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★まなざしの快楽 PART17★

1 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/17(水) 02:21:22
人には根元的に自己承認への渇望があり、神などの様々な「幻想」を現実(リアリティ)として満たそ
うとしてきた。現代は強力な「幻想」を支えるコンテクストが維持されにくく、コンテクストを破壊、再創
造し続けることで、幻想を新陳代謝させ、現実(リアリティ)を継続させている。たとえば短期間のネッ
トの爆発はまさにこのような加速された混沌の具現化である。

しかしこのような方法は、資本主義という「歴史の終わり」におけるスノビズムといわれる。そこには
もはやどこにも出口がなく、閉塞性の中で繰り返される強迫的な「終わりなき」ゲームでしかないと言
われる。

また真の「コンテクストサーファー」という倫理が、大きなコンテクストに固執せず、新たにコンテクスト
を生み出し続けるストイックな姿勢であるといっても、実際は、安易に「小さな政府」、「自己責任」と
発言するわりに、自分が危機的状況に陥るとすぐにヘタれ、強い者に先導されるようなネオリベラル
傾向ではないか。コンテクストを破壊、再創造する享楽傾向であり、去勢された社会性の維持が欠
如している、という「宮台的な危惧」がある。

PART16 http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1145201127/l50
過去ログ http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/

2 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 02:22:29
ニート

3 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 03:12:42
短い旅だたあね。


ではむじんくんドゾー

4 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 03:13:39
↑こいつの顔に座ー麺をぶっかけたい

5 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 03:15:20
↑変な趣味

6 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 03:17:07
純ちゃーん たったよー

7 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 10:15:35
では、お邪魔します。

前すれ>>974
> ナチスドイツがユダヤ人殲滅の過程において、ユダヤ人に内在する「ユダヤ人たるもの」を血眼になって
> 探しまくったけれど結局見つけられなかったのと同じ事です。それは、当のナチス的共同幻想の中にあったのだから。

それは違いますね。マルクスはむしろ「ユダヤ人」が存在すると語るわけです。つまり
リーマン氏が言うような人間の観念、それを「人間の関係性」と言い換えても同語だと
思いますけど、そういったマジョリティの偏見によって存在するかのように見える、
とは言わないのですね。

ヘーゲル左派というのは、「人間の関係性」によって事象が規定されているんだから、それを
変えれば現実が変わると主張するわけです。そこに人間の関係性の「外」が在るというのが
マルクスの批判です。ですから、物神性も同様です。それが人間の関係性による、共同幻想
だという形では言い切れないというのがマルクスの立場です。そうじゃなければ彼の「唯物論」
を語る意味は全くありません。


8 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 10:54:55
>>977
> 単一的な歴史、欲望、いわゆる原理主義を排し、思想の、人種の、共同体の
> あらゆる複数制をみとめ、お互いが共成し合うことが現代の課題です。
> だから課題意識は一緒なんですよ、社会的に対してはね。

一緒ではないと思いますよ(笑)。そういった「課題」は今イスラム社会などは揺れていますけど、
もう実現しちゃっているわけです、世界市場の中で。問題はそういう世界市場が提示する「啓蒙」が
ニヒリズムであること、そして一方でその市場から脱落した人々中心に原理主義的なものへ吸い
取られていく動きがあることです。ですから、「文明の衝突」をいかにして調和させるか、という
話は全部ウソだと思います。

9 :contextsurfer:2006/05/17(水) 11:35:56
ジャングル化する社会を生き抜く3つの方法

ジャングル化する社会を生き抜く方法とは、簡単に言えばいかに「生き生き」しつづけるかということ
です。 かつてのサバイバルが豊かさによる「生死」であったのに対して、現代においては「生き生き」
できないものは「落ちてゆく」 。「生き生き」することが「生死」を賭けるサバイバルである。

1)フリーターの知・・・「ヘタレサイクルを回せ!」

ジャングル化した社会で、現代の豊かさになれ甘えた人々が生き抜くには保守化する必要があるだ
ろう。適度な欲望を解消し、耐え続ける。そして少しでも緩和するために、「ヘタレサイクルを回す。」
ゲームを楽しみ、オタク的にちょっとしたクリエイトもして、仕事のほどほどにこなす(これをぼくは「ヘ
タレサイクル」*1と呼ぶ)もしか、もしか、もしかすると、直木賞でも取れたりして・・・ていうささやかな
楽しみで生きる。そして回帰する「私とはなに?」、「なんのために生きているのだろう」という不安を
やり過ごす。

「フリーターの知」とは、ジャングル化する恐怖の世界で、檻に入り、容易に手に入る無垢で満足す
る。甘やかされた者の超保守化である。

10 :contextsurfer:2006/05/17(水) 11:36:58
2)エリートの知・・・「テクニカルを磨け!」

ジャングル化社会で、下流がいやなら。努力するしかない。ドラゴン桜では、「大学受験だけが一生
で唯一、努力さえすれば誰でもチャンスが得られる機会だ」というセリフがあったが、これが意味する
ところは、受験ぐらいで「勝ち組」になれるなら楽なもんだ。ここには、「ジャングル化した社会では、
「競争社会」で勝つぐらいで、「本当の勝ち組」にはなれないが、」というアイロニーがあるのではない
だろうか。だからなおさら努力する価値がある。競争社会の中で勝ち組になり、そのエリート意識で
生きていく。

「エリートの知」とは、ジャングル化する世界で、檻の中で一番になることを求める。現状を支えると
いう保守化の一つでもある。

3)芸術家の知・・・「己の欲望に譲歩するな!」

物質的な豊かさこそが幸福であり、「競争社会」で勝つことが幸福であるというのは幻想である。幸
福は「この私」という充実であり、人それぞれの方法論があり、これは競争ではない。しかし安易な
「社会に迎合しない」という言説は、「競争社会」に負けた者の遠吠えである。「己の欲望に譲歩せ
ず」生きるとは、「競争社会」という幻想の構図への依存するよりも、孤独で、ストイックな方法であ
る。物質的に貧しくなろうとも、たとえ朽ち果て道に倒れようとも、という覚悟が必要である。

「芸術家の知」とは、檻からでて、恐怖のジャングルに乗り出すことだ。しかしこれは運動としてとらえ
ないといけない。当然、外にいくことなどできない。それは、外を目指し続ける姿勢である。それは、
無垢を手に入れるという充実を得る可能性へ問いかけ続ける。またそれは朽ち果てるかもしれない。

11 :contextsurfer:2006/05/17(水) 11:37:51
いかに生き抜くか

たとえば、様々な社会問題に対してどうにかすべきだ、という意見では、その多くに、「問題を単純化
し、自分の不安の解消のネタとして、ストレスを発散し、安心する」という欲求不満解消の機能をして
いる。まさにワイドショー的マスメディアが大衆に与える商品である。このような娯楽性は「フリーター
の知」であるといえるだろう。2ちゃんねるなども多くにおくてこのような機能で動いている。

「エリートの知」ではこのような社会問題をより積極的に、実働的考えるということであるが、そこに
も、売名行為とまではいかなくても、優越感としての欲望解消の機能が働いている。2ちゃんねるに
は「やらない偽善よりやる偽善」という標語があるが、これは「エリートの知」のある種の開き直りであ
り、偽善性の排除の難しさを示している。そしてそれは単に間違っているということではない。

「芸術家の知」では、社会問題に対して、その目先に善悪でなく、自分がなりのやりたいことを掘り下
げる姿勢である。このような「芸術家の知」に近いのは、宮台の「エリート」だ。宮台の「エリート」とは
徹底的に現代を歴史主義的に客観視する能力を養い、時代を導く存在になることをめざす、そのよ
うなエリートを教育しようという考えだ。ボクの「芸術家の知」はそこまで世界そのものに直結は考え
ていない。たえず世界を疑いつづける、そして意図的でなくても世界をかえる力になる姿勢だ。

これらは、基本的にはどれが正しいということではなく、ジャングル化する厳しい社会を、生き抜くた
めの3つ方法ということだ。
ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060208

12 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:28:21
■なぜ「倫理的な開かれ」は困難なのか?

■「倫理的な開かれ」

内部とは

まず内部とはなにか。大きくは社会(象徴界)です。社会とはなにか?デイビットソンの「信頼」、ラカ
ンの象徴界について、次のように言いました。「言語コミュニケーションが成り立つのは、シニフィアン
に対する確実なシニフィエがあるわけではなく、意味の伝達において、「象徴界」という社会性であ
り、ある種の信頼関係があるだろうからです。」社会とは、「信頼」関係が成り立つ範囲です。これは
言葉が通じるという意味ではなく、「おはようと」挨拶すれば、「おはよう」と答える、電車の中で知ら
ない人に話しかけないなどなど、同様の社会性を身につけているだろうことが「信頼」できることで
す。このような社会にいるから、ボクたちは様々な危険にあるにもかかわらず、ないことのように安
心して暮らせます。

13 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:29:14
無垢への欲望

しかし内部の意味は、安心だけではありません。内部は、「私とはなにか」という主体を支えているます。
>>
まずはじめに人は根本的に欠けた存在なので、完全な充足を求めているということです。そのため
に「無垢」を欲望します。なぜ「無垢」を求めるのかというと、それが処女地(フロンティア)だからで
す。そこに一番に乗り込む、征服することによって、私が1番、すなわと他者とは違う、唯一な存在と
して承認され、充足されます。・・・それが無垢であるという価値は、あるコミュニティの承認によって
得られますから、だからボクはこれを「無垢の幻想」と呼んでいます。・・・「無垢の幻想」として、物理
的な処女地をあげましたが、コミュニティ内にそれを行うことに価値があるというときすべてに「無垢
の幻想」が生まれます。

「無垢」はなぜ「汚物」なのか <無垢への欲望 その1> http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051123
<<

根元的な内部への帰属は言語のインストール(去勢)です。生まれて、言語をインストールされること
によって、主体は作動します。しかしそれだけでは、主体の意味は得られず、主体は自分の意味を
求めて、内部の価値(無垢の幻想)を欲望しつづけるのです。

内部に帰属し、「信頼関係」によって価値を共有し、その価値(無垢の幻想)を消費することによっ
て、主体は主体たりえる、唯一の私という実感を持つことができるのです。だから内部への帰属が
まったくないところに主体はありませんし、主体とはすでに大きな内部の一部であり、主体とは内部
の総体であり、内部から切り離された主体は、何ものでもないのです。

14 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:31:29
人類学機械

たとえば嫌韓的な考え方では、日本社会にとって、韓国社会(韓国人)は外部です。外部は内部の
ような「信頼」がもてません。嫌韓的には、彼らは、日本人の常識では予測できないことをする安心
できない人々なのです。かつての西洋文明では、植民地化した現地人を外部として排除し、同様の
「人間」として扱わずに、野蛮な奴隷としました。

ジョルジョ・アガンベンは「開かれ―人間と動物」(ISBN:458270249X)の中で、このような内部/外部
の境界生成を「人類学機械」という「人間」を「産出」する場として表現しました。「形而上学(メタフィジ
カ)は、まさしく動物の自然(ピュシス)を人間の歴史へと止揚し温存させるようなメタに関わってい
る。(アガンベン)」

>>
(『開かれ』の)重要なキーワードとは、第9章のタイトルとなった「人類学機械」という概念であ
る。・・・端的に云って、本書における「人類学機械」とはこういうことだ。「人間/動物、人間/非人間
といった対立項を介した人間」を「産出」する「歴史化の原動力」としての「操作の場」。通読してわか
るのは、本書の一方の目的とは、この「人類学機械」の「操作の場」においての政治の輪郭を素描す
ることである。著者によれば、この政治的操作としての「人類学機械」とは、なによりも「人文主義と
いう人類学機械」のことであり、つまりは言語=哲学のことである。

開いた傷口としての宙づりの生 北川裕二 http://ime.st/www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/daily/content/200408260001/index.html
<<

15 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:32:15
社会(象徴界)という内部に形成において、必ず外部が想定されます。外部を排他することで、内部
は形成されるのです。ナチスがユダヤ人を迫害したのは、ユダヤ人を外部として積極的に、排他す
ることによって、自分たちを内部の中心として結束を固めました。このような強力な内部(全体主義)
の作動によって、内部の人間(一般市民)は無理矢理でなく、積極的に外部を排他するのです。ここ
ではユダヤ人は「人間」の外におかれ、容易に殺害されたのです。

これは、現代のイジメの構造でも同じです。いじめる人はいじめられる人を外部へ排除するスケープ
ゴードとして、自分を中心とする内部を作動させます。これは一つの「信頼」のある社会として機能し
ますので、回りの人々は積極的にいじめに加わらなくても、いじめの構造を支えます。

16 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:33:02
倫理的な開かれ

かつての社会では、規範をもち、内部/外部が明確に作動していました。西洋という内部とその外、
あるいは貴族の内部とその外、平民という内部と奴隷、規律的社会と外部など。アガンベンのいうよ
うに、このような内部/外部を作動させるために、政治的操作としての「人類学機械」(つまりは言語
=哲学)は作動していました。

ここでは内部に留まり、内部に「閉じて」いれば、内部に居続けることができました。たとえば、ナチス
の形而上学的言説が政治的操作によって、アーリア人であるだけで、「内部」にいつづけ、「外部」の
ユダヤ人を迫害することができました。

脱構築などのポストモダン思考が行ってきたのは、このような「人類学機械」の内部/外部の境界を
規定する形而上学の根拠のなさを指摘し、内部を外部へ開いていくことです。これをボクは「倫理的
な開かれ」と呼びました。

長谷部悠作さんのいう「言語という共通解に縛られていることを自覚し、その上で観念的な自己を絶
えず問いながら創設し、内部に浸透している自己を発見したらよくよく問い直すこと。」といいました。
この問い直すとは、内部にいては無理です。内部では内部の論理で否定し得ず、本当に「否定」す
るためには、外部の視点が必要です。すなわち内部/外部の境界を脱構築しつづけ、外部へ開い
ていこうという、「倫理的な開かれ」に対応するのではでしょうか。

17 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:35:25
■「倫理的な開かれ」の困難@

「デリダは必ず恋をする」

しかしこのような「倫理的な開かれ」には、いくつかの困難があります。ボクは「デリダも必ず恋をす
る」といいました。恋をすることは、形而上学的行為です。なぜその女性を好きになったのか、を問う
ことができません。そこでは彼女は超越的な存在であり、とにかく好きなのです。そしてこのような恋
愛も一つの内部として作動する「無垢の幻想」であり、彼女を好きなことによって、主体としての自分
の欠落が満そうとします。

主体はこのような形而上学的な行為によって維持されています。たとえば親子を思う気持ちも、生物
学的に問うことができない、内部としても価値です。ボクたちは社会として、親子の絆が尊いと学ぶ
のです。それは、宗教でも、イデオロギーでも、あるいは趣向であり、好きなこと、ものでも変わらな
い作動原理です。そしてこのような内部への帰属の総体が「主体」です。

「倫理的な開かれ」は極限では、「恋のようなもの」を疑い、外部へ開くことです。彼女を好きになった
のは、実は流行りの格好をしているという社会的流行に魅了されたのではないかと、様々に脱構築
することです。これは滑稽であり、強迫症的ではないでしょうか。

さらには、デリダは「脱構築は正義である」というときには、正義の決定不可能性を意味します。脱構
築し、内部を外部へ開き続ける、あるいは差延としてズラしつずける姿勢こそが「正義」であるという
ことです。立ち止まることは結局、「脱呪術化という呪術化」であり、そこに内部を構築することです。
人はこのような「強度」に耐えられるのでしょうか。

18 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:36:11
■「倫理的な開かれ」の困難A

透明な社会

現代のポストモダン社会、情報化社会では、、「社会」という内部が揺らいで、かつてあった社会に共
有された礼儀が、共有されなくなっています。価値が多様化して、かつての形而上学的な内部/外
部の境界が曖昧になっています。

社会を豊かに、安心にすることによって、人々が社会という大きな内部による安心の支えを必要とし
なくなっている。そして豊かさが内部/外部の格差を消失させている。情報量の増加は、内部の作
動を、大きな形而上学的言説に頼る必要がなくなっている。というような意味で、大きな内部は、解
体されているのだと思います。

これはジェネレーションギャップというだけではなく、趣味などによる小さなコミュニティーとして内部
が作動し、信頼がなりたたなくなっています。これがポストモダンの「大きな物語から小さな物語へ」
ということです。

さらに内部が分散しているだけでなく、小さな内部が生成、消滅を繰り返すというダイナミックな状態
にあります。たとえば、昨日まで流行っていた、当たり前だった言葉や約束事が、流行り廃りを繰り
返しているのです。ボードリヤールはこのような内部/外部の境界が不明確な社会では、悪意は
「透き通っる」と言いました。このような意味でボクは「透明な社会」と呼びました。

19 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:36:54
「デリダの恋もいつかは冷める」

ボクはこれはポストモダン的思考の「倫理的な開かれ」の成功ではなく、テクノロジーの発展によるも
のだと考えています。

「倫理的な開かれ」は、形而上学的に内部/外部がある程度明確にされていることが前提とされて
います。それによって、内部を外部へ開いていくことができます。それに対して「透明な社会」では内
部/外部が明確にされていません。いわば、社会システムの中に自己組織的に脱構築が組み込ま
れているようなものです。

このような中で「倫理的な開かれ」にどのような意味を見いだすのでしょうか。「デリダの恋が冷めて
いく」中で、なにを開いていくのでしょうか。

20 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:37:54
■「倫理的な開かれ」の困難A

ヘタレ化

かつては大きな内部に帰属し、どのような階級であるとか、どのような家柄であるとか、内部の社会
的な位置によって、主体の意味が規定されていましたが、このようなダイナミックな「透明な社会」で
は、主体を支えていた内部が透き通ることによって、主体の意味は散乱して行く傾向にあります。逆
に主体を維持する=形而上学的なものが困難になっています。

このような反動として、主体は維持のために、「強迫的」に内部を作動させ、無垢を欲望しようとして
います。ボクはこれを「ヘタレ化」と呼びました。そしてヘタレ化の方法として、(ネタを込めて)いくつ
かをあげました。

>>
現代のヘタレ化法一覧

@ワーカーホーリック法、A消費法、Bフロー(陶酔)法、Cサブカル・オタク・プリクリ法、D過剰つ
ながり(弱者排除)法、E超越的他者法、F自己破滅(死への接近)法

サルでもできるヘタレ化 <なぜ「ヘタレ化するポストモダン」なのか? その12> http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051122#p1
<<

このような「強迫的」に内部を作動させということは、かつてのように内部へ「閉じて」いればと言うも
のではありません。ただ立ち止まって「閉じている」だけでは、帰属していたはずの「小さな内部」が、
移動し、消滅し、気がつくと外部に排除されてしまいます。そのために絶えず環境の変化に敏感であ
り、流行り廃りをサーチし、外部へ「開いて」、まわりの空気を読みつづけなければなりません。

21 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:38:52
処世的な開かれ

人々が現在、懸命に「空気を読み」内部に居続けようとするのは、「透明な社会」では内部にいること
を実感できにくい。無垢が欠乏に対して「処世的な開かれ」によって懸命に内部を作り出し、帰属し
ようとしています。

「倫理的な開かれ」では、「人類学機械」としての形而上学を解体するように「外部へ開いていく」こと
を目的として、外部へ開いてきます。これに対して、ヘタレ化としての「開かれ」は、「透明な社会」で
主体を維持するために、内部へ閉じることを目的として、外部へ開いてきます。いわば、この社会を
生き抜くための処世術としての開かれであり、ボクは「処世的な開かれ」と呼びました。

たとえば、「処世的開かれ」して、最近の嫌韓や、右翼傾向をあげることができるのではないでしょう
か。韓国や外国を外部に置くことによって、そこに外国からの攻撃されるという価値(無垢の幻想)を
生みだし、それを共有し、消費することによって、自分たちが内部にいるという強い実感を望んでい
るのです。

また2ちゃんねるなどの「祭り」も同様です。ある共通したバッシングする相手を、外部へと想定し、一
気に内部を作り上げて、実感を味わうのです。このような内部は急激に立ち上げり、「乗り遅れない」
ことが重視され、それ故に一種のトランス状態のような「祭り」となるのですが、すぐに消失するため
に、いつまでも帰属できません。次の「祭り」にむいて「開いていく」ことが必要です。

さらには、電車男も同様な構造が作動しています。エルメスという外部を超越的な女神としておくこと
によって、エルメスという内部価値(無垢の幻想)を生み、それを攻落していくことで「おまいら」という
内部を作動させ、帰属を強く実感するのです。しかしそれもいつまでも続きません。次には「電波男」
にしろ、「ギター男」にしろ、次へ向かって行かなければなりません。

22 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:40:19
エリート主義

ここで問題になるのが、このような「透明な社会」で果たして、「倫理的開かれ」と「処世的開かれ」の
区別が行えるのか、とうことです。

宮台は、「限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学」宮台真司 北田暁大 
ISBN:490246506Xで、「戦略的、教養的アイロニー」と「強迫的アイロニー」を分けました。

>>
宮台  2ちゃんねらーの大半は「ズラす振る舞い」にオブセッシブ(強迫的)で、「ズラす自分から自
覚的にズレる振る舞い」には鈍感です。自己適用を欠いたアイロニストを、僕は「オブセッシブ(強迫
的)なアイロニスト」と読んでいますが、三島が「高度のアイロニスト」だとすると、「オブセッシブ(強迫
的)なアイロニスト」とは、「低度のアイロニスト」だといえるでしょう。

宮台  僕のいうところの「あえて」とは、パンピー向けのネガティブな言い方をすれば「オブセッシブ
(強迫的)でなく、参入離脱自由になれ」ということだし、エリート向けのポジティブな言い方をすれば
「単に正しいとおもうことをいう(する)のでなく、戦略的に順序を立てていえ(しろ)」ということになり
ます。・・・”エリート向けの「あえて」”とはマキャベリストたれということです。

[お勉強]限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学 宮台真司・北田暁大(2005) 
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051027
<<

「戦略的アイロニー」は「倫理的な開かれ」であり、「強迫的なアイロニー」は「処世的開かれ」に対応
するのではないでしょうか。「戦略的アイロニー」とは、真理とは歴史によって作られるということか
ら、徹底的に歴史を学び、いま真理とされているものが、どのような背景によって作られたものか、
勉強をしよう!そして、「処世的開かれ」と「倫理的な開かれ」の違いを見わけよう。」という「エリート
主義」です。

23 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:41:43
「倫理的開かれ」と「処世的開かれ」の差の透明化

たとえば、エリートとヘタレは区別できるかもしれません。エリートは知識豊富で勉強家です。さら
に、エリートが行う「開かれ」が「倫理的開かれ」であり、ヘタレが行う「開かれ」が「処世的開かれ」で
ある。ということは、もしかすると言えるかもしれません。しかし「透明な社会」において、エリートが行
う「倫理的開かれ」とヘタレが行う「処世的開かれ」は行為者の差以外にの差異を見いだせるので
しょうか。

「処世的な開かれ」で示したように、宮台のいうように「2ちゃんねらーの大半は「ズラす振る舞い」に
オブセッシブ(強迫的)で、「ズラす自分から自覚的にズレる振る舞い」には鈍感」とはいえません。強
迫的に見えて、同じ場に居続けることは、流行りから外れますので、次の流行りにむけて、「自覚的
にズレる振る舞い」に敏感です。

また「透明な社会」では、内部/外部の境界が明確ではないために、「倫理的な開かれ」もエリート
主義として、まず立ち位置を確保しなければなりません。そして、どのような形でも、「開いていく」と
きに起こるのが、ここに「悪い内部」があるから「開かなければならないんだ」、という指摘によって、
その点を外部を排除して、自分自身を中心に内部を作動させてしまういます。このときに、内部への
「強迫的」に帰属の「下心」があるか、ないか、は特定できるでしょうか。

2ちゃんねるを例に考えると、参加することが、「処世的開かれ」であること、かまって欲しいというこ
とから逃れられません。そのような悪意のあるコメントへの反論であって、それを排除し、内部を確
保することが起こり、主体が「生き生き」することになります。

24 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:43:09
そして仮の内部が作動しはじめれば、それはどこまで主体にコントロール可能でしょうか。上手くいく
ほど、多くの人がその内部へなだれ込み、大きな波紋となって、あるいは提案者は神として祭り上げ
られ、内部として作動し、「祭り」となり、どこかで外部を排除しています。たとえばデリダが「脱構築」
を考案したあとに、様々な脱構築ブームになり、「脱構築」が形骸化、権威化していきました。

このような中でなにが「倫理的な開かれ」で、なにが「処世的開かれ」であるか、特定することができ
るでしょうか。

「限界の思考」で北田もこのような点を指摘しています。

>>
北田  現在は、否定的であれ、肯定的であれ、参照項として機能する言説が存在しない。・・・「「歴
史の終焉」の終焉」の時代だったと思うんですね。

「操縦する側」の責任倫理が実効性を持つには、操縦する側/される側という区別が意味を持つよ
うな社会状況が、存在していなければならない。現代の日本がそのような社会状況にあるのかどう
か、ということが問題です。・・・高い社会的流動性と共同体主義とが奇妙な結婚を実現している社
会空間では、宮台さんがめざされているようなマキャベリズムを実現するのは、かなり困難であると
私は思うのです。

社会的な意味論の次元では、もはや「操縦する側/される側」という区別は失効している、という前
提から、私は言語戦略を考えます。

[お勉強]限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学 宮台真司・北田暁大(2005) 
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051027
<<

25 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:54:36
■なぜレイザーラモンHGは憂鬱なのか  「愛」が健全な無垢への欲望を導く

レイザーラモンHGの憂鬱

たとえば、レイザーラモンHGは「無垢」として登場した。その「汚物」は、人々を欲望させたのである。
そしてこの無垢は次第に減算していく、消費されていく。多くにおいてそれは「忘却」であり、反復に
よって差異が消費されていく。今後も生き残っていくために、レイザーラモンHGは無垢を生み出さな
ければならない。それは次のギャグを考えることではない。仮にそれが受けても、また消費されるだ
ろう。

それは、愛されることである。愛される「強い内部」を作ることである。「強い内部」において、無垢は
生み出されるのである。たとえば、様々な「永遠のスター」たちは、深く愛されることによって、そのよ
うな「強い内部」の存在によって、「忘却」に逆らい、無垢が生み出されるのである。

26 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:55:17
減算の無垢と加算の無垢

無垢には二通りの無垢がある。一つは「減算の無垢」であり、もう一つは「加算の無垢」である。たと
えば「上から二冊目」の本は、使われた瞬間に減算される。しかし使いこむことで愛着がわいてい
き、無垢が加算される。

無垢とは、幻想である。コミュニティ内の価値として生まれる。無垢の減算とは「消費」であり、反復
によって減算されていく。それが「消費」によって減算されるのは、その対象へのまなざしの強度が
低下するためである。このような強度の低下の本質は、「忘却」である。多くにおいて、他者が良いと
いったというような、安易な感染は、容易に減算するのだ。

無垢の加算とは「創造」であり、反復によって加算されていく。それが「創造」によって加算されるの
は、その対象へのまなざしの強度が増加するためである。このような強度の増加は「忘却」に逆らう
のである。

27 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:55:58
内部への強い愛着

ではいかに「忘却」に逆らい、まなざしの強度は継続、増加されるのだろうか。多くにおいて強い執着
である。ここでは、愛であるか、憎しみであるか、悲しみであるかは、関係ない、それは強度の問題
である。対象への強い興味の継続が、無垢を加算するのである。そしてなにに、なぜ執着するか、
そこには意味はなのではないだろうか。そこにあるのは、恣意性である。

しかし通常、ある一時期の個人的な経験が長期的に継続されというよりも、その後、他者との関係
性の中で、強い内部がつくられ、無垢が加算されていくのだ。たとえば、無垢を外部から与えられす
ぎると、「愛」を生み出せない。ただ消費するだけであり、どこかで無垢が欠乏していき、孤独へ向か
う。だから単なる他者の借り物という静的な無垢の消費でなく、内部を作動し、その内部に帰属し、
動的に「創造」することによって、無垢を生み出していくのである。そしてこのような強い帰属を支え
るのが、愛着である。

28 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:57:08
「愛」を生む差異化運動

このような動的に「創造」する内部で無垢を生むために「差異化運動」が起こる。差異化運動とは、
他者と差異をより細部に見いだそうとする運動である。差異化運動が魅力的なのはより詳細に自分
がなにものか記述するからである。

>>
差異化運動

たとえば、なぜ自分と「近い人」とのおしゃべりは楽しいのでしょうか。こどもはこどもと、アニメ好きは
アニメ好きと、ガンダム好きはガンダム好きと語らうことは楽しいです。そのディテイルまで理解し合
える相手と巡り会えることは少ないですが、そのような相手を巡り会い、コミュニケーションすること
はわくわくする行為です。

より近い人と心象同期は、差異がより小さくなっていることを示します。そしてそれは、他者との関係
性を密にしていると同時に、主体の単独性を高めているのです。たとえば、大人と子供がいると、そ
れは大人と子供としてしか、差異化されません。しかしもし子供がもう一人加われば、それは「おとな
しい子供」と「活発な子供」と差異化されます。さらに「おとなしい子供」がもう一人加われば、「ぼつ
ぼつしゃべる子供」と「ほとんどしゃべらない子供」として差異化されます。このようにより近い他者
は、私を複雑化します。すなわち私がなにものであるかをより明確化するのです。

29 :contextsurfer:2006/05/17(水) 12:58:10
私が私となるための他者

そしてさらにはこのような差異化は静的な位置の規定にはとどまりません。近い他者とのコミュニ
ケーションは、差異化を動的に促進します。より細部において、近い他者との相違点を作り出す方向
に向かいます。たとえば数学が得意な二人の子供がいれば、より違いを持とうと、互いに数学につ
いて競い勉強します。またマンガ好きの二人の子供がいれば、よりうまくマンガを書こうと努力します。

他者とのコミュニケーションは、私をつくっていきます。そしてより近い他者とのコミュニケーションは
私をより詳細につくっていき、私はだれでもない私になっていく、単独性を高めるていきます。他者と
「絆」を結ぶとは、単に他者と関係をつくることではなく、他者に対して、だれでもない人になるという
ことです。それは「かけがえのない」人となることです。

これはコミュニティとしても現れます。たとえば音楽好きがコンサートで盛り上がり一体感をもつとい
うことは、外がから見ると、人々が均質化しているようにみえるかもしれませんが、内部では差異化
運動が行われています。帰属意識を高めながら、単独性を高めているのです。すなわち他者とは主
体の単独性を高め、コミュニティ内で他の誰でもない位置を見つけ、コミュニティを活性化するため
の特別な存在なのです。

他者について その2 他者の特別性 http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20040602
<<

たとえばこれはスポーツでも同じである。互いに切磋琢磨することにより、その差はわずかになる。
それは互いに同じ苦労をし、相手の細部がわかることである。それはライバルと呼ばれ、そこには強
い尊敬の愛がある。そしてこのギリギリの差異により競い合う快楽は健全な無垢へ欲望である。
「愛」が「健全」な無垢への欲望を導くのである。

30 :contextsurfer:2006/05/17(水) 13:09:08
しょうこたんはWeb2.0なのか。一日70回もブログ更新するらしい。

31 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 13:29:48
もはや世界にはヘタレしかいない。ならただしくヘタレる、無垢を欲望するとはなにかを考えよう。
そこで「(場の)創造性」ということがキーワードになるだろう。
ということがぴかぁ〜さんの倫理だったのではないでしょうか

32 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 13:43:24
いまもそうですが、創造性は特権的な人がやるものという権威主義的な抑圧がありますね。
創造はたとえば生物学的に生命がもつ倫理感、最近多様性という価値という本が売れていますが
という考えがありますが、権威主義抑圧への対抗としての欲望(リビドーの解放)として作動しているのかもしれません。

33 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 13:46:34
戦わずには生きる実感をみいだせないことが人間のサガですが
創造性とは食い合いである。かつてのように大きな敵が消失した中で戦う相手さえ生産するこういですね。


34 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 13:50:29
ぴかぁ〜さんは自己言及性を言っていましたが、倫理を語ることもまたヘタレなわけです。

35 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 13:58:13
もういい

36 :contextsurfer:2006/05/17(水) 14:04:17
ぶっちゃければ、ここでなにをいってもしょうがないよな。
という自己言及性だと思うんです。

37 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 15:11:17
自分にさんづけすんなば〜か

38 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 15:13:42
雲古したあとお尻をふいてから
あそこふく人いない?
むかしあそこの臭いが雲古っぽい臭いのひとがいたけど。

ということで、ウンコ・おシッコした時、どういう順番で拭いているの?

39 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 15:21:55
ぴかぁ〜さんは旅に出ました。
ボクは留守を任されたぴかぁ〜さんに私淑する者です。

ボクは前から拭きます。

40 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 15:30:56
ニセものが現れましたね。いいでしょう。
ボクのタームを駆使した緻密な構成の文体は簡単にマネできない。

41 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 15:52:12
>>33
> かつてのように大きな敵が消失した中で戦う相手さえ生産するこういですね。

別名「妄想」って言いますね。

42 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 17:51:49
>>41
なにが「妄想」なんですか???

43 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 17:58:27
「大きな敵」がもはや妄想なのか
「大きな敵が消失した」ことが妄想なかが、
ぴかぁ〜さんとむじんくんさんの対立なんでしょうね。

「大きな敵」って誰なんでしょうか。
日本を牛耳る一握りの上流ですか?

44 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 17:59:13
ボクはむじんくんのいっていることが妄想に聞こえますよ。

45 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 18:03:36
むじんはもうよいのではないか。
彼は反射的にレスしているだけだと思うぞ。

46 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 18:04:01
誤字脱字切れ痔のパターンがぴかぁそのものなのが笑える。

47 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 18:07:34
>>45
いやボクの嗜虐趣味を満たしてるだけですから(笑)

48 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 18:24:02
>>42
> なにが「妄想」なんですか???

「戦う相手さえ生産」しちゃうのは、通常「妄想」っていう言葉で呼びますよ。

49 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 18:27:09
ポストモダンな状況の中で、しかし尚且つ「自己」であろうとしたピカ先生は、ついに
仮想敵を妄想するという方向へ向かってしまったのでした。

50 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 19:19:14
>>49-49
これでは単なる煽りじゃないですか。w

51 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 19:35:59
ぴかぁ〜さん流にいえば、むじんくんさんの「妄想」はぴかぁ〜さんということですね。

52 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/17(水) 19:48:55
ピカ先生の思想は結局は「ContextSurfer」という、日本語に訳すと「世渡り上手」であることが
帰結となってしまったわけですね(笑)。

且つ生き生きするためにネットウヨクのように仮想敵の妄想を持ちましょうという・・・。

53 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 20:08:12
あいかわらずですね。やはり放置しましょうね。

54 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 21:10:29
おもしろすぎ
ナイスぴか

55 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 21:13:17
いや私は当たらずとも遠からずだと思いますよ。
普通ならば>>52は「世渡り上手」はマイナスですが、
ぴかぁさんの斬新さはそれを許容するところでしょう。
それに比べて、むじんくんさんのような古い価値観では、
「むじんくんオマエモナー」ということで宙づりにされてし
まうしかないでしょう。

56 :ContextSurfer:2006/05/17(水) 21:17:25
あ いけない。
またかまっちゃった。

57 :リーマン ◆N.J4yHzilE :2006/05/17(水) 23:15:19
>>7
>> 前すれ>>974
>> ヘーゲル左派というのは、「人間の関係性」によって事象が規定されているんだから、それを
>> 変えれば現実が変わると主張するわけです。そこに人間の関係性の「外」が在るというのが
>> マルクスの批判です。ですから、物神性も同様です。それが人間の関係性による、共同幻想
>> だという形では言い切れないというのがマルクスの立場です。そうじゃなければ彼の「唯物論」
>> を語る意味は全くありません。

へぇ。で、ヘーゲル左派の主張がなんなの?
あと
>>人間の関係性の「外」が在る
ってどういう意味?

ちょっとお疲れモードですよ。

58 :リーマン ◆N.J4yHzilE :2006/05/17(水) 23:23:27
>>8
>> 一緒ではないと思いますよ(笑)。そういった「課題」は今イスラム社会などは揺れていますけど、
>> もう実現しちゃっているわけです、世界市場の中で。問題はそういう世界市場が提示する「啓蒙」が
>> ニヒリズムであること、そして一方でその市場から脱落した人々中心に原理主義的なものへ吸い
>> 取られていく動きがあることです。ですから、「文明の衝突」をいかにして調和させるか、という
>> 話は全部ウソだと思います。

何が言いたいのかサッパリわからないですよ。
グローバル化した。世界は市場として繋がった。そうです。だから何が実現したんですか?
相変わらず紛争やら搾取やら収奪やら差別やらが続いている。共生の段階はこれからですよ。

2行目以降はこれまでの会話とどうかみ合うのかサッパリわかりません。どうしたもんでしょ

59 :tar:2006/05/17(水) 23:29:59
自分に戻れよ。

60 :ContextSurfer:2006/05/18(木) 00:17:22
ぴかぁ〜さん早く帰ってきてください。

61 :ContextSurfer:2006/05/18(木) 00:33:29
しょうこたんはWeb2.0なのか。
一日70回もブログ更新するらしいです。
今日、「いいとも」に出ていたが、出る前に更新して、出た後に更新すると
言っていました。ブログを見るとこんな感じです。

>2006.05.17 [Wed] 11:51
>コーナーふたつでるんだお(^ω^)ドッキンQと胸キュン(^ω^)
>〓しょうこ〓

>2006.05.17 [Wed] 13:18
>生ゆうこさま顔ちっちゃ、色白い、ゆうこさまのロデオボーイ姿見て激しく萌えまんた(^ω^;)
>(;^ω^)なにがなんだか頭真っ白だお、いいとも一生のきねんになったお!
>〓しょうこ〓

ここにはある種の公共性があり、そして「いいとも」のメタの位置に立つことになります。
2ちゃんねるなどの実況などはそのようなことですが、出演者がリアルタイムに近い形で
というのは、新しいですね。出演中にとなるともっとおもしろいのでしょうか。

「いいとこ」内でこのことを自慢していましたが、それを聞いた出演者は宙づりになるのでは
ないでしょうか。そしてある種の不快感を感じるかも知れません。
自分たちを俯瞰した目線で語られるということですから。

少し異なりますが、たとえば電車の中で携帯で話される不快に近いかも知れません。
電車の中という小さな場(コンテクスト)=儀礼的無関心など、という軽いコミュニティから、
逸脱する。

62 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 00:46:50
仮想敵を用意する≒妄想+魔女狩り、昔からあったね

人間の関係性の外が在る≒物理世界に影響し得る「神」の存在があるかもネ

文明の衝突回避云々=>欲望が宗教を作り出した以上、
ミームの対立が避けられないことはハナから自明ですが何か?

ってとこでどうかね

63 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 01:00:50
笑っていいとこーw

64 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/18(木) 10:35:44
>>57
> へぇ。で、ヘーゲル左派の主張がなんなの?

マルクスの「唯物論」は当時のヘーゲル左派による宗教批判に対する「批判」だったわけですね。
キリスト教は個別精神を直接全体たらしめてしまう空想であるというのはフォイエルバッハなど
ですが、そういった宗教批判に対して、そのような空想が現実的な機能をする物質的根拠が
あるというのがマルクスの「宗教は阿片」です。

だから、共同体の精神的関係性が云々というのはヘーゲル左派的な観念論です。マルクスは
その「外」に物質的な下部構造があると語るわけです。本当のことがあるという立場です。

65 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/18(木) 10:42:44
>>58
> グローバル化した。世界は市場として繋がった。そうです。だから何が実現したんですか?

「文明の衝突」っていう発想は完全に間違いです。そんなものは存在しません。例えば、「日本の文化」を
大切にし、そのように振舞うためには輸入品が必要であり、世界市場での関係に入らなければ実現できません。

ですから、リアルなのは様々な思想、人種、共同体の価値観などでは全くありません。世界市場です。
そして、そこから脱落した人々が原理主義とかになっているのです。現に「イスラム原理主義」は
そういうもので、別に特定共同体とか関係ないです。

何がいいたいかというと、「文明の衝突」などの発想は観念論だということです。そういう議論は、
ヘーゲル左派的だということですね。

66 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/18(木) 20:23:19
ただいまです。

67 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 20:26:16
何がしたかったの?

68 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/18(木) 20:30:44


69 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 20:36:39
いや、昨日のネットナントカ言うの。ま、たまにはそんなのもいいけど。

70 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 20:37:23
ネットナントカじゃないや、コンテクストナントカ

71 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 21:49:06
つまり、世界市場は人類の墓場です。

72 :ContextSurfer:2006/05/18(木) 21:50:49
ぴかぁ〜さんおかえりなさい。

73 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:16:58
バカか。

こっちのほうが赤面するからもうやめてくれ。

74 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/19(金) 12:25:17
なぜお金がほしいのか?

75 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 12:26:04
だれが?

76 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 12:30:41
ぴかぁ〜は2ちゃんに書き続けることで何を得たいの?

77 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/19(金) 13:35:06
性的なもの

78 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/19(金) 13:48:37
四十歳男性の一割が童貞という記事がありましたが、本当でしょうか
昔は女性スポーツ選手は男性ができると競技に身が入らなくなるのでつきあいを禁止されたが
最近は男性がそのような感じで、女性は練習のかてになるぐらいだそうです。
あるいは昔は家を守るということ子供は男の子が望まれましたが、最近は女の子が望まれるようです。
また日本は先進国でも女性の社会進出が低い国なんですね。

男性受難の時代とでもいうのでしょうか。
男性が女々しくてもよいのでしょうが、まだまだ男尊女卑の中で「男子たるもの」というのは社会的なものが求められているんでしょうね。


79 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/19(金) 14:02:07
「お金があえばなんでも買える。」というアイロニーは、価値多様の世の中だから誰にでもわかりやすい金銭額が重要視されるということではない。

そうではくて、お金そのものが数字に還元されないという意味である。だからお金でなんでも買えるのである。

80 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 14:51:19
>お金そのものが数字に還元されないという意味である。

どういう意味?

81 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/19(金) 23:12:21
数字に還元するとは「価値」ですが、
たとえば、1億円には「価値」でなく「意味」あるということです。
そして「なんにでも変えられる」というのは「価値」でなく、「意味」です。

82 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 00:06:37
むじんくん、反論汁

83 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 08:20:43
しょこたんが1日何百回更新しても
それこそVIPで独り言を連投してるのと同じだもんなぁ

84 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/20(土) 09:47:18
>>83
それは違うと思いますよ。
一つのマスメディアといえるのではないでしょうか。

しかしボクが興味があるのはそこではなく、
彼女の立ち位置の二重性です。

85 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 10:47:07
>>84
おんなじだよ
VIPも十分マスだろ

立ち位置はわからん

86 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 11:53:45
これを読んで衝撃を受けました。
http://www.interq.or.jp/earth/lucifer/mirror/damattehairarenai/
これをより多くの人に読んでほしいと思います。

87 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/20(土) 15:02:40
VIPってなに?

88 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/20(土) 15:08:05
>>85
ニュー速VIPのことですよね。
真面目な話、VIPでなんですか。
どのような経緯、目的で人があんなに多いのですか。
あんなにレスが早くて、コミュニケーションは成立しているのですか。

よければ教えてください。

89 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/20(土) 15:13:08
ググるとありました。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/VIP

VIPはどのような意味でマスメディアなのでしょうか。

90 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 15:30:53
こういうことでしょう
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/606x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/675x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/711x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/714x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/716x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/719x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/748x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/752x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/754x.jpg
http://www.san-yu.net/landl/h/h1/756x.jpg


91 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 15:43:21
その前にしょこたんがマスメディアって
どういう意味よ?

92 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 16:46:33
その前にしょこたんって何よ。

93 :リーマン ◆N.J4yHzilE :2006/05/20(土) 22:39:58
>>64-65
いろいろつっこみどころはあるのですが、この話を長引かせると
スレの趣旨からどんどんずれていくので、これで幕引きします……

>むじんくん

ぴかぁ〜氏は「電通」的で資本の手先だと。
リーマンはヘーゲル左派で、「『イデオロギー』が世界を支配しているから
その妄想から解き放てばいい」と主張している観念論者だと。
その主張は端的に間違っているんですが(笑)、それはともかく、私も同じ事を聞きたい。

あなたは何をしたいの?アジ演説はそれはそれとして、では「世界の矛盾を知って
しまった」自分はいったいどうするつもりなの?

アジ演説であなたとがあなたという人格の立ち上げを欲望している姿に、あなた一人が
気付いていない。
そのアジ演説の内容は、「○○のせいで世界は悪いので倒せばいい」という「父」の
物語そのものなんですね。
語りの形式が「小文字の他者」と「大文字の他者」を欲望する物語になってしまっている。
マルクス主義、フェミニズム、○○原理主義 etc...と同型なんですよ。

ラカンならクールに「彼は新しい『父』を欲しているだけだ」と切って捨てるのでしょうが(笑

なんか世界が再魔術化を果たして再度「機械論」という近代化を立ち上げようと
必死に「自我」獲得のためもがいている姿を見せられて、大塚英志氏の気持ちが
少しわかったというか(嗤)
でも、新しい「父」の獲得はなんら解決にはなりませんよ。

あと、名無しさんはつっこみを入れないように。そんなことはわかっていますって(嗤)

94 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 01:11:22
17歳の夏。
夜中に一人で地元をふらふらしてたら、泣きながら歩いてる女の人と遭遇した。
一回見てみぬフリをしてやり過ごしたのだが、なんかいたたまれなくなって話し
かけてみた。「あ、あのぉ・・・だいじょうぶですか?」って。
すると女は「ひぐっえっぐ・・・だいじょうぶ・・・です・・・えっぐっ」
と全然だいじょうぶじゃない。
十分くらいずっと泣きじゃくる彼女を見守っていた。
おれはこのとき、人生で一番勇気を出したかもしれない。
おっぱいもんで逃げた。

95 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 01:16:23
60%が努力に報酬求める 内閣府の社会意識調査

内閣府が20日付で発表した「社会意識に関する世論調査」によると、高い地位と多くの報酬を得
るのが望ましい人について質問したところ、「努力した人」と答えた人が60・0%と前回調査(昨年2
月)より6・8ポイント増え、02年以来4回目となる質問への回答で最高の水準となった。
構造改革に伴うリストラなど個人の努力では対応できない「格差」の拡大が指摘される中、ライブド
ア事件に象徴される「株取引などで楽をしてもうけようとする風潮」(内閣府幹部)への反発が表れた
とみられる。
調査はことし1月下旬から3月下旬まで全国の20歳以上の男女1万人に面接で実施。有効回答
率は50・7%だった。

96 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:02:12
株のどこが楽なんだろう?

97 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:19:22
ちっちゃい金であれこれやる株取引は苦しい。
しかし、「株価チャート」を操作できるくらい大金持ってれば可能でないか?
つまり、大金でたくさんかえば株価は上がり傾向になり、
それを見た他の株式投資家はその株が今後上がると考え買う。
上がりに拍車がかかったところで一気に売るとどうだ?
大金出して買ったときより、高い値で売れるだろ?

98 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 03:35:06
だからそれが楽なのか?

99 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 03:40:20
まじめに働いて小銭を稼ぐよりは幾分か・・・?

100 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 03:43:04
批判はkwsk
「それが」とはどこを指してるの?具体的に

101 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 04:05:10
kwsk?

102 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 04:09:58
自分の財産を投資して利益を乗せて回収するのは
株でも普通の労働でも基本的に同じだよね。

103 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/21(日) 07:50:46
>>93
> スレの趣旨からどんどんずれていくので、これで幕引きします……

そうですか。そりゃ残念です。

「私は何をしたいのか?」「生きがいは何か」という問いと、その回答の運動は罠であり、これを避ける
べきである。というのがもともとの話題でした。それを「資本家のせいだから打倒する」という話になんか
してませんね(笑)。

104 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/21(日) 07:54:37
>>102
> 自分の財産を投資して利益を乗せて回収するのは
> 株でも普通の労働でも基本的に同じだよね。

いや、違います。100万や1000万ぐらいであれば大したことないですが、仮に100億あなたが
持っていたらあなたは労働しないで他人を動かし、他人の労働からピンハネすることができるのです。
そして、普通の労働はピンハネされる側であって、「自分の肉体から自分の精神がピンハネしている」と
言わない限り(笑)、相違がありますね。

105 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/21(日) 08:03:03
普通の庶民であれば自分自身の身体的能力に基づいた収入が得られるわけですが、100億ぐらい
あれば他人の身体的能力に基づいて収入を得られます。つまり、「いい会社」を選んで投資するという
ことですね。自分がIQ100でも、IQ150の人間の青果物からピンハネできるのです。

106 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/21(日) 08:23:39
リーマン氏のレスの続きですけど、しかしあれですね、やっぱり「打倒ブルジョア」っていうのは
あったほうがいいな(笑)。古典的疎外論としての運動だとしても、ぴか哲学のように経済的なものを
観念的に消去するより100倍マシですね。

107 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 10:16:58
>>104-105
自分の持つ能力、財産にはその多寡にかかわらず
再投資が必要なのだ。

108 :リーマン ◆N.J4yHzilE :2006/05/21(日) 16:21:53
だから、対立点が無いと言っているのですよ。
それを「ある」かのように見たいと欲望しているのがむじんくんの「罠」論
なのです。「むじんくん」が「むじんくん」であるためには、「罠」が必要な
わけです(笑)

109 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/21(日) 18:49:48
>>108
> だから、対立点が無いと言っているのですよ。

ブルジョアVSプロレタリアが無いというのですか?!いけませんよ!(笑)。

あと、そういうのがあると欲望するのは私ではなくて生きがい観念論者のリーマン氏なのでは?

110 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:32:27
かまってほしいだけなんだから放置しろ

111 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:33:52
だれもブルジョアvsプロレタリアの話なんかしてないよ?

112 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:25:36
ふと思い出したんだけどDOSのRibbonってゲームが
ベロイカ豊富でけっこうエロかったよ
例えば黒髪の純朴な美少女の膣内に舌挿入して
じゅっぽ、じゅっぽ出し入れしてたら
「いきそう!もうやめて」とか女の子が叫んで、足閉じる
でも主人公がその足をまた広げてさらに奥まで舌入れて
愛液をかき出すように出し入れする
で、女の子に限界が近づいた途端 舌の出し入れを早くして
どっぱどぱ愛液出して昇天させるの
激しく逝った女の子の頭を優しく撫でて 寝かせてあげるってやつ
見ているこっちがゾクソクする
この主人公エロくて好きだったなあ・・・

古いゲームでごめんね でももし機会があったらプレイしてみて

113 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 23:29:08
このスレではM氏は放置していただくか、こちらでやっていただくことを
お願いします。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1143607550/l50


114 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 23:29:42
60%が努力に報酬求める 内閣府の社会意識調査

内閣府が20日付で発表した「社会意識に関する世論調査」によると、高い地位と多くの報酬を得
るのが望ましい人について質問したところ、「努力した人」と答えた人が60・0%と前回調査(昨年2
月)より6・8ポイント増え、02年以来4回目となる質問への回答で最高の水準となった。
構造改革に伴うリストラなど個人の努力では対応できない「格差」の拡大が指摘される中、ライブド
ア事件に象徴される「株取引などで楽をしてもうけようとする風潮」(内閣府幹部)への反発が表れた
とみられる。
調査はことし1月下旬から3月下旬まで全国の20歳以上の男女1万人に面接で実施。有効回答
率は50・7%だった。
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060520-00000077-kyodo-pol

115 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 23:30:23
四十歳男性の一割が童貞という記事がありましたが、本当でしょうか。昔は女性スポーツ選手は男性
ができると競技に身が入らなくなるのでつきあいを禁止されたが、最近は男性がそのような感じで、女
性は練習のかてになるぐらいだそうです。あるいは昔は家を守るということ子供は男の子が望まれまし
たが、最近は女の子が望まれるようです。また日本は先進国でも女性の社会進出が低い国なんですね。

男性受難の時代とでもいうのでしょうか。男性が女々しくてもよいのでしょうが、まだまだ男尊女卑の中
で「男子たるもの」というのは社会的なものが求められているんでしょうね。

116 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 23:30:57
「お金があえばなんでも買える。」というアイロニーは、価値多様の世の中だから誰にでもわかりやすい
金銭額が重要視されるということではない。そうではくて、お金そのものが数字に還元されないという意
味である。だからお金でなんでも買えるのである。

数字に還元するとは「価値」ですが、たとえば、1億円には「価値」でなく「意味」あるということです。そし
て「なんにでも変えられる」というのは「価値」でなく、「意味」です。

117 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/21(日) 23:32:13
しょうこたんはWeb2.0なのか。一日70回もブログ更新するらしいです。今日、「いいとも」に出ていたが、
出る前に更新して、出た後に更新すると言っていました。ブログを見るとこんな感じです。

>2006.05.17 [Wed] 11:51
>コーナーふたつでるんだお(^ω^)ドッキンQと胸キュン(^ω^)
>〓しょうこ〓

>2006.05.17 [Wed] 13:18
>生ゆうこさま顔ちっちゃ、色白い、ゆうこさまのロデオボーイ姿見て激しく萌えまんた(^ω^;)
>(;^ω^)なにがなんだか頭真っ白だお、いいとも一生のきねんになったお!
>〓しょうこ〓

ここにはある種の公共性があり、そして「いいとも」のメタの位置に立つことになります。2ちゃんねるな
どの実況などはそのようなことですが、出演者がリアルタイムに近い形でというのは、新しいですね。出
演中にとなるともっとおもしろいのでしょうか。

「いいとこ」内でこのことを自慢していましたが、それを聞いた出演者は宙づりになるのでは、ないでしょ
うか。そしてある種の不快感を感じるかも知れません。自分たちを俯瞰した目線で語られるということで
すから。

少し異なりますが、たとえば電車の中で携帯で話される不快に近いかも知れません。電車の中という小
さな場(コンテクスト)=儀礼的無関心など、という軽いコミュニティから、逸脱する。

118 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 00:25:20
しょこたんハロモニに出演
http://freett.com/danidani9/s.jpg

119 :リーマン ◆N.J4yHzilE :2006/05/22(月) 01:05:22
失礼しました。

かみ合う議論に発展できないこちらも悪いのですが。
議論は外野から見るとやり合っている図が面白いのかも知れませんが、
本来は補い合い、絡み合い、問題を分節化して発展し合うところに面白さが
あるわけで、そういう意味で闘争する分には全然異議はないです。

>>116
貨幣が創発された、ということでよいのでしょうか?
貨幣という「概念」、つまり「価値概念」ですね。

さらに言うと、「金で何でも買える」という言葉自体は金では買えないわけです。
内田センセのパクリです。

今、宮台・北田の「限界の思考」を読み始めていますが、宮台真司さんって
真面目な人ですね。「右には本当の右を、左には本当の左を」と真正面から
突破しようとしている。なかなかできる事じゃないです。そのうちネタになりそうな
ものを持ってきます。

>>114
揺り返しが来ていますね。日本がそんなに簡単にアメリカ流の「実力主義」に
なんかなるはずがない。なじまないんですよ。

120 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 10:08:39
議論はネットだけでなくとも難しいですね。ボクの経験でいくと、どこかで必ず感情論になると思いま
す。「なんとしても負かしたい」という一歩手前で引くのが良いと思います。頭を冷やすと相手の言っ
ていることが見えたりしますし。

M氏の場合は、この距離を取るのがヘタなようですね。なかなかおもしろいレスをすることもあるの
ですが、なかなか自由人でそのとき思いついたことを前後と関係なくただレスするので、いまの論点
はなにかをたえずこちらで明確に説明してあげながらでないと、議論として成立しないようです。そこ
までして議論する意味があるか、疑問ですが(笑)

かまってほしいは、ここにいる人たち全員に共通するので、なかなか突き放すのがむずかしい面も
ありますが、自己言及的なアイロニーが欲しいところです。簡単にいうと「空気嫁」ということですが。
ネットでは「空気を読む」ことが重要である身近な一事例ということでしょうか。


宮台・北田の「限界の思考」はボクも大きく影響されました。いまもこの限界をどのように考えるか
で、止まってしまいます。

ボクのこの記事だけではわからないなと、おもいました。「努力した人」とはだれか。記事では「ライブ
ドア事件に象徴される「株取引などで楽をしてもうけようとする風潮」(内閣府幹部)への反発」とあり
ますが、取りようによっては、年功序列的など実力に見合わない旧来のシステムへの批判、すなわ
ち実力社会への賛同ともとれると思います。

121 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 10:22:53
おまえって粘着気質が透けて見えるな。
無視とはそういうことかね。放置とはなによ。
一旦自らいい放ったのなら、言及はおろか目のたま一つ動かさないのが筋だろ。
未練がましく追及するってことは、それだけ執着があるわけだ。
自覚しろよ。なにしろお前は矛盾だらけだ。

性的な意味で。

122 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 11:13:04
筋に粘着するほうが浅いと思うが

123 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 11:41:48
あの〜、ウンスジは付かないんですけど、
おりものが多くて毎日おパンツにスジがつきます。
こればっかりはトイレで拭けばいいてもんじゃないし…
専用シート使うしか他に方法はないんでしょうか?

124 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 12:45:50
フリーター、ニートとは延滞である。

125 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 13:29:19
■「歴史の終わり」史観

ボクの思考には、ヘーゲル、コジェーブ的「歴史の終わり」史観があります。欲望すべき大きな無垢
は消失した。それは大きな敵という無垢の消失も意味します。若者が下流に怒らないのも、政治へ
興味がないのも、そこに怒る大きな敵見いだせないからです。

たとえばフリーターなど、低賃金で働かされ、搾取の構造があり、労働環境を整えるための運動が
必要であるかもしれません。そこに問題がないのではなく、それが本質的な問題ではないのです。
「下流」問題がなかなか盛り上がらないのは、彼ら自身がそこに危機という無垢を見いだせないから
です。彼らには「金はいざとなればなんとかなる。問題はそこではない。」という思いがあります。で
は問題はどこにあるのか、「無垢を見いだせない」ということです。

無垢とは、フロンティアであり、多くにおいて「苦労」です。新大陸へ上陸した移民達が自然の脅威の
中で懸命に生き延びようとした。それは、決してそれを楽しむようなものでなく、生死を賭けた闘い
だったでしょうが、そこには「生きる実感」があったと思います。

歴史はいつも不十分で、生死の境界が身近にありました。その大きな問題へ立ち向かう、それは逆
説的に無垢を欲望するということです。「歴史の終わり」とは問題は多くあるが、根源的な大きな問
題が消失したことを意味します。コジェーブ的にはそれは消費社会であり、フクヤマ的には資本主義
です。

126 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 13:30:17
「歴史の終わり」という閉塞感の中で、「終わりなき日常」を生き延びるために、人々は無垢を内製し
つづけなければなりません。まさに問題はそこにあり、価値はそこにあります。「のま猫」問題に若者
が怒るのは、「懸命に内製される無垢」としての創造性を軽視されたことによります。

(旧来的な営利目的な)企業が、こんなの小さな創造性など、小銭を稼ぐ価値しかないよ、と軽視し
た(と2ちゃねらは思った)ときに、懸命に「終わりなき日常」を生き延びる人々の尊厳を踏みにじった
ことを意味するのです。問題は営利ではなく、危機的な無垢の欠乏なのです。

127 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 14:04:07
「終わりなき日常」を生き延びるという「歴史の終わり」史観は閉塞であるとともに、次の歴史への展
開とみることができるかもしれません。コジェーブは日本の江戸時代の文化を「スノビズム」として、
まさに「歴史の終わり」を生き延びる様式化された文化とみました。最近のオタク文化がこのような
江戸文化的に様式をもっていることは指摘されています。これらのポイントは無垢の内製です。

いままでの大きな物語では、内と外という大きな二項対立の中で外という無垢を消費することが行
われていました。ここでは内の中で小さな内外が生みされては消えるというダイナミズムが無垢を生
み出します。これがもっと活性化したのがネットだと思います。「便所の落書き」、コミュニケーション
するためにコミュニケーションする「ネタコミュニケーション」などの自己言及的な運動が内的に無垢
を生産し、消費する。

このようなスーパースノビズムは、もはや「動物園に囲われた神経症の動物」とは言われないので
はないでしょうか。ボクは「グーグルが世界を解読する」とは別の意味で楽観的に、「ネットは新たな
創発的な世界を生む」と考えます。そこにおいてもやはり「のま猫」問題は現実社会とネットの権利と
いう重要な価値問題に根ざしていると思います。

128 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/22(月) 15:10:52
たとえば、創発的な世界として、Web進化論では以下のようなことが示されています。

>>
「オープンソース現象」・・・リナックスなりウィキペディアなど、誰かが用意した大きな「全体」という場
があって、そこに「個」がボランティア的に参加することで「全体」が発展していくという
Web2.0・・・「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者ではなく能動的な
表現者と認めて積極的に巻き込んでいくため技術やサービス開発姿勢」
「wisdom of crowds」(群衆の叡智)・・・不特定多数の意見をどのようなメカニズムで集積すると一部
の専門家の意見よりも正しくなるか。
「マス・コーポレーション」・・・見知らぬ者同士がネット上で協力して新しい価値を創出する手法
「バーチャル経済圏」・・・ネット上の富をどう配分すべきか
<<

Web進化論は主に経済論として書かれていますので、価値=金銭という形態が残っていますが、
ネット上の多くの金銭なき労働、そしてのま猫問題にみられるように、重要なポイントは創発的な創
造性ということであり、価値は創造性そのものにあるとということです。

「のま猫」問題で問題になった「モナー」など、創造性というにはほどとおく、子供の落書きのようで、
小銭にもならないものでしょう。そこにネット上の創造性の本質があります。なぜならスーパースノビ
ズムの本質とは、くだらないことに価値も持たせる、ということだからです。

ネット上における無垢とは本質的に「他者」です。コミュニケーションの実感としての「他者」からの応
答です。あるレスに対して、どのような、どのくらいレスポンスがあるかという反響に価値がおかれま
す。それは、コメント数であり、アクセス数であり、ブックマーク数です。しかしそれは単に量的なもの
でなく、コメントの内容などのような、それぞれの質的なものの関係する「まなざしの快楽」です。

「まなざしの快楽」において「モナー」が創造性を持つときに、それが企業によって一商品に成り下が
るという汚れへの反発が、「のま猫」問題の本質ではないでしょうか。

129 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 18:08:40
グーグル日本法人社長村上憲郎氏
「支配なんてとんでもない。まだまだ小さな会社ですよ。そういう表現はイエロージャーナリズムなんじゃないですか」

130 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 18:12:04
ぴかさんは自分の理論を
神経科学の基盤とリンクさせていく気はないのかな?
勝手な希望だけど、それやってくれると
更に面白くなると思う。
あなたの色々な発言はかなり実際を言い当ててる節があるのだから
哲学用語と自作語だけでなく、
より具体性の高い神経科学の用語も
どんどん使っていってほしいと思う。

131 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 18:31:12
今までのぴかさんは学問志向ではなかったから
自分で考えた理論を持っているのではなかったと思う。
新書や2ちゃんを通して、既成の理論の概要を吸収し寄せ集め
誤解交じりのキャッチーな詩的表現を用いて、
自分を主人公にした粗悪な文学作品を生産してきたと思う。
だけどそろそろむじんくんその他からの
粘り強い追及が実を結びはじめてもいいころだと思う。

132 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/23(火) 10:23:30
>>120
> ネットでは「空気を読む」ことが重要である身近な一事例ということでしょうか。

やはりインターネットという匿名で且つ個別的世界においても「ムラ」を願望するというのが
ぴか哲学の到達点ということですね。やはりこれは昔から言われている、日本における
去勢の不在ということです。たこツボ的空間で無制限に頷きあうということであり、このスレッドの
「村長」であろうということでしょう。

ただ、何故2ちゃんねるなどの匿名掲示板のような場でムラ的関係性を空想できるのか、
その存在を前提とできるのか、というのは一つの疑問です。一方で経済的関係においては
それは明らかに消滅する方向へ向かっていますが、言説的にはある種の透過的な人間関係
が前提とされているように見えます。

やはり日本の文脈で最も関心を持つべきは、この透過的関係性が解体するかどうかでしょう。
歴史的には明治時代には明らかに無かったものであり、戦後高度成長時代に形成されたとも
言われていますが、読むべき「空気」が蒸発する方向へ向かっていることは確かであり、その
時にどのような変異が起こるかが注目すべきことだと思います。

133 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:30:32
「村長」というか「ジャイアン」だと思う。

134 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:32:01
むじんはスネ夫?

135 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:35:31
スネ夫はリーマン

136 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:39:33
むじんくんはのび太で、キリスト教神学がむじんくんにとってのドラえもんかなぁ

137 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:49:00
ところでそのジャイアンはどうしたのかね?

138 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/23(火) 10:50:23
ボクは、M氏へ超越的/超越論的を分けることが哲学のルールですよと教えました。しかしこれはあ
まりに基本的でなぜこんなこともわかっていないの?ということですが、彼の一番の問題はもう一つ
の方です。それは自己言及性の欠如です。

たとえば彼が「ぴかぁ〜の思想は日和見だ。」「フリーターの労働条件改善のために戦え」、「空気を
読むなどちまちましている」などをいうとき、彼はどこにいるのでしょうか。外部に立ち、腕おくみ現場
監督気取りということでしょう。

彼と議論をするとおそらく誰もが思うのが、きれい事ばかりで、相手を批判する嘘くさいやつだな、と
いうことでしょう。ボクの言葉でいえば「リアリティ」の欠如。なぜなら彼には自己言及性が欠如してい
るからです。

「オマエモナー」、「2ちゃんねるごときで偉そうなこと言って結局かまってほしいだけだろう。」ボクた
ちはどのような発言をしてもこのような自己への回帰を受け入れなければなりません。だから2ちゃ
んねるにおいて全ては発言はネタなのです。それを受け入れられずマジに「社会が悪いんだ」と問
題を外部へおいて高見の見物をできるのは高校生までと「空気が読めない」馬鹿だけです。

139 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/23(火) 10:51:53
>>131へのレスでした。

140 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:52:06
「たけしぃ〜!くだらないことやってないでさっさと宿題すませて店手伝いな!」
って母ちゃんから言われてしょげてるんじゃない?

141 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:55:00
>>130に指摘されて、その方面の本読んで俄か仕込みしてんジャネ

142 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:59:13
ジャイアンキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!

143 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/23(火) 10:59:46
>>141
たとえば最近流行りのゲーム脳などありますが、同様に神経科学は「外部」です。
容易にボクの言説と繋ぐことはできません。そのためのはまずリビドー解放の通路を通らなければなりませんが、本質的には語り得ぬものです。

144 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:00:49
純一はジャマ

145 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:01:01
でも逃げゴシー

146 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/23(火) 11:03:07
そろそろM氏への言及の止めた方が良いですね。
言われるように半分は嫌みですが、基本的にM氏は
他人のレスを真剣に読まないのです。

と、言い出すときりがないので、M氏への言及もこれで終わりにします。(笑)

147 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:04:12
どこに純一がいるんだ?

148 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:06:30
>>147
オマエが純一じゃなければ誰だ?

149 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:07:15
そこで再びむじんくん臨場ですよ

150 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:08:19
純一は魔太郎

151 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:09:22
えー俺は純一だったのかね?そいつぁ気ーつかんかった。

152 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:09:58
純一はむじんくんに一番弟子を奪われて嫉妬しているんだろ。

153 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/23(火) 11:11:17
>>138
> 彼と議論をするとおそらく誰もが思うのが、きれい事ばかりで、相手を批判する嘘くさいやつだな、と

やはり去勢の不在ですね。こういう「ムラの空気」を前提できる人間が哲学に興味を持つ
というのも一つの謎であります。基本的に哲学は「ムラの空気」が蒸発した時に穴埋め
として発生する概念建築物で、それは全て村人にとっては「うそ臭い」のです。

しかし、一方で経済諸関係はそういう空気を蒸発させる方向に動いていることは明らかで、
そこで「うそ臭い」構築物が日本にも誕生するのか?それともあくまでも透過的な「ムラの空気」
を守るべく動くのか、これは注目すべきことです。

154 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:11:28
>>151
自爆?誰かって聞いただけだけどw

155 :純一:2006/05/23(火) 11:12:42
じゃおこがましくも名乗らせてもらおうかね。
さて何を話そうかね?

156 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:13:37
>>153
オマエモナ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!

157 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:15:09
ここまでを整理すると

・ぴかぁ〜  ジャイアン  
・リーマン  スネ夫   
・むじんくん のび太
・純一     魔太郎

158 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/23(火) 11:17:30
どちらにしろむじんくんを「ひねた高校生」へと甘やかしたのは
ボクにも責任の一端があり、それは反省しなければと思います。
少し長旅にでようと思います。探さないでください。

159 :純一:2006/05/23(火) 11:18:34
>>152
嫉妬ねー


数年前にスワッピングしたとき以来感じてないです。

160 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:20:26
ほんとに純一だったのかよ。
ぴかぁ〜のいるところにいつもいるなw

161 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:22:13
むじんそろそろやめろ。端から見るともはや荒しでしかないぞ。

162 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:31:26
>彼と議論をするとおそらく誰もが思うのが、きれい事ばかりで、相手を批判する嘘くさいやつだな、と
>いうことでしょう。

ということは

・ぴかぁ〜  ジャイアン
・むじんくん きれいなジャイアン

163 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 11:36:53
空気を単に閉塞と見る、空気を読むことが悪い、というのは、安易でしょう。空気とはコンテクスト(文
脈)です。コミュニケーションでは空気が読めないと意味が一義化されません。特に情報量の少ない
ネットでは、「空気を読む」努力が儀礼であり、あるいは毎回読むのは労力なので、その掲示板、
板、スレ、そのときの流れと空気を作る努力が行われます。

解放解放ではコミュニケーションが成立しません。そしてそこに閉塞性が生まれるのは単に悪いこと
ではありません。とぴかぁ〜さんは何度も言っていると思います。

お疲れさまです。ぴかぁ〜さんゆっくり休んでください。

164 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 12:20:42
稚拙ながらわたしめが

マルクスは下部構造として経済を考え、構造主義では言語、それはぴかぁ〜さん的には無意識の欲望を考えました。
さらにぴかぁ〜さんが注目するのがテクノロジーの発展があります。
弁証法、進化論という時間が一次元性が近代以降のテクノロジーの進歩を元にめざめた思想だと思います。
だからマルクス主義の唯物史観も大局的にこの範疇にはいるのだろうと考えられます。

165 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 12:30:02
これは、近代に発明された時間という無垢(フロンティア)です。
正確にはルネサンス期付近に発明されたのは数量です。
数量化の(再)発明が空間、時間を見いだし、その格調という無垢を見いだしました。
ある意味で無垢そのものを発明したといえるかもしれません。
それ以前に無垢への欲望がなかったわけではありませんが、
それ以前は野性の動物のように自然という無垢の中で生きていました。

166 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 12:57:49
この数量化には金銭もはいっており、金銭という無垢が作られたのです。
正確には無垢が広まるのは産業革命以後都市化が始まるってからです。
これが絶頂を迎えるのが市民革命を経て世界大戦から共産主義革命まででしょう

167 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:12:24
>近代以降のテクノロジーの進歩を元にめざめた思想

具体的にはどんなテクノロジーきっかけになったとお考えですか?

168 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 13:23:16
>>167
三大革命などありますが、ここでのテクノロジーとは技術革新であるとともに、世界が数量化できるというイデオロギーの発明だと思います。

たとえばその前までは時計はなく、太陽の位置でアバウトに生活していました。あるいは数量も統一したものではなく、アバウトなものでした。


169 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:23:28
二重三重と激しく自演まことに乙乙乙と

170 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 13:28:15
ポストモダンにおける大きな物語の消失というときに、大きな物語はマルクス主義と考えることが多
く、それは間違いではありませんが、実際に「ポストモダンの条件」でリオタールが大きな物語として
科学大系を例にしたのは象徴的です。数量化による世界の統一した征服という「機械論の欲望」の
断念と考えられます。

171 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:30:37
ネタでもいい、自演といわれても構わない。
とにかくボクは淋しい立ち位置にだけはいたきないんだ。
と暗に自己言及するぴかぁ〜

172 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 13:34:58
>>171
あなたバカですね?

173 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 13:40:26
>>171
いたきないんだ?
いたき?
いたき祭り?


174 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:45:51
Wまさかおまえに指摘されるとは…
WWW

175 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 13:58:42
いたきbaka

176 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 14:09:17
ま、いたきばかでもタマンキでもなんでもいいけど、おまえも気をつけろや。

177 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:11:07
いたきってなに?

178 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 14:17:27
Doblog - いたき日記 - (www.doblog.com/weblog/myblog/8440)

179 :130:2006/05/23(火) 14:21:52
>143
最近、フロイトの精神分析を50円でかったのですが、
訳者の解説によると「不安」という概念は200年前には世界に存在しなかったようです。
日本語でもこれらの学問を輸入するさいには、「恐怖」などと翻訳していたようです。
キルケゴールがこの不安という言葉を創造したように
ぴかあ氏も多くの心理状態を言語化・概念化してます。
だから自分としては
例えば「まなざしの快楽」という言葉・概念を作り
そしてその神経科学的対応物として
ミラーニューロンを持ってくる。
こういった感じの論法がより増える事を
期待するのであります。

180 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:30:22
付け焼き刃が間もなく完成するのでお待ちください。

181 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:35:06
ぴかぁ〜様は山に籠もられたのでしばらくは無理でしょう。

182 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:36:10
いたき・・・いたたたた・・・

183 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:42:45
ContextSurferってなに?

184 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:48:04
おまえらバッカじゃねーの

185 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 14:50:46
アスカね。古い

186 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 14:54:06
自傷癖援交少女の内面をも描きました

187 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 15:03:22
ハルヒっておもしろいか?

188 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 15:13:38
キョンはコンテクストの前で立ちすくむ現代男性の象徴でしょう。
ハルヒはコンテクストを突き破り、設定としては世界さえも創造する。
女神の象徴であり、そしてまさにその女神が指差したのがキョンであるというセカイ系的自己承認。
しかしこのような設定は最終兵器彼女しかりアニメではとくに目新しくはない。
はつさてなにがうけているのか?

189 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:18:15
コンテクスト・サルファってなに

190 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 15:18:47
あえていえはとてもアイロニカルである点か
すなわちはやりアニメの様々なキャラ、設定が意図的に組み合わさり高度なアイロニー(ユーモア)を形成している。
そこに新たな無垢が生み出されている。
オタクでないボクにはこれが精一杯の考察です。

191 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:03:30
■なぜ男性は彼女依存になったのか

男性の彼女依存

<<
TVでスポーツコーチ言っていましたが、昔は女性スポーツ選手は男性ができると競技に身が入らな
くなるのでつきあいを禁止されたが、最近の女性は練習の糧になるぐらいで、むしろ男性の方が
女々しいというようなことを言っていました。
昔は家を守るということで子供は男の子が望まれましたが、最近は女の子が望まれるようです。
最近は恋人が別れるときには男性の方が泣いてすがるらしいです。
最近は熟年離婚が流行りで男が定年すると女性から離婚を言い渡されるので、男性は戦々恐々で
ある、というようなことを言われます。
<<

こういうのは一括りとして男は弱くなり、女は強くなったというのでしょうが、かく言うボクも彼女には
デレデレで、別れるなどと言われると泣いてしまうかもしれません(笑)

なぜにこれほど男性が弱くなったのか。男尊女卑という近代システムが解体しているということで
しょう。古くは道徳としての男尊女卑であり、「男子たるもの」と社会秩序が支えていました。その後
は仕事です。男は仕事が一番で、家庭を守る。それによって家庭が養われる。高度成長期などみな
が豊かさを目指していた。そしてまだ男性にとってやりがいがある「楽しい」仕事が溢れていた。

192 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:04:04
いまでもまだ男性は古い「男子たるもの」を背負っています。そして社会の中で闘うことを求めら、秩
序に絡め取られ、不器用に立ち回っています。ひきこもりが男性に多いのはそのようなことからかも
しれません。

仕事によって支えられる立場はあやふやなものとなり、別に自分を支えるものが必要とされていま
す。多くにおいてはオタク傾向のように細分化された消費コミュニティへの帰属によって、アイデン
ティティは支えられていますが、一度彼女ができると、パートナーとしての女性に「依存する」ことも増
えているのではないでしょうか。

193 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:04:47
「涼宮ハルヒの憂鬱」の自虐性

「涼宮ハルヒの憂鬱」がなにげに人気です。ストーリーテーラー的役のキョンは現代の複雑なコンテ
クストの前で立ちすくむ(空気を読み考えすぎて行動に移せない)現代男性の象徴ではないでしょう
か。ハルヒはコンテクストを突き破り、設定としては世界さえも創造する。女神の象徴です。そしてま
さにその女神が指差したのがキョンであるというセカイ系的にキョンは自己承認されています。

それは、彼女が特別は人(女神)であることで、その特別な人に承認された私は、特別であるという
構造によって、自己を維持せざるおえない現代の男性像であるのかもしれません。これは先の、「彼
女ができると、パートナーとしての女性に「依存する」こと」に繋がります。

しかしこのような設定は「最終兵器彼女」しかり、アニメではとくに目新しくはないです。「涼宮ハルヒ
の憂鬱」が人気が出たのは、最近のセカイ系の(アイロニカルな)パロディではないでしょうか。様々
なキャラ、設定が意図的に組み合わさり、高度なアイロニー(ユーモア)を形成している。

すなわち、セカイ系の構造で自己承認せざるおえない女々しい男性を、自ら冷めた目で見て笑うと
いう自虐的行為であるのかもしれません。

194 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:17:48
このことはキョンで三回抜いてから、考察しました。

195 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:22:23
キョンで抜く?いたき・・・

196 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 17:46:04
ネットはとてもナイーブな空間である。祭りなど小さな内部を形成し、共感する、
承認されることである種の充足をえている面があるのだろうか
極端には薬物による充足のように
様々なフラストレーション的活力は失われているのか

197 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 19:14:15
>かく言うボクも彼女には デレデレで、別れるなどと言われると泣いてしまうかもしれません(笑)

ぴかぁ〜さん、すみません。お留守の間につい見栄はって嘘つきました。


198 :ContextSurfer:2006/05/23(火) 23:13:57
彼女とデレデレいたき!

199 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 01:16:09
「お金があえばなんでも買える。」というアイロニーは、価値多様の世の中だから誰にでもわかりや
すい金銭額が重要視されるということではない。そうではくて、お金そのものが数字に還元されない
という意味である。だからお金でなんでも買えるのである。

数字に還元するとは「価値」ですが、たとえば、1億円には「価値」でなく「意味」あるということです。
そして「なんにでも変えられる」というのは「価値」でなく、「意味」です。

金銭によって価値が数量という一次元で繋がるときに、1円、1万円、1億円、1兆円・・・そこには知
らないがとにかく何かがあるという無限の無垢が生まれます。

マルクスが指摘した価値論もまさにこのような意味があるのではないでしょうか。ある商品の値段が
決定すると言うことは、「価値」ではなく、「意味」ということです。マルクス的に言えばそれは価値に
還元できない「物神性」ということになります。そしてなにものも欲望される無垢としてあるときに、「物
神性」によって接続される可能性が開かれます。

たとえばその端的な一つの例が、身内を殺されたなど裁判での賠償請求です。親族はその金額の
価値が欲しいわけではありません。そこでは「意味」によって繋がるのです。

200 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/24(水) 09:09:33
人は好きな数字があるなどその昔なら数字に様々な神秘的な意味を見いだしてきました。
それは客観的一次元的価値としての数字は存在しないといってもよいと思います。


201 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 09:31:23
あれ?

202 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 10:37:05
■オタクであることはなぜ恥ずかしいのか

なぜ「オタク」は恥ずかしのか

「涼宮ハルヒの憂鬱」がなにげに人気です。ストーリーテーラー役のキョンはいつも被害者で、いつも
正常(正しい)です。それは、責任はいつも外部にあるという責任回避的立場です。それでいて、ハ
ルヒに繋がることでセカイの中心にいることができる。これってとても幸せな立場です。

そもそもセカイの中心にいることは難しいことですが、それで重要な位置にいるときには、そこに大き
な責任がともなうものです。しかしキョンは責任回避しながらセカイの中心にいられるわけです。こん
な都合の良い、おいしい立ち位置はありません。それでいたかわいい女性に好かれるのですから。
これがセカイ系の物語の一般的なパターンではないでしょうか。

セカイ系の物語へはまることの「恥ずかしさ」は、このような「責任回避しながらセカイの中心にいる」
というとても都合の良い、そして「現実逃避」的であるからです。「オタク系アニメ」は本質的にこのよ
うなセカイ系の構造を持っているために、「恥ずかしい」のであり、さらには「オタク」であることそのも
の「後ろめたさ」がまさにこのような「現実逃避」への共感にあります。

203 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 10:37:51
オタクの開き直り(自虐性)

さらに「涼宮ハルヒの憂鬱」はエヴァ、ほしのこえ、最終兵器彼女などの過去の正統派?セカイ系の
パロディになっています。パロディとは、もはやセカイ系という都合の良い物語になんとかリアリティ
を持たせようという努力、それは、様々なシチュエーション(装飾)を作り込む努力があることに自覚
的であり、「あえて」省いているということです。そしてこの装飾とは、まさにセカイ系物語の「恥ずか
しさ」の隠蔽でもありました。

学園という身近な小さな世界に、超能力から、宇宙人から、さらにはセカイそのものがハルヒにシン
クロしているというセカイ系のシチュエーションを、特に背後の物語もなく、ただ詰め込んでいる。
これはかなり確信犯的で、セカイ系のシチュエーション(秘密)は、なんらかの「もったいぶった」物語
として現れてくるのではなく、有希などの登場人物がいきなりすべてを一気に語り出すことで示され
る。「とりあえずそういうことだから、なぜとか、細かいことは語るだけ、むしろ胡散臭いから」、という
ことです。

ある意味で開き直って、「そうさ。セカイ系にリアリティーなんかないのさ。リアリティを持たせるため
に様々なシチュエーション(装飾)で飾る努力こそが嘘くさいのさ。セカイ系的に自己満足して何が悪
い。恥ずかしくて何が悪い。」というある種の開き直りであり、これをボクはある種に「自虐性」と呼び
ましたが、「涼宮ハルヒの憂鬱」への指示はこのような開き直りの「新しさ」、それはハルヒ自身の潔
さにも共鳴しているようにも思いますが、ではないでしょうか。

204 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 10:41:36
俺は人類最強の男というコピーに引かれ、人類最強になるためにはどうすればよいのか考えた
人類最強なのだからどんなこともできる
手始めに全裸で姉の部屋にアンゲロ、アンゲロとつぶやきながら飛び込む
タンスをこじ開けブラジャーを腰に巻きパンティーを頭にかぶる
姉が呆然としながら見てくるが人類最強なので気にしない
姉のベッドに潜りこみ「幸せだから!幸せだから!」と絶叫、姉は無言で部屋から立ち去る
だがまだ最強には不十分、次は妹の部屋にムッシュムッシュと叫びながら飛び込む
妹は着がえをしている最中だったが人類最強なので無視
半裸で逆立ちをしながら
「俺に充電しろ!!俺に充電しろ!!」と絶叫
妹は大泣きで退散、確実に人類最強に近づく
開脚後転でトイレに飛び込み便座を外し首に掛ける
ゾンビの真似をしながら母の部屋に突撃、タンスを開けると一枚の写真発見
死んだ親父が俺を抱いている写真だった
俺は泣いた


205 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/24(水) 10:43:26
>>163
> 解放解放ではコミュニケーションが成立しません。そしてそこに閉塞性が生まれるのは単に悪いこと
> ではありません。とぴかぁ〜さんは何度も言っていると思います。

その場における承認を得ることが「意味されるもの」となる記述を繰り返すということですね。つまり
去勢の不在です。一方哲学的記述は、そのような「意味されるもの」の不在を語り続ける記述です。

ですから、初めに「ムラの空気」を前提とし、それを最も崩してはならない大事なものとし、そういう
信頼関係を前提に語るというのは、つまりは全ての記述は「冗談」であるということですね。

206 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 10:53:54
>>205
ぴかぁ〜さんはもういませんよ。
いつまでも甘えたコンテクストに依存しないでください。(笑)

207 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/24(水) 11:17:31
ですから、精神分析とかラカンとか言ってますが、結局それは「冗談」の一つとして
機能するということでしょうね。最終的にお互い頷きあうことが目標となるという、この
状況が崩れるかどうか?というのは非常に興味あるところです。

ひょっとすると、ニートなどの問題が出てきているのもそういうことかも知れません。普通に
考えると彼ら別に問題にするに当たらないと思うのですが、部屋にこもってスノビズムしている
ことを否定する動きが強くなってきているとも考えられます。

208 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 11:24:36
セカイ系そのものが従来の物語の装飾の排除、短絡と言われていましたので
ハルヒはさらに進めたということであり、
最近のオタクアニメの進化傾向を表していると言えます。
末端を排除するほどに「リアリティ」があるというのはまるで現代アート的です。


209 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 11:40:49
≫部屋にこもってスノビズムしている

ぴかぁ〜さんのことを言っているのでしょうが、そういうこと言うから避けられるのですよ。
まず自分の立ち位置を明確にしてから語ってください。

210 :◇Trp.mhdfsrkt:2006/05/24(水) 11:42:51
test

211 :◇Trp.mhdfsrkr:2006/05/24(水) 11:43:52
test

212 :◇Trp.mhdfsrkt:2006/05/24(水) 11:45:45
test

213 :TMP◇Trp.mhdfsrkt:2006/05/24(水) 11:46:47
test

214 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/24(水) 11:51:44
>>209
> ぴかぁ〜さんのことを言っているのでしょうが、そういうこと言うから避けられるのですよ。

あはは。いや、別にぴか先生のこと言ってるわけじゃないですよ。一般論ですね。別に労働運動が
激しくなっているとかではない、つまり彼らニートは働く必要が現状無いのに、どうしてチョッカイ出す
んだろうか、ということです。

ニートを社会的「問題」と扱う一方、政府は「愛国教育」を進めていますが、これは関連があると思います。
実際、愛国教育関連にはユング心理学の河合隼雄氏が関わっているそうですが、彼などは昔から「日本人
には近代的自我が無い。自我を持つには理念が必要」と語っている人物です。彼がどの程度影響力が
あるのかは分かりませんが、こういうはっきりとした自覚を持って「愛国教育」を行い、一方でニート的な
神経症に非寛容な政策を取っている可能性はあります。

つまり、市場に出て行くには去勢されなければなりません。終身雇用や年功序列、それに関連した
単線的教育などは去勢を避けることを可能にしてきましたが、それが破綻しつつあるわけです。一番の
問題は財政が破産間際だということでしょう。去勢を回避するには、「世間」が無限に救済し続けなければ
なりません。それがもう不可能だということですね。

215 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 11:56:06
かまってくんに餌をあたえないでください

216 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 12:57:27
>>214
ここでいう去勢って一般的な意味と違うね。

217 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 13:08:19
無垢もボク独自のタームですが、むじんくんさんは意味がわからないようです。

218 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 13:12:56
無垢はボク独自のタームではないです(笑)

219 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 13:15:23
むじんくんはいつも適当だから

220 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 13:24:11
ボクコチタマ!

221 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 13:44:02
タチコマ?

222 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 14:03:05
コミュニケーションとは立ち位置の確認のしあいである。ここには立ち位置は相対的に決定されるという意味を含む。
空気とはそもそもあるのでなく、このピン留めのしあい、主体の意味の決定のしあいの中で事後的に決定される。
このピン留めという抑圧はその主体が主体たることそのものであり、この事後性にしか主体にない。
コミュニケーションすることで事後的に私はなにものか決定されるしかない。
だからコミュニケーションは快楽であり、なおかつ自分と近いものとのコミュニケーションは差異化により、より詳細に主体の意味を語る。

223 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 14:13:56
ぴかぁ〜さんの立ち位置です。

http://a.p2.ms/339d7

224 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:27:41
 ネットをはじめてから自分があまり考えたことのないコンセプトで
考えている人たちがいることに驚いてきたのだけれど、最近思ったのは
「ネタとマジレス」というコンセプト。

 僕が大体感じているネタとマジレスを分けるポイントはある話題やテーマがあるとして、
それを自分の重要な問題としてまじめに考えて、発言しているかあたりだとおもう。
 ここでそういう人たちのブログを見ていて面白いのはそれがじぶんにとって重要なことでも
ネタとして軽く扱うのがカッコよくて、偉いと言う考え。
 これはある程度わかって、自分がモテナイということをうんうん考えている人より
ネタとして扱っている人のほうが余裕感がある。モテナイわけじゃないんだと思う。

 ただ、たまに思うのはどんなことでもネタにしてしまうという態度も余裕のあらわれに
見えて実は余裕のなさやその一貫性に過剰さを見出してしまい気持ちが悪い。

 宮台真治がインタビュー集の中で「僕達の世代は全てネタにして話して武装するところがあった。
今の子達はそういうのがない代わりに物事を俯瞰的に見れない」というようなことを話していて、
昔はそういう価値観があったのだなあと思う。

 雑誌だとSPA!を読んでいるとネタという気分がよくわかる。
 真剣十代しゃべり場を見ているとベタの気分がよくわかる。

 どうしてそういう人たちはネタとマジレスという考え方をするようになって
すべてネタで答えるべきだという結論に達したのだろうか?というのが僕の疑問。
 そして疑問を疑問と表明したら疑問がどうでもよくなった。
 時代的な問題だろうとは思うのだけれど。30代以上に多いような気がする。


225 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 20:27:49
なにが30代以上に多いの?

226 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 20:29:18
>>224
コピペ?
ネタとマジは、発言に対する距離感ですね。たとえば「僕は天才だ!」といったときに、それが真意で
ある=真意と発言の距離が0のときにはマジです。それが冗談で当たり、自虐的発言であるように、
真意と発言に距離がある場合には、それはネタです。専門的にはコンスタティブな意味、パフォーマ
ティブの意味の差といういいますが。

マジよりもネタがかっこいいのは、一つは安易に真意をいうこと、相手に全てを見せることは、駆け
引きにおいて、得策とはいえません。さらには真意と発言の距離とは、宮台がいうように「俯瞰的」で
す。すなわち高いところから、全体と見るという距離です。コミュニケーションの全体と鳥瞰してみるこ
とで、駆け引きにおいてより適切な判断を下せます。たとえばサッカーの中田のキラーパスの凄いと
ころはまるで試合をしながら、上空から試合全体と眺めて、フィールド全体を把握し、もっとも適切な
場所にパスを出すところだ、ということです。

たとえばこれはモテにもつながります。たとえば恋人と高級フレンチ店にいって、一つ一つの行為に
にあたふたするよりも、全体の流れをわかって、余裕を見せいている男が頼りがいがあり、かっこい
いです。特に女性は(生きていくために)人間関係に敏感で、俯瞰的な目線を持っています。それに
対して、より高い位置からの広い視野=メタ視線がないと、頼りがいがないものに写ってしまいます。

227 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 20:32:01
このような、マジよりもネタがかっこいいのは、特には、現代的な価値観ではないでしょうか。現代は
価値観が多様化した時代です。そのような中で、マジに体当たりすると、多くにおいて失敗します。
だから引いた姿勢で、回りの状況を確認し対応する。さらには次の瞬間には価値観が変化している
かもしれない。その場合には引いた姿勢でいることで、速やかに退却し、新たな価値に対応できま
す。なにか武道の構えのようですね。(笑)

しかしこのようなネタな姿勢は、他者との距離を保ち続けること、本当の心を晒さないことですから、
とても孤独なスタンスでもあります。だからどうしても誰かとマジに腹を割って話したいという思いが
わくでしょう。しゃべり場とは、そのようなスタンスで、十代なんだから腹をわってマジにかたろうぜ!
しかしあれがマジかは疑問です。なんといってテレビで放送されるわけですから、自分がテレビでど
のように映されるかという俯瞰がないとは思えませんから。しかしまあ十代なんだし、気にせずしゃ
べろうぜ!ということです。

228 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 20:32:51
宮台がインタビュー集の中で「僕達の世代は全てネタにして話して武装するところがあった。今の子
達はそういうのがない代わりに物事を俯瞰的に見れない」というようなことを話していたのは、意外
な感じもします。最近ブログ界隈でも「空気を読め」ということが言われます。これはマジになるな。
俯瞰して全体を見ながら発言しろ、という意味です。

たとえば友達に「僕は天才だ」という言われたときに、その場の状況、その友達の性格など知ってま
すから、「僕は天才だ」の真意がその場のネタだとわかります。しかしネットでは、いきなり、匿名の
誰かが「僕は天才だ」と書き込まれたときに、その真意をわかりかねます。ネットはこのような真意の
誤解に溢れています。だから言う方も、読む方も、相手に伝わる努力が必要です。その意味で「空気
を読め」と場を俯瞰することが求められます。そのような意味もあり、ボクなどは、昔の人の方が熱く
てマジで、最近の人の方が俯瞰的に見みている、それはむしろ臆病なほど回りを気にする、のでは
と思っています。

このように考えると、最近ではむしろネタであろうとすることが、空気を読みすぎて、優柔不断でダメ
で、むしろマジな天然の方がよいのかもしれません。(笑)

229 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 20:49:26
しゃべり場をみて思うのは、思春期というのは、もっとも「正論」をマジに言える年代なんだと思う。ボ
クはこのような時期を「思春期セカイ系」と読んだ。

>>
2ちゃんねる哲学板にいると、自分の不安を世界の不完全さと短絡させ、「世界が間違ってるから、
悪いから、正しいボクは苦しくなる」的な言説の人が多々来る。思春期という、経験よりも知識(理
想)が多いアンバランスな時期に、「なんで大人はこんなこと簡単なことがわからないのだ!」的なあ
る種の全能感をともなってあらわれやすい。特に、引きこもり系の人に多いように思う。ボクはこれを
「思春期セカイ系」と呼んでいる。

「なぜ「思春期セカイ系」なのか。」 ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050727
<<

たとえば特に女子に顕著ですが、間違ったもの、不潔なもの、曲がったことなどを過剰に嫌悪しま
す。それは、社会という実践に出る前で、よく練られた社会モデルを教えられ、社会がモデルのよう
に割り切れると信じている段階であるということがあるでしょう。さらに思春期とは、生物学的には親
という古い秩序を反発するようにプログラムされた時期です。それによって、種は古い価値から新陳
代謝し、生き残っていくのです。

だから思春期のマジは、社会に出た者には正論である故に、青臭く、耳が痛く、ある意味で不快なも
のなのでしょう。

230 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 20:56:31
>>224のネタもと発見!
本人なわけないか

ttp://d.hatena.ne.jp/kantera/20060522

231 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 21:02:33
昔の人がまじでベタなのは、そのような場(社会、地域、職場、家庭)があったからではないでしょうか。
宮台の発言が意外とおっしゃる訳は、是非おききしたいですが、私はうなづけます。
宮台の世代はいよいよベタでマジでいる場が消滅しつつある時を学生時代に迎えたのです。
ベタを地でいけたのはその上の世代です。
翻って今の若い人はマジだと思います。
宮台世代と決定的な違いは、一見ネタのようであっても実はマジ…
ネタを装いますが、わりきれてない。俯瞰しようとしても、相対化する術を知らず結局ベタに取り込まれる…
そんな気がします。
興味ある話題だったので門外漢を顧みずレスしました。失礼しました。

232 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 21:23:17
去勢という言葉が相変わらず出てくるけど、
去勢に耐えうる体力そのものが去勢されているのも現実だからね。

233 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:24:48
>>231
kanteraさん?
数年単位の世代論はなかなかむずかしいですが、参考として以下のようなものが参考になります。

>>
北田暁大「嗤う日本の「ナショナリズム」」

@60年代〜70年代前半 自己否定から総括へ 連合赤軍
世界と自己、主体との関係を再帰的に問う、という近代人であることの要件を、極限まで突き詰めた連
合赤軍の「総括」
A70年代なかば〜80年代初頭 消費社会アイロニズム=(60年代への)抵抗としての無反省 コ
ピーライターの思想
性急な反省を迫る思想主義と距離を置き、「無反省」という反省へ向かう。そしてメディア論的、消費社
会論的なリアルの捕捉を試みる。消費社会的なリアリティと密接にかかわったアイロニズム
B80年代 消費社会シニシズム=無反省  なんとなくクリスタル、元気が出るテレビ、オレたちひょうきん族
消費社会的な行動様式が大衆化する中で、60年代への抵抗が抜け落ち、「無反省」となる。アイロニカ
ルであることから、消費社会的シニシズムへ
C90年代〜2000年代 ロマン主義的シニシズム 2ちゃんねる
第三項(「マスコミ」、「資本」といったギョーカイ)の存在感が限りなく希薄化した行為空間において、「繋
がり」の社会性の上昇によって、アイロニカル・ゲームは80年代よりも過酷になる。そして過剰な複雑
性に対応するためにロマン的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)が導入される。アイロニカルで
ありながら、実在主義的ともロマン主義的とも形容できるような奇妙なポジショニング(シニカルな態度
をとりつつベタな感動を指向するポジショニング)が成立する。
ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050306#p1
<<

234 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:25:31
これでいくと、「昔の人がまじでベタなのは、そのような場(社会、地域、職場、家庭)があった」は
「@60年代〜70年代前半 自己否定から総括へ」から前、
「宮台の世代はいよいよベタでマジでいる場が消滅しつつある時を学生時代に迎えた」のは、
「A70年代なかば〜80年代初頭 消費社会アイロニズム」頃ということでしょうか。

>翻って今の若い人はマジだと思います。
>宮台世代と決定的な違いは、一見ネタのようであっても実はマジ…
>ネタを装いますが、わりきれてない。俯瞰しようとしても、相対化する術を知らず結局ベタに取り込まれる…

これは世代論とともに、年代論もないでしょうか。今の若い人は、今若いのです。若い人というのは、
そう簡単にメタになれません。より強く真意を求めている。それをボクは「思春期セカイ系」と極端に
読んだわけですが。宮台の若い頃は、もっともっと熱かった、と思います。

235 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:33:19
今日も別件で言われたのが、最近の若者はそんなにアイロニカルに思考していない、ということです。
しかしアイロニカルとは、意識的に深読みするということではないと思います。「空気を読む」とは
もっと無意識な所作だと思います。

たとえば、お笑いとは必ずそこにアイロニーがなければなりません。しかし人は笑うときに、意識的に意
味を理解して笑うでしょうか。もっと反射的です。たとえば「アイーン!」に子供が笑うのは、子供でさえ、
はじめて「アイーン」という滑稽さをみて笑うのではなく、それが笑うものだという反復があるから笑うの
です。そこには無意識にアイロニーが働いているのです。そのような意味で言えば、「マジ」などとという
もは存在しません。どこまでもアイロニカルな「マジ」なポーズでしかありません。

236 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:36:30
>去勢に耐えうる体力そのものが去勢されているのも現実だからね。

去勢する体力とはなんでしょうか?
それをいうなら、去勢する側の明確な体系が弱いとでもいうことでしょう。

237 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:37:32
ウソつきチーターおもしろいですね。
読みの読みの読み・・・あぼーん!


238 :純一:2006/05/24(水) 21:38:42
やあ、

239 :純一:2006/05/24(水) 21:39:19
まったく、手間をかけさせないでくれよ

240 :純一:2006/05/24(水) 21:40:05
ぴかぁ〜→ContextSurfer

に変えたわけかい?
やれやれ

241 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:41:08
それはどうかな?

242 :純一:2006/05/24(水) 21:42:00
>>100-101
kwskとは、詳しくの略語

243 :純一:2006/05/24(水) 21:43:08
偽純一も登場したようだね?

244 :純一:2006/05/24(水) 21:46:38
>>241
白状し給え、ぴかぁ〜なんだろう?

245 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:50:05
>>244
ぴかぁ〜さんは長旅に出ています。
ぴかぁ〜さんに言いたいことがあるならこのさいはっきりと言ったらどうですかね?
留守番のボクがぴかぁ〜さんの代役をつとめます。
ボクの暇ではありませんが、今夜ぐらいは徹底的に話しましょう。

246 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 21:50:18
人間が0.数秒で、その場の状況を把握すると言われています。
アイロニーというと頭をかかえてと捕らえられがちですがが、
それは無意識的で反射的な世界でもあるのです。

247 :純一:2006/05/24(水) 21:51:05
>>245
長旅に出ているとの情報はどこで掴んだのかね?

248 :231:2006/05/24(水) 21:53:05
>>233
いえ、初めてレスしました。全くの門外漢ですがロムは大好きです。
レスありがとうございます。参考にします。
>>234
大意において全くそう思います。
ただ宮台世代は熱かったというより、ベタな暑苦しさを嫌うというかそこから引いたところに居場所をみつけざるを得なかった…
だから、世代間ギャップが著しくなり理解が得られなかった、はっきりいうとそのときの大人に一番嫌われた世代故にネタの武装なのでしょう。今思えば…まずっ
ありがとうございました。
たいした考察能力もなくこんなレスしかできないのでまたロムに徹します。
少し楽しませてもらいました。失礼します。

249 :純一:2006/05/24(水) 21:54:30
>>248
自演かね?

250 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 21:56:30
トラックバック:http://d.hatena.ne.jp/kantera/20060522


251 :純一:2006/05/24(水) 21:57:48


252 :純一:2006/05/24(水) 21:59:42
相変わらずぴかぁ〜は、つまんない文を量産してるね

253 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:01:34
>>247

>>130-131
>>157
>>162
>>158

254 :純一:2006/05/24(水) 22:03:26
>>253
すまんが、魔太郎というキャラを知らん

255 :純一:2006/05/24(水) 22:06:33
調べてみた

>店長「( ゚д゚)ポッカーン」さんの評価: 投稿日:2002年10月29日15:53:39
>A。ブルース・リー愛好家(つーかA先生が)で薔薇柄のシャツを好む、
>ナイスセンスでいじめられ体質の魔太郎が、彼に害なす悪党を、
>うらみ念法で復讐・制裁していく。救いきれない話も多く、泣ける。
>10巻のカバー下表紙に注目。


256 :純一:2006/05/24(水) 22:07:18
ホラーっぽいね

257 :純一:2006/05/24(水) 22:08:44
レヴューだけでは話がわからんな
魔太郎のキャラが不明だ

258 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:12:56
純一はなんでトリップつけないの?

259 :純一:2006/05/24(水) 22:13:27
さあ?

260 :純一:2006/05/24(水) 22:15:28
こんな話か

>子供の復讐譚という意味では、藤子不二雄(A)の
>「魔太郎がくる!」というマンガは小生も小学生の
>ころ良く読んでいた。内向的なイジメられっ子が超
>自然的な力で復讐するという話で、毎回名セリフ
>「コノウラミハラサデオクベキカ!」というフレーズで、
>単純な勧善懲悪ではなくあくまで公の義をもたない個人的な
>恨みが言葉通り晴らされて行くのだった。社会現象となる前
>にも既に存在していたイジメというどこにそのやり場を持っ
>ていって良いか分からない気分の解消装置として多分、子供
>達の間で機能していたのだろう

261 :純一:2006/05/24(水) 22:16:16
では本題に入ろうかね?

262 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:16:37
>>248
回りをみればわかりますが、ここはそんな高尚な場ではないと思います。
今後も気軽にレスしてください。

263 :純一:2006/05/24(水) 22:17:53
復讐劇ね、周りにはそう思えるわけだ

264 :純一:2006/05/24(水) 22:20:45
>>262
>回りをみればわかりますが、ここはそんな高尚な場ではないと思います。
>今後も気軽にレスしてください。

なるほど、それで魔太郎の話題を振ったのか、
もうちょっと調べてみるとするよ

265 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:21:44
Mr.Children-Kurumi
http://www.youtube.com/watch?v=Fj6yC5-uHkA
CrayonShinchanMovie-TheAdult(Otona)EmpireStrikesBack
http://www.youtube.com/watch?v=F2ggeQrbPbM
どこかで「dreamandlife」と書いてあったんですが、上がdreamですね、で、下がlifeです。
どちらとも感動的なんですが、人間の本質的なところをうまく捉えています。上では、
生活に疲れた親父が、ギターを見た瞬間、昔の輝きを思い出す、それで、昔のバンド仲間を
集めて、もう一度ギターを弾こうとする。逆に下では、映画のあらすじの話になりますが、
この映画、大人が子供の頃を回顧して、心が子供に戻ってしまい、家事や仕事を父母が
しなくなって、子供の面倒を見なくなってしまう。

この映画は結構深くて、単に子供用というよりは、上映に同伴した保護者も見れるように
配慮してつくられています。で、上ではギターに、下では昔の玩具とかにそういうものを
求めるんですが、印象的なのは両方とも何にしても、挫折する運命にあるってところです。
でも、重要なのはこの挫折が敗北を意味するものではなく、そういう夢との間から、
出てくるテーマを吸収するってことなんです。息抜きにでも、ちょっと観て考えてみてください。

266 :純一:2006/05/24(水) 22:22:30
ホラーっぽいね

>本作は発表当初、魔太郎の恨みの晴らしかたの一部が過激で、
>ほとんどの場合自分を苛めた者を廃人にするか死なせてしまう
>(例えば、魔太郎に好きな女の子の前で下半身を出すように
>強要したいじめっ子の同級生2人を、マンション建設現場に呼出し
>ユンボ(パワーショベル)で襲いかかった挙げ句、生コンクリに
>生きたまま沈める、また別の話ではスイミングスクールの合宿で
>魔太郎に過剰なしごきをしたコーチを罠を使って溺死させる、等・・)。

267 :純一:2006/05/24(水) 22:24:27
>>265


268 :純一:2006/05/24(水) 22:26:46
魔太郎を見てると思い出すなぁ・・・
昔のことをね

269 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:28:48
トラックバック http://d.hatena.ne.jp/hirask/20060513

270 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 22:30:06
純一 自分のスレでやーれーばー?

271 :純一:2006/05/24(水) 22:30:12
私、魔太郎みたいな人間でしたね〜
どういう意味?って思ったでしょうから、
詳細に逐一お話致しますよ


272 :純一:2006/05/24(水) 22:32:06
昔ね、私もよくやられたもんですよ、
あれはいつだったかな〜、十五年以上前かな、
私、宗教上の理由で色々と生活に制限があったんですよね

273 :純一:2006/05/24(水) 22:33:14
飲酒はダメでしょ、性的なものも一切ダメでね、
その他にも色々タルムード並に色々あるんだよね

274 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:34:12
純一さんのブログを紹介させていただきました。
ぴかぁ〜さんと和解してください。わたくしめとの仲良くしてください。

275 :純一:2006/05/24(水) 22:35:46
で、そういう時って大体、周りに同調しなきゃダメだから、
反感買うわけでね、色々とやられるわけですよ

276 :純一:2006/05/24(水) 22:36:51
>>274
URLを付けたらいいんじゃないかな?

277 :純一:2006/05/24(水) 22:38:37
机ん中見るじゃないですか、
すると、××が入ってたりとか、
上履きがアレなことになってたりとかするんですよね

278 :純一:2006/05/24(水) 22:40:18
性的なことが禁止事項になっているとですね、
恋愛ができないわけですよ、ドグマに入ってるわけですから、
不良的な文化というか、飲酒はその類に入るわけですから、
当然ダメでね、それで周りはそういうことやるので、魔太郎のような
復讐劇になるのは当然のことでして

279 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:41:04
>>277
ボクはそのようなことをやっていた側ですね。


また真の「コンテクストサーファー」という倫理が、大きなコンテクストに固執せず、新たにコンテクスト
を生み出し続けるストイックな姿勢であるといっても、実際は、安易に「小さな政府」、「自己責任」と
発言するわりに、自分が危機的状況に陥るとすぐにヘタれ、強い者に先導されるようなネオリベラル
傾向ではないか。コンテクストを破壊、再創造する享楽傾向であり、去勢された社会性の維持が欠
如している、という「宮台的な危惧」がある。

280 :純一:2006/05/24(水) 22:42:00
宗教上の離反というのは、別にやってもいいわけですが、
なんか、それも癪だな〜と思ってですね、そこではあえて、
ドグマを守ることにしたんですよ〜

281 :純一:2006/05/24(水) 22:43:19
>>279
では、復讐されるのは当然なわけだね

282 :純一:2006/05/24(水) 22:45:25
しかし、ぴかぁ〜の場合、
そもそもいじめる側=勝者という単純な思考が、
事実をあえて、自分を勝者にしようという都合が
関わっているのかもしれないがね、ここらへんは触れずにおきましょうかね

283 :純一:2006/05/24(水) 22:47:12
で、私は必要以上にドグマを守り、割と模範的な達者になりました
しかし、今まで恋愛なし、飲酒なし、喫煙なしできたわけですから、
反動も大きくてですね、

284 :純一:2006/05/24(水) 22:49:09
次第に私には、ヒポコンドリーが出るようになったんですね〜
これは精神的な負担が大きかったからだと思いますね


285 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 22:49:23
>>282
ぴかぁ〜さんは純一さんのような人と出会えて本当によかった思いますね。


コミュニケーションとは立ち位置の確認のしあいである。ここには立ち位置は相対的に決定されるという意味を含む。
空気とはそもそもあるのでなく、このピン留めのしあい、主体の意味の決定のしあいの中で事後的に決定される。
このピン留めという抑圧はその主体が主体たることそのものであり、この事後性にしか主体にない。
コミュニケーションすることで事後的に私はなにものか決定されるしかない。
だからコミュニケーションは快楽であり、なおかつ自分と近いものとのコミュニケーションは差異化により、より詳細に主体の意味を語る。

286 :純一:2006/05/24(水) 22:50:52
しかし、私はここからが変わっていまして、
ヒポコンドリーを力ずくで潰そうと思ったわけです
珍しいと思いますがね

287 :純一:2006/05/24(水) 22:51:42
>>285


288 :純一:2006/05/24(水) 22:53:54
では、それを実行するには?
それが難問でしたね

289 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 22:54:13
ヒポコンドリーってナニ?

290 :純一:2006/05/24(水) 22:55:25
ある種のヒポコンドリーが起こった時、
当初、私は全く向精神薬を使いませんでした
力で押さえつけたわけです

291 :純一:2006/05/24(水) 22:56:53
>>289
うーん、説明するのが難しいが、
ある種の発作と思ってくれれば良いかな

292 :純一:2006/05/24(水) 22:58:41
なぜか、ヒポコンドリーを押さえつける決意のようなものが
ありましてね、それに全力で闘っていましたよ
そして、その甲斐あってか、私は模範的な学生でもあったわけです
その辺が魔太郎と似てますね〜

293 :純一:2006/05/24(水) 23:00:01
しかし、ある日限界は来ました、
それはですね、ある日自分と同じような人間
というものに出会ってしまったからなんですね〜

294 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 23:00:40
純一さんはぴかぁ〜さんを独占したのですか?
それは愛ですか?

295 :純一:2006/05/24(水) 23:01:50
今までは私、外敵からあらゆるドグマ、その他
有害な情報から身を守り、信条としていたわけですがね、
その人達もまた、外敵に遭いボロ布になっていました

296 :純一:2006/05/24(水) 23:03:01
>>294


297 :純一:2006/05/24(水) 23:04:20
それは丁度こんな感じです

>昔むかしあるところに、一匹の狐がいました。
>この狐は悪智恵を働かせることがまったくできないために、
>いつも罠にかかってしまうのです。それはなんと、この狐は
>罠と罠でないものの区別ができないからです。この狐には他にも
>大きな欠陥がありました。毛皮に問題があって、狐につきものの
>厳しい生活から、狐を保護してくれる自然の力を借りることが、
>まったくできなかったのです。そして人々の罠の回りをうろつき
>ながら若い時代のすべてを費やしてしまったこの狐の毛皮には、
>いわば無傷なところがもはやまったく残っていませんでした。

298 :純一:2006/05/24(水) 23:06:19
続きです

>そこでこの狐は、狐の世界から完全に身を引いて、
>自分だけの〈穴〉を掘ることに決めたのです。
>この狐は、罠に落ちるたびに、信じられないほどの手酷い経験を
>身をもって味わいながらも、罠と罠でないものを区別できないと
>いう驚くべき欠陥に悩まされていたので、まったく新しい考えを
>思い付きました。これは狐たちがまだだれも聞いたことのないよ
>うな考えでした−−この狐は自分の〈穴〉を、ひとつの罠として
>作り上げたのです。そしてこの狐は穴の中に潜み、これを普通の
>穴のようにみせかけました。悪巧みからではなく、罠はみんな他
>の狐の穴だと信じていたからです。そしてこの狐は、自分なりに
>悪賢くなり、自分のために作った穴、自分だけにぴったりと合う
>穴を、他の人々にも合うように支度しました。しかしこれも、罠
>というものについての無知を示すものでした。罠の中に狐が座っ
>ているのだから、他の狐はこの罠にはかかりようがないのです。
>これにはこの狐もうんざりしました

299 :純一:2006/05/24(水) 23:08:27
続き

>だれもが知っているように、狐たちは悪賢い生き物ですが、
>いつかは罠にかかるものだからです。狐の罠、しかも罠に
>ついてはどの狐よりも豊富な経験を積んでいる狐が作った罠が、
>人間や狩人の作った罠に太刀打ちできない理由があるでしょうか。
>わかった、この罠が〈罠〉であることが、すぐにわからないのが
>理由に違いない! そこでわたしたちの狐は、罠を美しく飾り立て、
>「おーい、みんなぁ。来いよぅ。ここに罠があるぞぉ。世界で一番
>きれいな罠だぞぉ」と、だれにも誤解のしようのない標識を、そこら
>じゅうに立てて置けばいいと思い付きました。それからは、間違って
>狐がこの罠に落ちることはありえないことが、だれの目にも明らかに
>なりました。しかしなんと、多くの狐がここにやってきたのです。

300 :純一:2006/05/24(水) 23:10:49
ん、最後

>この罠はわたしたちの狐の穴で、この狐が自宅で寛いでいるところを
>訪問するには、罠に足をふみ入れなければならなかったからです。
>そしてもちろん、わたしたちの狐以外のどの狐も、この罠から再び逃れることは
>できませんでした。この罠は文字通り、彼の大きさに合わせて作られていたのです。
>しかしこの罠に住んでいるこの狐は誇らしげに語ります−−「とてもたくさんの狐が
>ぼくの罠を訪問してくれるので、ぼくは世界で最高の狐になった」。
>そしてこれは必ずしも間違っているわけではありません。
>一生をかけて罠の中に座っている狐ほど、罠についてよく知っている
>狐はいないからです。


301 :純一:2006/05/24(水) 23:12:02
私は当初、そういう人間は私1人だけだと思っていましたが、
居たんだ〜という感じで感動しました


302 :純一:2006/05/24(水) 23:16:30
そして、その狐達にコンタクトを試みる歴史が始まりましたね、
メールもそうだし、実際的なアクションもそうだし、色々とやり
ましたが、結局、私はそういう罠を自覚的に製作していたのは、
私だけに過ぎなかったわけです、なぜなら、他の狐は故意にでは
なく、普通の穴をつくったつもりで、罠になっていたのですから

303 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 23:17:53
>>297-301
ピンと来ませんね。

304 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 23:18:30
痛みに耐えよく頑張った。感動した。

305 :純一:2006/05/24(水) 23:19:09
即ち、私の罠というのは既に故意になっていました、
他の狐と同じように、当初は穴と罠を区別できないのは
欠陥でしかなかった、しかし、知恵をつけると同時に、
私の区別できない素材を、自覚的に意識させようとして、
成長させたということになりましょう

306 :純一:2006/05/24(水) 23:21:01
>>303
しかし、哲学者の文章ですがね
本物ですよ

307 :純一:2006/05/24(水) 23:21:59
>>304
どーも、

308 :純一:2006/05/24(水) 23:23:43
で、まあ、そんな話は良いとして、
同じような人間をみつけたんですね、
その人達も件の狐の毛皮でした


309 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 23:24:28
これはまた通報か?

310 :純一:2006/05/24(水) 23:25:43
そこで私は、穴にその人達を招待しようとしたわけです
それが現在の私ですね、喩えるならね〜
そんな人生ですよ

311 :純一:2006/05/24(水) 23:27:28
>>309
通報?

312 :純一:2006/05/24(水) 23:28:16
>>309
なぜかね?

313 :純一:2006/05/24(水) 23:29:38
さて、それからどうしたものか、
哲学の業界にどっぷりと浸かってしまいましてね、
さっきの引用した文章のような、あんな感じのものを
多数読むようになったわけですな〜

314 :純一:2006/05/24(水) 23:33:02
これも当初のドグマを吸収する際の経験が生きていたからでしょうな

315 :純一:2006/05/24(水) 23:35:19
教義体系を丸々全部読み込むのは疲れるんですが、
そういう経験が哲学書を読み込む段階へのキーとなったわけですな

316 :純一:2006/05/24(水) 23:36:29
さて、

317 :純一:2006/05/24(水) 23:37:11
暇になったな〜

318 :純一:2006/05/24(水) 23:39:12
ちょっと、外出てくるか

319 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 23:42:44
裸で出るなよ?

320 :純一:2006/05/24(水) 23:43:15
一ついい忘れていた。

321 :純一:2006/05/24(水) 23:46:38
>>320
何かね?


322 :ContextSurfer:2006/05/24(水) 23:47:10
>>312
純一さん、あなたはずるいんだよ。
ぴかぁ〜さんだって、つまりボクだって、ボクだって本当はぼろぼろなんだ。
ボクだって、ボクだってぼろぼろなんだ。

323 :純一:2006/05/24(水) 23:47:28
また、偽者の登場かね?

324 :純一:2006/05/24(水) 23:48:09
>>319
私は露出狂かね?

325 :純一:2006/05/24(水) 23:49:47
>>322
いや、ずるいって言われても、
あんたもぴかぁ〜って名前を隠して発言してんだから、
同罪でしょうよ

326 :純一:2006/05/24(水) 23:52:25
ちょっくら、出てくる
しばし、待たれよ

327 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 23:58:41
>>322が偽物の件

328 :純一:2006/05/25(木) 00:00:59
>>327
わかってるよ

329 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 00:16:16
純一?

330 :322:2006/05/25(木) 00:16:28
>>327が本物の件

331 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:21:00
■「チョ悪」ななぜモテるのか 

@ネタ>マジの優位

ネタとマジは、発言と真摯の距離感です。たとえば「僕は天才だ!」といったときに、それが真意である
とき=真意と発言の距離が0のときにはマジです。それが冗談であったり、アイロニーであるように、真
意と発言に距離がある場合、それはネタです。これは、専門的にはコンスタティブ、パフォーマティブの
差として考えられます。

この真意と発言の距離は、宮台がいうように「俯瞰的」=高低差です。すなわち高いところから、全体と
見るという距離です。たとえばサッカーの中田のキラーパスの凄いところは目の前の相手と対戦しなが
ら、まるで上空からフィールド全体をながめて把握しているように、もっとも適切な場所にパスを出すとこ
ろだ、いわれいます。

ネタとはこのような「俯瞰的」な「メタ位置」によって可能になります。すなわち場の空気を読めているとい
うことです。このように、コミュニケーション場の全体を俯瞰してみることは、駆け引きにおいてより適切
な判断を下せます。

たとえば部下と上司の縦の関係とは、上司が部下の知らない重要な情報を知っている、それによってよ
り俯瞰した位置から全体を見渡し、部下たちに指示を与えることができる、という関係にあります。メタ
位置とはそのような情報をもつ優位な立場を示しています。

332 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:21:54
Aネット(2ちゃんねる)がネタ>マジを社会に広めた

社会的にはむしろマジの方が正しい姿勢ではないでしょうか。マジの方が裏がなくて信用できる、誠実
であるなどなど、価値が持たれることは多々あります。ネタがマジよりも良いというような価値は、「ネタ
にマジレスかっこ悪い」というように、特にネットにおいて重要視されているのではないでしょうか。

たとえば友達に「僕は天才だ」という言われたときに、その場の状況、その友達の性格など知ってます
から、「僕は天才だ」の真意がその場のネタだとわかります。しかしネットでは、いきなり、匿名の誰かが
「僕は天才だ」と書き込まれたときに、その真意をわかりかねます。ネットはこのような真意の誤解に溢
れています。相手にわかってもらおうマジに言うほど伝わらない。それは相手への過剰な攻撃性へ、そ
して炎上へという問題(炎上)が多発しています。だからもはやマジになりすぎないことが、ネットの儀礼
であるともいえます。「ネタにマジレスかっこ悪い」とは、相手にわかってもらおうマジなる人への「クール
ダウンしろ」という衝突回避のための警告です。

最近の、ネット上の「空気嫁!」発言も、同様な意味があります。「空気を読め」とは、「そう熱くならずに
俯瞰してみろ。」ということです。

333 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:22:41
Bしべり場なぜ気持ち悪いのか

ネタな姿勢は、他者との距離を保ち続けること、本当の心を晒さないことですから、とても孤独なスタン
スでもあります。だからどうしても誰かとマジに腹を割って話したいという思いがわくでしょう。しゃべり場
とは、そのようなスタンスで、十代なんだから腹をわってマジにかたろうぜ!ということです。

しゃべり場をみて思うのは、思春期というのは、もっとも「正論」をマジに言える年代なんだと思う。ボ
クはこのような時期を「思春期セカイ系」と読んだ。

>>
2ちゃんねる哲学板にいると、自分の不安を世界の不完全さと短絡させ、「世界が間違ってるから、
悪いから、正しいボクは苦しくなる」的な言説の人が多々来る。思春期という、経験よりも知識(理
想)が多いアンバランスな時期に、「なんで大人はこんなこと簡単なことがわからないのだ!」的なあ
る種の全能感をともなってあらわれやすい。特に、引きこもり系の人に多いように思う。ボクはこれを
「思春期セカイ系」と呼んでいる。

「なぜ「思春期セカイ系」なのか。」ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050727
<<

334 :純一:2006/05/25(木) 00:23:19
帰ってきたよ、
また、偽者かい?

335 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:23:30
たとえば特に女子に顕著ですが、間違ったもの、不潔なもの、曲がったことなどを過剰に嫌悪しま
す。それは、社会という実践に出る前で、よく練られた社会モデルを教えられ、社会がモデルのよう
に割り切れると信じている段階であるということがあるでしょう。さらに思春期とは、生物学的には親
という古い秩序を反発するようにプログラムされた時期です。それによって、種は古い価値から新陳
代謝し、生き残っていくのです。

だから思春期のマジは、社会に出た者には正論である故に、青臭く、耳が痛く、ある意味で不快なも
のなのでしょう。しかしあれがマジかは疑問です。なんといってテレビで放送されるわけですから、
自分がテレビでどのように映されるかという俯瞰がないとは思えませんから。しかしまあ十代なんだし、
気にせずしゃべろうぜ!ということです。

336 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:24:10
Cアイロニーは無意識的で反射的に作動する

今日も別件で言われたのが、最近の若者はそんなにアイロニカルに思考していない、ということです。
複雑さによりますが、人間がその場の状況を把握するには0.数秒程度だと言われています。アイロ
ニーとは、将棋の対戦のように、意識的に相手の真意を深読みするようにとらえられますが、もっと無
意識で反射的な行為なのです。

たとえば友達同士ではよく、言葉遊びのように真意をズラして、漫才のように冗談(ネタ)のキャッチボー
ルをします。ここでの会話は反射的ですが、言葉と真意に距離がある、アイロニーが働いています。た
とえば「アイーン!」に子供が笑うのは、子供でさえ、はじめて「アイーン」という滑稽さをみて笑うのでは
なく、それが笑うものだという反復があるから笑うのです。そこには無意識にアイロニーが働いているの
です。

そのような意味で言えば、「マジ」などとというもは存在しません。どこまでもアイロニカルな「マジ」な
ポーズでしかありません。

337 :純一:2006/05/25(木) 00:24:24
>>333
>Bしべり場なぜ気持ち悪いのか

こういう誤字を読むと、
ぴかぁ〜にしか思えないんだが

338 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:24:51
Dオタクという人間くさい人々

同じような意味で、オタクは動物化(アイロニーの消失し直接的快感へ向かう傾向)しているいう議論が
あります。しかしボクは、こんなに豊かで、おもそろく、複雑な作品を創造する、享受するオタクが動物化
しているというのは、信じがたいです。どうみてもオタクは「動物化」しているというよりも、豊かで、人間く
さい人々だと思います。そして「アイロニーは無意識的、反射的に働く」という意味で、オタクの趣向への
判断が反射的であるからといって、アイロニーが消失し動物化しているということには、なりません。

オタクはキモい、クラい、モテないなどと、社会で否定的に語られます。そしてオタクは理解しています。
その抑圧(恥ずかしさ)がむしろ力の源泉となっているのではないでしょうか。いつの時代も活力の本質
は抑圧への抵抗です。オタクの中で「動物化」という言葉が流通したのは、自分自身をもてあます「動物
化したい欲望」の強さからではないでしょうか、というのがボクが説です。

339 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:25:41
E「チョ悪」ななぜモテるのか 

現代は価値観が多様化した時代です。そのような中で、マジに体当たりすると、多くにおいて失敗しま
す。だから引いた姿勢で、回りの状況を確認し対応する。さらには次の瞬間には価値観が変化している
かもしれない。その場合には引いた姿勢でいることで、速やかに退却し、新たな価値に対応できます。
なにか武道の構えのようですね。(笑)

たとえば恋人と高級フレンチ店にいって、一つ一つの行為ににあたふたするよりも、全体の流れをわ
かって、余裕を見せいている男が頼りがいがあり、かっこいいです。特に女性は(生きていくために)人
間関係に敏感で、俯瞰的な目線を持っていますので、様々な行為に対して、それよりも高い位置からの
広い視野=メタ視線を持つことが包容力がある、頼りがいがあるということです。

それ以外にも、メタ的であることは、影がある、理解できないミステリアスということであり、男性にはわ
からない?女性を引きつける魅力となるようです。はやりの「チョイ悪」ですね。(笑)

しかし実社会では価値観が多様化した時代だからこそ、逆に空気を読みすぎると決断できないというこ
とがあります。だから最近ではむしろネタであろうとすることが、空気を読みすぎて、優柔不断でダメで、
むしろ馬鹿であることが、マジな天然の方がよい面があります。

そのような意味で「チョイ悪」とは、単にネタであってはいけないのです。メタメタであることはどこかで破
綻します。そのためのどこかでマジである必要があります。

340 :純一:2006/05/25(木) 00:27:01
>>333
>Bしべり場なぜ気持ち悪いのか

しかも、よく読むと、
しゃべり→しべり以外にも、
しゃべり場「は」なぜ気持ち悪いのか
の接続詞が抜けているな

341 :純一:2006/05/25(木) 00:28:58
しかし、もっとシンプルに書けないかね?
これから一個一個批判していきましょう。

342 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:33:17
お手並み拝見といきしょう

343 :純一:2006/05/25(木) 00:34:47
>>342
さっきから気になってんだけど、
君は中身別の人かね?

344 :純一:2006/05/25(木) 00:35:35
>>322書いた人だよね?

345 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 00:36:14
別人格

346 :純一:2006/05/25(木) 00:37:32
別人格か

347 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 00:38:03
そのような意味で「チョイ悪」とは、単にネタであってはいけないのです。メタメタであることはどこかで破
綻します。そのためのどこかで必要があります。「存在しない」マジへと跳躍する必要があります。
たとえばオタクがもてないのは、空気が読めないのでなく、空気を読もうとしすぎて、読めないのであって、
どこかで、開き直り「存在しない」マジへと跳躍する「決断」が欠如しているのかもしれません。
多くにおいてアニメにおいて、オタクが決断をする女性に惹かれるのは、そのためではないでしょうか。

348 :純一:2006/05/25(木) 00:38:16
>>331
>ネタとマジは、発言と真摯の距離感です。たとえば「僕は天才だ!」といったときに、それが真意である
>とき=真意と発言の距離が0のときにはマジです。それが冗談であったり、アイロニーであるように、真
>意と発言に距離がある場合、それはネタです。これは、専門的にはコンスタティブ、パフォーマティブの
>差として考えられます。

まず、これからいこうかね。




349 :純一:2006/05/25(木) 00:39:14
やっぱ>>347から行こうか。

350 :純一:2006/05/25(木) 00:40:10
じゃあ、まず、参考資料に私のブログ出して、

351 :純一:2006/05/25(木) 00:41:42
URLはわかるかな?
http://d.hatena.ne.jp/hirask/

352 :純一:2006/05/25(木) 00:44:13
で、光市母子殺害事件を出してね

353 :純一:2006/05/25(木) 00:45:28
ちなみに五月七日のエントリーですよ

354 :純一:2006/05/25(木) 00:46:47
で、そこに加害者の手紙がありますよね、
これはややもすると、世に出なかったかもしれない手紙ですがね

355 :純一:2006/05/25(木) 00:49:18
で、

>知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。
>本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。
>だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。
>ヤクザはツラで逃げ、 馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、
>私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君。

>選ばれし人間は、人類のため、社会のため悪さができる。
>裁判官、サツ(警察)、弁護士、検事。私を裁けるものはこの世におらず。


356 :純一:2006/05/25(木) 00:50:29
即ち、私が何を言いたいか分かりますか?

357 :純一:2006/05/25(木) 00:56:08
誰も答えないな

358 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 00:59:20
今日は、(昨日から)一種の祭と解釈して良い?

359 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:00:26
まるっきりわかりません

360 :純一:2006/05/25(木) 01:00:28
>>358
それは一種の煽りなのかね?

361 :純一:2006/05/25(木) 01:01:52
祭、とはどういう意味なのかね?
確かに、報復的な意味はあるが、
それを彼は愛として脳内変換しているらしいが

362 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/25(木) 01:02:11
野次馬、乙。

363 :純一:2006/05/25(木) 01:03:25
>まるっきりわかりません

んー、では、
この加害者の言っていることは
正しいと判定して良いものだろうか?

364 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:03:27
心の友ぴかぁとの二人祭り(w

365 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:03:35
いいから論を進めてくれよ。

366 :純一:2006/05/25(木) 01:04:43
>心の友ぴかぁとの二人祭り(w

んー、ロウシも居るような・・・

367 :純一:2006/05/25(木) 01:06:02
>>365
>いいから論を進めてくれよ。

んー、つまりですねー、
彼が愛と解釈しているなら、
そんなに怒らないんじゃないかとねー

368 :純一:2006/05/25(木) 01:07:12
ところで、アイロニーって言えば、
どの哲学者を思い浮かべますか?

369 :純一:2006/05/25(木) 01:08:02
あー、皆さん、
論を進めたくば、>>363に答えてくださいね

370 :純一:2006/05/25(木) 01:10:11
某スレを見たら、
処刑ライダーが人間失格の改造文書いてた

371 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:11:14
じゃいいや もうイラネ

372 :純一:2006/05/25(木) 01:12:15
>>371
>じゃいいや もうイラネ

あー、つまりですねー、
そういうだろうと思って、保留にしておいたわけです

373 :純一:2006/05/25(木) 01:14:39
答えられる人が居ませんねー

374 :純一:2006/05/25(木) 01:17:11
じゃ、宿題にしとこうか

375 :純一:2006/05/25(木) 01:19:39
さて、

376 :純一:2006/05/25(木) 01:20:23
簡単な問題にも答えられない皆さんに
唖然としながらも寝るとしましょうかね

377 :純一:2006/05/25(木) 01:21:04
では、

378 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:21:27
おやすみ

379 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:31:27
ハッタリ純一。ぴかぁのテキストに反論するんではなかったのか?
宣言したのに勿体振ったあげく責任転嫁して退散か?極楽とんぼだな。
結局、君はまともに反駁できないことだけは良くわかった。
穴の中の狐でいなさい。

380 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:33:39
ぴかぁ〜が盛り上がっている寂しくなって邪魔する。
それだけのヤツ。

381 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:35:43
不思議なのは純一がくるとどこからともなく突然相手するやつが
湧き出でてくるけどあれって純一の自演?

382 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:37:15
>>378-379だな。自演だよ。


383 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:39:37
■「チョ悪」ななぜモテるのか 

@ネタ>マジの高低差

ネタとマジは、発言と真摯の距離感です。たとえば「僕は天才だ!」といったときに、それが真意であ
るとき=真意と発言の距離が0のときにはマジです。それが冗談であったり、アイロニーであるよう
に、真意と発言に距離がある場合、それはネタです。これは、専門的にはコンスタティブ、パフォーマ
ティブの差として考えられます。

この真意と発言の距離は、高低差です。すなわち高いところから、全体と見るという距離です。たと
えばサッカーの中田のキラーパスの凄いところは目の前の相手と対戦しながら、まるで上空から
フィールド全体をながめて把握しているように、もっとも適切な場所にパスを出すところだ、いわれいます。

ネタとはこのような「俯瞰的」な「メタ位置」によって可能になります。すなわち場の空気を読めている
ということです。このように、コミュニケーション場の全体を俯瞰してみることは、駆け引きにおいてよ
り適切な判断を下せます。

たとえば部下と上司の縦の関係とは、上司が部下の知らない重要な情報を知っている、それによっ
てより俯瞰した位置から全体を見渡し、部下たちに指示を与えることができる、という関係にありま
す。メタ位置とはそのような情報をもつ優位な立場を示しています。

384 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:40:36
Aネット(2ちゃんねる)がネタ>マジを社会に広めた

社会的にはむしろマジの方が正しい姿勢ではないでしょうか。マジの方が裏がなくて信用できる、誠
実であるなどなど、価値が持たれることは多々あります。社会的なマジからネタへの価値の変化
は、たとえば、北田暁大「嗤う日本の「ナショナリズム」に示されています。

>>
@60年代〜70年代前半 自己否定から総括へ 連合赤軍
世界と自己、主体との関係を再帰的に問う、という近代人であることの要件を、極限まで突き詰めた
連合赤軍の「総括」

A70年代なかば〜80年代初頭 消費社会アイロニズム=(60年代への)抵抗としての無反省 コ
ピーライターの思想
性急な反省を迫る思想主義と距離を置き、「無反省」という反省へ向かう。そしてメディア論的、消費
社会論的なリアルの捕捉を試みる。消費社会的なリアリティと密接にかかわったアイロニズム

B80年代 消費社会シニシズム=無反省 なんとなくクリスタル、元気が出るテレビ、オレたちひょ
うきん族
消費社会的な行動様式が大衆化する中で、60年代への抵抗が抜け落ち、「無反省」となる。アイロ
ニカルであることから、消費社会的シニシズムへ

C90年代〜2000年代 ロマン主義的シニシズム 2ちゃんねる
第三項(「マスコミ」、「資本」といったギョーカイ)の存在感が限りなく希薄化した行為空間において、
「繋がり」の社会性の上昇によって、アイロニカル・ゲームは80年代よりも過酷になる。そして過剰な
複雑性に対応するためにロマン的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)が導入される。アイロ
ニカルでありながら、実在主義的ともロマン主義的とも形容できるような奇妙なポジショニング(シニ
カルな態度をとりつつベタな感動を指向するポジショニング)が成立する。
ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050306#p1
<<

385 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:48:45
これでいくと、マジからネタへの遷移は、@→Aの70年代にあるようです。さらにはCにあるように、
ネタがマジよりも良いというような価値は、「ネタにマジレスかっこ悪い」というように、特にネット(2
ちゃんねる)において重要視されているのではないでしょうか。

たとえば友達に「僕は天才だ」という言われたときに、その場の状況、その友達の性格など知ってますから、
「僕は天才だ」の真意がその場のネタだとわかります。しかしネットでは、いきなり、匿名の
誰かが「僕は天才だ」と書き込まれたときに、その真意をわかりかねます。ネットはこのような真意の誤解に
溢れています。相手にわかってもらおうマジに言うほど伝わらない。それは相手への過剰な
攻撃性へ、そして炎上へという問題(炎上)が多発しています。だからもはやマジになりすぎないこと
が、ネットの儀礼であるともいえます。「ネタにマジレスかっこ悪い」とは、相手にわかってもらおうマ
ジなる人への「クールダウンしろ」という衝突回避のための警告です。

最近の、ネット上の「空気嫁!」発言も、同様な意味があります。「空気を読め」とは、「そう熱くならず
に俯瞰してみろ。」ということです。

386 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:49:26
Bしべり場なぜ気持ち悪いのか

世代論とともに、年代論もあるでしょう。若者は、そう簡単にメタになれません。ネタな姿勢は、他者
との距離を保ち続けること、本当の心を晒さないことですから、とても孤独なスタンスでもあります。
だからどうしても誰かとマジに腹を割って話したいという思いがわくでしょう。

たとえば、しゃべり場をみて思うのは、思春期というのは、もっとも「正論」をマジに言える年代なんだ
と思います。ボクはこのような時期を「思春期セカイ系」と呼びました。

>>
2ちゃんねる哲学板にいると、自分の不安を世界の不完全さと短絡させ、「世界が間違ってるから、
悪いから、正しいボクは苦しくなる」的な言説の人が多々来る。思春期という、経験よりも知識(理
想)が多いアンバランスな時期に、「なんで大人はこんなこと簡単なことがわからないのだ!」的なあ
る種の全能感をともなってあらわれやすい。特に、引きこもり系の人に多いように思う。ボクはこれを
「思春期セカイ系」と呼んでいる。

「なぜ「思春期セカイ系」なのか。」ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050727
<<

387 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:50:11
たとえば特に女子に顕著ですが、間違ったもの、不潔なもの、曲がったことなどを過剰に嫌悪しま
す。それは、社会という実践に出る前で、よく練られた社会モデルを教えられ、社会がモデルのよう
に割り切れると信じている段階であるということがあるでしょう。さらに思春期とは、生物学的には親
という古い秩序を反発するようにプログラムされた時期です。それによって、種は古い価値から新陳
代謝し、生き残っていくのです。

だから思春期のマジは、社会に出た者には正論である故に、青臭く、耳が痛く、ある意味で不快なも
のなのでしょう。しかしあれがマジかは疑問です。なんといってテレビで放送されるわけですから、自
分がテレビでどのように映されるかという俯瞰がないとは思えませんから。

388 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:50:46
Cアイロニーは無意識的で反射的に作動する

このようなアイロニーの議論で良く言われるのは、最近の若者はそんなにアイロニカルに思考してい
ない、ということです。しかし複雑さによりますが、人間がその場の状況を把握するには0.数秒程度
だと言われています。アイロニーとは、将棋の対戦のように、意識的に相手の真意を深読みするよう
にとらえられますが、もっと無意識で反射的な行為なのです。

たとえば友達同士ではよく、言葉遊びのように真意をズラして、漫才のように冗談(ネタ)のキャッチ
ボールをします。ここでの会話は反射的ですが、言葉と真意に距離がある、アイロニーが働いてい
ます。たとえば「アイーン!」に子供が笑うのは、子供でさえ、はじめて「アイーン」という滑稽さをみ
て笑うのではなく、それが笑うものだという反復があるから笑うのです。そこには無意識にアイロニー
が働いているのです。

そのような意味で言えば、「マジ」などとというもは存在しません。どこまでもアイロニカルな「マジ」な
ポーズでしかありません。

389 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:51:05
>>382
おいちょっと待ってくれ。俺は379だが一緒にしないでくれ。

390 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:51:20
Dオタクという人間くさい人々

同じような意味で、オタクは動物化(アイロニーの消失し直接的快感へ向かう傾向)しているいう議
論があります。しかしボクは、こんなに豊かで、おもそろく、複雑な作品を創造する、享受するオタク
が動物化しているというのは、信じがたいです。どうみてもオタクは「動物化」しているというよりも、
豊かで、人間くさい人々だと思います。そして「アイロニーは無意識的、反射的に働く」という意味で、
オタクの趣向への判断が反射的であるからといって、アイロニーが消失し動物化しているということ
には、なりません。

オタクはキモい、クラい、モテないなどと、社会で否定的に語られます。そしてオタクは理解していま
す。その抑圧(恥ずかしさ)がむしろ力の源泉となっているのではないでしょうか。いつの時代も活力
の本質は抑圧への抵抗です。オタクの中で「動物化」という言葉が流通したのは、自分自身をもてあ
ます「動物化したい欲望」の強さからではないでしょうか、というのがボクが説です。

391 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:51:58
E「チョ悪」ななぜモテるのか 

現代は価値観が多様化した時代です。そのような中で、マジに体当たりすると、多くにおいて失敗し
ます。だから引いた姿勢で、回りの状況を確認し対応する。さらには次の瞬間には価値観が変化し
ているかもしれない。その場合には引いた姿勢でいることで、速やかに退却し、新たな価値に対応
できます。なにか武道の隙のない構えのようですね。(笑)

たとえば恋人と高級フレンチ店にいって、一つ一つの行為ににあたふたするよりも、全体の流れを
わかって、余裕を見せいている男が頼りがいがあり、かっこいいです。特に女性は(生きていくため
に)人間関係に敏感で、俯瞰的な目線を持っていますので、様々な行為に対して、それよりも高い位
置からの広い視野=メタ視線を持つことが包容力がある、頼りがいがあるということです。

それ以外にも、メタ的であることは、影がある、理解できないミステリアスということであり、男性には
わからない?女性を引きつける魅力となるようです。はやりの「チョイ悪」ですね。(笑)

392 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 01:52:33
しかし実社会では価値観が多様化した時代だからこそ、逆に空気を読みすぎると決断できないとい
うことがあります。だから最近ではむしろネタであろうとすることが、空気を読みすぎて、優柔不断で
ダメで、むしろ馬鹿であることが、マジな天然の方がよい面があります。

そのような意味で「チョイ悪」とは、単にネタであってはいけないのです。メタメタであることはどこか
で破綻します。そのためのどこかで必要があります。「存在しない」マジへと跳躍する必要があります。

たとえばオタクがもてないのは、空気が読めないのでなく、空気を読もうとしすぎて、読めないので
あって、どこかで、開き直り「存在しない」マジへと跳躍する「決断」が欠如しているのかもしれませ
ん。 多くにおいてアニメにおいて、オタクが決断をする女性に惹かれるのは、そのためではないで
しょうか。

393 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:53:55
>>389
相手している時点で同じだろ。死ね。

394 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:57:47
うむ。動物化も比喩だが、オタクは動物の中でも、ペンギン化しとるのだよ。

395 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:59:08
ていうか、「しべり場」直せw

396 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 01:59:55
>>393
バカかお前は。
批判して何がわるい。
なんでお前にそんなこといわれなければならない。
おかしいんじゃないのか?

397 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:01:43
>>337>>340>>341>>349>>350>>351>>356
これ中の人誰だよ?
禿ワロタ

398 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:03:29
ときどき出てくる「純一」は面白くて良い

あと、リーマンの中の人はロウシじゃないしスネ夫でもないからな
パンピーだパンピー。

399 :純一:2006/05/25(木) 02:05:47
>>397
全ぶ私だよ?

400 :純一:2006/05/25(木) 02:07:06
>>398
>あと、リーマンの中の人はロウシじゃないしスネ夫でもないからな
>パンピーだパンピー。

いや〜、ロウシでしょう
あの性格の悪さは

401 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:07:24
>>398
純一は毎日板にはいるがこのスレにこないといけないんだろ。
純一スレにいこうとは思わない。病んでるなオマエ。

402 :純一:2006/05/25(木) 02:08:10
>>396
>>393はぴかぁ〜でしょう

403 :純一:2006/05/25(木) 02:09:45
>>401
文がよくわからないがね、
きたきゃ来たまえ、来なくても自由やし


404 :純一:2006/05/25(木) 02:11:24
あと、>>379ですが、
>>369で宣言したとおりなんで・・・

405 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:11:51
>>403
調子のんなよ。殺すぞ!

406 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:12:35
>>379
>ハッタリ純一。ぴかぁのテキストに反論するんではなかったのか?



>>369
>あー、皆さん、
>論を進めたくば、>>363に答えてくださいね

407 :純一:2006/05/25(木) 02:13:18
あら、名前が消えてるが、
>>406は私です

408 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:13:50
純一、おまえ家どこや。いったら!


409 :純一:2006/05/25(木) 02:15:33
>>405
あー、つまりですな、
私は毎日、この板に居て、
このスレに来ないといけない義務があると仰るわけですな?
別に義務は無いんですが、スレを削除されたばっかなんで、
仕方なく報復にきているんですよ、即ち、消されなきゃこなくて良い

410 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:15:46
どこいったらあえんね!顔かせや。

411 :純一:2006/05/25(木) 02:17:09
>>408
>>406が滞ったので、論が展開できないだけです

412 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:17:12
どうでもええやろ。顔かせや。
ごちゃごちゃいわんとそれでええんとちゃんか。
どこいったらあえるんかいえや!

413 :純一:2006/05/25(木) 02:18:18
>>412
地元に来れば、純一は居ますがね、
というか、この前そっちまで行きましたが

414 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:19:06
おまえの顔面おもっきりしばきたおすからな!
とにかく待ち合わせかいとけ。いくから。
ネットとかもうええわ。


415 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:19:40
純一スレってどれよ?
ブログはもういいよ

416 :純一:2006/05/25(木) 02:20:17
>>414
ということは、こっちまで来るということか?

417 :純一:2006/05/25(木) 02:21:10
>>415
スレタイに純一って入ってるスレ

418 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:23:32
なんなんだ、この殺伐とした雰囲気は…

419 :純一:2006/05/25(木) 02:23:44
ちなみに、純一スレは五つ程ありましたが、
ぴかぁ〜によって四つ程削除されましたがね

420 :純一:2006/05/25(木) 02:24:26
>>418
いつものことですよ

421 :純一:2006/05/25(木) 02:26:10
ちなみにギャラリーの方には見えないかもしれませんが、
実際に争っているのは、私、純一と名無しぴかぁ〜、名無しロウシ、
その他以上3人の策略を賭けた捨てハンで争っている、というのが
毎回の基本図式です、数が多そうに見えますが登場人物は意外にも
少ないのです

422 :純一:2006/05/25(木) 02:28:12
たまには、本物の名無しも居ますがね

423 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:31:47
ぴかぁより荒らしの純一の方が愛される。これがこの板の現実かな。

424 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:32:10
なんのために何を争うの?
いさかいの原因はなに?策略って?
結構ROMってるけどわからないよ。

425 :純一:2006/05/25(木) 02:33:01
>>423
んー、それは単純じゃないでしょうかね?
私が荒らしであると言ってるわけですが、
私はせいぜいこのスレしか荒らしてませんよ

426 :純一:2006/05/25(木) 02:34:42
>>424
私、ミスターXってよく言うじゃないですか?
あれってロウシの中の人を便宜的に指しているわけなんですよ、
だから私がラリってミスターXとか言うてるわけではないんですわ

427 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:35:04
スレ荒らしで10人以上の良コテを抹殺してきてるからね。

428 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:35:44
私のために、争わないで、もうこれ以上

429 :純一:2006/05/25(木) 02:37:03
で、なんでロウシって言わないかというと、
コロコロとコテを変えるので、一呼称だけでは
間に合わないんですよね、逆に私はあえて一呼称しか
使ってないので、ギャラリーの皆さんにも同一性が保ち易い
という理由で、私が何か1人芝居をやっているように
見えてしまう、という仕組みなんでしょうね、

430 :純一:2006/05/25(木) 02:38:47
>>427
良コテっていうのを逐一覚えてられるのは、
君がその10人以上を自演してたからだと思うのだがね?

431 :純一:2006/05/25(木) 02:39:41
>>428
誰だい?

432 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:39:59
238 :純一 :2006/05/24(水) 21:38:42

登場から糞スレで200レスつぶしか。すげえな。


433 :純一:2006/05/25(木) 02:41:41
そーだなぁ、例を挙げるとだねー、
beingとmarginalって明らかに同一人物でしょ?
中身は一緒なわけ、で、その中身がミスターX

434 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:41:57
いやそのまえにぴかぁとかロウシっていう人が、何か悪いことしたの?過去に

435 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:42:44
※04年5月
279 :GRIZZLY ★ :04/05/01 18:14
ipad*okayamaima.okayama.ocn.ne.jp を全サーバで規制。
無意味な文字列を連続投稿(連続コピペ)
による2ちゃんねるに対する迷惑行為。

※04年12月
33 :ロック鳥 ★ :04/12/28 22:51:42 ID:???
○規制
 ipgw.phs.yoyogi.mopera.ne.jp 規制
○荒らしの内容と特徴
 無意味な文字列のコピペ・連続投稿
26 :田吾作 ★ :04/12/28 22:12:54 ID:???
じゆん ◇bYRNL78mlE<>sage<>04/12/26 18:08:33 F0hXBiZo<>       ;;;;;;;:::::::::<><>
t507086.ipgw.phs.yoyogi.mopera.ne.jp<>220.159.7.86<>

※05年12月
203 :軍艦焼 ★ :2005/12/19(月) 02:32:19
ipad\d+okayamaima.okayama.ocn.ne.jp を全サーバで規制。
無意味な文字列を連続投稿(連続コピペ)による2ちゃんねるに対する迷惑行為。
★051216 哲学板 通称「純一」報告スレ
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1134698608/159 (まとめ)
純一 ◆Fn0dptrDJw <>age<>2005/12/17(土) 00:16:33 M9txXAUV<><a href="../test/read.cgi/phil<><>
p3191-ipad12okayamaima.okayama.ocn.ne.jp<>220.105.76.191<><>Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0;
Windows NT 5.1; SV1)

436 :純一:2006/05/25(木) 02:42:44
>>432
そんなレスは無い

437 :純一:2006/05/25(木) 02:44:15
>>434
そーだね、悪いことしなけりゃ、
こんなことする必要もないしね

438 :純一:2006/05/25(木) 02:45:54
だから、私もロウシみたいにコロコロ捨てハン使ったら、
動き易いんだけど、あえてギャラリーに分かりやすくしてますよ

439 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:50:05
とうとう立ちましたね。


1 :名無しの報告 :2006/05/25(木) 02:33:28 ID:0/8DDlP+0
哲学板(http://academy4.2ch.net/philo/)で、スレの趣旨に無関係な
書き込みの連投によってスレ潰しをしている、通称「純一」の報告スレです。

■ 特徴
・名前:純一
・短時間内の連投 1レス/2-3分
・基本的にageで投稿
・スレの趣旨に無関係な1-3行程度の短いレス
・あるいは、スレの趣旨に無関係なコピペ

440 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:50:52
一体なにがあったんだ…


441 :純一:2006/05/25(木) 02:53:21
>>440
主に自治関係ですので、話すと長〜〜〜〜くなるので割愛します


442 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:54:18
本人は参加している気なのだから冷たいこと言うなよな。

443 :純一:2006/05/25(木) 02:55:18
>>442
私かね?

444 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 03:20:03
ブログ書いてしばらくおとなしくしてたがやっぱりまいもどってきたか
ダメなやつはなにをやってもダメだな

445 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 10:53:00
おっ移転終了してる

446 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 11:08:05
真面目
●空気読む
おとなし真面目…きちんと空気を読もうとする姿勢

くそ真面目…その場の空気を読むがあえて規範、信念を重視する

不真面目
●空気読めない
天然真面目…その場の空気を読めず規範、信念を言い立てる

●空気読む
真面目な不真面目…その場の空気を読むがあえて空気、規範、信念を破る

●空気読めない
キレ系天然不真面目…その場の空気を読めず、規範を破る


447 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 11:57:20
「空気を読め」と釘をさすのは、場を仕切りたがる輩にかぎられる。
会話や議論があらぬ方向に流れるのを、この種の人物は極度にいやがる。
自分の手の内でコミュニケーションしたいだけなのである。
別の言葉に言い直せば、この「空気を読め」との言い方が、いかに下品
かわかるだろう。要するに、「俺の顔色を読め」と言いたいのである。
「空気を読め」との言葉の裏には、だからその人間の“権力志向”がスケ
てみえる。「余計なことは喋るな」というわけだ。空気云々は、この国
では典型的な“政治言語”なのである。


448 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 12:26:31
空気を読め、が権力指向なのは確かです。
空気を読め→おまえ空気が読めてない→オレは読めている→オレはおまえよりメタ位置(高い位置)にいておまえを見下してる

しかしだからなんだというんでしょ。青臭いみんな仲良しとでもいうでしょうか
空気を読んでください

449 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 12:42:42
空気嫁シート

読む努力 あり/なし
読めてる あり/なし
従う あり/なし

450 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/25(木) 12:48:29
なるほど、ぴか哲学の終着点は心理学ということですね。もちろん精神分析では
なくて。そろそろ哲学から移転でしょうか。

451 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 12:50:24
努力あり、したがう
生真面目型
努力あり、したがない
ひねくれ型
努力なし、したがう
天然型
努力なし、したがない わがまま型


452 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/25(木) 12:52:05
こんな感じの方向へ進もうとしていらっしゃるわけでしょうか。

ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/441303533X/250-0489693-2282609


453 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/25(木) 12:54:09
↑の本、青春出版社ですね。

ビッグトゥモロー系ということですね(笑)


454 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 13:06:28
まあここいらの空気なんかいまさらどーでもいいんだが、
気になるのはぴかのハンネのセンスだ。
4〜5年見てるがことごとく地獄のように「ダサい」
これは「敷居の低さ」をねらったマーケティングみたいなものだろうか?
それとも本当にヒキコでそこら辺の「外の空気」が読めてないだけなのだろうか?

つまり、やはり空気は階層をなし、それに政治・権力をのみ見るのは
すでに限定された階層に縛られ、鳥瞰的視点を失っている、と言えるのだろうか?

455 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 13:31:08
どっきりで芸能人に突然知らない業界人が「ひさしぶり」とはなしかけてくるとどうする、というのがあった。
話し掛けられることで人はある文脈の中である立場にピン留めされる。
芸能人は疑いながらも話をあわせようとする。しかし相手がだれかわからず、
どう振る舞うべきか文脈が読めず、立場が宙吊りにされる。そのあたふたがおもしろいというドッキリであるが
だれもが日常でこのような宙吊りを味わっていることが前提である。
空気=文脈とはこの次元、すなわち日常そのものとして理解されなければならない。

456 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 13:34:43
この深度と速度、すなわち無意識的、反射的

457 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 14:01:35
オマイらカキコしてる場合じゃないぞ!
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060522-00000031-jij-biz


458 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 14:50:17
この突発的落石は文脈無視の発言投下ですが、いやに興味をひきますなあ


459 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 15:58:31
どっきりで芸能人に突然知らない業界人が「ひさしぶり」とはなしかけてくるとどうする、というのが
あった。話し掛けられることで人はある文脈の中である立場にピン留めされる。芸能人は疑いながら
も話をあわせようとする。しかし相手がだれかわからず、どう振る舞うべきか文脈が読めず、立場が
宙吊りにされる。そのあたふたがおもしろいというドッキリであるが、だれもが日常でこのような宙吊
りを味わっていることが前提である。

空気=文脈とはこの次元、この深度と速度、すなわち無意識的、反射的、そして日常そのものとして
理解されなければならない。

そして、ここでの模範例の一つは、ある程度話をあわせ笑顔でありつつ、大変失礼ですがどちらさま
でしょうかと聞く。笑顔、冗談は空気をコントロール(誘導)するアイロニカルな所作であり、流されつ
つも、ただ流されるのでなく、空気を破る覚悟をもつ。乗りつつ破る。まさにコンテクストサーファーです。

460 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 15:59:11
マルクス曰く、商品の価値は空気読みできまる。

461 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/05/25(木) 16:47:37
>>460
> マルクス曰く、商品の価値は空気読みできまる。

ビッグトゥモローですね。

462 :純一:2006/05/25(木) 18:18:29
ふ〜

463 :純一:2006/05/25(木) 18:19:39
>>461
やあ、

464 :純一:2006/05/25(木) 18:20:22
いかがお過ごしかな?

465 :純一:2006/05/25(木) 18:21:43
>>454
>気になるのはぴかのハンネのセンスだ。
>4〜5年見てるがことごとく地獄のように「ダサい」

私もそう思ってたよ、
本当に狙ったかのようにアホなコテつけてるよね〜

466 :純一:2006/05/25(木) 18:22:43
ギャラリーの方は知らないかもしれませんが、
「ボン中村」とか「斉藤兄さん」とかね、
ウケを狙っているんだろうか?

467 :純一:2006/05/25(木) 18:23:40
>>454
>これは「敷居の低さ」をねらったマーケティングみたいなものだろうか?
>それとも本当にヒキコでそこら辺の「外の空気」が読めてないだけなのだろうか?

そこら辺はわかんが、考察してみましょう

468 :純一:2006/05/25(木) 18:24:16
なんかさ、

469 :純一:2006/05/25(木) 18:24:59
ぴかぁ〜の場合、ブログで使ってる画像もアホっぽいのが
多いね、天然なのか、わざとやってんのか知らないけどさ〜

470 :純一:2006/05/25(木) 18:26:12
>>466
>「ボン中村」とか「斉藤兄さん」とかね、
>ウケを狙っているんだろうか?

このボン中村辺りはたぶん、ウケ狙いなんだろうね、
斉藤兄さんとかも、センスを疑うが、ウケ狙いならば、
センスは正常なわけだ


471 :純一:2006/05/25(木) 18:26:47
あ〜、あとね、

472 :純一:2006/05/25(木) 18:27:23
ぴかぁ〜って世に言う、「松本信者」らしいよ?

473 :純一:2006/05/25(木) 18:28:31
ブログのセンス無い画像とか、
地獄のようなコテ命名とかは、松本人志に対するオマージュの
「つもり」なんでしょう

474 :純一:2006/05/25(木) 18:30:51
しかし、すると、
ぴかぁ〜が信奉している哲学者ってのは、
実際は松本人志なわけだね〜

475 :純一:2006/05/25(木) 18:31:37
>>474の考察って、
何気なく言ってみたけど、
冷静に考えると、あながち外れでもないね、


476 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/25(木) 18:32:29
野次馬、乙。

477 :純一:2006/05/25(木) 18:32:31
信奉している哲学者は、ラカンではなく、
松本人志ですと、そう言ったら、我々は、
あ〜、やっぱりそうか〜と納得できるしね

478 :純一:2006/05/25(木) 18:33:43
>>476
いや、野次馬って単体の生命を指さないと思うよ、
複数の生命、即ち、私が公開コテとかなら話は別だけどね

479 :純一:2006/05/25(木) 18:34:38
>>476
とろこで、君、キルケゴールスレに、
太宰治の改造文を書いてたけど、あれは何なんだい?
荒らし?

480 :純一:2006/05/25(木) 18:36:18
ちなみに、私は松本信者の特徴はさっぱりわからないので、
詳しい情報は皆さんの方が知っているでしょうから、
知っていることがあったら教えてもらいたいものですな〜

481 :純一:2006/05/25(木) 18:37:23
ひとまず、松本人志をウィキで調べてみたよ

>1990年代以降、お笑い界のみならず世間一般の「お笑い」
>そのものに対する考え方や価値観に大きな変革をもたらし、
>絶大な影響力を与え続けているお笑い芸人である。
>その攻撃的かつアーティスティックな笑いを作り出す姿勢に、
>同業の芸人にはもちろんのこと、ミュージシャンや俳優、
>作家など各界著名人にも多くの熱烈なファンを持つ、
>自他共に認める「天才芸人」である。

482 :純一:2006/05/25(木) 18:38:23
>>481
>同業の芸人にはもちろんのこと、ミュージシャンや俳優、
>作家など各界著名人にも多くの熱烈なファンを持つ、
>自他共に認める「天才芸人」である。

本当かね〜、哲学板の皆さんも、
自他共に認める「天才」なのかね?



483 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/25(木) 18:39:28
何人書き込んでる?

484 :純一:2006/05/25(木) 18:39:45
>>482
>本当かね〜、哲学板の皆さんも、
>自他共に認める「天才」なのかね?

って私が言うのだね、ダーティーな意味での
天才って意味では、下手な芸人よりも、哲学板住人の方が
より裏をかけるんじゃないか、って思うところがあるわけですよ

485 :純一:2006/05/25(木) 18:40:19
>>483
私1人だけど?

486 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/25(木) 18:41:09
スミスか?

487 :純一:2006/05/25(木) 18:41:43
たとえばさ〜、
松本人志が天才であろうとも、
彼が貨幣について、我々の認識を超えることは
まずありえないわけで、オチによって、貨幣をせいぜい
貨幣社会の効用よりに言及することでお茶を濁せるわけでしょ?

488 :純一:2006/05/25(木) 18:42:14
>>486
アダム?

489 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/25(木) 18:42:37
バカらしくなったんで、休憩。

490 :純一:2006/05/25(木) 18:43:48
ぴかぁ〜の認識ってのはさ、せいぜい哲学界の(?)
松本人志的位置を狙うっていう程度のもんじゃないかと
思うわけですよ、それで変てこなコテをつけたりとか、
お笑い方面での画像なりを意識したりしてんでしょう

491 :紗南:2006/05/25(木) 18:44:59
>>482
紗南も、ウィキペディアでレギュラーの松本さんについて調べてみました。

>小学校5年生から歯を磨いたことがない。
>しかし、虫歯がなく、口が臭くないらしい。

本当かな〜?

492 :純一:2006/05/25(木) 18:45:23
>>489
>バカらしくなったんで、休憩。

まあ、雑談ですしね、
でも、私の、

>ぴかぁ〜の認識ってのはさ、せいぜい哲学界の(?)
>松本人志的位置を狙うっていう程度のもんじゃないかと

っていう認識は、残念ながら大当たりだと思うよ、
ぴかぁ〜に限ってはね〜

493 :純一:2006/05/25(木) 18:45:53
>>491
ひさしぶり〜

494 :紗南:2006/05/25(木) 18:47:00
>>493
どぉも〜

495 :純一:2006/05/25(木) 18:47:21
>>491
>紗南も、ウィキペディアでレギュラーの松本さんについて調べてみました。

あっ、そうか、
ボケか、ボケたんだよね?

496 :純一:2006/05/25(木) 18:48:07
>>491
>紗南も、ウィキペディアでレギュラーの松本さんについて調べてみました。

レギュラーの松本君は康太だから、人志じゃないねんな〜

497 :純一:2006/05/25(木) 18:49:36
>>491
>小学校5年生から歯を磨いたことがない。
>しかし、虫歯がなく、口が臭くないらしい。

虫歯の菌ってのはね、最初から口内に居るわけでないんだよ、
感染して、そこから繁殖するわけで、稀に菌が感染しないままで
成長できれば、歯磨きをしなくても虫歯にならないわけだよ

498 :純一:2006/05/25(木) 18:51:32
>>491
>紗南も、ウィキペディアでレギュラーの松本さんについて調べてみました。

康太のほうの松本は、上唇が上がってるじゃないですか?
あれは元々ああだったわけではなくてですね〜
事故で上唇と歯茎を繋ぐ線が切れたらしいのだよ、
だから前歯が出ている(本人談)らしいよ

499 :純一:2006/05/25(木) 18:53:18
で、その時に槇原敬之の「どんなときも」が、
事故の車内の中で流れていたらしく、松本(康太のほう)は、
その曲を聞けないらしい、というのもトラウマになっちゃったんだとさ〜

500 :純一:2006/05/25(木) 18:55:15
で、>>497ですけど、
一体どこから菌が入ってくるのかというと、
赤ちゃんの頃にですね、親っていうものは赤ちゃんの可愛さに、
つい、キスをしてしまうじゃないですか?その時に虫歯の原因菌が
感染してしまうらしいのですよ、だから、そういうことに気をつけて
いれば、幼児時代の菌の定着以後は虫歯にならないらしいのですよ

501 :紗南:2006/05/25(木) 18:56:01
妙に詳しいですね。
さては・・・・・・
純一さんは、松本康太信者ですね?

502 :純一:2006/05/25(木) 18:56:30
ちなみに、その大人になった人の口内は、
歯医者での虫歯の治療痕がありませんでしたよ、
今時、こんな人はほとんどいませんけどね〜

503 :純一:2006/05/25(木) 18:59:39
>>501
最近、レギュラーがよくテレビに出るようになったじゃないですか?
で、たぶん、たまたまどっかのテレビでそういうこと言っているのを
見ただけですよ〜

504 :純一:2006/05/25(木) 19:02:03
ちなみに、感染する虫というのは、
自然界では結構多いのです、

>そして感染者が痛みを和らげようと、みみず腫れした部位を
>水に浸して冷やすと、温度の変化で傷口は破裂する。そして
>寄生虫は体外へと飛び出すのである。ある感染者が傷を水に
>ひたしたところ、成虫のメスの寄生虫が傷から飛び出し、
>続いて白い液体と共に恐ろしい数の幼虫が水中に飛び出したという。
>つまり、このようにして水は寄生虫によって汚染され、
>次の犠牲者=宿主を求めて彼等は水の中で泳ぎ続けるのである。

これはギニア虫という寄生虫の生態なんですが、
なかなか恐ろしいものですね、昔は人糞を肥料とかにしていたので、
そういう経路での寄生虫の感染経路がありましたが、今は肥料ですので、
その心配はあまりなくなったわけですね〜



505 :純一:2006/05/25(木) 19:05:08
で、また、ハリガネムシってのが居ますよね?
これは昆虫の脳に対して、水辺に誘導する指令を出すんですね、
まあ、その辺は怖いので差し置いて、
人間が飲み水から感染した場合、ある日突然吐くそうです、
詳しくは忘れましたが、口内摂取以外は基本的にありませんので
ご安心を


506 :純一:2006/05/25(木) 19:05:49
と、何の話をしていたのだろうか・・・

507 :純一:2006/05/25(木) 19:08:25
ぴかぁ〜が松本信者だって話だったね、
そいで、ぴかぁ〜って何か松本人志になりたいらしいよ?
ハンネとか画像のセンスってようはそれを意識してやってんでしょうね〜

508 :純一:2006/05/25(木) 19:10:42
たぶんね、ぴかぁ〜の場合、
松本人志を天才だと思っていて
(ここも哲学者じゃなくて、お笑い芸人を尊敬するところがらしいが)
哲学上での松本人志的位置、即ち、努力しなくても、
勘でなんとかできる、みたいな妄想を抱いてんじゃないのかと思いますね

509 :純一:2006/05/25(木) 19:11:53
しかし、ぴかぁ〜が松本を意識してやっていたとしても、
我々には単なるアホに見えるわけでして、結果はあまり
出てないようにも思えますがね

510 :純一:2006/05/25(木) 19:14:02
松本と言えば、紳助ですが、

我がブログ
http://d.hatena.ne.jp/hirask/

でも、事件を取り上げましたよ〜

511 :純一:2006/05/25(木) 19:14:42
>>510
ちなみに、五月六日のエントリーね、

512 :純一:2006/05/25(木) 19:16:28
紳助の番組は暴行事件以来、見てませんが、
同じ吉本なら、松本もたぶん擁護したんでしょうね〜

で、ブログを見てもらえればわかる通り、
私は紳助否定派なので〜

513 :純一:2006/05/25(木) 19:18:21
「松本紳助」って番組、どっかでやってませんでしたかね?
同じ吉本なら、可能だと思うんですが、最近は吉本もジャニーズ並に
駄目だすね〜

弱い他の事務所を力で抑えつけりゃどうにもなると思ってんでしょうね〜
いつまで続くのやらという感じですが、

514 :純一:2006/05/25(木) 19:20:58
http://www.geocities.jp/shinsuke20041026/supporter.html


これ見る限りでは、吉本の芸人はやっぱり
身内を庇うね、松本がどういう対応していたかは知らんが、
大体予想はつくね

515 :純一:2006/05/25(木) 19:23:59
しかし、紳助ってのは、あんなに保守的な人間だったかね〜?

>少年時代に暴走族をしていたが、それを逆に敢えて自分を
>「無教養側」の立場において「教養側」の石坂浩二と対抗軸で
>組んでみるようにするなど、番組内で強みとして生かしている
>面が多い。但し実際にはかなり目利きは出来る。

無教養の側に置いたとて、後々は単なる保守主義に落ち着くというのはね〜
もうちょっと、見ている人はラディカルなアイロニーみたいなもんを
期待していたんじゃないかと思うけどもね、巡り巡って元の鞘か

516 :純一:2006/05/25(木) 19:24:42
おお、駄目だすって言っちゃったよ・・・

517 :純一:2006/05/25(木) 19:26:03
さて、しかし、真面目に語るなら、
ぴかぁ〜も単なる保守主義に落ち着くところでしょうね?
吉本擁護に回るでしょうから

518 :純一:2006/05/25(木) 19:28:47
さて、

519 :純一:2006/05/25(木) 19:29:56
暇になってきたんで、

>>489
>バカらしくなったんで、休憩。

理由は違うが、
一時休憩しましょうかね〜

520 :純一:2006/05/25(木) 19:36:41
んー、ラディカルと見せかけて
単なる保守主義に落ち着いた紳助と、
ラカンという西洋哲学タームを使いつつも、
単なる松本主義の吉本的思考のぴかぁ〜ってのは・・・

521 :純一:2006/05/25(木) 19:37:20
まあ、日本人だなと思うわけですよ

522 :純一:2006/05/25(木) 20:09:14
ガスト行って来る

523 :純一:2006/05/25(木) 20:49:31
ふ〜

524 :純一:2006/05/25(木) 20:50:08
食った食った(バンバン)

525 :純一:2006/05/25(木) 20:50:38
テレビつけたらうたばんがやってますな

526 :純一:2006/05/25(木) 20:51:47
今、キルケゴールスレ見たが、
処刑ライダーまでもが中身ロウシだったら笑えるな

527 :純一:2006/05/25(木) 20:59:22
事件以来、紳助番組を見なくなったが、
君等はどうかね?

528 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:02:40
純一は毎年5月、12月になるとアク禁にされるなw

529 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:06:52
なんで最近また来だしたんだ?

530 :純一:2006/05/25(木) 21:20:19
>>528
いや、ぴかぁ〜は、
このスレ(ぴかぁ〜のスレ)を荒らしたから
私(純一)がアク禁にされたと思っているみたいだが、それは違うね〜

531 :純一:2006/05/25(木) 21:21:30
>>530
私が前にアク禁になった時は、
例のAAを貼りすぎたというのもあるけど、
厳密には学問スレを埋めたことが直接的な原因だからね〜

532 :純一:2006/05/25(木) 21:22:32
即ち、ぴかぁ〜のスレなんざ、
埋められようがどうしようが、運営に見向きもされないってことさ〜
報告スレでもぴかぁ〜は意味不明なキャラ扱いだったしね

533 :純一:2006/05/25(木) 21:23:26
>>529
なんか、君の漢字の無変換率は、
ぴかぁ〜を想起させるね、

>来だしたんだ?

534 :純一:2006/05/25(木) 21:29:20
たとえばさ、>>444見てごらんよ

535 :純一:2006/05/25(木) 21:30:19
>444 :考える名無しさん :2006/05/25(木) 03:20:03
>ブログ書いてしばらくおとなしくしてたがやっぱりまいもどってきたか
>ダメなやつはなにをやってもダメだな

暫くは良いとしても、舞い戻ってきたを変換しないなんて、
ぴかぁ〜しか居ないんだよね

536 :純一:2006/05/25(木) 21:30:56
いや、これも松本的ネタなのかもしんないけどさ

537 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:31:13
どうなんだろうな。申請はするからあとは運営が判断するだろう。

538 :純一:2006/05/25(木) 21:32:48
ツッコミ忘れたけど、

>>460
>460 :ContextSurfer:2006/05/25(木) 15:59:11
>マルクス曰く、商品の価値は空気読みできまる。

マルクスはそんなこと言ってない

539 :純一:2006/05/25(木) 21:34:31
どうなんだろうなって言われてもね〜

540 :純一:2006/05/25(木) 21:35:29
いや、荒らしと判断するかは置いといても、
少なくとも、マルクスはそんなこと言ってない


541 :純一:2006/05/25(木) 21:36:53
どこのどの行で、空気で商品価値が決まると
マルクスが言っているのか、引用できるなら、
信用してもいいがね、嘘ばっか書いてちゃいけないな

542 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:42:31
そういってむきになり毎回ぴかぁにアク禁にされているだろう。
懲りないやつだな。学習しろよw

543 :純一:2006/05/25(木) 21:42:50
私にしてみれば、いい加減なことばっか書いてる
ぴかぁ〜は十分荒らしなんですがね〜

544 :純一:2006/05/25(木) 21:44:10
>>542
だからー
ぴかぁ〜にアク禁する権限はないって、

545 :純一:2006/05/25(木) 21:44:57
大体、ぴかぁ〜って、
運営に依頼の書式を守らないからって弾かれてやんの
馬鹿じゃねーの

546 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:46:59
だれが申請しようが、ぴかぁに誘導され暴走していることに
かわりがないだろうよ。

547 :純一:2006/05/25(木) 21:48:28
誘導なんざされてないさ、
むしろ、誘導されていないからこそ、
荒らしというものが成立する、というか、
私は好きなように書いているだけで、ぴかぁ〜のみが
荒らしと判断しているに過ぎない

548 :純一:2006/05/25(木) 21:49:15
っていうか、おまえ、
新スレ立ててんじゃねーか
思いっきりぴかぁ〜だろう

549 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:52:23
きっちり毎回アク禁にされて、いい加減気がつけよw

550 :純一:2006/05/25(木) 21:53:45
まあ、ぴかぁ〜は串使っているからな
逃げられるとでも思っているわけだ

551 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 22:00:36
こんなことしてぴかぁは困っているのか。
あいついつもかってに一人でレスしてるだけだろう。

とにかく前も申請したし、今回もオレはおもしろいから申請はするよ。
どうなるか楽しみだな。

552 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 22:00:56
>>549
アク禁て、なんなの?

553 :純一:2006/05/25(木) 22:02:25
>>551
>いつもかってに

>オレはおもしろいから

勝手と面白いくらい変換できんのか・・・

554 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 02:34:15
■コンテクストサーファー

どっきりで芸能人に突然知らない業界人が「ひさしぶり」とはなしかけてくるとどうする、というのが
あった。芸能人は疑いながらも話をあわせようとする。しかし相手がだれかわからず、どう振る舞うべき
かコンテクストが読めず、立場が宙吊りにされる。そのあたふたがおもしろいというドッキリである。ここ
にあるのは、懸命に空気を読む、そしてそれに従おうとする努力があるが、読めないという状況である。
だれもが日常でこのような宙吊りを味わっているから、おもしろいのである。

人は他者との関係の中であるコンテクストの立場に「ピン留め」される。空気=コンテクストはこの次元、
この深度と速度、すなわち無意識的、反射的、そして日常そのものとして理解されなければならない。

この状況を、@読む努力とするか、A空気を重視するかの2項目で、以下の四つのパターンが考えられる。

@努力あり/空気に従う→生真面目型・・・懸命に空気を読もうとして、読めずに、あたふたする
A努力あり/空気に従わない→融通型・・・空気を読みつつ、優位に誘導して、「どなたか」聞き出す
B努力なし/空気に従う→天然型・・・特に疑わずに、適当に合わせて、流す
C努力なし/空気に従わない→糞真面目型・・・空気を破って、「どなたですか?」と聞くことがあるだろう

これは状況にもよるだろう。この場合、話しかけている人が若いなら気楽に「誰だっけ?」と聞けるが、
年輩で身なりもよくそれなりの立場の人であれば、失礼があってはいけないと、空気を努力をして、空
気に従おうとするだろう。

555 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 07:18:10
555

556 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 15:16:39
なぜ若者は空気が読めないのか?

557 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 15:24:31
リアリティの遷移

マジの時代 正しさがあった時代

ネタの時代 正しさをアイロニカルに見る時代

ベタの時代 メタメタ…の中でイベント化、祭りにアイロニーは薄まりネタがマジになる。

558 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 15:33:23
優秀に科学者が簡単にオカルトにはまる傾向がある。
考えずきる否定神学的穴が開く。そこには信じるしかない次元である。
空気の読みすぎ、宙吊りの中でベタに回帰するのは必然である。

若者には読むべき空気がない。生真面目な彼らは宙吊りの中でベタに感染する。

559 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 15:41:28
この傾向はネットが加速している面が高い。かつての2ちゃんねる、そしてブログと理屈の世界では
アイロニーがあるが、それは容易に反復され発散する。それはベタへの興奮へ迎う。
その速度がネットの全能感的興奮になっている。

560 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 16:15:48
>B努力なし/空気に従う→天然型・・・特に疑わずに、適当に合わせて、流す

こんな感じか?
>>493-494

561 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 17:13:06
頭を使ってないなどといわれるギャルだが「〜みたいなあ〜」、「っていうかあ」などの言い回しは、断定を避ける空気を和らげる効果をもっといわれる。
いっけん煩雑な若者言葉だか彼らはときく小さなコミュニティへの帰属を重視し曖昧ないい回して複雑、繊細な空気を保つのだ。

空気を保つ行為はそれほどめずらしくない行為であるが、現代の特徴はその変化速度、多様性が増していることにある。
この激しく反転するアイロニカルな波目を読みサーフーするのは困難でありなにかベタな、確かなものにつかまり安住したくなる。

562 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 17:50:13
日本の論理とは空気である by小室直樹

563 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/26(金) 18:53:42
このようにベタにしがみつくのがヘタレであり、動物化とはもはや流れのままに身をまかせ漂うことです。


564 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 19:45:49
あっ!

565 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 19:51:06
■なぜ若者は空気が読めないのか?

>>
リアリティの遷移

マジの時代  正しさがあった時代
ネタの時代  正しさをアイロニカルに見る時代
ベタの時代  メタメタ…の中でイベント化、祭りにアイロニーは薄まりネタがマジになる。
<<

優秀に科学者が簡単にオカルトにはまる傾向がある。考えずきる否定神学的穴が開く。そこには信
じるしかない次元である。空気の読みすぎ、宙吊りの中でベタに回帰するのは必然である。若者に
は読むべき空気がない。生真面目な彼らは宙吊りの中でベタに感染する。

この傾向はネットが加速している面が高い。かつての2ちゃんねる、そしてブログと理屈の世界で
は、アイロニーがあるが、それは容易に反復され発散する。それはベタへの興奮へ迎う。その速度
がネットの全能感的興奮になっている。

頭を使ってないなどといわれるギャルだが「〜みたいなあ〜」、「っていうかあ」などの言い回しは、断
定を避ける空気を和らげる効果をもっといわれる。いっけん煩雑な若者言葉だか彼らはときく小さな
コミュニティへの帰属を重視し曖昧ないい回して複雑、繊細な空気を保つのだ。

空気を保つ行為はそれほどめずらしくない行為であるが、現代の特徴はその変化速度、多様性が
増していることにある。この激しく反転するアイロニカルな波目を読みサーフーするのは困難であり
なにかベタな、確かなものにつかまり安住したくなる。このようにベタにしがみつくのがヘタレであり、
動物化とはもはや流れのままに身をまかせ漂うことです。

566 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 19:52:09
ネットウヨ・嫌韓厨が増えすぎて2chがつまらなくなった
http://makimo.to/2ch/live22x_news/1143/1143742460.html

135 名前:ひろゆき 投稿日:2006/03/31(金) 04:05:53.80 ID:2Vhz4xlO0 ?#
ネットウヨ・嫌韓厨・反喫煙とか、いろいろカテゴリーはあるんだけど、
自分の主張を繰り返したいってだけの人は、
新しい情報を提供してくれるわけでもないし、
新しい視点を提供するわけでもないし、
どちらかというと邪魔な存在だというのに気づいて欲しいんだけど、
やっぱり無理なのかなぁ。

184 名前:ひろゆき 投稿日:2006/03/31(金) 04:15:28.56 ID:2Vhz4xlO0 ?#
>>170
こんな匿名掲示板に書き込みをすることで、
日本の利益に繋がると考える人がいるのだとしたら、
相当頭が悪いと思うのですよ。

333 名前:ひろゆき 投稿日:2006/03/31(金) 04:40:18.68 ID:2Vhz4xlO0 ?#
実際に韓国語で韓国人に伝えるとか行動ができないほど頭の悪い人しかいないので、
2chで騒ぐのが関の山ってのであれば納得するんだけど、
嫌韓の人ってそんなに馬鹿ばっかりってわけでもないんでしょ?

473 名前:ひろゆき 投稿日:2006/03/31(金) 04:57:46.46 ID:2Vhz4xlO0 ?#
嫌韓厨批判=韓国擁護
ってわけじゃなくて、
嫌韓厨批判=韓国なんてどうでもいい
ってことだと思われ。 >>461

509 名前:ひろゆき 投稿日:2006/03/31(金) 05:01:51.55 ID:2Vhz4xlO0 ?#
>>491 韓国がすばらしいから批判をやめろってことじゃなくて、
同じ批判ばかりで飽きたから自重してねってことなんだけど、
その違いはわかりますか?

567 :純一:2006/05/26(金) 20:16:24
やあ、

568 :純一:2006/05/26(金) 20:17:53
563 名前:ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/26(金) 18:53:42
このようにベタにしがみつくのがヘタレであり、動物化とはもはや流れのままに身をまかせ漂うことです。

564 名前:ContextSurfer :2006/05/26(金) 19:45:49
あっ!

569 :純一:2006/05/26(金) 20:18:35
自演かね?
というか、自演だね?

570 :純一:2006/05/26(金) 20:19:54
ちなみに>>561は、
「サーフー」で合ってんのかね?

571 :純一:2006/05/26(金) 20:20:49
実際に調べてみた

>すべての辞書検索で該当する情報はありませんでした。
>自動スペルチェック機能により、検索語から想定されるキーワード候補を表示しています。


572 :純一:2006/05/26(金) 20:21:47
で、代わりにサーフを調べてみた

>サーフ 1 [surf]
>
>--------------------------------------------------------------------------------
>
> 1 波。
>
>2 サーフィン。


573 :純一:2006/05/26(金) 20:22:31
どうやら、>>561は、
「サーフー」は間違いのようですね〜

574 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 20:22:59
今日も連投荒しかね。

575 :純一:2006/05/26(金) 20:23:03
563 名前:ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/05/26(金) 18:53:42
このようにベタにしがみつくのがヘタレであり、動物化とはもはや流れのままに身をまかせ漂うことです。

564 名前:ContextSurfer :2006/05/26(金) 19:45:49
あっ!


576 :純一:2006/05/26(金) 20:24:21
しかし、これも松本的ボケのつもりなのかな?
自演は少なくともバレバレだってことは自覚しているんだろうね?
でなけりゃ、ぴかぁ〜の頭はおかしいね

577 :純一:2006/05/26(金) 20:25:00
>>574
>「サーフー」

578 :純一:2006/05/26(金) 20:26:01
間違いを指摘しているだけさ〜

579 :純一:2006/05/26(金) 20:26:52
まあ、ぴかぁ〜には間違いを指摘されるなんてことは
認められないだろうから、連投扱いにしかできないだろうけどね〜

580 :純一:2006/05/26(金) 20:28:09
さて、

581 :純一:2006/05/26(金) 20:28:46
暇になったな〜

582 :純一:2006/05/26(金) 21:04:34
湯浅先生が出てるよ

583 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 21:53:47
コウダクミって「メタ」アーティスト、あゆのパロディですね。

物語としてのあゆと、それをパロディしイベント化することで、
成り立っています。

584 :純一:2006/05/26(金) 21:55:56
メタも何も、
あゆの後に出てきたってだけだろ

585 :純一:2006/05/26(金) 22:00:54
そもそもレーベルが違うんだよね〜
倖田が所属しているのはrhythmzoneだしね

586 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:16:12
■なぜ最近の若者は空気が読めないのか?

@空気を読む努力しますか?空気に従おうとしますか?

どっきりで芸能人に突然知らない業界人が「ひさしぶり」とはなしかけてくるとどうする、というのが
あった。芸能人は疑いながらも話をあわせようとする。しかし相手がだれかわからず、どう振る舞う
べきかコンテクストが読めず、立場が宙吊りにされる。そのあたふたがおもしろいというドッキリであ
る。ここにあるのは、懸命に空気を読む、そしてそれに従おうとする努力があるが、読めないという
状況である。だれもが日常でこのような宙吊りを味わっているから、おもしろいのである。

この状況を、@読む努力とするか、A空気を重視するかの2項目で、以下の四つのパターンが考え
られる。

>>
@生真面目型 (努力あり/空気に従う)・・・懸命に空気を読もうとして、読めずに、あたふたする
A融通型 (努力あり/空気に従わない)・・・空気を読みつつ、優位に誘導して、「どなたか」聞き出す
B天然型(努力なし/空気に従う)・・・特に疑わずに、適当に合わせて、流す
C糞真面目型(努力なし/空気に従わない)・・・空気を破って、「どなたですか?」と聞くことがあるだろう
<<
これは状況にもよるだろう。この場合、話しかけている人が若いなら気楽に「誰だっけ?」と聞ける
が、年輩で身なりもよくそれなりの立場の人であれば、失礼があってはいけないと、空気を努力をし
て、空気に従おうとするだろう。

人は他者との関係の中であるコンテクストの立場に「ピン留め」される。空気=コンテクストはこの次
元、この深度と速度、すなわち無意識的、反射的、そして日常そのものとして理解されなければなら
ない。

587 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:16:56
若者は空気に鈍感?敏感?

最近の若者は空気を読めない、ということです。しかし複雑さによりますが、人間がその場のコンテ
クスト(状況)を把握するには0.数秒程度だと言われています。空気を読むとは、将棋の対戦のよう
に、意識的に相手の真意を深読みするようにとらえられますが、もっと無意識で反射的な行為なのです。

たとえば友達同士ではよく、言葉遊びのように真意をズラして、漫才のように冗談(ネタ)のキャッチ
ボールをします。ここでの会話は反射的ですが、言葉と真意に距離がある、空気読み、操作が働い
ています。たとえば「アイーン!」に子供が笑うのは、子供でさえ、はじめて「アイーン」という滑稽さを
みて笑うのではなく、それが笑うものだという反復があるから笑うのです。そこには無意識に空気読
みが働いているのです。

頭を使ってないなどといわれるギャルだが「〜みたいなあ〜」、「っていうかあ」などの言い回しは、断
定を避ける空気を和らげる効果をもっといわれています。いっけん煩雑な若者言葉だか彼らはときく
小さなコミュニティへの帰属を重視し曖昧ないい回して複雑、繊細な空気を保つっています。

そのような意味で言えば、「マジ」などとというもは存在しません。どこまでもアイロニカルな「マジ」な
ポーズでしかありません。

空気を保つ行為は人間にとってそれほどめずらしい行為ではないですが、現代の特徴はその変化
速度、多様性が増していることです。マジでありすぎると、次の瞬間には価値観が変化しているかも
しれません。だから引いた姿勢で、回りの状況を確認し対応することが一つの方法です。しかし逆に
空気を読みすぎると決断できないということがあります。それは、なんにでも寛容であり、それは優
柔不断であるとともに、誰ともマジになれない「不寛容」であるといえます。

588 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:18:24
Bリアリティは「マジ」から「ネタ」そして「ベタ」へ

このような社会的な変化を北田暁大「嗤う日本の「ナショナリズム」に示されています。

>>
@60年代〜70年代前半 自己否定から総括へ 連合赤軍
世界と自己、主体との関係を再帰的に問う、という近代人であることの要件を、極限まで突き詰めた
連合赤軍の「総括」

A70年代なかば〜80年代初頭 消費社会アイロニズム=(60年代への)抵抗としての無反省 コピーライターの思想
性急な反省を迫る思想主義と距離を置き、「無反省」という反省へ向かう。そしてメディア論的、消費
社会論的なリアルの捕捉を試みる。消費社会的なリアリティと密接にかかわったアイロニズム

B80年代 消費社会シニシズム=無反省 なんとなくクリスタル、元気が出るテレビ、オレたちひょうきん族
消費社会的な行動様式が大衆化する中で、60年代への抵抗が抜け落ち、「無反省」となる。アイロ
ニカルであることから、消費社会的シニシズムへ

C90年代〜2000年代 ロマン主義的シニシズム 2ちゃんねる
第三項(「マスコミ」、「資本」といったギョーカイ)の存在感が限りなく希薄化した行為空間において、
「繋がり」の社会性の上昇によって、アイロニカル・ゲームは80年代よりも過酷になる。そして過剰な
複雑性に対応するためにロマン的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)が導入される。アイロ
ニカルでありながら、実在主義的ともロマン主義的とも形容できるような奇妙なポジショニング(シニ
カルな態度をとりつつベタな感動を指向するポジショニング)が成立する。

なぜ2ちゃねらーは「藁(わら)い」ながら「没入」するのか? http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050306
<<

589 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:18:59
これでいくと、@→Aの70年代にマジからネタへの遷移があり、さらにはC90年代以降に、ネタと
ともにベタへ遷移しています。ボクはこれを「リアリティ」の変化として見ます。

>>
リアリティの変化

マジの時代 正しさがあった時代
ネタの時代 正しさをアイロニカルに見る時代
ベタの時代 メタメタ…の中でイベント化、祭りにアイロニーは薄まりネタがマジになる。
<<

マジの時代とは、人々で共有する規範がまだあり、懸命に空気を読まずとも、規範に従うことが空気
であった。すなわり規範がリアリティであった。ネタの時代とは、規範に従うことが嘘くさいものとな
り、それを疑うこと、規範にアイロニカルであることがリアリティです。

590 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:20:40
C生真面目だからベタになる

さらにアイロニカルな運動が加速するときに、リアリティはイベント化する。

>>
ボクの好きな例にマルセル・デュシャン「泉」があります。美術作品といってただの便器をおく。これ
は美術とは魂だ、美の追究だ、などの「末端」を排除し、美術館というシチュエーションが「美術とは
なか」を支えていることを暴露します。

ここにまもう一つ意味があって、「出オチ」であるということです。「美術作品といってただの便器をお
く。」ことで完結します。もはや作品の鑑賞する深みなどなにもありません。これは「美術作品のイベ
ント化」です。現代芸術は「出オチ」化、イベント化に向かいます。 TV番組のバラエティ化、街のイベ
ント化、劇場化などもこの流れにあります。現代のリアリティはじっくり物語るにリアリティがもてず、
ダイナミズムに求められています。

[議論]続  オタクであることはなぜ恥ずかしいのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060525
<<

イベント化したリアリティとはアイロニカルなまなざしが失われたベタなものになる。北田言う「ロマン
的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)」であり、嫌韓、小泉支持など。宮台はこのような傾向
を「ヘタレ」と呼びます。

591 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:21:15
これはもはや読むべき安定した空気がないなかで、先ほどの分類でいくと、「@生真面目型」である
から、宙吊りの中でベタに感染するのではないでしょうか。宮台はこれは、「オブセッシブ(強迫的)な
アイロニスト」と呼びます。

>>
「コンプレックスに浸された『困ったちゃん』がオブセッシブ(強迫的)な梯子はずし」に勤しむことで、
「自己目的的なコミュニケーションの接続」の閉じを見せる。それが頭の悪い2ちゃん野郎の恥ずか
しさです。この手の輩を頽落といわずして、なにをか頽落といわん(笑)。この頽落を、文脈依存性へ
の鈍感さとして語ることもできます。・・・たしかに、対象をズラすて距離化したがる点では、いまの若
い人たちはアイロニカルな戯れが好きになったような見えます。でもそうした動機を支えるオブセッシ
ブ(強迫的)な社会的文脈については鈍感です。だから、ズラす自分からズレることができず、自分
をズラそうとする他者に対して過剰に防衛的になる。はたから見ると、そのヘタレぶりは恥ずかしい
ほど明確です。(宮台)

ヘタレ化するポストモダン http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051029
<<

592 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:22:14
Dネットがリアリティをベタへ変容させる

このようなアイロニカルな運動の加速は、ネットの普及が促進している面が高いだろう。

>>
ネットはコピペ世界であり、デリダの反復可能性よろしく、コンテクストを読み、貼り付けるというコン
テクストの操作を容易にした。これは統一した主体像を散乱させると悪くいわれたりするが、「ディス
コミュニケーションをコミュニケーションする」というウィルス的逞しさの前では、「散乱することを主体
化する」とでもいえる、主体の自由につながるだろう。たとえば、知的になり、厨房になり、ネカマにな
りと、散乱を遊ぶという主体像を、すなわち現実(リアリティ)を作るわけだ。

なぜ現実(リアリティ)はネットに共鳴するのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060515
<<

たとえば友達に「僕は天才だ」という言われたときに、その場の状況、その友達の性格など知ってま
すから、「僕は天才だ」の真意がその場のネタだとわかります。しかしネットでは、いきなり、匿名の
誰かが「僕は天才だ」と書き込まれたときに、その真意をわかりかねます。

ネットは空気が曖昧で、このような真意の誤解に溢れています。相手にわかってもらおうとマジに言
うほど伝わらない。それは相手への過剰な攻撃性へ、そして炎上へという問題(炎上)が多発しています。

593 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:27:04
だからもはやマジになりすぎないこと、ネタ的あることがネットの儀礼であるともいえます。2ちゃんね
るの「ネタにマジレスかっこ悪い」とはこのような意味です。かつての2ちゃんねる、そしてブログと理
屈の世界ではネタが保たれていますが、それは容易に反復され発散します。その速度がネットの全
能感的興奮になり、そしてその加速化がベタへの感染に向かいます。

>>
この自由さはある意味で、全能的高揚感につながる。そしてネット上のリバタリアニズム指向はこの
ような高揚感からきている。さらにこのような全能的高揚感が、サイバーカスケードとよばれる疑似
共同体を生み出すことはよく知られている。たとえばネットを中心に広がった「自己責任」論などにみ
られます。イラク人質バッシング、あびるバッシング、嫌韓など。

自由でありながら共同体の形成という高揚感。これらは現実(リアリティ)の変化であり、そしてすで
にネットのリアリティは、実社会のリアリティに共鳴していることは疑いえません。

なぜ現実(リアリティ)はネットに共鳴するのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060515
<<

594 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:29:06
Eしゃべり場はなぜベタなのか

世代論とともに、年代論もあるでしょう。ネタな姿勢は、他者との距離を保ち続けること、本当の心を
晒さないことですから、とても孤独なスタンスでもあります。だからどうしても誰かとマジに腹を割って
話したいという思いがわくでしょう。

たとえば、しゃべり場をみて思うのは、思春期というのは、もっとも「正論」をマジに言える年代なんだ
と思います。ボクはこのような時期を「思春期セカイ系」と呼びました。

>>
2ちゃんねる哲学板にいると、自分の不安を世界の不完全さと短絡させ、「世界が間違ってるから、
悪いから、正しいボクは苦しくなる」的な言説の人が多々来る。思春期という、経験よりも知識(理
想)が多いアンバランスな時期に、「なんで大人はこんなこと簡単なことがわからないのだ!」的なあ
る種の全能感をともなってあらわれやすい。特に、引きこもり系の人に多いように思う。ボクはこれを
「思春期セカイ系」と呼んでいる。

「なぜ「思春期セカイ系」なのか。」ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050727
<<

595 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:29:43
たとえば特に女子に顕著ですが、間違ったもの、不潔なもの、曲がったことなどを過剰に嫌悪しま
す。それは、社会という実践に出る前で、よく練られた社会モデルを教えられ、社会がモデルのよう
に割り切れると信じている段階であるということがあるでしょう。さらに思春期とは、生物学的には親
という古い秩序を反発するようにプログラムされた時期です。それによって、種は古い価値から新陳
代謝し、生き残っていくのです。

だから思春期のマジは、社会に出た者には正論である故に、青臭く、耳が痛く、ある意味で不快なも
のなのでしょう。「思春期セカイ系」は生真面目だから空気の宙づりの中で、ベタになる傾向にあります。

596 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:30:14
Fオタクという人間くさい人々

オタクは「動物化」(アイロニーの消失し直接的快感へ向かう傾向)しているいう議論があります。し
かしボクは、こんなに豊かで、おもそろく、複雑な作品を創造する、享受するオタクが動物化している
というのは、信じがたいです。どうみてもオタクは「動物化」しているというよりも、豊かで、人間くさい
人々だと思います。

「アイロニーは無意識的、反射的に働く」という意味で、オタクの趣向への判断が反射的であるから
といって、アイロニーが消失し動物化しているということには、なりません。オタクの中で「動物化」と
いう言葉が流通したのは、自分自身をもてあます「動物化したい欲望」の強さからではないでしょう
か。そのような意味でも、オタクとは、懸命に空気を読もうとして、読めずに、あたふたする「生真面
目型」な人々ではないでしょうか。このようなあたふたの先に空気読みを暴力的に遮断する「キレる」
という行為があるでしょう。

597 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:30:58
Gなぜオタクはもてずに、「チョイ悪」はもてるのか

そして「生真面目型」はモテてないでしょう。たとえば恋人と高級フレンチ店にいって、一つ一つの行
為ににあたふたするよりも、全体の流れをわかって、余裕を見せいている男が頼りがいがあり、かっ
こいいです。特に女性は(生きていくために)人間関係に敏感で、俯瞰的な目線を持っていますの
で、様々な行為に対して、それよりも高い位置からの広い視野=メタ視線を持つことが包容力があ
る、頼りがいがあるということです。

このようなことは、事前に情報を仕入れ、まめにチェックすることで乗り切れます。まさに「生真面目
型」である電車男は実際にそうしていました。しかし事前に全てを予測することは不可能です。現実
はいつも偶発的です。電車男は偶発的な出来事に遭わせて、ケータイで懸命に情報をしいれていま
したが、それも限界があります。

598 :ContextSurfer:2006/05/26(金) 23:31:37
そもそも空気とは、そこにある静的なものではありません。人々の関係の中でコミュニケーションを
成立させよう。分かり合えるだろうという希望の上に成り立つ幻想です。だから空気を読もうとするそ
の人はすでに空気の中にいて、その一部です。その人の行為が関係性をつくっています。空気を読
もうとすることが空気を変化させます。それはイタチごっこの関係にあります。だからどこかで、「決
断」を行い乗り切る必要があります。

決断といっても「糞真面目型」に空気を読めずにただ独善であることはモテないでしょう。モテ男と
は、「チョイ悪」です。空気を読みつつも、優位に誘導して、どこかで空気を破る決断を持つ「融通型」です。

モテることが必ずしも重要ではありませんが、現代において、「空気を読む」と単に「生真面目」にそ
の場にあわせていくということではなく、どこかで「決断」する、さらにはそれはどこか、ということで
しょう。それは「空気を壊すことを怖れずに、勇気を持って空気を作る」ということでしょう。ボクはこれ
を「コンテクストサーファー」と呼ぶわけです。

599 :純一:2006/05/27(土) 00:03:34
rhythmzoneといえば、エグザイルとかのダンス系音楽が多くてね、
あゆはそういう流れからはちょっとずれるんだろうね、
そこら辺が世代交代の真の原因であって、メタ云々は関係ない、
あえて言うなら、歴史的な世代交代の時期に来てるってとこだろうね〜

600 :純一:2006/05/27(土) 00:04:24
まあ、そういうことで、
ぴかぁ〜の考察は大はずれだと思うよ

601 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/27(土) 00:13:54
キリ番ゲッツおめ〜♪

602 :純一:2006/05/27(土) 00:22:31
おお、荒らしだ

603 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 01:08:29
Hなぜ最近の若者は空気が読めないのか。

長くなりましたが、では、「なぜ最近の若者は空気が読めないのか。」最近の若者はかつてのように
「確かな空気」が崩れている故に、空気を読むことが求めらており、「生真面目」です。

「最近の若者は空気が読めない」というのは、「確かに空気」=大きな社会性に対してでしょう。「生
真面目」な彼らのとって、もはや大きな社会性、たとえば「政府が格差社会を陰謀している」というよ
うな大きな物語などには、リアリティがなく、読んでいる故に積極的に読まないのです。

彼らにとっては、もっと小さなコミュニティの空気を読むことにリアリティがあります。だからギャルでさ
え、懸命なのです。そして「生真面目」であるが故に強迫的ベタに感染してしまいます。ベタへの感
染=イベント(祭り)化によってしか、空気読みのジレンマから逃れられないからです。

なぜ明らかに胡散臭いオウムに若者がはまったのかも、生真面目な若者が空気読みのジレンマか
らベタ(胡散臭さ)に感染したと言われています。そしてオウムが様々な事件を起こしつづけたのも、
胡散臭いにリアリティを保つためのイベント化であったのかもしれません。

このようなベタも結果的には、「最近の若者は空気が読めない」という避難に繋がるのかもしれませ
ん。それでもリアリティのイベント化はもはや止まりません。それは、オウムも最後は自滅したよう
に、どのような形であっても一つのベタに留まることは不可能です。もはや誰もが次の空気に巻き込
まれざる終えないのです。

604 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 01:16:48
>>559
純一さんはその当たりに詳しくないのではないでしょうか。
あゆは「カリスマ」性が売りです。それに足して、コウダクミは
同じ事務所であることもあって、被らないような配慮もあるのでしょうが、
反カリスマの戦略が採られています。

歌で人を引きつけるとは、ディーバであり、必ず神性(カリスマ性)が
宿ります。それをトークなどの露出では、積極的に自己暴露的です。
それは身近である以上に、「コウダクミ」という商品の仕掛けに
いかに作られているかに、積極的に言及します。

エロかっこいいと言われていますが、エロくてそしてかっこいいではなく、
あえて「エロい」ことがかっこいいでしょ、ということです。
だからエロいのに男性より女性支持なのです。ハウツーエロなのです。

605 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 01:21:10
だからあゆは一つの物語であるのに対して、コウダクミは
イベントの継続です。今までの傾向でいくと、
なんでだろー、ゲッツ、残念、フォーと同じで、単発である
可能性が高いですが、仕掛けの継続が巧妙です。

606 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:09:54
■コウダクミという祭り

コウダクミって「メタ」アーティスト、あゆのパロディですね。物語としてのあゆと、それをパロディ
しイベント化することで、成り立っています。あゆは「カリスマ」性が売りです。それに足して、コウダクミは
同じ事務所であることもあって、被らないような配慮もあるのでしょうが、反カリスマの戦略が採られ
ています。

歌で人を引きつけるとは、ディーバであり、必ず神性(カリスマ性)が宿ります。それをトークなどの露
出では、積極的に自己暴露的です。それは身近である以上に、「コウダクミ」という商品の仕掛けに
いかに作られているかに、積極的に言及します。エロかっこいいと言われていますが、エロくてそして
かっこいいではなく、あえて「エロい」ことがかっこいいでしょ、ということです。だからエロいのに男
性より女性支持なのです。ハウツーエロなのです。

だからあゆは一つの物語であるのに対して、コウダクミはイベントの継続です。今までの傾向でいく
と、なんでだろー、ゲッツ、残念、フォーと同じで、単発である可能性が高いですが、仕掛けの継続が
巧妙です。

607 :純一:2006/05/27(土) 23:15:53
>>604-606
>純一さんはその当たりに詳しくないのではないでしょうか。
>あゆは「カリスマ」性が売りです。それに足して、コウダクミは
>同じ事務所であることもあって、被らないような配慮もあるのでしょうが、
>反カリスマの戦略が採られています。

>だからあゆは一つの物語であるのに対して、コウダクミは
>イベントの継続です。今までの傾向でいくと、
>なんでだろー、ゲッツ、残念、フォーと同じで、単発である
>可能性が高いですが、仕掛けの継続が巧妙です。

いや、関係無いよ。
倖田來未から浜崎あゆみを連想する人は稀でしょう。
ましてや、そのパロディーとなると、ぴかぁ〜個人がそう思うかは
ともかくとして、それを一般化するには、独断が多すぎるし、
それを証明しようとするなら、それなりに情報による引用等によって、
客観的に分析していかないとね、誰も納得しないと思うがね。



608 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 23:19:47
反カリスマの戦略

いい得て妙ですね。
うたばん見てて同じこと感じました。

609 :純一:2006/05/27(土) 23:22:27
>>608
自演かね?

610 :純一:2006/05/27(土) 23:28:53
>>606
>だからあゆは一つの物語であるのに対して、コウダクミはイベントの継続です。今までの傾向でいく
>と、なんでだろー、ゲッツ、残念、フォーと同じで、単発である可能性が高いですが、仕掛けの継続が
>巧妙です。

ちなみに仕掛けってのが、連続シングルとかだとするなら、
それはエイベックスの営業方法であって、倖田來未以外にも
連続シングルの発売くらいやってるよ、それをイベント=あゆの
パロディーとまとめるのは強引で無理な論だね。

611 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:29:41
>>607
ボクが言いたかったのは、純一さんは最近、コウダクミを
見ましたか、というレベルのことですね。

コミュニケーションとは他者との差異化であって、
立ち位置の確認です。だから名前を知っている程度の人と、
差異化しても、議論として深まらないわけです。
だからたとえば>>608さんのように「うたばん見てて同じこと感じました。」という意見が必要です。
これは別に「うたばん見てそうは思いませんでした。」でもいいのです。

ぶっちゃけると、オヤジが無理に流行りの話しに口を挟むのは、
ダサくないですか。ということです。

612 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:35:20
>>608
>反カリスマの戦略

おそらくこれぐらいの分析、感想はみなさん思っているのでしょうね。
ボクが興味があるのが、もっと出オチ、一発やかな、と思っていたのが、
ある種のポジションを確立しつつあることです。

少し前にボクはコウダクミはHG系だと、言ったのですが、
そうではない。この戦略がすばらしいな、と思うのです。

613 :純一:2006/05/27(土) 23:35:29
>>611
>コミュニケーションとは他者との差異化であって、
>立ち位置の確認です。だから名前を知っている程度の人と、
>差異化しても、議論として深まらないわけです。

君は倖田來未がrhythmzoneというレーベルから出していることに
一言も言及していない、これは君が倖田來未についての知識が
せいぜいうたばんを見た程度のものであり、オヤジがエロい歌手が
歌ってんな〜という程度の認識で喋っているということでしかない。
そういう認識では、倖田來未が一般的にどのような理由で、流行り
出したのか、とか、今までどういう経緯によって、現在の地位を
掴んだという点に全然分析がいっていないということで、要するに、
君の論というのは、テレビを見ているワイドショー好きの感想に
過ぎないのではないか?と、こう言っているのだが。


614 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/27(土) 23:38:55
テスツ

615 :純一:2006/05/27(土) 23:39:15
>>612
>おそらくこれぐらいの分析、感想はみなさん思っているのでしょうね。
>ボクが興味があるのが、もっと出オチ、一発やかな、と思っていたのが、
>ある種のポジションを確立しつつあることです。

基本的に倖田來未についての基礎知識が不足してるんじゃないかと思いますがね。
彼女をHG系と認識するには、彼女の下積み時代を知らない場合の一般的な、
世間的な認知の型であると思いますからね。そういうのと、普遍的な哲学という視点で
語るを一緒くたにして、週刊誌のような論じ方をしてはならないと思いますがね。

616 :純一:2006/05/27(土) 23:39:49
>>614
ガッ

617 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/27(土) 23:40:30
静まれ赤牛、ブッシュの首は私がナイフで切り取る。

618 :純一:2006/05/27(土) 23:41:39
>>617


619 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:42:23
>>613
ボクはいつも純一さんのレスを見ると不思議な感じがするのです。
なぜあなたはいつも、話題の対象でなく、発言者へ言及するのですか。
「コウダクミ」でなく、「コウダクミについて発言する人」へ、言及する。
こういう人は少ないですよ。

620 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/27(土) 23:43:10
おっと間違ってsage。

621 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:44:06
>>612のつづき。
HGとコウダクミの差は「愛」ではないでしょうか。
というようなことをかつてブログに書きました。
紹介させていただきます。

■なぜレイザーラモンHGは憂鬱なのか  「愛」が健全な無垢への欲望を導く
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051207

レイザーラモンHGの憂鬱

たとえば、レイザーラモンHGは「無垢」として登場した。その「汚物」は、人々を欲望させたのである。
そしてこの無垢は次第に減算していく、消費されていく。多くにおいてそれは「忘却」であり、反復に
よって差異が消費されていく。今後も生き残っていくために、レイザーラモンHGは無垢を生み出さな
ければならない。それは次のギャグを考えることではない。仮にそれが受けても、また消費されるだろう。

それは、愛されることである。愛される「強い内部」を作ることである。「強い内部」において、無垢は
生み出されるのである。たとえば、様々な「永遠のスター」たちは、深く愛されることによって、そのよ
うな「強い内部」の存在によって、「忘却」に逆らい、無垢が生み出されるのである。

622 :608:2006/05/27(土) 23:45:07
スマソ うたばん 程度の認識で口を挟んだ俺が悪かった。


623 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:45:13
減算の無垢と加算の無垢

無垢には二通りの無垢がある。一つは「減算の無垢」であり、もう一つは「加算の無垢」である。たと
えば「上から二冊目」の本は、使われた瞬間に減算される。しかし使いこむことで愛着がわいてい
き、無垢が加算される。

無垢とは、幻想である。コミュニティ内の価値として生まれる。無垢の減算とは「消費」であり、反復
によって減算されていく。それが「消費」によって減算されるのは、その対象へのまなざしの強度が
低下するためである。このような強度の低下の本質は、「忘却」である。多くにおいて、他者が良いと
いったというような、安易な感染は、容易に減算するのだ。

無垢の加算とは「創造」であり、反復によって加算されていく。それが「創造」によって加算されるの
は、その対象へのまなざしの強度が増加するためである。このような強度の増加は「忘却」に逆らう
のである。

624 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:46:10
内部への強い愛着

ではいかに「忘却」に逆らい、まなざしの強度は継続、増加されるのだろうか。多くにおいて強い執着
である。ここでは、愛であるか、憎しみであるか、悲しみであるかは、関係ない、それは強度の問題
である。対象への強い興味の継続が、無垢を加算するのである。そしてなにに、なぜ執着するか、
そこには意味はなのではないだろうか。そこにあるのは、恣意性である。

しかし通常、ある一時期の個人的な経験が長期的に継続されというよりも、その後、他者との関係
性の中で、強い内部がつくられ、無垢が加算されていくのだ。たとえば、無垢を外部から与えられす
ぎると、「愛」を生み出せない。ただ消費するだけであり、どこかで無垢が欠乏していき、孤独へ向か
う。だから単なる他者の借り物という静的な無垢の消費でなく、内部を作動し、その内部に帰属し、
動的に「創造」することによって、無垢を生み出していくのである。そしてこのような強い帰属を支え
るのが、愛着である。

625 :純一:2006/05/27(土) 23:46:29
>>619
>ボクはいつも純一さんのレスを見ると不思議な感じがするのです。
>なぜあなたはいつも、話題の対象でなく、発言者へ言及するのですか。
>「コウダクミ」でなく、「コウダクミについて発言する人」へ、言及する。
>こういう人は少ないですよ。

ハッキリ言いまして、それはあなたがぶっちゃけ「哲学」ではなく、
「世間話」をしているからです。「倖田來未」から何らかの議題を
抽出するのでもなく、「倖田來未」について延々と語るのは、
まんまそこらへんの世間話なのであって、哲学板では本来来てはいけない
人達なのです。

626 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:47:24
「愛」を生む差異化運動

このような動的に「創造」する内部で無垢を生むために「差異化運動」が起こる。差異化運動とは、
他者と差異をより細部に見いだそうとする運動である。差異化運動が魅力的なのはより詳細に自分
がなにものか記述するからである。

>>
差異化運動

たとえば、なぜ自分と「近い人」とのおしゃべりは楽しいのでしょうか。こどもはこどもと、アニメ好きは
アニメ好きと、ガンダム好きはガンダム好きと語らうことは楽しいです。そのディテイルまで理解し合
える相手と巡り会えることは少ないですが、そのような相手を巡り会い、コミュニケーションすること
はわくわくする行為です。

より近い人と心象同期は、差異がより小さくなっていることを示します。そしてそれは、他者との関係
性を密にしていると同時に、主体の単独性を高めているのです。たとえば、大人と子供がいると、そ
れは大人と子供としてしか、差異化されません。しかしもし子供がもう一人加われば、それは「おとな
しい子供」と「活発な子供」と差異化されます。さらに「おとなしい子供」がもう一人加われば、「ぼつ
ぼつしゃべる子供」と「ほとんどしゃべらない子供」として差異化されます。このようにより近い他者
は、私を複雑化します。すなわち私がなにものであるかをより明確化するのです。

627 :純一:2006/05/27(土) 23:47:47
>>622
いや、自演じゃないなら、
いいけど

628 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:51:54
私が私となるための他者

そしてさらにはこのような差異化は静的な位置の規定にはとどまりません。近い他者とのコミュニ
ケーションは、差異化を動的に促進します。より細部において、近い他者との相違点を作り出す方向
に向かいます。たとえば数学が得意な二人の子供がいれば、より違いを持とうと、互いに数学につ
いて競い勉強します。またマンガ好きの二人の子供がいれば、よりうまくマンガを書こうと努力します。

他者とのコミュニケーションは、私をつくっていきます。そしてより近い他者とのコミュニケーションは
私をより詳細につくっていき、私はだれでもない私になっていく、単独性を高めるていきます。他者と
「絆」を結ぶとは、単に他者と関係をつくることではなく、他者に対して、だれでもない人になるという
ことです。それは「かけがえのない」人となることです。

これはコミュニティとしても現れます。たとえば音楽好きがコンサートで盛り上がり一体感をもつとい
うことは、外がから見ると、人々が均質化しているようにみえるかもしれませんが、内部では差異化
運動が行われています。帰属意識を高めながら、単独性を高めているのです。すなわち他者とは主
体の単独性を高め、コミュニティ内で他の誰でもない位置を見つけ、コミュニティを活性化するため
の特別な存在なのです。

他者について その2 他者の特別性 http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20040602
<<

629 :純一:2006/05/27(土) 23:52:33
>>623-624
>無垢には二通りの無垢がある。一つは「減算の無垢」であり、もう一つは「加算の無垢」である。たと
>えば「上から二冊目」の本は、使われた瞬間に減算される。しかし使いこむことで愛着がわいてい
>き、無垢が加算される。

>しかし通常、ある一時期の個人的な経験が長期的に継続されというよりも、その後、他者との関係
>性の中で、強い内部がつくられ、無垢が加算されていくのだ。たとえば、無垢を外部から与えられす
>ぎると、「愛」を生み出せない。ただ消費するだけであり、どこかで無垢が欠乏していき、孤独へ向か
>う。だから単なる他者の借り物という静的な無垢の消費でなく、内部を作動し、その内部に帰属し、
>動的に「創造」することによって、無垢を生み出していくのである。そしてこのような強い帰属を支え
>るのが、愛着である。

ここで言われている「無垢」、即ち、「加算される無垢」とは、
無垢ではありませんよ、愛着のある持ち物とは、無垢とは逆のものであり、
使い古した衣類を無垢とは誰も呼びません。君は、要するに、逆のものを
1つの言葉で無理にまとめようとしているだけですね。



630 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:52:38
たとえばこれはスポーツでも同じである。互いに切磋琢磨することにより、その差はわずかになる。
それは互いに同じ苦労をし、相手の細部がわかることである。それはライバルと呼ばれ、そこには強
い尊敬の愛がある。そしてこのギリギリの差異により競い合う快楽は健全な無垢へ欲望である。
「愛」が「健全」な無垢への欲望を導くのである。(終わり)


631 :純一:2006/05/27(土) 23:57:56
>>626
>このような動的に「創造」する内部で無垢を生むために「差異化運動」が起こる。差異化運動とは、
>他者と差異をより細部に見いだそうとする運動である。差異化運動が魅力的なのはより詳細に自分
>がなにものか記述するからである。

>より近い人と心象同期は、差異がより小さくなっていることを示します。そしてそれは、他者との関係
>性を密にしていると同時に、主体の単独性を高めているのです。たとえば、大人と子供がいると、そ
>れは大人と子供としてしか、差異化されません。しかしもし子供がもう一人加われば、それは「おとな
>しい子供」と「活発な子供」と差異化されます。さらに「おとなしい子供」がもう一人加われば、「ぼつ
>ぼつしゃべる子供」と「ほとんどしゃべらない子供」として差異化されます。このようにより近い他者
>は、私を複雑化します。すなわち私がなにものであるかをより明確化するのです。

いいですか、例えば、上の引用は自己の確立であり、その確定です。
しかし、先程の主張では無垢を求めるという意味での論を展開しているのですよ?
これでは自己の確定と、自己の無垢化は相反する行動です。で、それは、
結局、ここで自己の確定を求めているのか、自己の融解を求めてやっているのかを
曖昧にして、結論を出さずに進めているからですね。

632 :ContextSurfer:2006/05/27(土) 23:59:46
>>625
>ハッキリ言いまして、それはあなたがぶっちゃけ「哲学」ではなく、
>「世間話」をしているからです。「倖田來未」から何らかの議題を
>抽出するのでもなく、「倖田來未」について延々と語るのは、
>まんまそこらへんの世間話なのであって、哲学板では本来来てはいけない
>人達なのです。

いや、問題は世間話なのに、話題でなく、話題する人へ言及することが問題なのです。
井戸端会議における話題とはなんでしょうか。人と人とのクッションです。
そもそもその話題である必要などないのです。ただコミュニケーションにおいて、
正面から向き合わずに、関係することとして、クッションはあるのです。
そもそも正面から向き合うことに、なんの意味があるのでしょうか。

その意味は、逆説的に、他者と向き合うことへの恐怖だと思います。
このエントリーを少し読んでみると良いと思いますよ。
いわば純一さんはHGなのです。

633 :純一:2006/05/28(日) 00:02:52
>>628
>他者とのコミュニケーションは、私をつくっていきます。そしてより近い他者とのコミュニケーションは
>私をより詳細につくっていき、私はだれでもない私になっていく、単独性を高めるていきます。他者と
>「絆」を結ぶとは、単に他者と関係をつくることではなく、他者に対して、だれでもない人になるという
>ことです。それは「かけがえのない」人となることです。

まあ、ここも同じですが、そもそも君は人の確定を求めているのですか?
ならば、他者は必要無いわけです。というのも、差異が全くない状態と、
自己の確定は同定されるわけですから、自己の確定が目的だとするなら、
他者は必要ない。それに対して、自己の融解が目的だとするなら、余計に
差異は必要ない、差異がない状態ならば、容易に融解が可能なのですから、
自己が無垢そのものになれるわけです。即ち、両方ともあなたの論では、
他者は必要無いという結論に到らざるを得ないわけです。


634 :純一:2006/05/28(日) 00:08:58
>>632
>いや、問題は世間話なのに、話題でなく、話題する人へ言及することが問題なのです。
>井戸端会議における話題とはなんでしょうか。人と人とのクッションです。
>そもそもその話題である必要などないのです。ただコミュニケーションにおいて、
>正面から向き合わずに、関係することとして、クッションはあるのです。
>そもそも正面から向き合うことに、なんの意味があるのでしょうか。
>
>その意味は、逆説的に、他者と向き合うことへの恐怖だと思います。
>このエントリーを少し読んでみると良いと思いますよ。
>いわば純一さんはHGなのです。

では、あなたは哲学していないし、哲学板で語る必要は無い、
という結論しか出ませんね。あなたの言ってることは要約すれば、
普通の、真実に触れたくないコミュニケーション、即ち、世間話を
しましょうというわけでしょう?それに、もし仮にあなたが井戸端会議
そのものを哲学的に考察しようというのなら、触れたくない真実にも
触れるという哲学的コミュニケーションを拒否する必要はないわけです。


635 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 00:24:56
再度話を戻すと、HGのファンはHGを消費するが、コウダクミとファンは無垢を創造し続けている。すな
わち愛があるということです。これを言い換えると、HGのファンは、HGという最初の大きな無垢を消費
するが、コウダクミとファンの間には「差異化運動」がおこり、無垢が生み出されている、ということです。

あゆとそのファンの間にも「差異化運動」が起こっています。イベント化は出オチである、とボクが言うの
は、HGとコウダクミは同じ次元にあるはずです。しかしコウダクミはいかにして、イベント化の中で差異
化運動を起こしたのか。

簡単にいうと、イベント化の継続です。それは、消費される前に新たな無垢を提供するという、一つの泥
沼ですが、これを差異化運動=無垢の創造へ変容させること重要です。
構図的には、エロい=イベント化、反カリスマの戦略、おばちゃんキャラ=差異化運動(親密性)
という二重構造ではないでしょうか。

636 :純一:2006/05/28(日) 00:29:12
>>635
>再度話を戻すと、HGのファンはHGを消費するが、コウダクミとファンは無垢を創造し続けている。すな
>わち愛があるということです。これを言い換えると、HGのファンは、HGという最初の大きな無垢を消費
>するが、コウダクミとファンの間には「差異化運動」がおこり、無垢が生み出されている、ということです。
>
>あゆとそのファンの間にも「差異化運動」が起こっています。イベント化は出オチである、とボクが言うの
>は、HGとコウダクミは同じ次元にあるはずです。しかしコウダクミはいかにして、イベント化の中で差異
>化運動を起こしたのか。

一応、真面目に批判しておきますとね、HGに差異化運動は起こっていない、というのが
あなたの論であるわけですが、実際には、HGはバク天での一時的なキャラから、
視聴者のレスに応えるかたちで発展してきたわけでして、○○が大きな無垢で、
○○が差異化運動だから、愛があるとかの論の展開の仕方は、当たり前ですが、
甘過ぎるわけです。


637 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:34:55
あと素顔はみられないけど努力次第でエロくなれるという差異化の細部ね。

638 :純一:2006/05/28(日) 00:36:56
>>637
ガッ

639 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:38:00
>>632
>井戸端会議における話題とはなんでしょうか

所謂観念論貴方達事在根

640 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:39:02
>>638
はあ?

641 :純一:2006/05/28(日) 00:40:24
ぬるぽ

642 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:43:02
お二人ともこんなに噛み合うのだから、過去の因縁は忘れて高度な議論を展開してくださいよ。
惜しいよ、全く。

643 :純一:2006/05/28(日) 00:44:05
>>642
君にはわからないのかもしれないが、
この会話中、ぴかぁ〜は私のレスを一行も理解していないよ

644 :純一:2006/05/28(日) 00:45:44
いや、逆に私はぴかぁ〜のレスは全部理解できるというか、
思考形式が単純過ぎるのでいくらでも粗を探せるのだが

645 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 00:47:40
>>634
>そもそも正面から向き合うことに、なんの意味があるのでしょうか。
>その意味は、逆説的に、他者と向き合うことへの恐怖だと思います。
>いわば純一さんはHGなのです。

この考察そのままのレスですね。僕も純一さんが前からこの板にいて、
レスをしているのを知っていますが、他のコテの方と比べて決定的に違うのが、
あなたが(哲学において)なにをしたいのか、まったく見えないということです。
おそらくこれは僕だけではないでしょう。

>普通の、真実に触れたくないコミュニケーション、即ち、世間話を
>しましょうというわけでしょう?それに、もし仮にあなたが井戸端会議
>そのものを哲学的に考察しようというのなら、触れたくない真実にも
>触れるという哲学的コミュニケーションを拒否する必要はないわけです。

ではあなたは「真実に触れるコミュニケーション」をするためにここにいるのですか?
そしてあなたにとっての「真実に触れるコミュニケーション」とは具体的にはどのようなものですか?

646 :純一:2006/05/28(日) 00:47:52
久々に真面目に書いたが、誰も私の言ってることが
わからないという結果になりそうなのが嫌だな〜

647 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:49:28
いやいや差異は相対的なもの。
お二人の大きな差異も視点を変えれば細部ともいえる。

648 :純一:2006/05/28(日) 00:53:58
>>645
>この考察そのままのレスですね。僕も純一さんが前からこの板にいて、
>レスをしているのを知っていますが、他のコテの方と比べて決定的に違うのが、
>あなたが(哲学において)なにをしたいのか、まったく見えないということです。
>おそらくこれは僕だけではないでしょう。

疲れたんで元に戻りますよ〜

>そもそも正面から向き合うことに、なんの意味があるのでしょうか。

というのなら、世間話がしたいわけですか?

>ではあなたは「真実に触れるコミュニケーション」をするためにここにいるのですか?
>そしてあなたにとっての「真実に触れるコミュニケーション」とは具体的にはどのようなものですか?

私が言ってるのはですね、世間話ばっかしてても哲学には、
少なくともならないだろう?と言ってるわけでして、ちゃんと真面目に
考えたらどうだい?と言ってるだけですよ〜




649 :純一:2006/05/28(日) 00:55:48
>>647
>いやいや差異は相対的なもの。
>お二人の大きな差異も視点を変えれば細部ともいえる。

それはその視点とやらが大雑把過ぎるだけだと思うね〜
具体的に指摘できるならば例を挙げてくれよ、


650 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 00:57:26
所謂所詮観念論貴方達在根

651 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 00:57:30
>>644
>いや、逆に私はぴかぁ〜のレスは全部理解できるというか、
>思考形式が単純過ぎるのでいくらでも粗を探せるのだが

このレスはめずらしく良いですね。「私」について語っています。
僕が思うに純一さんのトラウマ?は
「誰も私を理解してもらえない」ということではないでしょうか。哲学板とは哲学という高等なことを話
す場だ。私は高等なことを議論する力がある。しかし誰も私と議論しないし、尊敬もしない。これは間
違っている。なら馬鹿なお前らにあわせて馬鹿をやってやろう。ではないか。」

しかし純一さんは、みなが純一さんと話をしない理由が純一さんが高等だからではないことを知って
いる。

652 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:03:19
>>648
>>648
>その意味は、逆説的に、他者と向き合うことへの恐怖だと思います。
>いわば純一さんはHGなのです。

コウダクミは、エロキャラをとっても、人の目を見て話せることを示した。
HGは過激キャラをとっても、人の目を見て話ができるのか。

純一さんあなたは過激キャラをとると、つまらないんです。
僕もこのような粘着してこなければ、あなたと話すことを避けるでしょう。
なぜならあなたとは差異化運動が進まない。
あなたは、過激キャラなければ、人の目をみて話せない。

逃げずに答えてください。

>ではあなたは「真実に触れるコミュニケーション」をするためにここにいるのですか?
>そしてあなたにとっての「真実に触れるコミュニケーション」とは具体的にはどのようなものですか?

653 :純一:2006/05/28(日) 01:03:48
>>651
>このレスはめずらしく良いですね。「私」について語っています。
>僕が思うに純一さんのトラウマ?は
>「誰も私を理解してもらえない」ということではないでしょうか。哲学板とは哲学という高等なことを話
>す場だ。私は高等なことを議論する力がある。しかし誰も私と議論しないし、尊敬もしない。これは間
>違っている。なら馬鹿なお前らにあわせて馬鹿をやってやろう。ではないか。」
>
>しかし純一さんは、みなが純一さんと話をしない理由が純一さんが高等だからではないことを知って
>いる。

うーん・・・
とりあえず、言っておきたい点がいくつかあるが、

@>>644のレスは、単にぴかぁ〜を馬鹿にする為に気軽に書いた
A純一のトラウマが馬鹿なことをやる原因とされている
B純一と話をしない理由が純一が高等だからではないとどこで知ったのか?



654 :純一:2006/05/28(日) 01:10:52
>>653の続き、

@>>644のレスは、単にぴかぁ〜を馬鹿にする為に気軽に書いた

 即ち、そんな文章から人の思想は読み取れないし、そこから読み取ろうとするのは、
 私が思うに、唯一、私、純一が書いた文章の中で「読めた(意味が分かった)」から
 だと思う。

A純一のトラウマが馬鹿なことをやる原因とされている

 通常、攻撃を仕掛ける場合、例えば、喧嘩を売られる場合は、
 相手に気に入らないところがある場合だが、ぴかぁ〜の場合、
 喧嘩を売られた相手に気に入らないところが存在しているのではなく、
 喧嘩を売った側に気に入らないところ(トラウマ)があると言う。
 即ち、ぴかぁ〜は自分が攻撃されるような原因はなく、むしろ、相手に
 原因があるのだ、と思い込んで、責任を回避しようとする。

B純一と話をしない理由が純一が高等だからではないとどこで知ったのか?

 既に私が高等だからでないという理由が何故か確定されているので、
 思索の必要がなく、独断があらかじめ客観的に証明済みらしい。

655 :純一:2006/05/28(日) 01:14:11
>>652
>純一さんあなたは過激キャラをとると、つまらないんです。
>僕もこのような粘着してこなければ、あなたと話すことを避けるでしょう。
>なぜならあなたとは差異化運動が進まない。
>あなたは、過激キャラなければ、人の目をみて話せない。

過激キャラ?

まあ、とりあえず、ぴかぁ〜の理論でいけば、
差異があるものとの間でしか差異化運動は起こらないわけだから、
差異化が起こらないというのは、ぴかぁ〜の勘違いでしかないね〜


656 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:14:50
>>654
いまとなっては懐かしい。じゆんスタイルですね。カオルさんを呼びますか。
ちょっと冗談がきついですか。

ようは、これに答える前に、濃いレスをされてもこまります。
何度のいうように、僕は荒し純一さんだけでなく、マジな純一さんに興味はないのです。

>ではあなたは「真実に触れるコミュニケーション」をするためにここにいるのですか?
>そしてあなたにとっての「真実に触れるコミュニケーション」とは具体的にはどのようなものですか?

657 :純一:2006/05/28(日) 01:16:30
名無しとぴかぁ〜の意見を比べると、
全く逆なのだが、

>>647
>いやいや差異は相対的なもの。
>お二人の大きな差異も視点を変えれば細部ともいえる。

>>652
>なぜならあなたとは差異化運動が進まない。
>あなたは、過激キャラなければ、人の目をみて話せない。

658 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 01:18:25
>>649
それは表層では相手を全否定するポーズをとりながら、離反する議論の応酬を繰替えせるということは、潜在的に歩み寄りたい、しかしそれは認めないという二重性が見てとれる視点です。

659 :純一:2006/05/28(日) 01:20:08
>>656
>ようは、これに答える前に、濃いレスをされてもこまります。
>何度のいうように、僕は荒し純一さんだけでなく、マジな純一さんに興味はないのです。

いや、要するに、

@ぴかぁ〜は報復される責任を認めたくも無く、
A純一がマジで書いたものを読んで反論する力も無い、

ってことだろ?

660 :純一:2006/05/28(日) 01:23:26
>>658
>それは表層では相手を全否定するポーズをとりながら、
>離反する議論の応酬を繰替えせるということは、
>潜在的に歩み寄りたい、しかしそれは認めないという
>二重性が見てとれる視点です。

それじゃあ、アメリカがイラクを攻撃したのも、
パレスチナがイスラエルと争うにも仲が良い証拠だってことになり、
世界は平和だってことで、何ら問題が発生していないという
達観的思想だね〜


661 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:24:03
>ではあなたは「真実に触れるコミュニケーション」をするためにここにいるのですか?
>そしてあなたにとっての「真実に触れるコミュニケーション」とは具体的にはどのようなものですか?

とりあえず、この当たりまでですか。
僕の意見をいうと、あの手この手ですり寄られても、純一さんにはまったくもって
興味がもてないんです。「すいません」

これは変わらないと思いますよ。(笑)

662 :純一:2006/05/28(日) 01:26:40
>>661
>僕の意見をいうと、あの手この手ですり寄られても、純一さんにはまったくもって
>興味がもてないんです。「すいません」

いや、興味がもてないというより、
哲学そのものにきっとあなたは興味がないのでしょう。
だから、ひとだび自分の領地を離れると会話ができなくなり、
自分と同じ言葉を喋ってくれる人しか「他者」と認めず、
差異化運動は起こらないして認めないわけですから。


663 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:29:37
ベタにあなたはぴかぁ〜さんに「転移」している、それだけですね。
純一さんには、なぜにそれがわからないのか、とても不思議ですね。
それともわかってやってるのですか?(笑)

664 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 01:29:44
閉塞性の中で繰り返される強迫的な「終わりなき」ゲーム

何処に行けば参加できる?

665 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:31:18
>>664
VIP

666 :純一:2006/05/28(日) 01:31:50
>>663
>ベタにあなたはぴかぁ〜さんに「転移」している、それだけですね。
>純一さんには、なぜにそれがわからないのか、とても不思議ですね。
>それともわかってやってるのですか?(笑)

転移ねぇ、便利な言葉だねぇ・・・


667 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 01:34:16
所謂所詮観念論貴方達馬鹿根

668 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 01:38:18
>>660
そこですよ。かれらは自ら同じ土俵に上がろうとしない。そこが決定的に違う。

669 :純一:2006/05/28(日) 01:38:28
ちなみに、本当の「転移」ってのは、

>@ぴかぁ〜は報復される責任を認めたくも無く

ってのを「転移」する為に、

>A純一のトラウマが馬鹿なことをやる原因とされている

と相手に「転移」して、責任逃れをするぴかぁ〜のことなんだけどね〜

670 :純一:2006/05/28(日) 01:39:41
>>668
君は矛盾を意識したくないようだね

671 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:45:12
良性転移=愛、悪性転移=憎しみ。ここのは境界はない粘着という強度だけがあるのでしょう。

コテ同士というは、すぐに転移関係になりますね。2ちゃんねるにはイマジネールな闘争がに溢れて
います。たとえばぴかぁ〜さんも、しろうとさん、むじんくんなどなど、平行線故に、感情的な議論を
行ってきました。しかしここには相互性があった。互いに熱くなり、気になる。

しかし純一さんの場合はほぼ一方向ですね。純一さんって結局誰なんでしょうか?なにに興味があ
るのか知りませんし、興味がわかない。明日からいなくなっても、気にならない。一度ためしに1ヶ月
ほどこのスレにこないことはできませんか。あなたが転移していない、あるいは転移が双方向であると
いうなら。

あなたには絶対に無理でしょう?(笑)

672 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 01:46:39
>>670
矛盾の存在は前提であり、問題はそれをいかに止揚するかだがね。

673 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:47:43
純一さんももうぴかぁ〜さんのみでこの板に繋がっている感じですね。
ぴかぁ〜さんがらみでのみ、他の人の話してもらえる。それがとぎれると、
ほんとうにこの板に居場所がない。それがより執着になっているのでしょうね。

674 :純一:2006/05/28(日) 01:49:53
>>671
>コテ同士というは、すぐに転移関係になりますね。2ちゃんねるにはイマジネールな闘争がに溢れて
>います。たとえばぴかぁ〜さんも、しろうとさん、むじんくんなどなど、平行線故に、感情的な議論を
>行ってきました。しかしここには相互性があった。互いに熱くなり、気になる。

この言い方はロウシそっくりですね、たぶん、リーマンと会話しているうちに、
知らずに吸収した会話方法でしょうね。ぴかぁ〜はこういうことばっか
覚えるから、肝心の哲学の真髄が吸収できず、低俗な手法でしか展開できなくなるんだよ

675 :純一:2006/05/28(日) 01:52:45
>>672
>矛盾の存在は前提であり、問題はそれをいかに止揚するかだがね。

さっきの、私とぴかぁ〜の関係を同じ手法で話した場合と、
世界情勢で話した手法とでは言い方が違っているね。
君は、私と彼の関係を説明する時には、弁証法の前提しか、
言わなかった。そして、世界情勢の説明では、その差異しか
言わなかった。こういう論じ方は一言卑怯だとしか言えないね。


676 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 01:53:39
>>674
もう一度だけ確認させてください。
純一さんは、ぴかぁ〜さんへストーカー状態(一方向の転移状態)にあることに、
本当に自覚はないのですか?

677 :純一:2006/05/28(日) 01:55:15
>>676
>もう一度だけ確認させてください。
>純一さんは、ぴかぁ〜さんへストーカー状態(一方向の転移状態)にあることに、
>本当に自覚はないのですか?

ん〜、じゃあ、逆に君は、
自分の責任逃れの為に、報復を相手の責任になすりつけていないかな?

678 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:04:05
>>677
>ん〜、じゃあ、逆に君は、
>自分の責任逃れの為に、報復を相手の責任になすりつけていないかな?

ん〜自覚なしですか・・・重症ですね。

自分=ぴかぁ〜さん、相手=純一さんとした場合には、
以下の疑問がありますね。

・なぜ純一さんに「報復」する権利があるのか(純一さんが正義であるのはなにゆえか)
・「報復」という利己的な自己満足でないとなぜに言えるのか。
・「報復」がぴかぁ〜さんに過剰に集中するのはなぜか。

679 :純一:2006/05/28(日) 02:05:46
>>678
>ん〜自覚なしですか・・・重症ですね。

そっくりそのままお返ししますよ

680 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:07:01
>ぴかぁ〜さんも、しろうとさん、むじんくん
これに純一を加えておいて

読んでいて面白いのはしろうとかな
次にぴかぁ〜、純一、だいぶ離れてむじんくん

681 :純一:2006/05/28(日) 02:07:28
>>678
>・なぜ純一さんに「報復」する権利があるのか(純一さんが正義であるのはなにゆえか)
>・「報復」という利己的な自己満足でないとなぜに言えるのか。
>・「報復」がぴかぁ〜さんに過剰に集中するのはなぜか。

その点は、ブログの最新エントリーに詳細に
http://d.hatena.ne.jp/hirask/

682 :純一:2006/05/28(日) 02:09:01
>>680
いや、私のは批判目的だから・・・
読まれる為に書いてるわけじゃないし、
第一、読む人にも力量が要求されるよ

683 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:12:17
>>682
ブログも含めての評価
むじんくんのブログはあるかないか知らないけど

684 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:13:25
>>681
読みましたが、答えはないと思います。
・純一さんの立場・・・なぜ正義でありえるのか。それは驕りではないのですか。
・ぴかぁ〜さんの位置・・・なぜ「報復」が集中するのか。かもってもらえそうだからではないですか。

685 :純一:2006/05/28(日) 02:14:06
>>683
真面目に言うなら、
それは君自身の嗜好が最大の影響を持つと思うよ、
たぶん、東読者なんだろう?しろうとが一番ってことはさ。

686 :純一:2006/05/28(日) 02:17:13
>>684
>読みましたが、答えはないと思います。

>・純一さんの立場・・・なぜ正義でありえるのか。それは驕りではないのですか。

では、なぜ、警察の仕事は利己的な自己満足ではないのですか?

>・ぴかぁ〜さんの位置・・・なぜ「報復」が集中するのか。かもってもらえそうだからではないですか。

では、なぜ、犯罪者は捕まるのですか?
警察にかまってもらえそうだからですか?

687 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:18:52
>>686
警察=2ちゃんねる管理側ではないのですか。

なぜ警察=純一と入れ替えられるのですか?

688 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:19:05
>682
その考え方に二人の同質性を見るのだが。

689 :純一:2006/05/28(日) 02:20:59
>>687
>警察=2ちゃんねる管理側ではないのですか。

それだと、むしろ、管理側=裁判官だと思いますがね

690 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:21:25
>>688
純一さんとぴかぁ〜さんを結びつけようとしている方ですか?
よくわからないのですが、あなたはなにがしたいのですか?

691 :純一:2006/05/28(日) 02:22:20
>>688
>その考え方に二人の同質性を見るのだが。

ん?どこ?

692 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:22:26
>>689

なぜ警察=純一と入れ替えられるのですか?


693 :純一:2006/05/28(日) 02:23:05
>>690
似てるってさ、我々がね

694 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:23:25
>>685
>君自身の嗜好が最大の影響を持つ
そりゃそうだ
いやでも東は2冊ぐらいしか読んでないな

純一はブログが始まってまだ日も浅いから
そこら辺はちょっと不利かもな
まだ味が出てない感じ

695 :純一:2006/05/28(日) 02:24:44
>>692
>なぜ警察=純一と入れ替えられるのですか?

管理側=裁判官とするなら、
犯罪者=ぴかぁ〜を引き渡す、検察側=純一というところでしょうね

696 :純一:2006/05/28(日) 02:27:40
>>694
>いやでも東は2冊ぐらいしか読んでないな

2冊(真面目に)読んでりゃ嗜好の確定には十分だと思うがね、

>まだ味が出てない感じ

いや、味は出てると思うよ、
少なくとも手法は完成しているから、
ただ、話題はもっと広げられると思うね、
事件をずっとやっていくかと思ったけど、急に違うもんを
書いたしね

697 :純一:2006/05/28(日) 02:29:12
しかし、私とぴかぁ〜って似てますかね?
思想的にはあんまり共通点無いのですがね、

698 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:30:04
>>693
>似てるってさ、我々がね

嬉しそうですね。(笑)
警察と犯罪者ではなかったのですか?

やはり自分のストーカーに自覚的でしょう。
ネタだけど、止められない。
それは寂しさを紛らわすためか、ぴかぁ〜さんから少し離れた時期もありましたね。
そして最近また帰ってきた。そうすると、みなにかまってもらえる。
結局、来るしかない、ということでしょう。

議論の中身などどうでもより、ただかまってほしい。
寂しさを紛らわせたい。「ぴかぁ〜おまえもさびしいんだろう。」

やはり、ちゃんと自覚していますね(笑)

699 :純一:2006/05/28(日) 02:31:04
>>698
>警察と犯罪者ではなかったのですか?

そうだけど?

700 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:31:27
>管理側=裁判官とするなら、
>犯罪者=ぴかぁ〜を引き渡す、検察側=純一というところでしょうね

答えてくれないようですね。もう一度だけ聞きましょう。
なぜあなたは正義なのですか。

701 :純一:2006/05/28(日) 02:32:31
>>700
>なぜあなたは正義なのですか。

では、なぜ、警察の仕事は利己的な自己満足ではないのですか?

702 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:38:22
>>701
そうきますか。では効き方を変えましょう。
あなたは、哲学板の警察なのですか。

703 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:38:36
>>696
まあ野次馬が下馬評してるだけだからさ

お前オタクだからだろうといわれたら
そうかもしれないって答えてたろうな
東読者と言われたんでぴんとこなかった

そうそう話題を広げてくれたほうがこっちとしても
楽しめるんでぜひそうしてくれ

>>697-698
俺はあまり似てるとは思えないな
ただ似てるとしたらどちらも割り切りができないんだろうな
ってことだと思える

704 :純一:2006/05/28(日) 02:39:59
>>702
>そうきますか。では効き方を変えましょう。
>あなたは、哲学板の警察なのですか。

組織された正式な団体という意味でなら、
哲学板にそもそも警察というものは存在しませんよね?

705 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 02:44:00
マジかも、説得できるかも、と思った僕が馬鹿でした。
あなたはすべてわかって自覚的にやっている。
あなたは馬鹿ではないが、ただとても弱いだけだ。
あなたの目的は、ただ時間を消費すること。このうすのろの生活をやり過ごすことだ。

そしてこの数時間、あなたの思惑通りに、中身なくただ無駄な時間を消費した。
やはりぴかぁ〜さんがいっていいたように「純一は放置しろ」これしかないようです。

しかしこのスレでなければ、一度じっくり議論してみてもよいですよ。
あなたにその気があれば、別にまともなスレ立ててください。遊びにいきますよ。
以後このスレでは、放置させていただきます。

706 :純一:2006/05/28(日) 02:45:51
>>703
>お前オタクだからだろうといわれたら
>そうかもしれないって答えてたろうな
>東読者と言われたんでぴんとこなかった

哲学という話題では、大体、ブログでは
東・宮台、網状根のメンバーがメインってことに
なっているんじゃないか?即ち、それ以外の論者を
語ると哲学ブログとは認識してくれなくなる、
だから、読者の嗜好というのをさっき力量と表現したんだけど、
私のブログの場合、そういうのを読んでる人には哲学に
見えないだろうね、システムとか、超越論的とか言わないしね



707 :純一:2006/05/28(日) 02:47:39
>>703
>俺はあまり似てるとは思えないな
>ただ似てるとしたらどちらも割り切りができないんだろうな
>ってことだと思える

ああ、なるほどね、
たしかにそうだね、mixiとは違うしね

708 :純一:2006/05/28(日) 02:51:16
>>705
>あなたの目的は、ただ時間を消費すること。

んなわけない

709 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:54:24
純一くんはなにをやっているのかね。
落ちぶれたもんだ。

710 :純一:2006/05/28(日) 02:54:59
>>709
去った直後に自演かね?

711 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:56:11
自演ではない。

712 :純一:2006/05/28(日) 02:58:10
>>709
>なにをやっているのかね。

見てわからないかね?
いつものやつだよ、

713 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:58:51
>>706
嗜好と力量にはえらい違いがあると思うが…

まあもともと哲学って視点では見てないからな

ところで純一のブログは5.11から急に面白くなくなったぞ
しんちゃんのはまだいいんだが

714 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 02:59:11
リンチかね?

715 :純一:2006/05/28(日) 03:05:11
>>713
>嗜好と力量にはえらい違いがあると思うが…
>まあもともと哲学って視点では見てないからな

いや、東読者と話をする時は、哲学の解釈を
網状根メンバーの方向で持ってこないと理解してくれないのだ、
だから、その人の観念では嗜好でも、私にとっては合わせなきゃ
ならないので力量と表現した。

>ところで純一のブログは5.11から急に面白くなくなったぞ
>しんちゃんのはまだいいんだが

観念的なテーマになったからね、
事件の記事は、読むだけじゃなくて、推理できる人じゃないと、
真相がわからないようにしてある



716 :純一:2006/05/28(日) 03:05:44
>>714
報復だよ?

717 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:09:16
>>716
どの様な状況に到れば報復の完了となるのかね?

718 :純一:2006/05/28(日) 03:10:52
>>717
やっぱり君はぴかぁ〜じゃないのかね?

719 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:11:31
>>715
観念的というか推理とかいうよりエントリの内容が
引用ばかりで純一自身のコメントが数行なんで
読むとこがない

720 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:12:24
こんなにかまうとぴかぁ〜さんに怒られますが、今日よくわかったのは、純一さんはある種の自信か
ら、オレからすれば、ぴかぁなど哲学ではないし、まともに転移するほどの相手ではない。転移のフ
リでからかっているのさというアイロニカルな強い自尊心があるということですね。

でもブログをみるとそのレベルの低さに、その自信が滑稽で、吹いちゃいましたよ。あれも馬鹿のフ
リなんでしょうね。天才は、馬鹿のフリとが、警察とか大変ですね。でもほんとにほんとは、やはり馬
鹿なんじゃないでしょうか。まあ興味ないし、どっちでもよいんですけど。(笑)ではほんとに最後にします。

721 :純一:2006/05/28(日) 03:15:11
>>719
>観念的というか推理とかいうよりエントリの内容が
>引用ばかりで純一自身のコメントが数行なんで
>読むとこがない

たしかにそうだね〜
あれは自覚してやってるんだけど、
私が論を書いても、皆読めないだろうしね


722 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:15:43
>>720
誤字を無くせるようになったじゃないか

723 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:17:44
>馬鹿のフリとが

残念
一箇所発見してしまったがね

724 :純一:2006/05/28(日) 03:18:26
>>720
>まともに転移するほどの相手ではない。転移のフ
>リでからかっているのさというアイロニカルな強い自尊心があるということですね。

いや、転移しているのはぴかぁ〜なんだが・・・

>でもブログをみるとそのレベルの低さに、その自信が滑稽で、吹いちゃいましたよ。あれも馬鹿のフ
>リなんでしょうね。

私のブログは八割方記事なんだよ、
だから、ぴかぁ〜がレベルが低いと思ったのは、ぴかぁ〜が
そこから思索を展開できない人だってことなんだよ〜


725 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:19:35
>>721
読めるのを書いてくれよ
確かに俺は野次馬だけど
少なくとも読みたいと思ってるんだから

726 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:20:43
私も読みたいと思ってるがね

727 :純一:2006/05/28(日) 03:24:36
>>725
>読めるのを書いてくれよ
>確かに俺は野次馬だけど
>少なくとも読みたいと思ってるんだから

読める理論を書くのは難しいな、
各々の読者の嗜好(誰の本を読むか)によって異なるし、
ちなみに、私は最近の哲学系ブログの抽象理論は何言ってんだが
わかんないね、社会学とか流行っているみたいだけどね

728 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:26:44
*なぜ最近の若者は空気が読めないのか?

■最近の若者は「生真面目」?

@空気を読む努力しますか?空気に従おうとしますか?

どっきりで芸能人に突然知らない業界人が「ひさしぶり」とはなしかけてくるとどうする、というのが
あった。芸能人は疑いながらも話をあわせようとする。しかし相手がだれかわからず、どう振る舞う
べきかコンテクストが読めず、立場が宙吊りにされる。そのあたふたがおもしろいというドッキリであ
る。ここにあるのは、懸命に空気を読む、そしてそれに従おうとする努力があるが、読めないという
状況である。だれもが日常でこのような宙吊りを味わっているから、おもしろいのである。

この状況を、@読む努力とするか、A空気を重視するかの2項目で、以下の四つのパターンが考え
られる。

>>
@生真面目型 (努力あり/空気に従う)・・・懸命に空気を読もうとして、読めずに、あたふたする
A融通(ひねくれ)型 (努力あり/空気に従わない)・・・空気を読みつつ、優位に誘導して、「どなた
か」聞き出す
B天然型(努力なし/空気に従う)・・・特に疑わずに、適当に合わせて、流す
C糞真面目型(努力なし/空気に従わない)・・・空気を破って、「どなたですか?」と聞くことがある
だろう
<<

これは状況にもよるだろう。この場合、話しかけている人が若いなら気楽に「誰だっけ?」と聞ける
が、年輩で身なりもよくそれなりの立場の人であれば、失礼があってはいけないと、空気を努力をし
て、空気に従おうとするだろう。

人は他者との関係の中であるコンテクストの立場に「ピン留め」される。空気=コンテクストはこの次
元、この深度と速度、すなわち無意識的、反射的、そして日常そのものとして理解されなければならない。

729 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:28:05
純一は関西で宗教系の全寮制高校だったかね?

730 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:28:57
A若者は空気に鈍感?敏感?

最近の若者は空気を読めない、ということです。しかし複雑さによりますが、人間がその場のコンテ
クスト(状況)を把握するには0.数秒程度だと言われています。空気を読むとは、将棋の対戦のよう
に、意識的に相手の真意を深読みするようにとらえられますが、もっと無意識で反射的な行為なのです。

たとえば友達同士ではよく、言葉遊びのように真意をズラして、漫才のように冗談(ネタ)のキャッチ
ボールをします。ここでの会話は反射的ですが、言葉と真意に距離がある、空気読み、操作が働い
ています。たとえば「アイーン!」に子供が笑うのは、子供でさえ、はじめて「アイーン」という滑稽さを
みて笑うのではなく、それが笑うものだという反復があるから笑うのです。そこには無意識に空気読
みが働いているのです。

頭を使ってないなどといわれるギャルだが「〜みたいなあ〜」、「っていうかあ」などの言い回しは、断
定を避ける空気を和らげる効果をもっといわれています。いっけん煩雑な若者言葉だか彼らはときく
小さなコミュニティへの帰属を重視し曖昧ないい回して複雑、繊細な空気を保つっています。

そのような意味で言えば、「マジ」などとというもは存在しません。どこまでもアイロニカルな「マジ」な
ポーズでしかありません。

空気を保つ行為は人間にとってそれほどめずらしい行為ではないですが、現代の特徴はその変化
速度、多様性が増していることです。マジでありすぎると、次の瞬間には価値観が変化しているかも
しれません。だから引いた姿勢で、回りの状況を確認し対応することが一つの方法です。しかし逆に
空気を読みすぎると決断できないということがあります。それは、なんにでも寛容であり、それは優
柔不断であるとともに、誰ともマジになれない「不寛容」であるといえます。

731 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:29:44
■ネットの普及が若者をベタにした?

Bリアリティは「マジ」から「ネタ」そして「ベタ」へ

このような社会的な変化を北田暁大「嗤う日本の「ナショナリズム」に示されています。

>>
@60年代〜70年代前半 自己否定から総括へ 連合赤軍
世界と自己、主体との関係を再帰的に問う、という近代人であることの要件を、極限まで突き詰めた
連合赤軍の「総括」

A70年代なかば〜80年代初頭 消費社会アイロニズム=(60年代への)抵抗としての無反省 コ
ピーライターの思想
性急な反省を迫る思想主義と距離を置き、「無反省」という反省へ向かう。そしてメディア論的、消費
社会論的なリアルの捕捉を試みる。消費社会的なリアリティと密接にかかわったアイロニズム

B80年代 消費社会シニシズム=無反省 なんとなくクリスタル、元気が出るテレビ、オレたちひょうきん族
消費社会的な行動様式が大衆化する中で、60年代への抵抗が抜け落ち、「無反省」となる。アイロ
ニカルであることから、消費社会的シニシズムへ

C90年代〜2000年代 ロマン主義的シニシズム 2ちゃんねる
第三項(「マスコミ」、「資本」といったギョーカイ)の存在感が限りなく希薄化した行為空間において、
「繋がり」の社会性の上昇によって、アイロニカル・ゲームは80年代よりも過酷になる。そして過剰な
複雑性に対応するためにロマン的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)が導入される。アイロ
ニカルでありながら、実在主義的ともロマン主義的とも形容できるような奇妙なポジショニング(シニ
カルな態度をとりつつベタな感動を指向するポジショニング)が成立する。

なぜ2ちゃねらーは「藁(わら)い」ながら「没入」するのか? http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050306
<<

732 :純一:2006/05/28(日) 03:29:45
>>729
なぜ、そこまでわかるのかね?

733 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:29:51
いやね 宗教や教育に関する考えを聞いてみたかっただけだがね

734 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:30:31
これでいくと、@→Aの70年代にマジからネタへの遷移があり、さらにはC90年代以降に、ネタと
ともにベタへ遷移しています。ボクはこれを「リアリティ」の変化として見ます。

>>
リアリティの変化

マジの時代 正しさがあった時代
ネタの時代 正しさをアイロニカルに見る時代
ベタの時代 メタメタ…の中でイベント化、祭りにアイロニーは薄まりネタがマジになる。
<<

マジの時代とは、人々で共有する規範がまだあり、懸命に空気を読まずとも、規範に従うことが空気
であった。すなわり規範がリアリティであった。ネタの時代とは、規範に従うことが嘘くさいものとな
り、それを疑うこと、規範にアイロニカルであることがリアリティです。

735 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:31:14
C生真面目だからベタになる

さらにアイロニカルな運動が加速するときに、リアリティはイベント化する。

>>
ボクの好きな例にマルセル・デュシャン「泉」があります。美術作品といってただの便器をおく。これ
は美術とは魂だ、美の追究だ、などの「末端」を排除し、美術館というシチュエーションが「美術とは
なか」を支えていることを暴露します。

ここにまもう一つ意味があって、「出オチ」であるということです。「美術作品といってただの便器をお
く。」ことで完結します。もはや作品の鑑賞する深みなどなにもありません。これは「美術作品のイベ
ント化」です。現代芸術は「出オチ」化、イベント化に向かいます。 TV番組のバラエティ化、街のイベ
ント化、劇場化などもこの流れにあります。現代のリアリティはじっくり物語るにリアリティがもてず、
ダイナミズムに求められています。

このようなイベント化で成功したのが、古くは「おにゃん子クラブ」、最近では「モーニング娘。」です
ね。あれらはアイドルのパロディであり、末端の物語を排除し、シチュエーション重視のイベント化で
す。「モーニング娘。」は2ちゃんねる(の「モー板」の活況)とリンクした最初でしょうか。

[議論]続  オタクであることはなぜ恥ずかしいのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060525
<<

736 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:31:18
>>732
昨日 自分でそれっぽいこと書いてたがね

737 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:32:02
イベント化したリアリティとはアイロニカルなまなざしが失われたベタなものになる。北田言う「ロマン
的な対象(「ナショナリズム」、「反市民主義」)」であり、嫌韓、小泉支持など。宮台はこのような傾向
を「ヘタレ」と呼びます。

これはもはや読むべき安定した空気がないなかで、先ほどの分類でいくと、「@生真面目型」である
から、宙吊りの中でベタに感染するのではないでしょうか。宮台はこれは、「オブセッシブ(強迫的)な
アイロニスト」と呼びます。

>>
「コンプレックスに浸された『困ったちゃん』がオブセッシブ(強迫的)な梯子はずし」に勤しむことで、
「自己目的的なコミュニケーションの接続」の閉じを見せる。それが頭の悪い2ちゃん野郎の恥ずか
しさです。この手の輩を頽落といわずして、なにをか頽落といわん(笑)。この頽落を、文脈依存性へ
の鈍感さとして語ることもできます。・・・たしかに、対象をズラすて距離化したがる点では、いまの若
い人たちはアイロニカルな戯れが好きになったような見えます。でもそうした動機を支えるオブセッシ
ブ(強迫的)な社会的文脈については鈍感です。だから、ズラす自分からズレることができず、自分
をズラそうとする他者に対して過剰に防衛的になる。はたから見ると、そのヘタレぶりは恥ずかしい
ほど明確です。(宮台)

ヘタレ化するポストモダン http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051029
<<

738 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:32:44
Dネットがリアリティをベタへ変容させる

このようなアイロニカルな運動の加速は、ネットの普及が促進している面が高いだろう。

>>
ネットはコピペ世界であり、デリダの反復可能性よろしく、コンテクストを読み、貼り付けるというコン
テクストの操作を容易にした。これは統一した主体像を散乱させると悪くいわれたりするが、「ディス
コミュニケーションをコミュニケーションする」というウィルス的逞しさの前では、「散乱することを主体
化する」とでもいえる、主体の自由につながるだろう。たとえば、知的になり、厨房になり、ネカマにな
りと、散乱を遊ぶという主体像を、すなわち現実(リアリティ)を作るわけだ。

なぜ現実(リアリティ)はネットに共鳴するのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060515
<<

たとえば友達に「僕は天才だ」という言われたときに、その場の状況、その友達の性格など知ってま
すから、「僕は天才だ」の真意がその場のネタだとわかります。しかしネットでは、いきなり、匿名の
誰かが「僕は天才だ」と書き込まれたときに、その真意をわかりかねます。

739 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:33:27
ネットは空気が曖昧で、このような真意の誤解に溢れています。相手にわかってもらおうとマジに言
うほど伝わらない。それは相手への過剰な攻撃性へ、そして炎上へという問題(炎上)が多発しています。

だからもはやマジになりすぎないこと、ネタ的あることがネットの儀礼であるともいえます。2ちゃんね
るの「ネタにマジレスかっこ悪い」とはこのような意味です。かつての2ちゃんねる、そしてブログと理
屈の世界ではネタが保たれていますが、それは容易に反復され発散します。その速度がネットの全
能感的興奮になり、そしてその加速化がベタへの感染に向かいます。

>>
この自由さはある意味で、全能的高揚感につながる。そしてネット上のリバタリアニズム指向はこの
ような高揚感からきている。さらにこのような全能的高揚感が、サイバーカスケードとよばれる疑似
共同体を生み出すことはよく知られている。たとえばネットを中心に広がった「自己責任」論などにみ
られます。イラク人質バッシング、あびるバッシング、嫌韓など。

自由でありながら共同体の形成という高揚感。これらは現実(リアリティ)の変化であり、そしてすで
にネットのリアリティは、実社会のリアリティに共鳴していることは疑いえません。

なぜ現実(リアリティ)はネットに共鳴するのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060515
<<

740 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:34:07
■なぜ最近の若者は空気が読めないのか。

Eしゃべり場はなぜベタなのか

世代論とともに、年代論もあるでしょう。ネタな姿勢は、他者との距離を保ち続けること、本当の心を
晒さないことですから、とても孤独なスタンスでもあります。だからどうしても誰かとマジに腹を割って
話したいという思いがわくでしょう。

たとえば、しゃべり場をみて思うのは、思春期というのは、もっとも「正論」をマジに言える年代なんだ
と思います。ボクはこのような時期を「思春期セカイ系」と呼びました。

>>
2ちゃんねる哲学板にいると、自分の不安を世界の不完全さと短絡させ、「世界が間違ってるから、
悪いから、正しいボクは苦しくなる」的な言説の人が多々来る。思春期という、経験よりも知識(理
想)が多いアンバランスな時期に、「なんで大人はこんなこと簡単なことがわからないのだ!」的なあ
る種の全能感をともなってあらわれやすい。特に、引きこもり系の人に多いように思う。ボクはこれを
「思春期セカイ系」と呼んでいる。

「なぜ「思春期セカイ系」なのか。」ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050727
<<

741 :純一:2006/05/28(日) 03:34:55
ん〜、宗教か〜

742 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:37:42
たとえば特に女子に顕著ですが、間違ったもの、不潔なもの、曲がったことなどを過剰に嫌悪しま
す。それは、社会という実践に出る前で、よく練られた社会モデルを教えられ、社会がモデルのよう
に割り切れると信じている段階であるということがあるでしょう。さらに思春期とは、生物学的には親
という古い秩序を反発するようにプログラムされた時期です。それによって、種は古い価値から新陳
代謝し、生き残っていくのです。

だから思春期のマジは、社会に出た者には正論である故に、青臭く、耳が痛く、ある意味で不快なも
のなのでしょう。「思春期セカイ系」は生真面目だから空気の宙づりの中で、ベタになる傾向にあります。

743 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:38:27
Fオタクという人間くさい人々

オタクは「動物化」(アイロニーの消失し直接的快感へ向かう傾向)しているいう議論があります。し
かしボクは、こんなに豊かで、おもそろく、複雑な作品を創造する、享受するオタクが動物化している
というのは、信じがたいです。どうみてもオタクは「動物化」しているというよりも、豊かで、人間くさい
人々だと思います。

「アイロニーは無意識的、反射的に働く」という意味で、オタクの趣向への判断が反射的であるから
といって、アイロニーが消失し動物化しているということには、なりません。オタクの中で「動物化」と
いう言葉が流通したのは、自分自身をもてあます「動物化したい欲望」の強さからではないでしょう
か。そのような意味でも、オタクとは、懸命に空気を読もうとして、読めずに、あたふたする「生真面
目型」な人々ではないでしょうか。このようなあたふたの先に空気読みを暴力的に遮断する「キレる」
という行為があるでしょう。

744 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:39:05
Gなぜオタクはもてずに、「チョイ悪」はもてるのか

そして「生真面目型」はモテてないでしょう。たとえば恋人と高級フレンチ店にいって、一つ一つの行
為ににあたふたするよりも、全体の流れをわかって、余裕を見せいている男が頼りがいがあり、かっ
こいいです。特に女性は(生きていくために)人間関係に敏感で、俯瞰的な目線を持っていますの
で、様々な行為に対して、それよりも高い位置からの広い視野=メタ視線を持つことが包容力があ
る、頼りがいがあるということです。

このようなことは、事前に情報を仕入れ、まめにチェックすることで乗り切れます。まさに「生真面目
型」である電車男は実際にそうしていました。しかし事前に全てを予測することは不可能です。現実
はいつも偶発的です。電車男は偶発的な出来事に遭わせて、ケータイで懸命に情報をしいれていま
したが、それも限界があります。

745 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:39:47
そもそも空気とは、そこにある静的なものではありません。人々の関係の中でコミュニケーションを
成立させよう。分かり合えるだろうという希望の上に成り立つ幻想です。だから空気を読もうとするそ
の人はすでに空気の中にいて、その一部です。その人の行為が関係性をつくっています。空気を読
もうとすることが空気を変化させます。それはイタチごっこの関係にあります。だからどこかで、「決
断」を行い乗り切る必要があります。

決断といっても「糞真面目型」に空気を読めずにただ独善であることはモテないでしょう。モテ男と
は、「チョイ悪」です。空気を読みつつも、優位に誘導して、どこかで空気を破る決断を持つ「融通型」です。

モテることが必ずしも重要ではありませんが、現代において、「空気を読む」と単に「生真面目」にそ
の場にあわせていくということではなく、どこかで「決断」する、さらにはそれはどこか、ということで
しょう。それは「空気を壊すことを怖れずに、勇気を持って空気を作る」ということでしょう。ボクはこれ
を「コンテクストサーファー」と呼ぶわけです。

746 :純一:2006/05/28(日) 03:39:50
ああ、そうだ
思い出したが・・・

747 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 03:40:28
Hなぜ最近の若者は空気が読めないのか。

長くなりましたが、では、「なぜ最近の若者は空気が読めないのか。」最近の若者はかつてのように
「確かな空気」が崩れている故に、空気を読むことが求めらており、「生真面目」です。

「最近の若者は空気が読めない」というのは、「確かに空気」=大きな社会性に対してでしょう。「生
真面目」な彼らのとって、もはや大きな社会性、たとえば「政府が格差社会を陰謀している」というよ
うな大きな物語などには、リアリティがなく、読んでいる故に積極的に読まないのです。

彼らにとっては、もっと小さなコミュニティの空気を読むことにリアリティがあります。だからギャルでさ
え、懸命なのです。そして「生真面目」であるが故に強迫的ベタに感染してしまいます。ベタへの感
染=イベント(祭り)化によってしか、空気読みのジレンマから逃れられないからです。

なぜ明らかに胡散臭いオウムに若者がはまったのかも、生真面目な若者が空気読みのジレンマか
らベタ(胡散臭さ)に感染したと言われています。そしてオウムが様々な事件を起こしつづけたのも、
胡散臭いにリアリティを保つためのイベント化であったのかもしれません。

このようなベタも結果的には、「最近の若者は空気が読めない」という避難に繋がるのかもしれませ
ん。それでもリアリティのイベント化はもはや止まりません。それは、オウムも最後は自滅したよう
に、どのような形であっても一つのベタに留まることは不可能です。もはや誰もが次の空気に巻き込
まれざる終えないのです。

748 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 03:42:19
>>727
今のスタイルのほうがみんなに伝わるはずだと
思うならそれでもいいんだけどさ

749 :純一:2006/05/28(日) 03:44:26
>>742-745を読んで、
ぴかぁ〜を割り切れない性格だと思うかもしれないが、
私とは少々違うところがあるような気がしますね〜

ぴかぁ〜の場合、些細な現象に執着して観察して記事を書いて
何事も割り切らないと済まないように見えないことも無いですが、
根本的には割りと健康というか、精神病的ではないですね、少なくとも
純一よりは、私の場合は、もっと病的なタイプですから

750 :純一:2006/05/28(日) 03:46:53
ん〜

751 :純一:2006/05/28(日) 03:48:03
あ、割り切れないと済まないか、
すまん、間違えた

752 :純一:2006/05/28(日) 03:49:12
ちなみに、

753 :純一:2006/05/28(日) 03:50:37
理論はあるのですが、公表していません

754 :純一:2006/05/28(日) 03:51:59
でも、みんな、
どこから私が理論を持っていると
知るのでしょうかね?

755 :純一:2006/05/28(日) 03:52:31
不思議でなりませんね

756 :純一:2006/05/28(日) 03:56:03
では、

757 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 14:02:05
君ら、近親憎悪つーやつだ罠

758 :純一:2006/05/28(日) 14:27:18
やあ、

759 :純一:2006/05/28(日) 14:27:48
どうもどうも、

760 :純一:2006/05/28(日) 14:28:41
>>757
>君ら、近親憎悪つーやつだ罠

本当かね?一応、私なりには、
ぴかぁ〜との差異は結構あると思うよ〜

761 :純一:2006/05/28(日) 14:29:23
つまり、具体的に指摘してもらいたいのですがね、
じゃないと論証もへったくれもないのでね〜

762 :純一:2006/05/28(日) 14:30:28
それはさておき、
>>757さんが具体例を挙げてくれるまでの間、
私が気が付いたことを挙げていき、論証していきましょう

763 :純一:2006/05/28(日) 14:32:54
>>757
>君ら、近親憎悪つーやつだ罠

近親憎悪の定義が載ってないなー
これでは参考資料がないね

764 :純一:2006/05/28(日) 14:33:48
今、調べてんだが、辞書にも載ってないね

765 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 14:34:04
油断してると、突然、アタマの上に落ちてくんだぞ。

766 :純一:2006/05/28(日) 14:35:24
一応、私が表向きの理由として、
ぴかぁ〜を攻撃する理由はここに述べた
http://d.hatena.ne.jp/hirask/20060514

767 :純一:2006/05/28(日) 14:36:10
>>765
>油断してると、突然、アタマの上に落ちてくんだぞ。

何が落ちてくんの?

768 :純一:2006/05/28(日) 14:36:57
>>765
ところで、近親憎悪の定義、どっかに載ってない?
ウィキにも項目が無いんだけど

769 :純一:2006/05/28(日) 14:38:27
で、近親憎悪に見えるのは、
私がシステム上の調整からの間引きを、
コミュニケーションとして判定するから、
そう見えるだけなんじゃないかなってことなんだけどね〜

770 :純一:2006/05/28(日) 14:41:59
図式化して、

×

ぴかぁ〜 ←近親憎悪→ 純一




ぴかぁ〜 ←スレ立てシステムの平等性確保の為の制裁← 純一

ぴかぁ〜 →制裁を受けるという認識の欠如=責任逃れ→ 純一


って感じが正解だと思いますがね〜

771 :純一:2006/05/28(日) 14:44:52
で、さらに、個人間の諍いの見解を載せましょうかね、


ぴかぁ〜の見解

ぴかぁ〜 ←羨望・愛・転移などの尊敬の裏返し← 純一


ギャラリーの見解

ぴかぁ〜 ←近親憎悪→ 純一


純一の見解

ぴかぁ〜 ←スレ立てシステムの平等性確保の為の制裁← 純一

ぴかぁ〜 →制裁を受けるという認識の欠如=責任逃れ→ 純一


772 :純一:2006/05/28(日) 14:45:54
>>771
まあ、三者三様といったところですがね〜

773 :純一:2006/05/28(日) 14:49:02
一応、私は純一ですので、
純一よりの見解になりますので、

>ぴかぁ〜の見解
>ぴかぁ〜 ←羨望・愛・転移などの尊敬の裏返し← 純一

ぴかぁ〜のこの見解は、

>ぴかぁ〜 →制裁を受けるという認識の欠如=責任逃れ→ 純一

という具合に認識されますし、

>ギャラリーの見解
>ぴかぁ〜 ←近親憎悪→ 純一

というのを見ると、
ああ、自治関係のいざこざを知らない人達なんだな〜
と思ってしまうわけですがね、


774 :純一:2006/05/28(日) 14:51:00
とまあ、>>773みたいな、
私の見解を知った上で、反論があるなら、
どうぞ言ってください

775 :純一:2006/05/28(日) 14:53:45
私が思うにですね〜、
ギャラリーの皆さんは、昔の事件をあまり
知らなくて、白紙の状態で我々が争っていると、
見なすので、近親憎悪という怪しげな精神分析理論を
持ち出すのではなかろうか、と思うのですがね〜

776 :純一:2006/05/28(日) 14:55:27
過去に何があり、
そこで何が争われたのかは、
私のブログの最新記事を読めば、
納得していただけるものと信じておりますので、
どうぞ、皆さん、それを踏まえた上での議論をお願いしますよ〜

777 :純一:2006/05/28(日) 14:57:13
ん〜、たとえば、

>>771
>ぴかぁ〜の見解
>ぴかぁ〜 ←羨望・愛・転移などの尊敬の裏返し← 純一

は、争いの原因を私の羨望とか、
ぴかぁ〜を尊敬するあまりに攻撃に走る?という理論になってますが、
通常はこういうことはありません

778 :純一:2006/05/28(日) 14:58:13
その理由は簡単でありまして、
哲板での評価からして、通常はまず、
羨望されるに値するような人間ではないからですね〜

779 :純一:2006/05/28(日) 14:59:37
ギャラリーの皆さんは、
前にもたしか、なぜぴかぁ〜と争うのか?
と質問されたと思うのですが、ブログの最新記事以外では、
詳しく説明はしてこなかったのかもしれませんね〜
それが近親憎悪という誤診の原因かもしれません

780 :純一:2006/05/28(日) 15:00:59
再三、ブログ等で説明している通り、
哲板にはスレッドに関するシステムに致命的な
欠陥があります

781 :純一:2006/05/28(日) 15:02:38
私のブログでは簡単に図にまとめましたが、
もう少し詳しく説明致しますと、
スレッドの立てる制限がこの板にはかけられているわけですが、
逆に削除依頼はスレッドの消去に関するシステムですね、


782 :純一:2006/05/28(日) 15:04:04
削除依頼に関しては、ぴかぁ〜はプロキシを使って、
匿名で削除依頼が可能なのですが、まあ、これはいいとして、
スレッドの設定制限の場合では、彼我の差が究極のものと
なるわけですね、で、これがシステム上の欠点であるわけです

783 :純一:2006/05/28(日) 15:05:15
で、私が単に荒らしていると思う方も居るかもしれませんが、
私が潰しているのは、そういう「特権」を持ったコテが立てた
スレだけですから〜

784 :純一:2006/05/28(日) 15:06:18
ぴかぁ〜の場合ですと、スレ立て制限がまるで、
効いていないということは、ブログて紹介しましたが、
連投規制も効いていませんよね?

785 :純一:2006/05/28(日) 15:06:50
で、ロウシの場合も同様、
まるで効いていませんから〜

786 :純一:2006/05/28(日) 15:08:51
ですから、私は、

>>695
>管理側=裁判官とするなら、
>犯罪者=ぴかぁ〜を引き渡す、検察側=純一というところでしょうね

このスレッド関係のシステム上エラーを埋める
警察的な役割を担わされているというわけです

787 :純一:2006/05/28(日) 15:13:17
で、

>>692
>なぜ警察=純一と入れ替えられるのですか?

ということですが、
私以外には、この複雑な事情を知っている人がいないという
点が第一にあり、まだ第二の理由としては、それに対抗しうる
意思、及びその力を備えている者が今のところ、事実上は私しか
存在していないからということになりましょう。というのも、
私以外がこのスレッドのシステムエラーに気付いていたのならば、
やはり、設定値とその抜け穴との矛盾を考慮すべきでありましょうから〜

788 :純一:2006/05/28(日) 15:14:30
すると、ギャラリーの皆さんには、
次のような疑問点が湧くと思います。

即ち、それほど事態は危機的であるのか?

と。

789 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 15:15:37
>私が潰しているのは、そういう「特権」を持ったコテが立てた
>スレだけですから〜

それは嘘だと思うがね

790 :純一:2006/05/28(日) 15:16:28
即ち、スレッドの立て制限だけならば、
特に問題はないのですが、問題はそういうコテに限って、
削除依頼を意欲的に(プロキシによって匿名性が保障されるので)
やってしまうということですね〜

791 :純一:2006/05/28(日) 15:17:18
>>789
>それは嘘だと思うがね

理由を述べてください、
もしあったら参考資料も添えて〜

792 :純一:2006/05/28(日) 15:20:27
これ↓はぴかぁ〜が出した削除依頼ですが、
ぴかぁ〜のホストはアッカ東京なので、ライブドアは
間違っていますよね?まあ、そういうことです


312 :考える名無しさん :2006/05/25(木) 00:22:16 HOST:127.7.244.43.ap.livedoor.jp
削除ミントさん、いつもありがとうございます。

>>146,142,137,135,157,167,172,179,182,197,199,208,209,212,220,225,227,231,234,239,245,250,256,258,263,270,277,285,300,303等、
数年前より哲学板で恒常的に続いている同一違反スレの再発です。
削除対象アドレス
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148474184/
削除理由・詳細・その他:GL3:固定ハンドル(2ch内)に関して
・固定ハンドルが題名に入っている

>>207,210,212,227,231,234,239,244,251,261,270,287,303の再発です。
削除対象アドレス:
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148474271/
削除理由・詳細・その他:GL4. 投稿目的による削除対象
・全く情報価値が無い・真面目な議論や話し合いを目的としない・利用者の気分を害する
GL6. 連続投稿・アスキーアート

793 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 15:32:46
第三者に証明したいわけではないがね
君が思い出してくれればそれでいいがね

794 :純一:2006/05/28(日) 15:33:38
>>793


795 :純一:2006/05/28(日) 15:46:18
さて、

796 :純一:2006/05/28(日) 15:46:58
と、まあ、
そのような理由で、私の荒らしは
警察行為であることがこれで証明されたわけです

797 :純一:2006/05/28(日) 15:47:46
今日もブログを書くかもしれません

798 :純一:2006/05/28(日) 15:48:19
続きはまたその時にでもお話いたしましょう

799 :純一:2006/05/28(日) 15:48:56
また、今夜にでもね〜

800 :純一:2006/05/28(日) 15:49:26
ではでは、

801 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 18:49:26
あちぇー僕のせいですね。すっかり荒しを助長させてしまったようです。
ぴかぁ〜さん、みなさんすいませんでした。以後、完全放置します。

宜しければ、こちらを活用してください。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148561136/l50

802 :純一:2006/05/28(日) 19:45:24
ん?

803 :純一:2006/05/28(日) 19:45:58
>>801
ぴかぁ〜、何やってんの?

804 :純一:2006/05/28(日) 19:54:41

答え:自作自演



805 :純一:2006/05/28(日) 19:59:57
>>801
>あちぇー僕のせいですね。

おい、また誤字・・・

806 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 23:17:50
「情熱大陸的素」

807 :純一:2006/05/28(日) 23:19:27
また、トンデモ理論ですか?

808 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 23:21:34
o(´□`o)ぽんぽん!

809 :純一:2006/05/28(日) 23:23:57
そうですか

810 :ContextSurfer:2006/05/28(日) 23:54:44
ダビンチコード見てきましたよ。大入り満員でした。
ボクはすでに本を読んでいたのですが、読んでいない人は
展開が早くてわかりにくいという噂を聞いていたので、
一緒に行った彼女は楽しめるのかなと心配していました。

確かに展開は早いです。謎解きが次々展開する。でも
うまく作っていて、読んでいない彼女も引き込まれていました。
読んで話を知っていたボクも展開の早さにどきどきしました。
二人とも大感激でしたよ。
でも読んでない方が楽しめるのかな。みなさんもいかがですか。

811 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 23:59:26
うそだろ?
まさかぴかぁ〜がそんな感想もつとは…



イメチェン?

812 :ContextSurfer:2006/05/29(月) 00:09:18
正直、本は今ひとつピンと来ませんでした。
この手のイエスの秘密系は他にも読んだいましたし。
でも映画で一気にみるとおもしろいですね。
最初から最後まで退屈しませんでした。
特に最後は感動しました。

バイオレンス(爆発、格闘など)でなく、謎解きだけで
あれだけのスピード感をだしたのは、いままでにない
ものではないでしょうか。ボクは高く評価します。

813 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 00:19:59
題材はともかく、映像化が成功し映画としてのできがいいってことですね。
レンタル開始したら見てみます。

814 :ContextSurfer:2006/05/29(月) 00:56:01
ボクは以前、ネットは会話をテクストで行うということで
ネタも込めて、パロール+エクリチュール=パロリチュールと
いいました。ここにあるのはメディオロジー的視点です。

すなわちメディア媒体、どのような技術によって伝達が行われるか
によって、そのメッセージそのものが影響を受けるだろう、
ということです。

情報は必ず物質性を持ちます。インクと紙なのか、電気と音なのか、
光なのか。あるいは郵送なのか、電信なのか、光なのかなどなど

ボクはどのような技術的な下部構造によって(無意識に)拘束されているのか
とうことです。そしてさらには人間の認識でさえ、一つの技術であるということです。
たとえばどのような詳細で、大量の情報量が与えられても、最後は
人間の身体的な「認知限界」によって制約されます。

ネットに限れば、ボクがパロリチュールと読んだように、多くの制約を
受けているのです。

815 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 01:04:27
スクープ
新説発表
ぴかぁ〜と純一は同一人物でありぴかぁ〜氏は類稀なる大演出家だった。
その根拠は本日午後にこのスレに提示する。
これから推敲と仕上げにかかる。

816 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 11:49:11
コミュニケーションはもはや立ち位置の確認でしかない。
これはローティ的リベラルである。どこまで議論しようが、すれ違う部分が残る。ことを理解しょう。
わかりあえるように振る舞う儀礼とわかりあえない前に対立を回避する努力
これはまるで老夫婦のようだとボクはいった。老夫婦はすべてをわかりあっているわけではない。
わかりあえない地点をわかりあっているのだ。

817 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 11:56:45
じゃあContextSurferから老夫婦に名前変えれば?

818 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 12:03:04
わかりあえない地点で回避する。それをこえたいというのは欲望である。

819 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 12:04:08
「何を」回避するの?

820 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 12:05:48
わかりあえない部分ははじめからあるのでなく、コミュニケーションの中で作られる。
他者との差異によって自分の立ち位置はビン留めされる。

821 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 12:24:58
しかしそんなをアイロニカルに空気を読み、相手の立ち位置を理解できるだろうか、老夫婦のように。
老夫婦も対立の中でいまの位置をみいだしてきたのであり、彼らは近々死ぬだろう。
彼らはせっかく立ち位置を見いだしたの死ぬのだろう。死が近いら妥協できたのだろうか。
静的な立ち位置とは死への近接である。だから人は死にまた生まれるというダイナミズムを生み出す。

822 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 12:42:22
エビちゃんとフェミニズムが内田ブログ界隈で話題になったが
エビちゃんは男の奴隷だ、にリアリティがあるだろうか
女性のファションをフェミニズムに語ることはできるだろうが、もはや滑稽だろう。
それよりここ最近盛り上がったエビちゃんブームのリアリティはなんなのかに興味があるところだ。
はっきりいえばエビちゃんはパチモノくさい。どこか過剰でつくりものめいている。この微妙なアンリアル感がリアリティである。

823 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 12:44:48

http://www.nbvfcdrty789olkjnhbvcdrt6y78i9okjnhbvcxser5678ikjhbvcxsdert5678ikjhnbvcxdert5678ikjhbgvcxsert6y78ikjhnbvcxsdert678ikjhbvcxsdrty7u8ikjhbvcdtyuikjbgvfcdrt6y7u8ijhbvcxdert67u8ijhgvfcdert6789ikjhg

。 o 彡川出川出川ミ〜 プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
 。 川出川/゜∴゜\ b〜 プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
 。‖出‖.゜◎---◎゜|〜 ゜ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  出川‖∵∴゜。3∵゜ヽ〜< ネェネェ・・・・・・
。 川出∴゜∵∴)д(∴)〜゜ | 肉便器タン、カマッテヨ!!
 。出川∵∴゜∵o〜・%〜。   \_____________________
o 川出‖o∴゜〜∵。/。 プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
 川出川川∴∵∴‰U 〜プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
。U 〆∵゜‥。 ゜ o\。゜〜。プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
。。/∵\゜。∵@゜∴o| 。o゜。゜ プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
 /::::∴/:::::::::::‥ ∵゜ | 〜 。oプゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
(:::::::: (ξ:  ・ ノ:::・/:| 。゜o 。。プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
o\::::: \:::::::∴。 (::: | o。゜ o。プゥ〜ンカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテカマッテ
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824 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 12:55:23
コミュニケーションはもはや立ち位置の確認でしかない。これはローティ的リベラルである。どこまで
議論しようが、すれ違う部分が残ることを理解しょう。

わかりあえるように振る舞う儀礼とわかりあえない前に対立を回避する努力。これはまるで老夫婦
のようだとボクはいった。老夫婦はすべてをわかりあっているわけではない。わかりあえない地点を
わかりあっているのだ。

しかしそんなをアイロニカルに空気を読み、相手の立ち位置を理解できるだろうか、老夫婦のよう
に。老夫婦も対立の中でいまの位置をみいだしてきたのであり、彼らは近々死ぬだろう。彼らはせっ
かく立ち位置を見いだしたのになぜ死ぬのだろうか。または死が近いから妥協できたのだろうか。立
ち位置の固定化とは死への近接である。だから人は死にまた生まれるというダイナミズムを繰り返す。

わかりあえない部分ははじめからあるのでなく、コミュニケーションの中で作られる。他者との差異に
よって自分の立ち位置は「ビン留め」される。わかりあえない地点を越えたいというのは欲望である。

825 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 13:13:57
彼女は時間を超えた美しさなのだ

826 :ContextSurfer:2006/05/30(火) 13:33:36
エビちゃんはカラッポですね。着せ替え人形のようです。
最近のドラマでもそうですが、頭空っぽのお嬢様、セレブ
空っぽさの生きる軽さが逆説的にHG的狂気を生む

827 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 16:50:10
深読みしすぎ

828 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 09:42:57
■なぜ「お金でなんでも買える」のか

「お金があえばなんでも買える。」というアイロニーは、価値多様の世の中だから誰にでもわかりや
すい金銭額が重要視されるということではない。そうではくて、お金そのものが数字に還元されない
という意味である。だからお金でなんでも買えるのである。

たとえば「お金で買えないもの」とはなんだろうか。形見の品、大切なプレゼント、小さいころの写
真・・・これらは「愛」と関係する。それは「想像的なもの」であり、自分の一部であるものだ。それは分
割不可能な「私」というものの一部であり、分割不可能である故に、商品交換できないのである。

しかしマルクスが商品の物神性というとき、まったく同様な原理が働いている。これらは商品への欲
望に関係する。だから「お金で買えないもの」と「お金で買えるもの」とに明確な差があるわけではな
く、強度があるといえる。どの程度、強く自分の一部であるか。どの程度、欲望するか。

「お金」そのものがこの世界にある客観的な価値基準ではなく、欲望で成り立っている。その意味に
おいて、「お金があえばなんでも買える」というアイロニーは成立するのだ。

現代における価値の多様化、変化が加速化されるときに、欲望は希薄化し、主体は散乱するといわ
れる。そこでは「想像的なもの」であり、自分の一部としての強度は失われ、「お金があえばなんでも
買える」が上昇する。

それは逆説的に、主体の取り戻し、自分の一部としての強度をいかに見出すか。という問題が上昇
し、「お金」という神話も失われていく。お金持ちであることが私を充足される幸福であるという神話
が保たれない。「お金があえばなんでも買えるが、買えるものにほんとにほしいものはない。」

829 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 12:16:24
現代における価値の多様化、変化が加速化されるときに、欲望は希薄化し、主体は散乱するといわ
れる。そこでは「想像的なもの」であり、自分の一部としての強度は失われる。そして主体の取り戻
し、自分の一部としての強度をいかに見出すか。という問題が上昇する。

そのとき、一方では「お金があえばなんでも買える」が再上昇だろう。お金持ちであることが私を充足
される幸福であるという神話は、失われゆく故に回帰するだろう。

だから「下流社会」、「競争社会」が隠蔽しているものは、あたかもみなが同じ物質的豊かさを競う
ゲームをしているように見せかけていることである。そして彼らがその「下層」を演じるおかげで、物
質的豊かさが幸せであるという幻想としての「競争社会」は存続し、みなが安心して「社会」に帰属す
ることが可能なっている。

830 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 12:17:16
これがもっとも顕著に見られるのが、最近の「セレブ」ブームではないだろうか。TVなどで見られる
「セレブ」の滑稽さは、「みなが同じ物質的豊かさを競うゲームをしている」、そして彼らが勝者のよう
にふるまっていることです。お金持ちとてのテレビで取り上げられる人々は、必ずしもお金をもうける
ことを第一目的に努力したわけではなく、結果的にお金があったということであるが、TV番組は「い
かにお金があることがすばらしい」へ還元して伝える。なぜならば、それが「セレブ」ゲームだからで
ある。「みなが同じ物質的豊かさを競うゲームをして」いなければ、お金持ちに愉悦は存在しない。だ
から「セレブ」はお金があるから幸せだと演じることを義務づけられている。そしてそこにはどうしても
滑稽さがともなう。

最近、エビちゃんがブームであるが、そのリアリティはなんなのかと考えると、この「セレブ」と近い者
があるように思う。はっきりいえばエビちゃんはパチモノくさい。着せ替え人形のようで、カラッポであ
ることがお嬢様、セレブというイメージを支えている。どこか過剰でつくりものめいている。そしてこの
微妙な嘘くささこそがリアリティを支えている。それこそがまだお金があることが、物質的な豊かこそ
が幸福であるという幻想を支えている。だから僕たちはエビちゃんにリアリティを感じ、惹かれるのだ。

831 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 12:18:39
最近特に景気が戻っているからか、「お金があえばなんでも買える。」というアイロニーがベタに偽装
させリアリティとして回帰している気がするのか、気のせいだろうか。

832 :tar:2006/05/31(水) 12:35:16
お金で買うから相殺されない。

833 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:31:01
■なぜエビちゃんはかわいいのか?

「セレブ」の滑稽さ

最近、エビちゃんがブームである。ボクもかわいいとと思っていますが、その「リアリティ」はなんなの
だろうか。はっきりいえばエビちゃんはパチモノくさい。着せ替え人形のようで、「カラッポ」で、どこか
過剰でつくりものめいている。そしてこの微妙な嘘くささこそがエビちゃんの「リアリティ」を支えている
のではないだろうか。それは、お嬢様、セレブというイメージである。

最近、「お金持ち」を紹介するテレビが流行りである。彼らは必ずしもお金をもうけることを第一目的
に努力したわけではなく、結果的にお金が儲かっためんがあるだろう。もし自慢するならば、お金の
額よりもそこへいたった、あるいは今の継続する努力、人生訓であるが、TV番組は「いかにお金が
あることがすばらしい」へ還元して伝える。持ち物、自宅などを見ては「いくら?すげぇ〜!」を連発
する。そしてそれに煽てられているヘラヘラする「セレブ」は滑稽である。

このTV番組をみて、僕たちは「お金持ち」の豊かさを見て、「お金持ちになりさえすれば幸せになれ
る」と安心するのであり、あたかもみなが同じ物質的豊かさを競う「セレブ」ゲームをしているように見
せかけていることである。だからボクたちとの差異として、「セレブ」は勝者のようにふるまうように「ピ
ン留め」されている。

これがまさに、最近の「下流社会」、「競争社会」が隠蔽しているものであり、またエビちゃんのリアリ
ティである。叶野姉妹を出すまでもなく、「セレブ」は滑稽さで胡散臭いほどにリアリティがある。なぜ
ならこれは「セレブ」ゲームだからである。

834 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:31:44
「お金で買えないものはない」

ホリエモンが「お金で買えないものはない」といったとか、いわなかったとかが話題になったが、たと
えば「お金で買えないもの」とはなんだろうか。形見の品、大切なプレゼント、小さいころの写真・・・こ
れらは「愛」と関係する。それは「想像的なもの」であり、自分の一部であるものだ。それは分割不可
能な「私」というものの一部であり、分割不可能である故に、交換できないのである。

しかしマルクスが商品の物神性といったのは、交換価値の曖昧さである。柄谷はこれを「暗闇への
飛躍」と読んだ。そこになんらかの確かに価値基準があるわけでないのだ。交換できないものはず
のものが交換されることに、商品の物神的な価値がある。本来なにものもお金で買える保証はない
のであり、「お金で買えないもの」と「お金で買えるもの」とに明確な差があるわけではなく、強度があ
るといえる。どの程度、強く自分の一部であるか。それはどの程度、欲望するか、である。

835 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:32:26
滑稽であることが「セレブ」である

現代における価値の多様化、変化が加速化されるときに、欲望は希薄化し、主体は散乱するといわ
れる。そこでは「想像的なもの」であり、自分の一部としての強度は失われる。逆説的であるが、そ
れ故に、「下流社会」、「競争社会」、「セレブ」、「お金があえばなんでも買える」が浮上する。お金持
ちであることが、物質的豊かさが、私を充足される幸福であるという神話が回帰させられる。

それは、お金持ちが幸せでない、そんな神話は胡散臭いものだ、ということには説得がないだろう。
いわばそんなことはわかっているのである。テレビをみて「お金持ち」の滑稽さを楽しんでいるのであ
るが、「お金持ちが幸せ」という神話の必要性は、もはや胡散臭く、滑稽であることこそが「豊かさ」の
象徴であり、「お金持ち」のリアリティがあるのだと転倒されているからだ。

836 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:40:10
なぜネットではただで労働が行われるのか。

ネットでは様々なものがただで手に入る。労働の成果がただで公開されている。
提供者はどのような対価を得ているのだろうか。いわば「まなざしの快楽」である。

そこで得られる他者からの感謝であり、賞賛が対価であるが、それは必ずしも
実質的なものではない。それは「まなざしの快楽」として転倒されている。

837 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:44:38

以上を持ちまして、このスレを終了いたします。
みなさんありがとうございました。

   「まなざしの快楽」
        完



838 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 22:51:12
タダでもらう贈与への負債は、それが無数の人々に公開されていることで、
「私にかかる負債はないほどに小さい」と見積もられる。そこには逆の意味で、
「まなざしの快楽」(=みなが見ているだろう)が働いている。

それをボクは、見られたい人から見られているだろう快楽と、呼んだ。
商品交換(貨幣と商品)の価値さえも、まなざしの快楽が働いている。
すなわち他者がそれを求めているだろう交換価値によってなりたっている。

ネットのタダと商品交換は、他者から欲望される快楽において、繋がる。

839 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 23:00:02
ただネットではそのもの貨幣が十分に流通していない面がある。
セキュリティの面からもクレジットガード、電子マネーなど
限定的である。
さらにネット商店では、公開が限定されるときに商品交換そのものが
回帰するだけである。

最近、個人広告収入、アドセンスなどが注目されている。

商品の物神性と、まなざしの快楽

840 :ContextSurfer:2006/05/31(水) 23:16:55
なぜネットではただで労働が行われるのか。

その対極において、なぜネットではただで労働が行われるのかがある。ネットでは様々なものがただ
で手に入る。労働の成果がただで公開されている。提供者が得ているものは、「まなざしの快楽」で
ある。そこで他者からの感謝であり、賞賛であるが、それは必ずしも実質的なものではない。それは
「まなざしの快楽」として転倒されている。それは、「見られたい人から見られているだろう快楽」である。

タダでもらう贈与への負債は、それが無数の人々に公開されていることで、「私にかかる負債はない
ほどに小さい」と見積もられる。そこには逆の意味で、「まなざしの快楽」(=みなが見ているだろう)
が働いている。

商品交換(貨幣と商品)の価値さえも、まなざしの快楽が働いている。すなわち他者がそれを求めて
いるだろう交換価値によってなりたっている。「ネットのタダ」と「商品交換」は、そこにある物神性(他
者から欲望される快楽)において繋がる。


「下流」問題と「のま猫」問題

これを「下流」問題と「のま猫」問題の対立とみると、「下流」が問題であるというときには、お金の物
神性がまだ信じられている。「のま猫」が問題であるときには、受けること=「まなざしの快楽」の神
性が信じられているのだ。これはどこにリアリティを見出すかの問題である。

841 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:19:08
この人より、ぴかあさんのほうがおもろいわ

842 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:27:38
つまんねえ釣り

843 :tar:2006/06/01(木) 01:35:25
ぴかぁ〜なんかゴミクズ以下の気違いじゃん。

844 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:40:45
そこまでひどくはないが、取るに足らないのは確か。
自分の考察が、何ほどか秀でていると思っているところがチト哀れなだけ。

845 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:44:04
>>843
分かってても可哀想だから言ってはいけないっていう暗黙の了解

846 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:53:40
コテハン名乗ってシリーズ化するに値する内容は、とても見出だせない。
しかし、そんなことを意に介さない厚顔無恥ぶりは見事

847 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:55:48
>>845
なんで可哀相なの?
恵まれない人なんだろうか。

848 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 01:58:46
彼は哲板で誰からも歓迎されず馬鹿にされ続けてるから自暴自棄になって
純一が言っていたような酷い行為に及んでしまったのかもね。

849 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 02:03:38
なんにしても、性格が破綻しているのは窺えるな。

850 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 02:05:02
1よ
がんばれ
吉田兼好のような気分で つれづれなるままに カキコするがよか

851 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 02:07:28
ほー自称応援団ですな

852 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 02:08:41
自演応援団だろW

853 :850:2006/06/01(木) 02:12:52
わたしは 1ではないことは おまえらが よく知っているはず。

854 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 02:20:24
シラネ
どーでもいいが

855 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 09:53:55
ネットはそのはじめに、「タダであること」からはじまったとされるが、現在の「タダであること」が維持
されるのは、ネット特有の特徴があるだろう。そのはじまからタダの世界を維持してきたのが、オープ
ンソースの実現可能性である。

小さな労働力が容易に集まる世界では、塵が積もれば山となるが容易に実現される。それはソフト
の開発だけでなく、情報全般において知りたいと思ったことが、小さな山が無造作に積まれて連なっ
ているのがネットの世界である。それが事後的に一つの思想として働いている。

むしろ積極的に、資本関係を排除する傾向として、それが事後的に一つの思想化されている面があ
る。ネットの財産(塵の山)で、お金を稼ぐことは間違ったことである、というような。塵の山は「ネット
住人」の共有財産であるからだ。「のま猫」問題、最近ではVIPEERまとめサイト問題では、このような
共有財産を、独占しようとしていることへの反発である。

ここで不思議なのか、なぜネットにおいて人々がダタで労働するのか、ということである。塵も積もれ
ばというが、様々なサイトで、実社会労働以上の労働力がつぎ込まれている。

856 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 10:08:52
「のま猫」問題のときに、ボクはこれは「宗教戦争だ」といった。ネットはとても「自由」=自分勝手な
世界と思われているが、ここで見せる面は「我々の象徴(モナー)を守れ!」という閉鎖的、ムラ社会
的な、呪術的な世界である。

このような傾向は、「タダ」の世界とは、かつての未開社会の小さな共同体の「互酬」世界の回帰で
あるということに繋がる。ネットには多くにおいて匿名であるにもかかわらず、漠然とした仲間意識が
あり、その「繋がりの社会性」が重要視される。

>>
繋がりの社会性 ttp://ised.glocom.jp/keyword/%e7%b9%8b%e3%81%8c%e3%82%8a%e3%81%ae%e7%a4%be%e4%bc%9a%e6%80%a7

一般的な送り手の意図に着目すれば、「社会性」とはコミュニケーションとは送り手と受け手の間に
ある誤解の可能性を減らすためのルールやコンセンサスということになり、これを「秩序の社会性」と
呼ぶ。一方、ともかくコミュニケーションが連続することが重視されるとき、これを北田は「繋がりの社
会性」と呼ぶ。そこでコミュニケーションのフックになるのは、コミュニケーションの意味内容やメッ
セージではなく、感情的な盛り上がりや、形式的な作法といったコンテクストである。
<<

857 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 10:36:10
ネットは不特定多数の繋がりを容易にする。ネットでは、実社会のようにただいることができない。い
ることはコミュニケーションを目的化していることである。ネットでの一つの価値は、どれだけ繋がっ
ているか、である。「繋がり」が価値化している。繋がりを必ずしも求めていなくとも、ネットに入ること
でそのような価値に巻き込まれている。

ここから、最近ではWeb2.0などと言われる、塵も詰まれば山となることが可能となる。繋がりの欲望
というドライブはあり、それがなにに向かうかの問題でしかない。さらにはネットではセキュリティ的か
らお金の流通が困難な面がある

このような傾向が、「タダ」の世界の維持、かつての未開社会の小さな共同体の「互酬」世界の回帰
を生んでいる。

858 :練馬哲人:2006/06/01(木) 11:17:53
ネットは、「ただ居るだけ」が許される空間なのだがねw
自己顕示欲を満足させることが目的の人間は、報酬を求めたりしない。
ともあれ合目的的有用性があるサイトのほうが、圧倒的に多いと思うぞ。

859 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:33:40
■なぜ「VIPPERvsVIPブログ連合」は聖戦なのか 「内部」の共通財産を「外部」へ売り払うな

「VIPPERvsVIPブログ連合」という聖戦

流行りは、「VIPPERvsVIPブログ連合」らしい。簡単にいえば、2ちゃんねるVIPネタを自分のブログで
まとめて人を読んで、アフィリエイトなどで小銭を稼ぐにはけしからん、ということだ。「のま猫」問題の
再来といってもいいだろう。「のま猫」問題のときに、ボクはこれは「宗教戦争だ」といった。

>>
このような意味で、2ちゃんねらーにとって「オマエモナー」は、単なる流行のフレーズ以上の特別な
意味を持つ。

そして「モナー」とはこのような最強神としての偶像化である。「のまネコ」問題とは、その神が「無断
で」金儲けに使われたのであり、神聖な神への冒涜の意味がある。これはある意味2ちゃねらーに
とっても「宗教戦争」なのである。そうこれは「宗教戦争」というネタであるが、またマジなのだ。

「のまネコ」インスパイヤ問題はなぜ「戦争」なのか ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050914
<<

ネットはとても「自由」=自分勝手な世界と思われているが、ここで見せる面は「我々の象徴(モ
ナー)を守れ!」という閉鎖的、ムラ社会的な、呪術的な世界である。

860 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:34:21
ネットという「共有財産」

ネットはそのはじめに、「タダであること」からはじまったとされるが、現在の「タダであること」が維持
されるのは、ネット特有の特徴があるだろう。そのはじまからタダの世界を維持してきたのが、オープ
ンソースの実現可能性である。

小さな労働力が容易に集まる世界では、塵が積もれば山となるが容易に実現される。それはソフト
の開発だけでなく、情報全般において知りたいと思ったことが、小さな山が無造作に積まれて連なっ
ているのがネットの世界である。それが事後的に一つの思想として働いている。

むしろ積極的に、資本関係を排除する傾向として、それが事後的に一つの思想化されている面があ
る。ネットの財産(塵の山)で、お金を稼ぐことは間違ったことである、というような。そして塵の山は
「ネット住人」の資本と話された「共有財産」である。「のま猫」問題、最近ではVIPEERまとめサイト問
題では、このような「共有財産」を一部の人間が搾取することへの反発である。そしてこの「共有性」
にこそ閉鎖的、ムラ社会的な、呪術的な世界観がある。

861 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:35:40
繋がりの価値化=「まなざしの快楽」

不思議なのが、なぜネットにおいて人々がダタで労働するのか、ということである。塵も積もればとい
うが、様々なサイトで、実社会労働以上の労働力がつぎ込まれている。

このような傾向は、「タダ」の世界とは、かつての未開社会の小さな共同体の「互酬」世界の回帰で
あるということに繋がる。ネットには多くにおいて匿名であるにもかかわらず、漠然とした仲間意識が
あり、その「繋がりの社会性」が重要視される。

>>
繋がりの社会性 http://ised.glocom.jp/keyword/%e7%b9%8b%e3%81%8c%e3%82%8a%e3%81%ae%e7%a4%be%e4%bc%9a%e6%80%a7

一般的な送り手の意図に着目すれば、「社会性」とはコミュニケーションとは送り手と受け手の間に
ある誤解の可能性を減らすためのルールやコンセンサスということになり、これを「秩序の社会性」と
呼ぶ。一方、ともかくコミュニケーションが連続することが重視されるとき、これを北田は「繋がりの社
会性」と呼ぶ。そこでコミュニケーションのフックになるのは、コミュニケーションの意味内容やメッ
セージではなく、感情的な盛り上がりや、形式的な作法といったコンテクストである。
<<

ネットは不特定多数の繋がりを容易にする。ネットでは、実社会のようにただいることができない。い
ることはコミュニケーションを目的化していることである。ネットでの一つの価値は、どれだけ繋がっ
ているか、である。「繋がり」が価値化している。繋がりを必ずしも求めていなくとも、ネットに入ること
でそのような価値に巻き込まれている、「無意識」に「繋がり」が価値化が作動している。これをボク
は「まなざしの快楽」と呼んだ。

862 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:36:57
>>
その対極において、なぜネットではただで労働が行われるのか、がある。ネットでは様々なものがた
だで手に入る。労働の成果がただで公開されている。労働の提供者が得ているものは、「まなざしの
快楽」である。それは他者からの感謝であり、賞賛であるが、それは必ずしも実質的なものではな
い。それはそれは、「見られたい人から見られているだろう」という神性へと転倒されている。

このようなタダを享受する人の贈与への負債は、それが無数の人々に公開されていることで、「私に
かかる負債はないほどに小さい」と見積もられる。そこには逆の意味で、「まなざしの快楽」(=みな
が見ているだろう)が働いている。

なぜエビちゃんはかわいいのか ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060601
<<

ネットは神的な転倒によって、繋がりが価値化したムラ社会である。このような傾向が、「タダ」の世
界の維持、かつての未開社会の小さな共同体の「互酬」世界の回帰を生んでいる。かつてのムラ社
会/モヒカン族の対立があったが、これも繋がりが価値化したムラ社会の内部である。

そしてこのような繋がりの欲望というドライブが、最近ではWeb2.0などと言われる、塵も詰まれば山と
なる(創発性)を可能にしている。

863 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:38:06
「内部」の共通財産を「外部」へ売り払うな

だから以下のように主張はとても正しいのだが、そんなことはわかってながら、怒っているのであり、
問題の本質ではない。

>>
あまり理解されていないことだけれども、マスコミ報道の過半は情報の集約・整理・取捨選択による
もの。ウェブでは何かというと「一次情報に当たれ」といわれるし、私もそう書いてはきたのだけれど
も、現実問題、そんなことは不可能だというところに中間情報産業の存在意義がある。新聞のスク
ラップをまとめただけの雑誌とか、専門分野の世界にはたくさんあること、ご存知でしょうか? 

新聞のスクラップをまとめた雑誌は新聞社に著作権料を支払っているでしょうが、その新聞社が*
*研究所が無料で公開した**調査報告を記事にする際、お金を払うか? 当然、払いません。でも
その新聞記事は有料で売られる。おかしい、と思います? 調査報告から面白そうな部分を抜き出し
て紹介する手間暇に対価を払ってもいいと私は考えますが、怒る人は怒るのかな。

中間情報産業への無理解 ttp://deztec.jp/design/06/05/29_information.html
<<

864 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 12:44:55
問題の本質は、「内部」の共有財産を、「外部」へ売り払うな、ということである。中間情報産業が大
きな内部の一部である。中間を含めて、情報産業がなりたっている。しかしネットはその外部にあ
る。だから情報産業からかってに収奪し、ネット内部へ広く、コピー&ペーストすることはむしろ良い
こととされる。それは個人的な利益でなく、ネット内部のためなのである。

「のま猫」問題でもエイベックスの主張はぶっちゃけると「ネットと著作権アバウトのコピペの世界で
しょ。おもしろければ良いんじゃないの?なんで君たちよよくて、俺たちがやるとキレるの?だってエ
イベックスっていっても俺たち普段は2ちゃねらーみたいなもんで、仲間ジャン」ということではなかっ
たか。エイベックスの社員がネットの住人であっても、情報産業へ流通させようとするときにそれは
「外部」となるのである。

内部、共有とは、呪術的な神性によって支えられているのだ。だからといって、ネット住人は野蛮人
へ回帰したのか、というのは意味がない。繋がりの価値化は、マルクスいったように、資本主義にお
ける商品の物神性と呼んだものと同様な意味での神的な転倒であるからだ。

865 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 13:10:55
■資本主義とネット世界

資本主義においては商品によって内部を形成する。そしてネットにおいては、繋がりの社会性によっ
て内部を形成する。それらの内部には「まなざしの快楽」という神的な転倒が働いている。

資本主義のドライブとは、資本の追求ではなく、より創発的である。内部の形成運動であり、「まなざ
しの快楽」によって転倒され続けることである。消費することが内部への帰属であるために、資源を
消費し、増殖することでしか、内部は維持できない。そして著作権保護はこのような内部形成運動を
守る上で必要である。そうしなければ、奪取が行われることになる。

それに比べて、ネットにおいては繋がりが価値化している。見られていること、受けることが重要であ
る。なぜならそれが内部への帰属を約束するからである。

ネットにおいては資本の追求は歓迎されない。あのマイクロソフトのビルゲイツでさえ、世界一のお
金持ちになったのは目的でなく、結果であり、お金持ちであることに価値をもたないスタンスを取って
いる。多くの寄付をしたり、子孫に財を残さないと公言している。

866 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 13:18:33
この姿勢がネットの価値観を良く表している。ネット内部で資本の追求が嫌悪されるのは、もちろん
地球にやさしいためではないし、お金持ちへの嫉妬でもない。いわば「重要なことはそこにははな
い」という、実社会内部でなく、新興世界としてのネット内部への帰属の忠誠である。「私はネット住
人である。」ことである。

たとえばホリエモンがお金の追求を目指したようであるが、彼のスタンスも(表向きだけだったかもし
れないが)「重要なことはお金儲けではない」という姿勢だった。彼はお金持ちなり、裕福な暮らしが
したいわけでなく、ただマネーゲームをしていたのである。マネーゲームとは従来の資本主義的資
本の追求を「あえて」行う姿勢である。

お金を儲けてなにをしたいということでなく、結局、これはただ数字が大きくなるゲームでしょう、とい
うことであり、いわば「お金持ち」を嗤うアイロニカルな姿勢である。たとえばフジテレビ買収におい
て、支持されていた理由もそこにある。従来資本追求=フジテレビ/従来資本追求を嗤う=ホリエ
モンという構造である。大企業といってもこんなものだ。ネット世代内部は彼らを嗤う、というわけだ。

867 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 13:19:44
俺もぴかぁ〜に不許可転載されたんだが。
許可取ってくれる?

868 :ContextSurfer:2006/06/01(木) 13:48:12
しかし不思議な傾向ではある。ボクたちはネットだけでは生きられない。資本主義に帰属し、生計を
立てている必要がある。たしかに「お金は大事だよ〜♪」だが、それでは「まなざしの快楽」を得るこ
とが困難になっている。お金持ちであること、あるいは消費することで繋がることでは、不十分なの
である。

その意味では、資本の追求を「あえて」行う姿勢であり、お金持ちになるためでなく、「お金持ち」を嗤
うために資本を追求することまで行われる。それは屈折しすぎて、危険な行為であるのかもしれな
い。それに変わって上昇したのが、「繋がりの社会性」である。ネット、ケータイのために、様々なもの
が犠牲にされている。

869 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 21:23:30
ここのスレ主は、狂人だね。これほど無意味(無価値)なことに、これほど
時間、労力を費やせる理由は、正常人には思いもつかない。
惜しいね。もっと別のことに、この熱意を注いでくれれば、この国も少し
は住みよくなるのに。この人は、だんだんおかしくなっているのでは?
この人に欠けているのは、俗な言い方だけど、才能というやつではなかろ
うか。しかし、こればかりは、ね。

870 :考える名無しさん:2006/06/01(木) 21:30:39
現代の医学で治るの?

871 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 01:56:35
なにがなんでも純一が好きだわにょ

872 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 02:09:21
貴様たちは国の宝なのだ
堕落した世にあり哲学を学ばんとする少年たちよ
ふしだらな女のために道を誤ってはならぬ
学徒の本分とは国の大事に殉ずる
その時が来るまで学問を修め武に励み
日夜自己を練磨しておくことだ
大東亜に眠る英霊たちはふしだらをさせるために
平和の礎となったのではない
軍隊もなく特高もいない平和な時代にしか
大口が叩けぬ愚か者どもよ
死を前にしてなお主張できるか?
相手は子供ゆえ押しつけもまた良し
されどそれは正しき教育理念と
人格者にのみ許されること
今からでも遅くはない
自衛隊に入り死ぬまで働け

873 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:49:42
■なぜ「VIPPERvsVIPブログ連合」は聖戦なのか 

「VIPPERvsVIPブログ連合」という聖戦

流行りは、「VIPPERvsVIPブログ連合」らしい。簡単にいえば、2ちゃんねるVIPネタを自分のブログで
まとめて人を呼び、アフィリエイトなどで小銭を稼ぐのはけしからん、ということだ。「のま猫」問題の
再来といってもいいだろう。「のま猫」問題のときに、ボクはこれは「宗教戦争だ」といった。

>>
このような意味で、2ちゃんねらーにとって「オマエモナー」は、単なる流行のフレーズ以上の特別な
意味を持つ。そして「モナー」とはこのような最強神としての偶像化である。「のまネコ」問題とは、そ
の神が「無断で」金儲けに使われたのであり、神聖な神への冒涜の意味がある。これはある意味2
ちゃねらーにとっても「宗教戦争」なのである。そうこれは「宗教戦争」というネタであるが、またマジ
なのだ。

「のまネコ」インスパイヤ問題はなぜ「戦争」なのか http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050914
<<

ネットはとても「自由」=自分勝手な世界と思われているが、ここで見せる面は「我々の象徴(モ
ナー)を守れ!」という閉鎖的、村社会的、呪術的な世界である。

874 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:50:21
「ネット住人の共有財産」

ネットはそのはじめに、「タダであること」からはじまったとされるが、現在も「タダであること」が維持さ
れるのは、ネット特有の特徴があるだろう。小さな労働力が容易に集まる世界では、塵が積もれば
山となるが容易に実現される。それはオープンソースなどのソフトの開発だけでなく、情報全般が、
小さな山が無造作に積まれて、いつのまにか山となっているのがネットの世界である。たとえば今回
のまとめサイトもその一つの例である。

この塵の山は「ネット住人」の「共有財産」である。だからネットの財産(塵の山)で、お金を稼ぐことは
間違ったことであるというように、「のま猫」問題、最近ではVIPEERまとめサイト問題では、このような
「共有財産」を一部の人間が搾取することへの反発である。

しかし「ネット住人」とは誰だろうか、「共有財産」とはなんだろうか。ここにはそのような明確なものが
あるように、転倒されている。そしてこの転倒こそが、閉鎖的、「村社会」的な、呪術的な世界観である。

875 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:51:31
繋がりの価値化

このようなことを考える上で、「なぜネットにおいて人々がダタで労働するのか」を考えることが重要
ではないだろうか。ネット上では、実社会労働以上の労働力がつぎ込まれている。このような労働者
はどのような対価があるのか、「交通様式」がなりたっているのか。そのキーワードが「繋がりの社会
性」である。

>>
繋がりの社会性 ttp://ised.glocom.jp/keyword/%e7%b9%8b%e3%81%8c%e3%82%8a%e3%81%ae%e7%a4%be%e4%bc%9a%e6%80%a7

一般的な送り手の意図に着目すれば、「社会性」とはコミュニケーションとは送り手と受け手の間に
ある誤解の可能性を減らすためのルールやコンセンサスということになり、これを「秩序の社会性」と
呼ぶ。一方、ともかくコミュニケーションが連続することが重視されるとき、これを北田は「繋がりの社
会性」と呼ぶ。そこでコミュニケーションのフックになるのは、コミュニケーションの意味内容やメッ
セージではなく、感情的な盛り上がりや、形式的な作法といったコンテクストである。
<<

ネットは不特定多数の繋がりを容易にする。ネットでは、実社会のようにただいることができない。い
ることはコミュニケーションする(繋がる)ことである。だからネットでは、「繋がり」が価値化し、「どれ
だけ」繋がっているかが重要視される。

876 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:52:36
まなざしの快楽

この「どれだけ」はなにか明確なものではない。あるいは繋がりを必ずしも求めていなくとも、ネットに
入ることで「無意識」に「繋がり」の価値化が作動している。これをボクは「まなざしの快楽」と呼んだ。

>>
その対極において、なぜネットではただで労働が行われるのか、がある。ネットでは様々なものがた
だで手に入る。労働の成果がただで公開されている。労働の提供者が得ているものは、「まなざしの
快楽」である。それは他者からの感謝であり、賞賛であるが、それは必ずしも実質的なものではな
い。それは「見られたい人から見られているだろう」という神性へと転倒されている。

なぜエビちゃんはかわいいのか ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060601
<<

そのためにネットは多くにおいて匿名の不特定多数であるにもかかわらず、なにか強力な内部=
「村社会」があるように錯覚される。そしてこのような「村社会」への帰属意識というドライブが、最近
ではWeb2.0と言われる、塵も詰まれば山となる(創発性)を可能にしている。そして「タダ」の世界の
維持、かつての未開社会のような疑似的な「互酬」を可能にする「交通様式」を演出している。それ
が「ネット住人」の「共有財産」である。

かつてブログで、ムラ社会/モヒカン族の対立が語られたが、これらは「村社会」という内部の出来
事である。この「村社会」の内部と差異化された「外部」とは、資本主義的実社会である。だからネッ
ト上では資本関係を排除する傾向が思想化されている面がある。

877 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:54:18
「内部」の共通財産を「外部」へ売り払うな

以下のように主張はとても「正しい」のだが、そんなことはわかっていながら怒っているのであり、問
題の本質ではない。問題の本質は、「「内部」の共有財産を「外部」へ売り払うな」ということである。

あまり理解されていないことだけれども、マスコミ報道の過半は情報の集約・整理・取捨選択による
もの。ウェブでは何かというと「一次情報に当たれ」といわれるし、私もそう書いてはきたのだけれど
も、現実問題、そんなことは不可能だというところに中間情報産業の存在意義がある。新聞のスク
ラップをまとめただけの雑誌とか、専門分野の世界にはたくさんあること、ご存知でしょうか? 

>>
新聞のスクラップをまとめた雑誌は新聞社に著作権料を支払っているでしょうが、その新聞社が*
*研究所が無料で公開した**調査報告を記事にする際、お金を払うか? 当然、払いません。でも
その新聞記事は有料で売られる。おかしい、と思います? 調査報告から面白そうな部分を抜き出し
て紹介する手間暇に対価を払ってもいいと私は考えますが、怒る人は怒るのかな。

中間情報産業への無理解 ttp://deztec.jp/design/06/05/29_information.html
<<

878 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:54:56
中間情報産業は大きな内部(情報産業、あるいは産業そのもの)の一部である。中間を含めて、情
報産業がなりたっている。しかしネットはその外部にあるのだ。だから情報産業からかってに収奪
し、ネット内部へ広く、コピー&ペーストすることは容認される。それは、個人的な利益でなく、ネット
内部のための行為である。

「のま猫」問題でのエイベックスの主張はぶっちゃけると「ネットは著作権アバウトのコピペの世界で
しょ。おもしろければ良いんじゃないの?なんで君たちよはよくて、俺たちがやるとキレるの?だって
エイベックスっていっても俺たち普段は2ちゃねらーみたいなもんだよ。仲間ジャン」ということではな
かったか。エイベックスの社員がネットの住人であっても、情報産業へ流通させようとするときにそれ
は「外部」となるのである。

VIP系まとめサイトが情報をまとめ公開することは、内部のための行為である。しかしアフィリエイトで
小銭を稼いだときに、それは共有財産を「外部」へ流通させた裏切り行為である。確かにこれは「の
ま猫」問題と比べると微妙である。「アフィリエイト」というシステムは内部と外部の微妙な位置にある
システムである。しかしVIPPERは「有罪」を突きつけたのである。

879 :ContextSurfer:2006/06/03(土) 10:55:47
ネット住人は野蛮人へ回帰したのか

ボクはこのVIPPERの「有罪」を偏狭な判断だというのは違うと思う。それは程度の問題でしかない。

創造性、そして著作権を重視するなら、ネット住人は外部(資本社会)からの安易なコピペ(収奪)を
止めるべきである。しかし奪うのは歓迎され、奪われるのには反抗する。これはとても都合のよい考
えである。しかし呪術的な神性によって支えられているネット社会では、内部が重要視しされるのである。

今回のVIPPERの「有罪」を偏狭な判断だと考える人も、「「内部」の共通財産を「外部」へ売り払うな」
という思想の元にあり、それはそのときに立場、程度の問題でしかない。外部(資本社会)からの安
易なコピペ(収奪)を禁欲する、たとえばYouTubeのTV番組のコピペさえも問題視する人のみが、
VIPPERの判断は偏狭だと言うべき事である。

ではネット住人は野蛮人へ回帰したのだろうか。マルクスは、資本社会における商品の呪術性とそ
れを元にした資本の収奪を問題にした。ネット社会の転倒とは、このような資本社会に内在する「ま
なざしの快楽」を元にした呪術性と同様のものである。

資本社会の「正しさ」が絶対の正しさではない。しかしボクたちはネットのみで生きられないし、生き
ていない。あるのは関係であり、立ち位置である。そして対立は内部と外部の「聖戦」として現れる。
そして今後も続くだろう。

880 :ContextSurfer:2006/06/04(日) 00:51:04
「「なぜ「VIPPERvsVIPブログ連合」は聖戦なのか」はご好評いただき、
歴代二位のBMをいただきました。
しかし自分では納得いかないところが多々あり、なおかつ大変おもしろい
分野だなと思っております。もう少し掘り下げたいと考えております。
ご期待下さい。」 


881 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 13:49:01
多分誰も期待してない

882 :ContextSurfer:2006/06/04(日) 17:27:26
交換価値はそれ自身で動的である。交換するドライブによって貨幣は貨幣たりえる。

883 :ContextSurfer:2006/06/04(日) 18:00:43
貨幣とは可能性の究極の価値形態である。なんにでも替えられることが
ほしいものに代えられるから、なにかほしいものが与えられるまで転倒されている。

884 :考える名無しさん:2006/06/05(月) 10:15:58
温かく受け入れてくれる板もあるかもしれないよ。
心を入れ替えて社会学板で一から出直してみるのもいいかも。

885 :ContextSurfer:2006/06/05(月) 16:30:26
■資本主義とネット世界

資本の追求が重要ではない

プルジョア/プロレタリアートの対立という言説に反して、資本主義の本質は「資本の追求が重要で
はない」というものだ。仮にブルジョアという資本を追求する集団がいたとしても、資本の追求そのも
のが目指すものは、プルジョア/プロレタリアートの対立と含めた「内部」への帰属である。

資本社会では消費することによって「内部」が形成され続ける。ここでのドライブは、資本の追求では
なく、「内部」への帰属することそのものであり、消費しなければ外部へ排除される。

人々が目指したことはより多く消費することが、大衆という神性的内部によって「まなざしされる」快
楽が生まれる。より多く消費することとは、貨幣をより多く持つことにおいては、より多く消費する可
能性を持つことを意味する。貨幣という商品の呪術性は他の商品よりもより多くの可能性を錯覚さ
せることにある。

886 :ContextSurfer:2006/06/05(月) 16:31:02
「資本の追求が重要ではない」が資本の追求でしか内部へ帰属できない

資本社会の高度化は「資本の追求が重要ではない」ことを明確にする。「より貨幣を持つことがより
多く消費する可能性があり、大衆という神性的内部によって「まなざしされる」快楽が生まれるという
一元性」のみが、まなざしの快楽を得る方法ではない。むしろそのような一元性への固執は古い慣
習でしかないということだ。

ビルゲイツが世界一のお金持ちになっても、「どん欲」でありつづけ、多くの寄付をしたり、子孫に財
を残さないと公言しているのは、まさに「資本の追求が重要ではない」ことを示すためであり、それに
よってよりい多くの「まなざし」をあびて、内部へ強く帰属し続けるためである。

しかしビルゲイツは資本を追求することを目標にもち、成功している。ここに資本社会のパラドクスが
ある。「資本の追求が重要ではない」が、資本社会では、資本の追求でしか、内部を形成できない。

たとえばホリエモンはお金の追求を目指したようであるが、彼のスタンスも「重要なことはお金儲け
ではない」という姿勢だった。彼の「お金でなんでも買える」というアイロニーは「お金持ちだから特別
なことはなにもない」と理解しなければならない。

マネーゲームとは資本の追求を「あえて」行う姿勢がある。彼らはお金持ちになり、裕福になり、なに
かしたいわけでなく、ただ「お金持ち」になりたいマネーゲームをしているのである。そこには資本社
会では、「資本の追求が重要ではない」が資本の追求でしか、内部へ帰属できないというアイロニー
がある。

887 :ContextSurfer:2006/06/05(月) 16:33:10
資本から繋がりへ

ネットにおいては資本の追求は歓迎されないのも、「資本の追求が重要ではない」が継承している。
そしてネットはそのテクニカルにおいて、資本を追求しなくとも「内部」の形成を可能にしてしまうとい
うパラダイムシフトが起こっている。

コメント、アクセス数、トラックバックなどのコミュニケーションが「見られたい誰かが見ている」という
「まなざし」を生む。そしてこのコミュニケーションの継続が内部を作動させる。ボクはこれを「繋がり
の価値化」と呼んだ。だから見られていること、受けることが重要であり、それが内部への帰属を約
束する。

さらにネットにおいては、旧来勢力としての資本社会との差異化において、その内部への帰属を強
めている傾向がある。「私はネット住人である。」という新興世界としてのネット内部への帰属の忠誠
である。だから懸命に、旧来勢力のミスを嗤い、旧来勢力の価値を収奪し、旧来勢力からの収奪に
奇声を上げる。

888 :ContextSurfer:2006/06/05(月) 16:35:12
このような傾向はある意味で、資本社会以前の未開社会的であると言える。資本社会以前の未開
社会では商品交換でなく、互酬(贈与)によって内部は維持されていた。ネットでみなが無料で働くの
は、内部へ帰属するための互酬である。未開社会の互酬が1対1によって、互酬に責務を負わされ
るのに対して、ネットコミュニケーションが1対無限であるために、与える者は少しの労働で無数のま
なざしを受け、受ける者はほんのわずかの提供(コメントであり、アクセルカウント)すればよい。

資本社会では著作権保護は奪取を禁止し、「交換」を安定して作動するために重要であるが、未開
社会において、互酬が作動しない外部へは「収奪」が働く。そのような意味でも資本社会は疑似「外
部」として作動している。

しかし不思議な傾向ではある。ボクたちはネットだけでは生きられない。資本主義に帰属し、生計を
立てている必要がある。たしかに「お金は大事だよ〜♪」だが、それだけでは「まなざしの快楽」を得
ることが困難になっている。お金持ちであること、あるいは消費することで繋がることでは、不十分に
なっている。

889 :ContextSurfer:2006/06/05(月) 16:36:27
資本社会とネット社会の融合

では今後、どのようになるのか。当然、この資本社会/ネット社会は大きな内部として作動するだろ
う。資本社会が作動するためには、法整備が不可欠である。「収奪」の排除がなければ、商品交換
は行われない。現にいまもネットでお金の流通がむずかしいのも危険性があるためだ。しかしネット
という物理的なグローバル化は国単位の法整備を越えてしまう。このためのネットにあわせた法整
備は行われるだろう。

しかしまた「資本の追求が重要ではない」ということはよりラディカルに働く。だから無償の労働は行
われ続け、混沌であり続ける。・・・アフィリエイトは有用な方法であり続けるが、安定した徴収は困難
であるかもしれない。・・・

890 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/06(火) 13:29:49
去勢の不在ですね。ネット空間で土人として生きていけるということでしょうか。

891 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 14:31:09
土人にも去勢はあるわけですが、
資本社会的には外部である山賊、異教徒が近いのかもしれません。
そう考えると様々な収奪、悪態、排他が内部との差異により作動していると説明しやすいのですが
基本が彼らが資本社会内部の人間であることですね。この二重性がとても不思議です。

892 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 14:32:16
板違い

893 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 14:43:41
文化と現実界

894 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 15:04:46
しかし人間はそもそも資本社会的ではない。そして平等は資本社会において生まれたといわれる。
中野はボランニーの互酬、再配分、交換を想像界、現実界、象徴界と退避した。
その意味で資本社会とは象徴界的、未開社会は想像界的、そしてネットは想像界的であり、現実界的世界であるといえるかも知れないが
人間そのものはこの三界のボメロスの輪である。

895 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 15:16:21
たとえば資本社会で失われるのは想像的なもの、対象への思い入れである。質は貨幣価値という量へ還元され流通される。
ボクたちが質を重視しようか「お金で買えないものがある」といってもこの網にからめとられる。
病において金があれば命が助かるのである。
だからボク達は資本関係でのみは生きられない。本質的にもとめているのは「愛」であり、それは想像界にある。

896 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 15:22:19
なぜボクたちが使用価値以上のものを求めるのか。それはマルクスのいう交換価値の蜃気楼であり、想像界への投射であり、
消費によるつながりへの欲望である。それはだれかへの贈与である。岩井は貨幣を無限の他者への贈与と呼んだ。
そのドライブこそが想像界への投射である。


897 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 15:29:46
資本社会にいるかぎり、収奪は問題である。交換関係というあやふやなバランスを崩すからである。
しかしここで隠されているのが外部からの収奪がなければ資本社会は作動しない。
その展開が未開社会を資本社会がとりこむ、現代ならグローバル化、そしてそこに生まれる外部からの収奪の構造、現実界がある。



898 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 15:40:06
未開社会の贈与が象徴界として作動することはいわずもがなであるが、それは小さな内部という想像界内においてである。
さらに外部=現実界とは収奪の関係にある。

未開社会、封建社会、資本社会の構造は内部の規模の差が大きいのではないだろうか
それによって三界のあらわれは異なる。

899 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 16:50:55
■なぜネット住人は資本社会とネット社会に二重帰属できるのか

@資本社会/ネット社会への二重帰属性

ネット住人は資本社会的には外部である山賊、異教徒に近いのかもしれない。そう考えると様々な
収奪、悪態、排他が内部との差異により作動していると説明しやすいが、基本が彼らが資本社会内
部の人間である。この二重帰属性はとても不思議である。

しかし人間はそもそも資本社会(交換)的ではない。そして平等は資本社会において生まれたといわ
れる。中野はボランニーの互酬、再配分、交換を想像界、現実界、象徴界と退避した。その意味で
資本社会とは象徴界的、未開社会は想像界的、そしてネットは想像界的であり、現実界的世界であ
るといえるかも知れないが、人間そのものはこの三界のボメロスの輪である。

900 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 16:52:30
A人間の三界への帰属

たとえば資本社会で失われるのは想像的なもの、対象への思い入れである。質は貨幣価値という
量へ還元され流通される。ボクたちが質を重視しようが「お金で買えないものがある」といってもこの
網にからめとられる。病において金があれば命が助かるのである。

だからボク達は資本関係でのみは生きられない。本質的にもとめているのは「愛」であり、それは想
像界にある。なぜボクたちが使用価値以上のものを求めるのか。それはマルクスのいう交換価値の
蜃気楼であり、想像界への投射であり、消費によるつながりへの欲望である。それはだれかへの贈
与である。岩井は貨幣を無限の他者への贈与と呼んだ。そのドライブこそが想像界への投射である。

資本社会にいるかぎり、収奪は問題である。交換関係というあやふやなバランスを崩すからである。
しかしここで隠されているのが外部からの収奪がなければ資本社会は作動しない。その展開が未
開社会を資本社会がとりこむ、現代ならグローバル化、そしてそこに生まれる外部からの収奪の構
造、現実界がある。

現代が資本社会だからといって人は貨幣交換という象徴関係のみで生きてない。未開社会が贈与
という象徴交換で生きてないように。未開社会の贈与が象徴界として作動しているが、それは小さな
内部という想像界内においてである。さらに外部=現実界とは収奪の関係にある。未開社会、封建
社会、資本社会の構造は内部の規模の差が大きいのではないだろうか。それによって三界のあら
われは異なる。

901 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 16:53:17
Bネット社会の三界

再度これをネット社会に考えると、ネット社会は資本社会の一部としてあるはずであり、象徴関係は
資本社会のルールが適用されるはずであるが、そのテクニカルな理由から、弱い拘束となる。

さらには想像関係としての繋がりが重視される。想像関係とは良性では愛であるが、悪性であると
憎しみである。これは容易に転倒する。ネット社会は繋がりの社会であり、愛と憎しみが表出しやす
い想像的な社会である。

しかしコミュニケーションを成り立たせるために、象徴的な関係が必要である。資本社会の日常では
無意識に空気を呼んでいるために、空気があることを気にしないが、ネットではコミュニケーションそ
のものを成り立たせるために、意識上に上がって、「空気嫁」とその場その場で、空気を読む努力が
求められる。ネットコミュニケーションは本質的に空気が読めず、すぐに悪性の想像関係、憎悪の関
係に転倒する。たとえば2ちゃんねるでは、ネットでは空気を読むことが難しいという空気を読むこと
で成り立っている。

では、ネットの現実界はどこかといえば、資本社会である。ネット内部に帰属意識が高いと、収奪す
る外部として現れる。

902 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 16:53:49
C資本社会とネット社会のバランス

ボクたちは資本社会とネット社会に二重帰属している。概略すると以下のようになり、このようなバラ
ンスにボクたちの立ち位置がある。

        資本社会                  ネット社会  
想像界的 消費の彼方               テキストコミュニケーション
象徴界的 道徳、法による貨幣、著作権など  資本社会からの弱いルール 
現実界的 資本社会外部の未開         資本社会  

たとえば、ネット住人は、つながり重視の想像界思考であり、資本社会的なもの、お金を払う、ネチ
ケット的な道徳は、現実界という「外部」におかれ、収奪の対象となる。しかし彼はまた資本社会の
住人であり、資本社会では道徳、法にのっとり生活をしている。

903 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 16:54:52
D電車男、のま猫、VIPブログ

たとえばボクは「電車男は本当にエルメスに恋をしたのか」と言った。「電車男」はネット住人指向が
高い。そのための本心はネットコミュニケーションで相談され、そのつながり(想像的関係)に自分の
居場所を見出したのである。そしてそこで担保のされたのが、エルメスである。このときエルメスは外
部=資本社会(現実界)にいる得体の知れない他者である。「電車男」たちは資本社会のエルメスを
収奪することを画策したのである。ネット社会に比重を置くならば、「電車男」はネットでの繋がりのた
めの、エルメスを収奪したのであり、収奪する過程が重要であったといえる。

のま猫問題も同様に2ちゃねらーはエイベックスを外部におき、その収奪を問題にしたのである。自
分たちがエイベックスの歌を無断使用したにもかかわらずである。

アフィリエイトはアクセス数を金額に買えるシステムである。ネットではコミュニケーションが価値化し
ている。その一つがアクセス数であり、単にアクセス数が増えることに価値がある。アフィリエイトに
よってアクセス数を貨幣という資本社会とつないだときに、ネット住人の二重帰属性というとても微妙
な立ち位置を揺すぶる。

ネット重視においては、お金を稼ぐのでなく、コミュニケーションによってネット内部に帰属する。お金
はある意味でついでである。さらにいえば、ネットだけでは生きられないし資本社会住人として、小銭
ぐらい稼いでもよいだろう、という温情がある。その意味でネット住人としてのプライドを傷つけずに
小銭が稼げる良いシステムであると言える。

これはとての個人的な二重帰属の問題である。しかしVIPブログのように、ネット内部の共有財産を
つかって稼ぐのは、個人の問題でなくネット内部への帰属の問題であり、外部の人間の所作である
と、断罪される。

904 :ContextSurfer:2006/06/06(火) 17:15:18
ウェブ進化論が示した未来像のおもしろさはこの対立の境界にあり、そこにグーグルがいる。
今回問題になったといえアフェリエイトは二重帰属性にやさしい。
問題にもなっているがグーグルはさまざまなものをただで提供してくれる。


905 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:43:52
■なぜネット住人は資本社会とネット社会に二重帰属できるのか その2

G資本社会とネット社会の切り替え

ボクたちは資本社会とネット社会に二重帰属している。概略すると以下のようになり、このようなバラ
ンスのもとにボクたちの立ち位置がある。

        資本社会                  ネット社会  
想像界的 消費の彼方               テキストコミュニケーション
象徴界的 道徳、法による貨幣、著作権など  資本社会からの弱いルール 
現実界的 資本社会外部の未開         資本社会  

たとえば、ネット住人は、繋がり重視の「想像的な」思考であり、資本社会的なもの、お金を払う、ネ
チケット的な道徳は、「現実的なもの」という「外部」におかれ、収奪の対象となる。しかし彼はまた資
本社会の住人であり、資本社会では「象徴的な」道徳、法にのっとり生活をしている。

906 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:45:09
H「電車男は本当に「エルメス」に恋をしたのか?」

たとえばボクは「電車男は本当に「エルメス」に恋をしたのか?」と言った。

>>
ネットという内部作動装置

「電車男」の感動とは、内部にいることの共有である。そしてこの内部を作動させているのは、エルメ
スを女神とすること、すなわち外部に疎外し超越させることである。「転倒」において神性は捏造され
る。しかしエルメスは一つのメタファーであるといえる。それは女性全般を意味し、さらには社会その
ものを指す。

あるいは、ネット上に氾濫するヘイトスピーチも同様な構造をもつと言える。ネット上などのヘイトス
ピーチは、そこに差別する外部を想定することを意味する。それによって、場の緊張をやわらげ、発
話者たちが内部にいることを強調する。そしてこのような「転倒」においてたとえば「朝鮮人は〜だ。」
などの神話が捏造される。

そもそもネット上はコミュニケーション不全の場である。このような場において、多くにおいて社会的
な他者(有名人など)を外部として攻撃し、場の緊張を緩和し、内部として作動させる。繋がりを強化
する。そしてネット上はうわさ話(神話)の宝庫である。

「2ちゃんねる」、「2ちゃんねらー」の意味とは、「社会」と差異化した外部(すなわちそれはまた社会
を外部とした「内部」)である。

なぜ「空気が読めないことが最も嫌われる」のか? ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20050825
<<

907 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:46:21
「電車男」はネット住人指向が高い。そのための本心はネットコミュニケーションで相談され、そのつ
ながり(想像的関係)に自分の居場所を見出したのである。そしてそこで担保のされたのが、エルメ
スである。このときエルメスは外部=資本社会(現実界)にいる得体の知れない他者である。「電車
男」たちは資本社会のエルメスを収奪することを画策したのである。ネット社会に比重を置くならば、
「電車男」はネットでの繋がりのための、エルメスを収奪したのであり、収奪する過程が重要であった
といえる。

のま猫問題も同様に2ちゃねらーはエイベックスを外部におき、その収奪を問題にしたのである。自
分たちがエイベックスの歌を無断使用したにもかかわらずである。

908 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:47:38
I「ウェブ進化論」という「架け橋」

「ウェブ進化論」梅田望夫(ISBN:4480062858)が示した未来像のおもしろさはこの対立の「架け橋」
の可能性を示した点にあるのではないだろうか。特にGoogleは相容れないと言われてきた資本社会
とネット社会の架け橋という鉱脈は見出した。((Googleはなぜ「世界征服」をめざすのか 「ウェブ進
化論」梅田望夫 ttp://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060213))

当然Googleは利益を追求する資本社会側であるが、彼らが提供する様々なアイデア、Web2.0など
による知の集積、高品質なサービスの無料提供、ロングテール革命、アドセンス、アフェリエイトなど
は、資本社会を外部とする態度に対して、「やわらか」であり、二重帰属する人々の心をくすぐる。

たとえば、アフィリエイトはアクセス数を金額に買えるシステムである。ネットではコミュニケーション
が価値化している。その一つがアクセス数であり、単にアクセス数が増えることに価値がある。アフィ
リエイトによってアクセス数を貨幣という資本社会とつないだときに、ネット住人の二重帰属性という
とても微妙な立ち位置をくすぐる。

ネット重視においては、お金を稼ぐのでなく、コミュニケーションによってネット内部に帰属する。お金
はある意味でついでである。さらにいえば、ネットだけでは生きられないし資本社会住人として、小銭
ぐらい稼いでもよいだろう、という温情がある。その意味でネット住人としてのプライドを傷つけずに
小銭が稼げる良いシステムであると言える。

そしてこれはネット社会への悪印象があった資本社会側にとっても「やわらかな」システムとなる可
能性がある。

909 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:48:16
J「VIPブログ」問題の「神的な」微妙な境界

その意味で、「VIPブログ」問題は、のま猫に比べて微妙な位置にある。「ボクは内部の財産を外部
に売り渡すな」といったが、個人的に小銭を稼ぐには良いとして、内部へ強く帰属する「共有財産」を
個人が勝手に外部へ「売り渡す」のは、内部への冒涜であり、断罪されるのである。

2ちゃんねるで盛り上がったネタはまとめサイトが作られるのは、もはや定番であり、いまや無数に
ある。はじめは「VIPブログ」側は想像的な、内部への帰属意識として行ったことかもしれない。問題
有罪とされたのは、もしかしVIPPERというネット社会内部への帰属がつよい人々であったからかもし
れない。この当たりの問題は、「神的な」とても微妙な境界として、今後も回帰するだろう。

910 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 00:49:52
K資本社会を補完し、排他するネット社会

資本社会とネット社会の二重帰属性と言ったが、正確には、資本社会/ネット社会という大きな内部
として作動している。それは、たとえば「会社の顔」と「家庭の顔」というような、二面性と考えることも
できる。

しかしこの二面性がおもしろいのは、そこにはより強い「断絶」があるように思う。そこには資本社会
によって抑圧されている「想像的なもの」=対面的な繋がりを、擬似的にネット社会は補完している
のではないだろうか。それは、擬似的な「心の交流」であり、「愛」であり、「ぬくもりである。ネット社会
への帰属は資本社会を外部におく。

911 :考える名無しさん:2006/06/07(水) 11:39:12
                      ____    、ミ川川川彡
                    /:::::::::::::::::::::::::""'''-ミ       彡
                   //, -‐―、:::::::::::::::::::::三  ギ  そ  三
            ___    巛/    \::::::::::::::::三.  ャ  れ  三
        _-=三三三ミミ、.//!       l、:::::::::::::三  グ  は  三
     ==三= ̄      《|ll|ニヽ l∠三,,`\\::三  で       三
        /              |||"''》 ''"└┴‐` `ヽ三   言  ひ  三
         !             | /          三   っ  ょ  三
       |‐-、:::、∠三"`     | ヽ=     U   三.  て   っ  三
       |"''》 ''"└┴`       | ゝ―-        三  る  と  三
       | /           ヽ ""        ,. 三   の   し  三
        | ヽ=   、    U    lヽ、___,,,...-‐''"  三   か  て  三
.        | ゝ―-'′          |  |::::::::::::_,,,...-‐'"三  !?    三
          ヽ ""        ,.    | | ̄ ̄ ̄      彡      ミ
        ヽ、___,,,...-‐''"  ,,..-'''~             彡川川川ミ
          厂|  厂‐'''~      〇
        | ̄\| /

912 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 13:19:21
ネット社会、資本社会が純粋贈与(略奪)の関係に迎うとき、
ネット社会は脱社会化し、資本社会が知的所有物を略奪しつづける。
そして資本社会は環境管理に向かう。気が付かないうちに管理し、略奪する。
ここでおもしろいのがウェブ進化論でしめされたグーグルの立ち位置である。

913 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 13:27:14
他者を動物のように扱う。グーグルはまさにこの境界に立とうとしている。ネット社会からも資本社会からも相互に純粋略奪を促進する。
ネット住人にただで多くの資本社会からのものを提供しつつ、気が付かないうちにネット住人のものを資本社会売り払う。
彼らがめざす世界政府とはまさにそこにある。

914 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 13:39:16
しかしそううまくいくだろうか?グーグルの成功はわからないがそこに価値があることは確かだろう。
資本社会から脱社会化した人々はマルチチュードなどと呼ばれる。
マルチチュードはより内部をめざし外部からの純粋略奪をめざす。

915 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 13:56:04
ビッパーは今回の問題で、さしせまる純粋略奪より帰属意識をつよめた。
のま猫もそう。
それが相補性である。疑似外部として



916 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 14:11:46
ブログを書きお金が儲かる。想像的に象徴的にみたされる。これが満足だろうか。
困ったことにそれはありえない。そこにバランスはない。
それでも人は想像的なものを求めてしまう。かなえられないものを求めるのが欲望であり、
抑圧されるから欲望するのだ。

917 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 14:13:24
ブログで金儲けできれは他にむかう。

918 :考える名無しさん:2006/06/07(水) 16:49:56
(´・ω・`) 知らんがな

919 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:29:45
■なぜネット社会と資本社会は対立するのか その1 「ボメロスの結び目」としての社会

資本社会/ネット社会への二重帰属性

ネット住人は資本社会からみると「外部」にいる山賊、異教徒に近いのかもしれない。そう考えると
様々な資本社会に対する反抗、略奪、悪態、排他がわかりやすい。しかし基本的に「彼ら」が資本社
会内部の人間でもあることを考えると、この二重帰属性はとても不思議である。

920 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:30:21
資本社会の貨幣価値への還元作用

資本社会を支える貨幣交換という「交通様式」は、「象徴的」システムである。たとえば「人間の平
等」は貨幣経済の産物であるといわれる。紙である貨幣が価値を持つこと、「人間の平等」など、そ
れらは資本社会内部の無意識(「象徴界」)の信頼によって支えられている幻想である。

しかしこのような「象徴界」への参入は精神分析では去勢と呼ばれ、「想像的なもの」を禁止する。と
くに資本社会においては、「想像的な」思い入れ(質)は貨幣価値という量へ還元され流通される。ボ
クたちが質を重視し、「お金で買えないものがある」といっても、この「象徴的な」網に(無意識に)か
らめとられる。生命の危険がある病になった大金が必要なのであり、命も貨幣価値で図られているのだ。

しかし「同じ機能をもつバックでも高価な「エルメス」を求めるのか。」というように、必要(使用価値)
以上のものに価値を見出すという不可思議な傾向をもつ。マルクスはそれを交換価値という幻想として示した。

これは抑圧された「想像的なもの」の回帰ではないだろうか。「エルメス」の価値とは他者からの賛辞
であり、それを賛辞する価値の内部にいるという実感である。商品を媒介にして他者との繋がろうと
いう欲望であり、「想像的な」質の取り戻りである。ボクたちがよりもとめているのは「想像的なもの」
であり、「想像的」他者との関係=「愛」であるからだ。

921 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:30:54
「平等」という抑圧

資本社会では貨幣価値への還元という強い「象徴的な」作用が働く社会である。たとえばボクたちが
当たり前と思っている「人間の平等」は、「貨幣経済の産物である」といわれる。それ以前、封建社
会、未開社会では、人間が平等でないことが当たり前だった。

資本社会が「平等」を重視するのは、貨幣による交換システムがとても「不安定な」ものであり、その
バランスを保つためには、「平等」によるシステムの活性化が必要であるからだ。たとえば著作権な
どの知的所有権が重視されるのもこのためである。封建社会などのようにシステムとして格差の入
れ替え可能性が排除されていては、貨幣システムは作動しない。だれにとっても1万円は1万円の
価値が保証され、それが商品と交換可能であるという「平等」への信用が内部を維持している。

そしてこの「平等」そこが、「想像的な」質を貨幣価値に還元し流通させるという抑圧の一面でもあるのだ。

922 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:31:39
「ボロメオの結び目」としての社会

たとえば柄谷は未開社会、封建社会、資本社会への変化を、互酬(贈与と返礼)、再配分(略奪と再
配分)、商品交換(貨幣)という「交換様式」で分類している。(「世界共和国へ―資本=ネーション=国
家を超えて」 柄谷行人 ISBN:4004310016)

どのような社会でも、ラカンの三界、「象徴的なもの」、「想像的なもの」、「現実的なもの」は、「ボロメ
オの結び目」としてどれも欠くことができないとして次元として作動している。

たとえば未開社会とは小さな「内部」であり、資本社会に比べて顔と顔のつきあい、「想像的な」関係
を元に「内部」が作動している。「想像的な」関係とは良性では愛であるが、悪性であると憎しみであ
る。これは容易に転倒する。

そのため、それを抑止する「象徴的な」秩序が必要とされる。未開社会での「象徴的な」「交通様式」
は、資本社会の(貨幣)交換に対して、互酬(贈与と返礼)システムである。無償で与えることで、そ
の負債が循環していく。たとえば現在でも家族では交換は貨幣ではなく、「水くさい」などと互酬(贈
与と返礼)で行われる。子は親に養われ負債を追うことで、親を尊敬するというように、親子という社
会会関係(上下関係)を規定する「掟」として作動し、過剰な「想像的な」関係を抑止する。

未開社会が維持されるのは、小さな「内部」群が大きな「内部」として取り込まれず、それぞれ個別に
維持される限りである。そして小さな「内部」にとって他の小さな「内部」は「外部(現実的なもの)」で
あり、互酬(贈与と返礼)システムや(貨幣)交換ではなく、争いによる「略奪」という「交換様式」が作動する。

争いが頻繁におこり、大きな「内部」として作動したときに、封建社会へ向かう。そこでには支配者と
被支配者による再配分(略奪と再配分)が行われている。

923 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:32:13
資本社会の「外部(現実的なもの)」からの略奪

柄谷によると、「貨幣交換は共同体の間に起こる」。封建社会という「大きな内部」同士に秩序ある交
通が行われるときに、「より大きな内部」として資本社会が作動する。このような「より大きな内部」を
安定に作動させるために、資本社会は知的所有権保護などにも見られるように「略奪」を禁止する。

しかしこれも正常に作動し信頼が保たれた資本社会「内部」においてのことである。資本社会は拡
大することで安定を保つシステムであり、「外部」からの略奪がなければ作動しない。資本社会「外
部(現実的なもの)」とは、一つは資本社会化していない社会であり、もう一つは自然である。大量生
産や、グローバル化の名のもと、「外部」からの略奪が進行する。

924 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:32:56
純粋略奪と「剥き出しの生」

中野は「貨幣と精神―生成する構造の謎」(ISBN:4888489785)の中で、ラカンの三界、「想像的なも
の」−「象徴的なもの」−「現実的なもの」を、贈与−商品交換ー純粋贈与と対比させている。未開社
会など小さな「内部」で行われる贈与は対面的「想像的もの」であり、資本社会などの「より大きな内
部」で行われる商品交換は知らない者でもルールにのっとって行われる「象徴的なもの」である。

純粋贈与とはまったく見返りのない贈与であり、たとえば自然の恵みである。しかしこれはまた自然
という純粋な「外部(現実的なもの)」からの純粋略奪とも言えるだろう。

ジョルジョ・アガンベンは「開かれ―人間と動物」(ISBN:458270249X)の中で「人間/動物、人間/非
人間といった対立項を介した人間を産出する歴史化の原動力」としての内部(人間)/外部(動物)
の境界生成を「人類学機械」として示した。*1

このように「外部(動物)」におかれた人は「ホモ・サケル(剥き出しの生(=主権権力の外に位置する
者))」(ISBN:4753102270 )であり、「動物」からの略奪であり、自然からの純粋略奪と考えることがで
きるだろう。

925 :ContextSurfer:2006/06/07(水) 21:35:33
フーコ-の「生政治」、そして「環境管理権力」のように、成熟した資本社会では、人々は「動物」のよう
に管理されることが警告されている。すなわち純粋贈与(略奪)される「外部(動物)」は、内部に生ま
れると警告されている。

これら未開社会と資本社会の三界は以下のようになるだろう。

 未開社会    資本社会 
想像的(愛)    身内の関係      消費の過剰 

象徴的(秩序)  互酬(贈与と返礼)   商品交換(貨幣)
  掟              道徳、法 

現実的(外部)  他の未開社会     資本社会外と自然と「動物」

926 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 11:27:37
大作対策

なぜネット社会と資本社会は対立するのか その1 「ボメロスの結び目」としての社会
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060607
なぜネット社会と資本社会は対立するのか その2 愛と憎しみのネット社会
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060608
なぜネット社会と資本社会は対立するのか その3 純粋略奪関係というバランス
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060609
なぜネット社会と資本社会は対立するのか その4 透きとおった「帝国」
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060610

927 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 11:35:23
「生権力」と疑似純粋略奪

成熟した資本社会の新たな権力として、フーコ-の「生権力」、そして「環境管理権力」が指摘されて
いる。アガンベンはアウシュビッツで殺されたユダヤ人たちを「ホモ・サケル(剥き出しの生)」と呼ん
だが、「生権力」は人を「剥き出しの生」のように管理する方法である。

そして「生権力」化する資本社会の「内部」に対抗して、資本社会を「外部」とする「小さな内部」を生
みだす小さな「人類学機械」が作動している。この大きな「人類学機械」と小さな「人類学機械」の対
立が、互酬でもない、交換でもない、新たな「疑似純粋略奪的「対立」」という交通様式である。

「透きとおった悪」

このような状況は、ボードリヤールは「透きとおった悪」(ISBN:4314005521)でも示されている。それ
が「悪」であるのは、資本社会「内部」から見た場合である。

928 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 11:36:03
崇高な略奪

ネットにおいては、「象徴的なもの」が作用しにくく、「資本の追求が重要ではない」という「内部」への
動きが加速し、大きな「人類学機械」と小さな「人類学機械」の「対立」が表面化する場である。

たとえば「のま猫」問題、「VIPブログ」問題のように、資本社会(象徴的なもの)からの抑圧が働くと、
2ちゃんねらーという強い内部(想像的なもの)が浮上し、「対立」が生まれる。そこでは、「象徴的な
もの」は疑似的な「外部(現実的なもの)」へ排除されるために、「想像的なもの」の利己的な論理が
働き、資本社会側からは不条理な「野蛮な」攻撃としてうつる。

またボードリヤールのいうように、このような「対立」がすでに社会のあちこちで表出している。たとえ
ばオウム事件であり、911NYテロである。「小さな内部」にとって「外部(資本社会)」の成員とは、
「剥き出しの生」、非人間、動物なのである。そしてテロ行為は「外部」でももっとも大切とされる「生」
を純粋略奪する行為であり、それ故に「小さな内部」では崇高な行為なのである

929 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 11:37:59
「大きな内部」内の対立

このような状況を、大きな「内部」として示す。「象徴的なもの」は商品交換(貨幣)の重視、市場原理
主義的に働く。それはグローバル化である。 「想像的なもの」は、「小さな内部」への帰属意識に求
められる。そしてもはや大きな「内部」には「外部(現実的なもの)」はなく、 「想像的なもの」と「象徴
的なもの」、 小さな「内部」と資本社会の疑似純粋略奪的な「対立」として表れる。それは二重帰属で
あり、明確な「対立」でなく、「大きな内部」の中で 「透きとって」いる。

透きとおった「帝国」

さらにはこの「大きな内部」内の対立とは、アントニオ・ネグリ の「帝国」(ISBN:4753102246)と「マル
チチュード」にも対応するだろう。

ネグリの「帝国」では、マルクス主義的に「帝国」を克服するものとして「マルチチュード」の登場が描
かれるが、疑似純粋略奪的な「対立」とはもっと混沌とし、「透明な」ものである。それは「想像的なも
の」と「象徴的なもの」の対立であるが、「想像的なもの」と「象徴的なもの」は「ボロメオの結び目」に
よって決して離れることができない二重帰属性としてある。

930 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 11:40:00
「外部(現実的なもの)」の消失と閉塞する社会

象徴的なものと想像的なものの対立であるが、また本質は現実的なものにある。システムには必ず
外部が必要とされる。しかし大きな「内部」(「帝国」)には、もはや外部が存在しない。疑似「外部」が
存在するだけだ。すなわち純粋略奪的な「対立」とは疑似的に「外部(現実的なもの)」を生み出す運
動であると見ることができる。閉塞する社会にダイナミズムを与え続けるための自己言及的な運動
である。

931 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 12:24:56
強く内部を求めることは強く外部を求めることである。
そこに怒るとキレるの関係が生まれるだろう。たとえばテロ行為は小さな内部では論理的な理屈のもと怒っているのであるが
大きな外部からみると理屈を無視し不条理にキレているのである。
キレるの社会的な全面化とはこのように考えなければならない。

932 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 12:28:18
いつもは大きな内部の成員に溶け込みながら、突然キレる。
たとえば中国や韓国の排日デモの見えなさもここにある。ボク達には彼らは怒っているよりキレているようにしかみえない。


933 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 12:48:36
格差問題のリアリティのなさぱまずそれが大きな内部の理屈であること
小さな内部では「重要なのは資本ではない」というスタンスをとること
大きな内部から抑圧されるものを感じられないこと
下流によっては小さな内部を作るにいたらないこと。
これは「下流」という格差、抑圧がないということでなく、ドライブがかからないということであるとともに
すでにドライブはかかっているということである。たとえば、のま猫やVIPブログの問題をその表出と見てもよいだろうさ
様々な幼児犯罪にも見られるかもしれない。
政府への交渉でなく、透き通った悪として、表出するからだ。

934 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 13:05:12
純粋略奪の世界
機械と動物の戦闘

たとえば最近のセカイ系アニメに見られるのは敵が見えないことだ。ただ漠然と不気味な者として迫ってくる不安。
それが主人公周辺に一心にかかってくる。
ここに小さな内部からみた小さな内部と大きな内部の対立構造が見える。
それが如実なのがエヴァだろう。ただ不気味に定期的にせまる使途。ただなにもいわず純粋略奪をくりかえす。それはばけものでありながら限りなくシト(人)なのである。

935 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 13:23:02
だからボク達もただ殺戮するのである。そこには敵もまた同じ人なんだという悲しいヒューマニティーなどない。
使途(人)を動物のようにただ殺戮する快楽。セカイ系アニメの最高の快楽はその短い殺戮シーンにある。
それは純粋略奪であり、外部(現実的なもの)=無垢の表出である。
これを様々な少年犯罪につなげるのは強引だろうか。ただ殺戮する快楽。
そこに働いているのは閉塞する大きな内部からの脱出という純粋略奪の快楽である。
純粋略奪の快楽

936 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 13:28:16
>だからボク達も・・・
>そこには敵もまた同じ人なんだという悲しいヒューマニティーなどない。

すごい矛盾。

塚、「ボク達も」とか言っちゃだめだよ。
「ボクも」って書きな。

937 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 13:36:33
小さな内部からみるとこれは論理的な、想像的な怒りであるが、
大きな内部からは理屈などない不条理な「キレる」である。
そして主体は想像的な快感(強い絆と自己充実)を味わいながら現実的な快感(純粋略奪の快楽、閉塞からの解放感)を味わうのである。
それは未開社会の快楽であり、小さな内部の神に捧げる崇高な行為、祭りである。


938 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/06/08(木) 13:55:09
人間のリアリティはいつもここにある。このような純粋略奪の次元はいつも作動してきた。それはアガンベンの人類学機械である。
外部が消失した今、それは内部に透き通った形で存在するしかない。
オタクの妄想セカイであり、ネット社会はそれを培養し、補完する小さな内部としてある。

939 :ContextSurfer:2006/06/08(木) 14:07:22
たとえば創造という行為もこの次元にある。なにかを創造するとは、知りえない
外部からの(アイデアが)おりてくる純粋贈与(略奪)の快楽である。
だから想像的、現実的快楽がえられる。
ネット社会において外部(資本社会)の知的創造物はおりてきたもの、そして内部の創造は高い価値がもたれる。

940 :短パン:2006/06/08(木) 14:41:30
「姿を変えた」と、思っているのは、いつだって、そいつ本人だけ。なんだよな・・・。
ある意味認められながら、しかし。吹聴の対象でもある君へ・・・

混沌の世界。
そこに求められる存在が在るとするのならば、それは少なくとも、
本を熟読した、「頭でっかち」ではないだろう・・・。
すんげぇ、本を手にしてしまう事は、ある意味幸せだけど、ある意味不幸でもあるだろう?

到達点は、その本を書いた人?主人公は、いつだって自分だし、そうじゃなかっただろうか?
良き本を、決して否定はしないけど、ま・大抵は死んじゃったどっかの糞の
戯言なんでね。あてにできねぇ感じだ。

両義的に、キーボードを走らせるのは飽きたかよ?
まぁ、好きにするさ。
それじゃ。ノシ

941 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 14:50:32
よぉ短パン、久しぶり。
相変わらずはみチンしてるかね。
今日はどうしたのかな?

942 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 14:50:41
キミ、両義的ってことば相当好きなんだね。

943 :短パン:2006/06/08(木) 15:02:11
>>941>>942
あら、まぁ。御見限りですわぁ〜、、、つか、誰じゃおのれ等はwww

はみチン?してるよ〜ノシ。隣の奥さんも頬を赤らめてる位ガンガッテるぜぃ!
(そろそろ不倫とかいう第二ステージも、アリですかぃぃ〜?んん〜??)

944 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 15:07:32
誰かって、短パンのファンだよ〜。

短パンも両義的に、ハミたまもしてみてはどーだい?

945 :短パン:2006/06/08(木) 15:29:59
付き合ってくれるのであれば、「何処までも。」一緒に行こうよ?
でも、いつか、短パンを越えて存在してくれる事を約束しておくれ。

それが、僕の役なんだし、それ以上を求めて存在する事は、まかりならんですよ?
あそんで欲しいんだ。一緒にさ・・・。結構そん位の感覚ですよー。ノシ

946 :短パン:2006/06/08(木) 15:37:19
>>943
両義的て、結構難しいんだぜ?(いっぺん、やってみろ?)
で、もいちど、同じ事言えたなら、その時はちゃんと付き合うぜ。


947 :短パン:2006/06/08(木) 15:39:18
じ、自分にレスってる。。。。。
末期や・・・。
違うから。>>742ですから。。。ねぇ?

948 :短パン:2006/06/08(木) 15:47:39
さて、と。
そんじゃ、ポケモンみたいな変なハンドルの奴にお返ししますかねぇ?

・・現場のぴかぁ〜さん?
それでは、お返ししま〜っす。

949 :短パン:2006/06/08(木) 16:13:17
別に、死んでくれてもいいけど♪

(これか?)


でわ。。。

950 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 17:03:05
と、一塵の風が通りすぎた。
跡には陰毛が3本残った・・・

951 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 17:31:45
  .,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,、      .r‐-i、  .,,,,,,,,、  .r‐-i、           l''''''''i
   .|            |       |  |  |  |  |  |            |  | 
   .|  ,------------│      .|  |  |  |  .|  |         |  |        
   .|  ゚'''''''''''''''''''''''''''''''|       |  |  |  |  .|  |   .,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,|  |,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,、
   .|  ______,|     |"''''!|  .|―l |  レ'i、|  |   .|                 |
   .|  ―----------i、    |  .l゙|    ゙l|  、 .゙l.|  |   .|                 |
   .|           |    ,!  .|,!  .レ  l|  l、 .‖  |    ̄ ̄ ̄ ̄|  | ̄ ̄"|  .|
___,|  j,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,___、 ,"  l゙|  ||  ″ ||  .″ |           |  l゙    |  .|
.|                |  l゙、 .,}.|  |゙l    .|゙l _,,  |        │  l゙    l゙  l゙
.|                |  `'丿,!  |.゙‐'''|  |.'"゛|  |        ,"  │   .|  .|
` ゙̄}  .|゙ヽ  ゚ ̄",, ゙゚̄ ̄″    .l゙  │  .|  |  .|  |       ./  .l゙    |   |
   .|  | ヽ  `'‐`  .,ノ     丿  │  |  |  |  |      ./  ,l゙     |  .|
   .|  {--''|i、    ./     ,l゙  .l゙   .|  |  .|  |    .,/   ,i´     |  .|
┌ー'′    ゙l.\    `''ー-, .,/   ,l゙   |  |  .|  |  .,,/`   丿  .,,---ノ   |
│     _,,〃 `'-,、    /  '゙l、  /`   .|  |  |  |   ヽ   ,,i´   │     .,!
: |_,,,,,、-‐''"`     `''-_ /   `'i、,/     ―ー"  |  |   ヽ _/     ゙l    ._,/
        


952 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 01:51:01
■ネットと社会はなぜ「断絶」するのか その5 純粋略奪の快楽

セカイ系という「断絶」と「純粋略奪の快楽」

東浩紀は「セカイ系」を「象徴界の喪失」と呼んだ。

>>
哲学者の東浩紀は、ほぼ同じ状況を指して「象徴界の喪失」と表現する。・・・東氏は、たとえばアニ
メ作品「新世紀エヴァンゲリオン」、「ほしのこえ」などに顕著な傾向として、登場人物の学園生活と
いった近景すなわち想像界と、世界破滅の危機といった無限遠の彼方にある遠景すなわち現実界
とがいきなり短絡されがちである点を指摘する。

「心理学化する社会」 斉藤環 (ISBN:4569630545)
<<

たとえば「機動戦士ガンダム」の敵(ジオン軍)は、言葉(イデオロギー)をもち、物語、背景がある。こ
れはアムロたちとジオン軍はひとつの「内部」内の対立である。しかしセカイ系では敵が「見えない」
ということに特徴があり、敵もまた同じ人なんだというヒューマニティーは排除されなければならない。

たとえば「エヴァンゲリオン」の使徒、「最終兵器彼女」や「ほしのこえ」の敵。敵はただ漠然と「不気
味な者」として迫ってくる。セカイ系では、「想像的なもの(ボクたち)」と「現実的なもの(敵)」の短絡
の前に、まず「外部(現実的なもの)の産出」に特徴がある。

そして産出された「外部(現実的なもの)」が「想像的なもの(ボクたち)」に短絡したとき、ボクたちに
とって敵は「外部」であり、敵にとってはボクたちは「外部」である。そして純粋略奪しあう「断絶」が生
まれるのである。

セカイ系の快楽の一つにその短い殺戮シーンにある。敵はただボクたちから「略奪」する。だからボ
クたちは敵を「動物」のようにただ殺戮する。この「断絶」に「純粋略奪の快楽」が生まれる。

953 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 01:51:40
「外部(現実的なもの)の産出」

ボクは、「大きな内部(帝国)」を「象徴的なもの」と「想像的なもの」の対立として示した。しかしこの本
質は「現実的なものの産出」にある。

システムには必ず「外部(現実的なもの)」が必要とされる。しかし大きな「内部」(「帝国」)には、もは
や「外部」が存在しない。だから「疑似純粋略奪的な対立」とは、疑似的に「外部(現実的なもの)」を
産出する運動としてある。

これは閉塞する社会にダイナミズムを与え続けるための自己言及的な運動である。強く「内部」を求
めることは強く「外部」を求めることである。

セカイ系の物語は、「大きな内部(帝国)」で喪失している「外部の産出」、そして「純粋略奪の快楽」
を疑似的に補完しているといえる。しかし「大きな内部(帝国)」は一種の機械装置として作動し続
け、「象徴界の喪失」はない。だから「象徴的なもの」と「想像的なもの」の「断絶」によって「外部」が
産出されている。

954 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 01:52:22
「断絶」はどこに見出されるのか

「小さな内部」の成員は、その「純粋略奪」行為によって、「小さな内部」に対して「想像的な快感(強
い絆と自己充実)」を味わいながら、「現実的な快感(純粋略奪の快楽、閉塞からの解放感)」を味わ
うのである。

これは未開社会の快楽、集団的熱狂に近いだろう。「小さな内部」の神に捧げる崇高な行為である。
そしてテロリストにとっては崇高は略奪である。さらにこれを多発する短絡的な少年犯罪につなげる
のは強引だろうか。ただ殺戮する快楽。

資本社会はこのような快楽を祭りなどの一部にのみ抑制し、禁止してきた。しかし人間の「リアリ
ティ」はいつもここにある。「純粋略奪の快楽」とはフロイトの「欲動(リビドー)」である。「欲動(リビ
ドー)」は社会の中で抑圧され、去勢される。

しかし人間の生きる力であり続ける。フロイトは欲動が「昇華」され、社会に貢献する創造活動の元
となるといった。なにかを創造するとは、「外部(現実的なもの)」からの(アイデアが)おりてくる純粋
贈与であり、略奪の快楽であると考えられるだろう。

だから問題は、「純粋略奪の快楽」=「欲動(リビドー)」そのものではなく、「大きな内部(帝国)」の閉
塞によって、その出口を見出すのが難しくなっていることである。「断絶」はどこに見出されるのか。

オタクの妄想(セカイ系)であり、ネット社会は、「大きな内部(帝国)」と「断絶」することで、疑似的に
「外部の産出」、「純粋略奪の快楽」をうむ「小さな内部」として作動している。著作権の問題などある
が、これらは創造性を促進する比較的良性な「昇華」といえるだろう。

955 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 01:53:27
「キレる」の社会的な全面化

たとえば格差問題とは内部内に上流と下流の固定化する「対立」にある。これはかつてのプロレタリ
アートとブルジョアジーの対立を再現する。しかし「若者が格差に怒らない」といわれるとき、格差が
ないということでなく、「内部内の対立」から「内部間の断絶」への移行しているのだ。抑圧されたもの
は「怒る」のでなく、「キレて」いるのである。

しかしこの「怒る」と「キレる」の差は、「大きな内部」からみた見方だろう。たとえばテロ行為はテロ集
団という「小さな内部」では論理的な理屈をもつ「怒り」である。その「怒り」が「大きな外部(帝国)」か
らみると、利己的で、不条理なものであり、「キレて」いるとしか思えないのである。

たとえば中国や韓国の排日デモの見えなさもそこにあるのではないだろうか。彼らの親日の面を良
く知っている。しかし突然「怒る」ときに、ボク達には彼らは「怒って」いるより「キレ」ているようにしか
みえないのだ。そしてこの「断絶」をもとに日本の嫌韓などのナショナリズムは台頭しているのだろ
う。それは「外部(現実的なもの)の産出」である。

「キレる」の社会的な全面化とは、このような「断絶」の多発をもとに考えなければならないだろう。だ
から「格差社会に怒らない若者」はいつもは「大きな内部」の成員として溶け込みながら、どこかの
「断絶」で「キレて」いるのかもしれない。それは、たとえば、「のま猫」問題や「VIPブログ」の問題、あ
るいは多発する短絡的な若者の犯罪などで「透き通った悪」として、表出しているのかもしれない。

956 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 02:27:56
「透きとおった権力」と「透きとおった悪」

「大きな内部」の秩序維持としての権力は「規律訓練型」から「生権力型」へとむかう。「規律権力型」
は内部の人々を教育し、内部秩序のための正しい人とする。しかし「生権力」は人々にどこで作動し
ているかわからない。それは「透きとおった権力」である。そして人々を「内部」の者としてでなく、あ
たかも「動物」のように、「外部」として扱う。

それは必ずしも悪いことではない。多くの面で、人々はそのように扱われることを望んでいる。そして
そのような「大きな内部」に溶け込むのである。しかし突然、ある「断絶」に「小さな内部」が表出し、
「透きとおった悪」として「大きな内部」から「略奪」するのである。

これは対立でない。そこにコミュニケーションは成立しない。ただ「断絶」があり、「略奪」しあうのである。

957 :考える名無しさん:2006/06/09(金) 02:47:06
ぴか 日記 の 日付 が 進んで いるのは どうしてだ?

958 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 12:28:36
東のポストモダンの二重構造は、社会と脱社会のラインに境界を引くべきだろう。

959 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/09(金) 16:20:28
おや、最近また多作になりましたね(笑)。

960 :ContextSurfer:2006/06/09(金) 21:57:54
そうですね。なにか凄いことになっています。大作です。

■ネットと社会はなぜ「断絶」するのか(全体)
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060614

長い暗い道をヌケタ感じですね。かなりいい感じですが、
誰にも伝わらないのかな。すごいんですよ。


961 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 11:28:30
売春は悪いことです。
性意識が低下することが悪い。
無差別殺人が何故悪いのかを答えられたら
他の人も性意識の低下が何故悪いのか答えられるようになると思うよ。
どんな状況でも悪になる行為なんてない。
だからといって行為に善悪の別がないわけでもない。
殺人は状況によっては悪とならないが、だから殺人を悪ではないという
ことは出来ないでしょ。
売春=悪じゃないと言うなら
殺人=悪じゃないよね。
そもそも=悪になる行為自体存在しないよね。
売春も、許容される場合というのはかなり限られてきたようだ
売春が悪くないと言うのは
殺人だって必ずしも悪とは限らないのだから殺人=悪という価値観を
押しつけるなと言ってるのと同じなのよ。
法律を破ること=悪ではないのだから法律を破ることは
いけないことだという価値観も押しつけられるべきではないし、
人に迷惑を掛けることも同じになるのよね。
少なくとも現在の日本では売春が道徳的に悪とされています。

962 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 12:37:32
それにしても実に「」の多い文章だな…。
一体何がしたい、つか、どういう表現効果を狙ってるんだ?>カギカッコ多用。

963 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 12:49:45
カギカッコの所がテストに出るぞってことじゃない?

964 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 17:15:56
なぜぴかぁ〜はウザイのか?

965 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 17:25:43
いい年したおじさんなのに精神年齢低くてガキ大将を気取ってるからじゃない?

966 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 18:46:42
「スプー」祭りの「断絶」

ここにはボクが示した「透きとおった大きな内部の断絶構造」が示されているのではないだろうか。

登場人物は、「小さな内部」・・・ネット住人、「大きな内部」・・・テレビメディア、「ネット企業」・・・
YouTubeである。

YouTubeやWinnyを楽しむネット住人は「大きな内部」では秩序を守り暮らしている普通の人であ
る。その彼らが「小さな内部」のネット住人としてYouTubeやWinnyを通して、明らかに「大きな内部」
の秩序である著作権保護に違反する行為を行っている。

この違法行為はテレビメディアへの反逆として行われているのだろうか。ネット住人には罪の意識は
低いだろう。みんながやっていることだから、すなわちネットという「小さな内部」ではもはや伝統的、
正統な行為である。これには負債感も感じない無意識な略奪(純粋略奪)がある。

さらに今回は「スプー」祭りと化しており、削除されたことがさらに祭りを盛り上げている。より大きな
「純粋略奪の快楽」を生んでいる。

967 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 18:47:22
テレビメディアはこれに対応し、YouTubeに「削除依頼」を出している。YouTubeも「大きな内部」の一
員であるので、その正統な処理として削除している。ただ穴の開いたバケツのように漏れが止まらな
いだけだ。

ここでYouTubeには確信犯的なものがあるのではないだろうか。「大きな内部」の論理に従い正統な
処理を行いながら、「小さな内部」の論理ではこの違法が止まらないこと、そして止まらないことが
YouTubeの成功につながることを知っているのである。このYouTubeの場合はあざとすぎる気もする
ので、法的に停止される可能性あるかもしれない。しかしGoogleなどのネット企業は「大きな内部」と
「小さな内部」の境界に位置取ることによって、利を得るのである。

テレビメディアは、Winny対策プログラムを導入するという。これはネット住人には監視されているこ
とがわからないように監視する方法であり、「環境管理権力」を強化する典型である。(プライバシー
の問題もありそうだが?)

968 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 18:48:10
まず「断絶」があることを知る

ではこの先はどのようになるのか。ネット住人はこれを回避し、同様に「犯罪」を繰り返していくだろ
う。Winny対策プログラム対策「Winny」をネット住人は、罪の意識なく、楽しく、誇らしげに作り、そ
してタダでばらまくだろう。それが「純粋略奪の快楽」である。

もはや「脱社会的」な成員=「マルチチュード」は東が考えるような「不必要に拡大しないように監視
すべき」例外的な存在ではない。それは「大きな内部」の普通の人である。そしてそれぞれの論理で
対応してもいたちごっこである。まずはそれが「断絶」であることを知ることである。そしてどこかに妥
協点を見出すしなかいのだ。

969 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 18:57:15
ホリエモン、村上ファンドにも「断絶」が働いている面があるのでは
ないだろうか。彼らは株式市場という秩序に住みながら、
彼らなりのムラ社会的な論理を持っていた。
それは「断絶」の「小さな内部」側であり、
そこでは彼らはセカイを作っているのは自分たちであった。
そこに市場への「純粋略奪の快楽」が生まれた。

970 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 18:59:56
問題は「断絶」であるとすると、ホリエモン、村上ファンドが
逮捕されたことを解決ではない。
逮捕されたとき、彼らはただの「大きな内部」側の人となる。

二人が排除されても、「断絶」は「ムラ社会」は、なくならない。
「断絶構造」は継続し、「純粋略奪」も継続されているだろう。
よりズレたかたちで。

971 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 19:08:08
ボクがいった
ボクはいった
ボクはしめした

ボクはボクは…………ナルシストよ、何がいいたい?

972 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 21:10:16
なぜぴかぁ〜はウザイのか?

973 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/10(土) 21:18:09
ピカ先生の文章読んでいると去勢が不在の空間がいかに気の毒かがわかりますね。
土人のスノビズムはやっぱりダメだということですね。

974 :ContextSurfer:2006/06/10(土) 21:43:34
>>973
どの程度読んで理解いただいたか疑問が残りますが、
むじんくんさんが「大きな内部」側の人間であることはよくわかります。

975 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 21:55:59
よくわかるなら詳しく説明できるだろうからやってもらいたいもんだw

976 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/10(土) 22:06:13
>>974
> むじんくんさんが「大きな内部」側の人間であることはよくわかります。

やはり「大きな内部」の中に「小さな内部」という曼荼羅世界観を持ってしまうところが
自意識体操=スノビズムの限界だということでしょう。去勢はその無限反射的なところへ
切開手術をし、膿を出してくれるわけですね。

977 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 00:28:43
>>976
「断絶」とは、セカイ分裂です。だから去勢もそれぞれの方法があります。
むじんくんさんのいう去勢は「大きな内部」の去勢様式のことですね。
むじんくんさんは「大きな内部」側の人間ですから、たしかな何かを信じたい。

むじんくんは自己言及を隠蔽し、あたかもすべてを超越できる位置に立ち、
それらをすべてを否定する。しかし否定することでなにかを肯定しないと
いけない。それが「むじんくんの信仰」ですね。

隠蔽した自己言及を暴露する、すなわち神様きどりを人間に貶めると、
みごとな「信仰」を空とする否定神学構造です。

「むじん信仰」なる空をめがけて、自己言及を気がつかないフリで無意識へ
抑圧し、雑談をくりかえすスノビズムです。すべてがネタで、もう先がない。
だからぴかぁ〜さんの様子をうかがいにくる(笑)

978 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 00:43:22
そこから今回新たに考えた概念が、「純粋略奪」です。

ポストモダンの閉塞を生き残るには、コジェーブは動物化と
スノビズムしかないといいましたが、それ以外にあるのが、
「純粋略奪」です。
相手を「外部」に排除=「動物化」して、負債感なく略奪する。

「信仰」スレでスノビズムでお友達ごっこをして、
ぴかぁ〜さんを「電通的」など一丁両断で、外部に排除し、
実は、ぴかぁ〜さんから「純粋略奪」する。
なんってことはありませんか。(笑)

979 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 01:11:45
「インディアンは野蛮で猛獣の如く危険である。国家や領土の概念も無い。」とかいって
掠奪して合衆国は成立した。

980 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 02:24:56
>>979
インディアンという対象を、外部へ排除(動物化する)ことで、
純粋略奪を可能になる。

それは自然(外部)からの贈り物(贈与)であるから、贈与と返礼という負債はない。

981 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 02:26:30
このように考えると、東がオタクを「動物化」と呼ぶとき、
なにが起こっているのか・・・

982 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 02:46:12
もはやインディアンという「動物」は存在しない。みなが同じ内部です。
しかし人は外部が必要とするのです。だからどこかに外部がなければならない。
それにはまずどこかに「断絶」を見出さなければならない。
そして外部を見出し、略奪するこで、純粋略奪の快楽を味わう。

これは人間のサディスティックな悪趣味さではなく、
野性の木の実をもぎりかじるようなものです。
インディアンなるものがそれは俺たちのテリトリーだと
怒っても、それは彼らの勝手な論理でしかないのです。

983 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 02:55:15
大きな内部は、環境管理権力を指向する。
これは、人を外部として扱う(動物化する)。
野性の木の実を管理するように管理する。

小さな内部はムラ社会化を指向します。
これは、大きな内部を外部として扱う(動物化する)。
そして野性の木の実をもぎるように「純粋略奪」する。

そこにはコミュニケーションはありません。
互いに外部へ排除しあう。それが「断絶」です。

984 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 03:01:07
たとえばネットでは、知的財産は野性の木の実をもぎる
ように「純粋略奪」されます。そこには負債感がない。

たとえばコピー大国の中国人の多くも、ムラ社会故に、
知的財産は野性の木の実をもぎるようにしか、感じていない
かもしれません。

もはやこれを教育していくことは不可能です。
ネット上のコピーは文化であり、伝統でさえあります。
だからネット住人が知らない間に、「環境管理」します。

そしてこれはただ平行線を繰り返すだけです。


985 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 03:03:54
そしてネット企業はこの断絶を利用します。


986 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/11(日) 08:06:52
>>977>>978
> 「純粋略奪」です。
> 相手を「外部」に排除=「動物化」して、負債感なく略奪する。

平たく言うと「いじめ」ってことですか。やっぱり去勢の不在ですね。

987 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 10:52:08
>>986
???
「信仰」スレではあれほど饒舌なのに、ぶっちゃけられるとこれですか。
残念ですが、ボクはスノビりあいが苦手なので(笑)

988 :むじんくん ◆zqZE9JGYA6 :2006/06/11(日) 11:20:18
>>987
スノビズムの次はその条件、つまり曼荼羅的世界観へと移行したということですね。
去勢の不在ですね。

989 :ContextSurfer:2006/06/11(日) 11:52:40
まあしっかし略奪して、自スレでスノピってください。むじんの神様。(笑)

990 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:14:12
純一〜、ぴかぁにはお前の攻撃とやらは全く無力のようだねぇ。

991 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:16:14
近頃は専らむじんくんいじめで、

992 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:17:55
嗜虐趣味を満足させているようだし
絶好調だ。

993 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:19:12
やはり純一よりは役者が一枚上なのかね。

994 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:23:18
役者というより患者だね。

995 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:34:13
というよりもぴかぁのモノマニアックなパラノイアぶりが常人の域から大きく逸脱している、
といったほうが良いのかもしれないね。
ぴかぁにとって、ネットの存在は
大衆にとってのパチンコ屋と同じで
必然悪なんだね。
ネットがなかったら、この執着エネルギーはどこにむかったかというあたりは興味深いが、
とりあえず妙な犯罪者の発生を未然に防いでいるという点では、
ネットというか、ブログおよびここの存在は健全な社会維持に貢献するけと大といわざるを得ないね。


996 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:42:08
それにしても、ぴかぁのような尋常ならざる、パラノイアナルシストが生き生きと自己満できる場があるというのは、祝着じゃ ということだね。
こういうのも「しべり場」っていうのかい?
なんかよくしらんが。

997 :純一:2006/06/11(日) 14:45:14
呼んだかね?

998 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:46:38
ぴかぁが社会学板ではなく哲板に粘着する理由をみなさんはどう考える?

999 :純一:2006/06/11(日) 14:48:59
>>998
そうだね〜、
理由は色々考えられるが、ぴかぁ〜自身がおそらくは、
科学のメタ理論としての哲学というものを標榜しているからこそ、
社会学をいわば、哲学的の真理の名に値しない、専門分野の、
(つまり、科学的メタ理論でない)分野と考えているからだろうね。

1000 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 14:56:30
保守

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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