているし、どうでもいい。

君がデリダが哲学ではないと主張するなら、初期のフッサール研究でも読み、
どう哲学でないのか、ここで自分で論証してみればいい。
ネット上の拾い物の記事に頼るなよ。

223 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 11:16:41
フランス現代思想がトンデモ扱いされている現実から目を背け続けるのはツライだろ>222

224 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 11:20:23
デリダ本人が脱構築の定義をしていない。
定義なしに論は成り立たない。
論なしに哲学は存在しない。

不在の立証迫るのは知的欺瞞。
貴方がデリダの論・主張で哲学である物を示すべき。
それを検証した上でデリダが哲学であるかどうかが判断される。

225 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 11:43:35
>デリダ本人が脱構築の定義をしていない。

まだそんなこと言ってるのか。>>72を読み直せ。

それにデリダのフッサール研究や、プラトン、ヘーゲル、
ハイデガー研究等々を一読すれば、これを哲学研究でない、
と言い張る方が不思議だ。哲学でなければ何だと言いたいのか?
どういう意味でこれらが哲学研究でないと言いたいのか?
全く分からない。

226 :224:2006/08/22(火) 11:49:44
>>225
>>72書いたの俺なんだけど。

227 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:01:21
>>226
じゃあそれでいいじゃないですか。定義してないわけじゃないんでしょ。
脱構築はEvent(出来事)である。云々。それでいいでしょ。

228 :光のマナ識、希望のあらやしき:2006/08/22(火) 12:06:16
清和源氏一流と聖武平家と足利尊氏と室町幕府の問題、新田義貞の亡霊

229 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:27:28
足軽。

230 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:28:03
>>227
本人が脱構築のEventを表現できないと宣言しています。
自分としては「アタリマエ。アホ。」

231 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:39:35
松平定信

232 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:43:42
日蓮宗と鎌倉幕府。がんじん、親鸞、一遍上人

233 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:48:38
おれってダ〜リダ

234 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 12:52:03
イタリア

235 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 13:38:05

「物自体は存在するが、
人は形而上的にしか動けない」

この定式が先験的であるならば、歴史の先人たちは(とりわけ自由度の高かった権力者たちは)すでに直覚的にであれそれに気づいていたはずだが、
ヘーゲル的にいって世界は本質に向かって回帰するものであるならば、
政治的には民主化、経済的には自由化、哲学的には実存哲学に直面し、かつそれらの諸条件の中で生存することではじめて
その意味するところが前景化され意識化される条件が整ったことになる。

236 :考える名無しさん :2006/08/22(火) 14:30:02
しかしこのスレは自演レスが多いなぁ・・・。

237 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 20:58:28
>>224
君はまだ>>118に応えてない。



238 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 10:36:26
>>237
エロ本は・・・本質的に脱構築可能である。・・・エロ本としてのポコチンのこのような脱構築可能な構造こそが、
同時に脱構築の可能性を保証しているのだ。もしもポコチンそれ自体というようなものが、エロ本の外
あるいはエロ本のかなたに存在するとしたら、それを脱構築することはできない。同様にまた、
もしも脱構築それ自体というようなものが存在するとしたら、それを脱構築することはできない。
脱構築はポコチンなのである。

239 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 20:29:45
>>236
Derrida4でがんばってる貴方ほど大変ではありませんよ。

240 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:06:30
>>238
「正義」と「法」でなくても任意のXとYでこの文が成立するっていうことを言いたかったんだろ?
あまりにもセンスがなさ過ぎ。
エロ本としてのポコチンってなんだよw

で、何ページに書いてあったんだ?

241 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:20:24
読んでないよ。あの抜粋も糞な内容。
デリダって意義のある発言したことあるの。

242 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:21:48
脱構築って何でもありって事だろ。

243 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:43:54
はい、その通りです

244 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:52:42
"The Force of Law: The Mystical Foundation of Authority."
Cardozo Law Reviewの11巻 1990年。

245 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:03:17
>>244
P.S. page 945

246 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:04:42
「相対主義は正義」って叫んでるのと一緒。

247 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:08:00
アホがまた暴れまわっているようですが
ここはひとつsage進行でお願いします

248 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:09:32
>>118は「脱構築は正義」の一番重要な引用ではない。

249 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:22:19
246の解体くん頑張ってるね。
その調子でスレの盛り上げ頼んだよ。
まあ俺の策略通りではあるんだがw

250 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:26:40
匿名性によって発生する話者錯誤の問題について

話して↓

251 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 08:13:01
強迫観念にかられていると誰がレスってるのか
無意味に妄想するようになるからな。

252 :考える名無しさん :2006/08/24(木) 15:03:44
『知の教科書・デリダ』廣瀬浩司、林 好雄 著
ってどうよ?
反デリダ専門家の諸君。

253 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:47:24
なにがって、何が?
知の教科書シリーズの一冊だろ。

254 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:25:25
>法は・・・本質的に脱構築可能である。・・・法としての正義のこのような脱構築可能な構造こそが、
>同時に脱構築の可能性を保証しているのだ。もしも正義それ自体というようなものが、法の外
>あるいは法のかなたに存在するとしたら、それを脱構築することはできない。同様にまた、
>もしも脱構築それ自体というようなものが存在するとしたら、それを脱構築することはできない。
>脱構築は正義なのである。 『法と力』

キリストは・・・本質的に創造主たる神である。・・・キリストとしての愛のこのような神的贖罪こそが、
同時に神の可能性を保証しているのだ。もしも神の愛それ自体というようなものが、キリストの外
あるいはキリストのかなたに存在するとしたら、それを神と見なすことはできない。同様にまた、
もしも神それ自体というようなものが存在するとしたら、それを創造することはできない。
神は愛なのである。『キリストの愛』

論拠の無い主張の連続。宗教と変わらない。

255 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:34:03
>>252
「○○も読んでないくせに」で王様が裸である事実から
論点をそらそうとしている。

256 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:35:34
そうだね、プロテインだね

257 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:41:35
>>254
法と正義の部分を、キリストと愛に置き換えただけではなく、勝手に改変してるな。
こじつけもいいところ。

258 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 17:43:52
わざわざ相手にしなくていいよ〜
こういう構ってちゃんは無視しとけばそのうちいなくなるから

反論したくなる気持ちは分かるけどな

259 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:12:05
まったくその通りですね。

260 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:27:58
なんつーか「脱構築は正義である」っていきなり論理飛躍しているような希ガス

261 :考える名無しさん :2006/08/24(木) 20:01:27
デリダ房もレベル低いけど、アンチデリダ房も感情論ばかり。
良い勝負だよオマエら(笑)
一生やってろ、ボケ。

262 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:32:35
デリダでレベルの高い議論は不可能。
「脱構築は正義なのである」ってこれのどこが哲学。

263 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:33:28
そうだね、プロテインだね

264 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:39:55
いや、ビタミンだよ。

265 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:52:21
カルシウムってことも考えられるぞ。

266 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:58:24
揚げるなよ

うるさい豚が寄ってくるから

267 :考える名無しさん :2006/08/24(木) 22:16:02
醜い自演レス。
プロテインバカは神出鬼没だな。


268 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 22:17:25
だから「脱構築は正義である」の「正義」ってどんな正義なのさ?

269 :考える名無しさん :2006/08/24(木) 22:25:26
オマエらデリダがどうしたの前に社会常識でも小学生と一緒に
マナベや。
特にプロテイン馬鹿はいったん死んで生まれ変わってコイ。
ゾウウリムシにでもな。
ば〜か。

270 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 22:45:01
>>269
あなたの方が眞鍋かをり

271 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 23:14:23
>>268
かったりーけど、簡略に説明すりゃあいいんだろ

1.「法」は明証的な一般的形式であるが、「正義」の核心には
一般的形式に含みえない「特異な他者」との関係がある

2.「脱構築」は、言語に明証に表される図式
つまり一般的形式から逃れてしまうものの権利を認める

3.「正義」と「脱構築」はともに、一般的な図式から排除されてしまうもの
「特異な他者」を肯定し、それと関わる

「脱構築は正義である」という時に言われているのは
一般的図式に表される明証的なもの以外を排除しようとするロゴス中心主義とは異なり
「脱構築」と「正義」がともに「特異な他者」を認め、肯定するということであって
「脱構築」が正義のヒーローや判決を下す裁判官だという意味ではない
それから、脱構築が「法」ではないという含意もあるんだろ

あー、クソめんどくせー
つか、まずググレよ
『法の力』は英訳なんかもネットで読めるからよ

272 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 23:46:42
>>271
ありがとうございました

ということはあなたと私はその「正義」とかいうものとは関係性の薄いものであるということですね

英語なんて読めません、すいませんでした

それと元の文が一行なので簡略に説明というのはせいぜい三行程度の説明だと思っていました

以上です

273 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 00:02:32
「一般的形式」と「特異な他者」を先に定義しろ。
無意味な主張が連続する空論。

274 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 00:11:56
そうだね、プロテインだね

275 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 00:17:56
いや、ビタミンですよ。

276 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 00:58:45
>>273
いいかげんにしろ。
「無意味」と「空論」をまず定義してから言え。

277 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:00:45
>>271
GJ!

278 :考える名無しさん :2006/08/25(金) 01:23:35
>>271
定義されていない「ことば」で説明してもしょせんは「空論」。
「ことば遊び」の批判は免れないな。


279 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:34:50
>>278
俺にアンカーするんじゃねーよ、クズ
誰もてめぇになんか話し掛けてねぇよ、勘違いすんな

280 :考える名無しさん :2006/08/25(金) 01:41:31
>>279
バカやろう、字面しか追えないノータリンが偉そうなこと言ってんじゃねえよ。
説明にもなってねえんだよ、ボケ。


281 :279:2006/08/25(金) 01:44:12
本当にここはよくバカが釣れますね
いい釣堀です^^

282 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:45:40
>>276
「何の一般的形式」なのか。何をもって一般から「特異」となるの
か説明されていない。よってこれは「間違えでさえもない」論の典型。
こういうのを無意味・空論・出鱈目などと馬鹿にするのは一般的形式。

283 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:47:41
そうだね、プロテインだね

284 :考える名無しさん :2006/08/25(金) 01:49:22
>>281
そそ、オマエみたいなクソ馬鹿でも釣ったつもりで釣られてる真性バカがな。
てめえの頭に自分でアンカーでも打ちつてろ。

285 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 01:51:43
ポストモダン論文製造機
文法的に正しくて無意味な論文を自動的に書いてくれる。
http://www.elsewhere.org/pomo


286 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 03:01:56
デリダは左翼と一緒。
立場が弱いからリンチ。

287 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 09:36:18
ド・マンと解体ネタは賞味期限が切れたから今度はデリダのハイデッガー擁護でも
叩くか。

288 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 09:39:40
もうここはどう見てもネタスレだから、何でもいいと思うよ

289 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 11:22:04
んだね、残念だ

290 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 13:19:08
>>273
「特異」は存在論的な意味と捕らえればよい。
で、そのときの一般的っていうのは把捉における一般化のことで、
例えば人間だったら「男」で十把一絡げに捉えたりすること。
特異な他者の思考は、さしあたっては固有名の理念を掲げることで行える。


こんなことは哲学の基本中の基本、普遍論争のことを知っていれば分かることだろ。

291 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 13:21:04
>>282
まず「説明」という言葉を定義しろよな。
そうしなきゃ「間違えでさえもない」論の典型でしかないし
無意味・空論・出鱈目の模範的書き込みでしかない。

292 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 13:25:02
>>273
「一般的形式」と「特異な他者」をまず定義しなければ
きみはなぜ理解できないのかを自己分析する必要がある。
そうでなければ無意味な説明要求が連続するうわ言でしかない。


293 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 13:29:25
ああ、いいねネタって。笑えるから。

294 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 14:20:12
>>290 >>291 >>292
把捉(はそく)=しっかりつかむこと。とらえること。
十把一絡げ(じっぱひとからげ)=いろいろなものを雑然とひとまとめにすること。
小難しい言葉を使う割には問題の本質には何も答えていない。

存在論は対象物の分類・区別の本質を考察するわな。
TypeA(一般)とTypeB(特異)の区別の本質は何。
これにはTypeAとTypeBを上位で統合するClass@が何かを定義しなけらばならない。
その後でClass@に「一般と特異の区分が成り立つか?」という問題が起こる。
今のところClass@がなんであるかは掲示されていないから貴方の発言は論理的に無意味。

僕の要求してる「説明」が何かこれで理解できたでしょ。
こんなことは哲学の基本中の基本。貴方の発言は無意味・空論・出鱈目。

295 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 14:29:47
ついでにデリダは「問題の本質(Class)」の定義はあいまいにしたまま
形容詞(Type)で遊ぶだけだから非常に難解であると同時に無意味な空論
になっちゃうわけ。デリダ曰く「DeconstructionはEvent。何が起こっ
ているかは解らない。でも正義」。こんな出鱈目は哲学とは言えない。

296 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 15:26:16
>>294
特異と一般はtypeの話ではないでしょう。
>>290普遍論争云々ってのは蛇足かと。
typeの話でこだわるのなら、type化できないものを理念として「特異」と
言っている、と考えるべき。


言語は対象の把握を一般化することで行うほかない。
そこからこぼれ落ちるものが必ずある。
それをなんとか語ろうとするのが脱構築のめざすところ。
「語り得ないものを語ろうとする試み」と言われたりするのもそういう意味。

ちなみにtype、classという概念枠を使うのはかまわないのだけれど、
class@にもそこからこぼれる特異なclass*があるはずだ、という
批判にはどう答えます?本質の本質の本質の・・・って無限後退しますよね。

297 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 16:45:16
Class@=正義、一般的形式=法律、正義ー法律=特異な他者=脱構築=正義の核心
なの。

「特異と一般」と発言して相違関係を述べたのだからいまさら区別していない(Type
の話ではない)なんて論理的に無理な主張。何をもって一般とするのかを示してくれ
ないとその外にある「特異な他者」がなんであるか判別できない。ついでに脱構築の
起こす「特異と一般」の外にある「特異」、「特異の特異」って?が発生する一方で、
判別の漏れを「判別」して「脱構築は正義」って主張したら「判別の外にある漏れの
判別」って自己矛盾に陥るよ。そっちも解ってるみたいだけど「脱構築は正義」なんて
主張は右に転んでも左に転んでも「Error. Please reboot」。懐疑主義は不毛。

ついでにclass@からこぼれる特異なclass*が存在する場合、その存在が認識された瞬間
にType@とType*を取り込むClass$が出現するから問題ない。

298 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 16:57:36


 さ あ 盛 り 上 が っ て き て ま い り ま し た 

299 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 17:27:31
伊勢田さんも日記に書いてたけどさあ、哲学者も国際会議っていうか
哲学上の立場を離れたフォーラムみたいなのがあればいいのにね。
「脱構築も世間的に有名になったんでここらでひとつちゃんと定義しときましょうや」みたいな感じで。

もちろんそんなの無理だと内心思いつつ書いてるわけですが。

300 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 23:22:22
≫ついでにclass@からこぼれる特異なclass*が存在する場合、その存在が認識された瞬間
にType@とType*を取り込むClass$が出現するから問題ない

あの、それだと無限に冪集合ができちゃいますが・・・

301 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 23:33:04
>>294
まず「本質」を定義しろ。話はそれからだ。
あいかわらず無意味で出鱈目なうわごとだな。

302 :考える名無しさん :2006/08/25(金) 23:38:36
>>301
そうだね、プロテインだね。

303 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 23:49:14
>>300
理解の蓄積の進歩が無限であることに問題があるとは思えません。
例えば科学っていうのはそういう風に進歩するもんですが。
「常に現時点での理解を超えたものがある!」と叫ぶことに意義が見出せません。
例えば法律でも現行の法律でカバーできない特異事例が出現した場合その不条理を
解決するために法解釈で辻褄を合わせる、あるいは新しい法律を議会で発令して
根本解決するのが筋ですが。

304 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 00:04:39
>>303
はぁ、「無限」って、どういう意味の「無限」ですか
どこの誰の理論における「無限」か、はっきりして貰えませんか
カントール?ゲーデル?
それとも、もっと現代の数学者の理論における「無限」ですか

305 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 01:36:00
>>304
>判別の漏れを「判別」して
判別の漏れは判別できない。脱構築される。

306 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 01:46:17
>>304
「無限」って言葉だけにばかみたいに反応するな。
文脈からわかるだろ。
class$にはまた特異なclass+が存在して
そうすると新しくclass#が出現して・・・
って終わることがない、って意味だよ。それを無限、って言ったらなにか問題あるか?

307 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 01:58:32
無限で終わらないなら問題が解決しないじゃない。

308 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 02:15:26
どうせ知ったかなんだろ

309 :考える名無しさん :2006/08/26(土) 02:21:07
つまらないレス。
「無限」の意味ごときでもめてる。
デノテーションとコノテーションの違いも解らんようだな。
レベル低し。

310 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 02:26:53
>>309
    ,/””   ”ヽ
   ,/   __ _ ゛
   /   /““  “” ヽ |
   |   / -━  ━.| |
   |   |.  “” l “ .|.|
   (ヽ |   r ・・i.  ||    
   りリリ  /=三t. |  
   |リノ.      |   
    |   、  ー- " ノ     
   |   ”ー-- "|

311 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 20:17:50
「間違え」って勘違え?

312 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 21:43:08
ハイデガー・フォーラム 第一回大会
http://www.shujitsu.ac.jp/shigaku/hf/forum.htm

1.日時: 2006年 9月16日(土)、17日(日)

2.場所: 東京大学 文学部 (本郷キャンパス) 一番大教室
   (地下鉄丸の内線本郷三丁目下車または南北線東大前下車)

3.テーマ:
 統一テーマ: 「哲学の終焉と思索の課題」
 特集: 「デリダ――ハイデガーと現代フランス哲学 I 」

313 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 21:59:16
ほほう

314 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 19:10:16
『デリダ なぜ「脱―構築」は正義なのか』 斎藤慶典著

NHK出版9月28日税込価格:1,050円ISBN:4140093358

ジャック・デリダの世界の捉え方を読み直し、現実と本体との間に走る亀裂を鮮やかに浮かび上がらせるスリリングな試み。

315 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 09:57:40
ハイデガー・フォーラム 第一回大会
http://www.shujitsu.ac.jp/shigaku/hf/forum.htm

1.日時: 2006年 9月16日(土)、17日(日)
2.場所: 東京大学 文学部 (本郷キャンパス) 一番大教室
   (地下鉄丸の内線本郷三丁目下車または南北線東大前下車)
3.テーマ:
 統一テーマ: 「哲学の終焉と思索の課題」
 特集: 「デリダ――ハイデガーと現代フランス哲学 I 」

316 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 09:58:21
4.プログラム:
 ○ 一日目
10:30-12:00 開会式、総会
13:00-14:20 古荘真敬 (山口大学)
 「「原因」と「理由」の彼岸への問い
 ――ハイデガーの哲学的企図の再吟味――」
 司会: 宮原勇 (愛知県立大学)
14:30-15:50 斎藤慶典 (慶応義塾大学)
 「哲学の「終わり(Ende)」に寄せて」
 司会: 古東哲明 (広島大学)
16:00-17:20 伊藤徹 (京都工芸繊維大学)
 「「哲学の終焉」と作ることへの問い」
 司会: 高山守 (東京大学)
 ○ 二日目
10:00-11:20 児玉斗 (グライフスヴァルト大学)
 「理性とは何の謂いか
 ――ニーチェとハイデガーを繋ぐ導きの問い――」
 司会: 菊地恵善 (九州大学)
11:30-12:50 西山達也 (東京大学)
 「ハイデガーとデリダ、対決の前に
 ―― retrait概念の存在論的・政治的画定――」
 司会: 藤本一勇 (早稲田大学)
14:00-15:20 上利博規 (静岡大学)
 「デリダ、アドルノ、ハイデガー
 ――超越論からの離反の行方をめぐって――」
 司会: 廣瀬浩司 (筑波大学)
15:30-16:50 港道隆 (甲南大学)
 「世界ラテン化におけるハイデッガーとデリダ」
 司会: 加藤恵介 (神戸山手大学)

317 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 21:50:06
ヨーロッパは血縁や血統で日本では氏と姓などで物事をみる。ヨーロッパは血ぬられている。血で血をぬるような争いが、日本の問題は深い。

318 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 20:35:24
>>309
カタカナ言葉を重宝するのもレベルが低いぞ。

319 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 16:05:49
>>317,318
日本語でおk。


つかワザと?

320 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 23:48:45
NHK出版の『デリダ』(斉藤著)軽く読んでみたけど、文章に癖がある。
「デリダに対する対話」という文体で書かれてるから、違和感がある。

普通なら 「デリダは〜と考えた」 とかだけど
この本は 「あなたは〜と考えましたね」 てなふうになってる。

あまり読まなかったから、内容の評価はできないけど、あんな文体にする意味が不明・・・
普通に書けばいいのに

321 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 23:50:11
>>320
訂正
×「デリダに対する対話」という文体
○「デリダとの対話」という形式

322 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 19:22:35
ウヨとサヨの二項対立を脱構築するとどうなるの?

323 :考える名無しさん:2006/10/28(土) 20:44:45
>>322
ウヨとサヨを突き詰めるとファシズムとコミュニズムという同じ独裁主義に行き着く。
これで二項対立がつぶれる。べつに脱構築以前の論述法でも導ける。ていうか脱構築
自体が以前の論法を再ブランドしたに過ぎない。

324 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 02:36:48
吉本さんが柄谷行人さんから聞いたという
話。
 柄谷さんがジャック・デリダとニューヨークで
会った時のこと。
 デリダは、柄谷さんに、「お前の著作を通り過ぎなけ
ればどうしても前に進めない、と思えば、みんな
日本語を一生懸命勉強するだろう。なのになぜお前は
わざわざ英語で本を書くのだ」と言ったという。

 


325 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 09:55:00
たまの休み

326 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 16:22:44
デリダ『名を救う ―― 否定神学をめぐる複数の声』小林康夫(?)・西山雄二訳(未来社 2005年)
 否定神学に関するデリダのテクスト。しかし、ディオニュシオス・アレオパギテスや
クザーヌスのテクスト、トマスの『神名論註解』を一度でも覗いたことのある人には、
何の新味もないだろう。否定神学の複数化ということから、このテクストそのものが
疑似対話風に書かれている。否定神学は一つの学説として総称できるものではなく、
そこに複数のあり方が響きあっており、言語表現の可能性の限界を精査しようとしている
のだといったことは、彼らの考えていることそのままで、解釈とも言えない。そもそも、
複数的で体系化しえないものだから対話篇にする、あるいは言語的に表しえないから×印
をつける(ハイデガーの「存在」の×印)などは、およそ哲学的訓練を受けたとは思えない
幼稚さである。むしろ、ディオニュシオスとその註解を行ったトマス、さらにその影響を
受けながら「知ある無知」という否定神学の特殊ヴァージョンを構想したクザーヌスなどを、
「体系的」かつ「概念的」に語っていくことのほうが、よほど意味があると思えるのだが。
ただしそうした点では、訳者のひとり西山雄二氏が書いた解説は立派。それに比べて、
自分は何もしておらず、「名だけ救われた」とくだらないことを書いている小林康夫氏は情けない。
http://members.at.infoseek.co.jp/studia_humanitatis/newbooks2006.html

327 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 16:24:23
文学板
文学者としてのジャック・デリダ
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1030089143/
ジャック・デリダの余白に
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1078825286/l50

328 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 16:27:59
■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154953104/l50

329 :考える名無しさん:2006/11/04(土) 08:55:07
何で同じ内容のスレが乱立してるの。
Jacques Derrida 4はヨイショスレみたいだけど。

330 :考える名無しさん:2006/11/04(土) 10:26:32
■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■
■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■
■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■

331 :考える名無しさん:2006/11/06(月) 22:41:50
フランスオタクって総じて引きこもりなの。

332 :考える名無しさん:2006/11/07(火) 01:07:44
>>324
それは本人が批評空間の鼎談で言っていたことでしょう。

333 :考える名無しさん:2006/11/08(水) 00:03:52
また無意味な議論に終始してるのか・・
これだからデリダは信用するなと何度も・・

334 :考える名無しさん:2006/11/08(水) 00:37:59
デリダなんてdelだ

335 :考える名無しさん:2006/11/11(土) 21:11:36
925 :キタコレ :2006/11/11(土) 01:25:24
『絵葉書─ソクラテスからフロイトとその彼方へ(仮)』
上巻「送る言葉」若森栄樹・大西雅一郎訳
は水声社より十二月刊行予定

「文学界」2006年12月号 P349




336 :考える名無しさん:2006/11/13(月) 06:42:26
「送る言葉」って武田鉄矢みたいだね。

337 :脱構築の定義:2006/12/22(金) 14:01:45
■[哲学用語]脱構築
デリダの哲学の枢軸をなす方法概念。それは単なる否定や破
壊を意味するのではなく、対象の内部にとどまりながらその
土台を揺さぶり内側から自壊を起こさせることであり、その
中に潜んでいた新たな可能性を目覚めさせようという戦略。
それは既成の概念や構造を引き受けつつ、侵犯するという両
義的な身振りでもある。デリダは、西洋形而上学の総体の全
面的な解体を目指すおのれの戦略を示す概念として、この
「脱構築」という言葉を使った。パロールのエクリチュール
に対する形而上学的優位を転倒させ、両者の根底に意味作用
一般の可能性の条件として原エクリチュールを見出す分析は、
脱構築の典型的例である。

338 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 23:08:37
すいません、質問なのですが、原エクリチュールの読み手って、いまデリダ以外にいるのですか?     レスつくかなぁ

339 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 08:41:02
マジレスしようか。

>>338
「原エクリチュールの読み手」ってのが、まずおかしいだろう。
原エクリチュールとは、これこれの作家のこれこれの作品の原エクリチュールはこれである、
と指差す対象ではないのだから。丁寧に説明しようかと思ったが、
ちょっと大変なので林好雄&廣瀬浩司の本から引用してみる。

「デリダは、パロールであれエクリチュールであれ、言語を発言させる活動=作動(jeux)、
 その活動=作動を可能にする、言語の差異的構造(つまり差延)をエクリチュール(原エクリチュール)と呼んでいる。」(林・廣瀬『デリダ』p.84)
 (なお、「戯れ」という誤解を招く訳語の原語はjeuxで、活動とか作動とか言った方がもっとニュアンスは近いと思う)
差異的構造のことなんだから、これへの読み手、と言うのは何か間違っているのだが。

340 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 08:43:06
あるいは、斎藤慶典本から別の書き方をしているところを抜粋してみようか。

「「差延」が私たちの思考の挫折であるのは、その帰結とおぼしき個々の「もの」たちが現に私たちの眼の前に姿を現しているのに、
 それを産み出したはずの当のもの方は《いつもすでに》失われているがゆえに(それが「遅延」ということだった)、
 現象からいわば本体への通路があらかじめ失われているからだった。
 私たちの語法からすれば、まず「何」かが「存在」していて、然る後にそれが「現象」するのだが、
 事態のこのレヴェルでは、現象にいたるはずの「何」かが不在なまま、すでにその何かはもう「現象」してしまっているのだ。
 それは言ってみれば、<印鑑(という本体)のない印影(現象)>、つまり、
 痕跡だけが遺っていてどこを探してもその痕跡を遺したはずの本体が見つからない、といった事態なのである。
 世界の内にはかの「差延」の効果であるらしい<差異に基づく何らかの形象(形あるもの=見て取られたもの=現象)>が
 すでに書き込まれているのだが、それが与えられた《最初のもの》であって、
 それ以外のどこにも「何」かの存在する場所はないのだ。
 この「最初のもの」は、《「何」ものかの》現象のはずであるにもかかわらず、である。
 これはすなわち、「最初のもの」はそれが最初のものであるにもかかわらずはじめから二重化されているということ、
 つまり「最初のもの」はいつもすでに自己の「反復」であるということにほかならない」
 (斉藤『デリダ』pp.30-31)

341 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 08:50:21
「現象するもののこのような構造をデリダは「エクリチュール」と呼んだ。
 それは「書かれたもの」ならびに「何かが書き記されること」そのことの構造を名指しているのだが、
 その内実は(すでに明らかなように「内実」という言葉はここではふさわしくないのだが)
 先に見た<本体が不在なままの痕跡>である。(…)
 ここで痕跡とは世界の内に形あるものとして遺され・存在しているもののすべてであるから、
 「書かれたもの(エクリチュール)」といってもそれは普通の意味での文字ばかりではない。
 聞こえるもの、触れられるもの、匂いのするもの、味のするものも、
 ……およそ現象していると言いうるもののすべてが「痕跡」であり、
 ここで言う「書かれたもの(エクリチュール)」なのだ。」
 (同上、p.36。投稿の便宜上、一箇所の言葉を改めた。)

原語の構造としてのエクリチュールを、斉藤は「現象」として広く語りなおしているが、
これは逸脱と言うほどのものではないだろうし(俺としてはこっちの方がしっくりくる)、
デリダ自身の論もそういうものなんじゃないかな。

342 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 08:55:27
原語の → 言語の

343 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 09:01:30
言語を発言させる → 言語を発現させる

344 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 10:31:44
さて、338の発言を、当人の主旨とは離れるならば、
「デリダが切り拓いた差異的構造(差延)の議論を、
 現在さらに展開あるいは検討し直している、興味深い論者はいるのか?」
と読み換えることもでできるだろう。

これについては、俺は寡聞にしてよく知らない。
デリダ自身の議論の水準が高いし、ハイデガーを批判的に乗り越えたデリダを、さらに乗り越える
なんてことがそう簡単にできるとも思えないし。
もちろん、そういうガツンとした論があるなら、大いに興味を持って読みたい。

ただ、『言葉にのって』でもデリダ自身が、また林・廣瀬本などで二人が
「デリダ以後の現象学の展開」といったことを言っているように、
現在はデリダからの引継ぎとさらなる議論が開始されつつある、
あるいはすでにある程度されている、という段階なのだろう。
(現象学というのはそもそも「形而上学批判としての奇妙な哲学」として開始しているのだから、
 この話は、特に「すでに権威なき現象学が覇権を求めてデリダを取り込もうとしている」というような意味はなく、
 割に適切な流れではある。メルロ=ポンティの晩年期を見てると、デリダを思わせる箇所も無いわけではないしね。)
とりあえず、最近俺が読んだものとしては、
長滝祥一偏『現象学と二十一世紀の知』(ナカニシヤ出版)所収の廣瀬論文が面白かったかな。
デリダの後でメルロポンティ晩年の「肉」概念を読み直し、ドゥルーズにおける襞と多様体を論じ直す、みたいな感じだった。
まだ序論的な段階に止まっている論旨だったのが難点だったけど。

345 :考える名無しさん:2007/01/02(火) 14:36:52
新年あげ

346 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 19:18:57
「デリダ―きたるべき痕跡の記憶」廣瀬 浩司読んでますが、またひどい本ですね。
典型的なダメ解説書ですね。デリダ教の司祭が更新しながら、デリダマンセーを
叫んでいるだけ、中身がない。

同じように痕跡を語った、「デリダ論―『グラマトロジーについて』」スピヴァクがあるのに、
良くもこんな糞本書けたものですね。

347 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 19:33:19
日本人でマシな人は誰ですか?

348 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 19:34:49
>>339-341
言語を発言させる活動?
活動を可能にする、言語の差異的構造?
まず「何」かが「存在」していて、然る後にそれが「現象」するのだが?
<印鑑(という本体)のない印影(現象)>?

これって存在論なの?現象学なの?
こうやって改めて、痕跡(エクリチュール)論を読むと、
一種の神秘主義以外のなにものでもないな。
神秘主義じゃない、相対主義ないが繰り返されるが、
結局、痕跡(エクリチュール)がなにかを説明できる人はいないだろう。



349 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 19:44:51
>>744
ここで、「思考」の代わりに「理念」を代入せよ。「理念」こそ「価値の尺度」の「転轍手」なり。
「人間の行為を直接に支配するものは、利害関心(物質的ならびに観念的な)であって、理念では
ない。しかし、『理念』によってつくりだされた『世界像』はきわめてしばしば転轍手として軌道
を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミックスが人間の行為を推し進めてきたのである。
つまり、
『何から』wovonそして『何へ』wozu『救われる』ことを欲し、また−−これを忘れてはならないが−
−『救われる』ことができるのか、その基準こそが世界像だったのである。」(M.ウエーバー「宗教
社会学論選みすず書房1972年10月25日p.58)
 そして、これは世界歴史で見られることだけでなく、われわれの「改心(回心)」や「目から鱗」
などの現象をも説明することが可能となる。
 のみならず、われわれの日常性の中の非日常現象と再度の日常化現象(カリスマの日常化現象!)
の説明にもなる。
 すなわち、「われわれは現実世界を
  (A)「異質なものの絶対的に一回的な継起
  (B)「同一なものの繰り返し」
 という互いに融合しえない根源的な二重の視点から見ている。」(中島義道「後悔と自責の哲学」
河出書房新社2006年4月30日p127)
「ほとんどの人は大部分の時間(B)の世界に留まり、時折魂を揺さぶられる出来事(Ereignis)
に遭遇して、ふっと(A)の世界を垣間見、だが、「生きてゆかねばならない!」という叫びとともに以前
のように「同一のもの」を計算する生活(物質的ならびに観念的な利害関心の支配する日常生活)に舞い戻る。」
(op.cit.p.129)

350 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 21:23:57
>>346 まあ解説書という書き方にずいぶん甘えてるよな。デリダ論とは言い難い。

351 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 21:25:17
>>348 …まあ、お前がグラマトロジー読まないで引用だけ読んだのはわかった。

352 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 03:29:29
>>351
つまんないレスやめろよ。
これに続くのは、
「なら痕跡がなにか説明しろよ。」
「お前にはわからねえよ」
「ほらわからないから逃げた」
「自分で勉強しろ」
・・・・・
だろう。もうそういうのいいからw


353 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 03:31:37
フロイトのエスとかいってるが、デリダってあちことでケンカ売るわりには
知識がにわかなんだよな。どういう性格してたんだろう。

354 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 03:33:22
柄谷ぐらいの明晰な能力があれば良かったんだろうが

355 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 04:32:47
>知識がにわか
ソースor例証求む。

356 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 04:42:37
>355
どこまで理解してる?

357 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 05:04:16
痕跡がなにかというのは難しいですね。
一番感覚的にわかりやすかったのが、フロイトのマジックメモの例ですが、
フロイトは科学ですから実在としての無意識について言っているわけです。
さらに無意識に書かれたようのものとフロイトは言っていますが、
実際文字というよりも物質的なものを強調していて、
デリダはあくまで、それを存在論的に読んでいるということでしょうか。
そうするとまたわかりにくのですが・・・

358 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 07:27:52
どうわかりにくいの? 何と何が絡まってわかりにくいの? 物質の価値と人間の価値がどうなっている現代なの?

359 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 18:12:52
あげ

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