2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

刀伊の乱

1 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 00:44:23
日本最初の外患とも言うべき刀伊の乱、考えてみればおかしくないか。
これって超重大事件じゃないのか。これが日本にもたらした政治的・歴史的影響は
小さくないと思われるんだが、これはという資料が非常に少ない。
詳しく書いた歴史書もきかない。小中高の教科書でもあまり記憶に残ってない。
ググっても百もヒットしない。刀伊の乱について語れ



2 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 00:53:32
藤原隆家は国士。もっと評価されるべき。

3 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 00:57:09
中央政府に危機感が欠如しているのは
現代の日本も同じ

4 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:03:07
壱岐島分寺の僧常覚は民衆を率いて三度まで敵を撃退したが、ついに支え切れず大宰府に逃走
骨のある坊さんがいた

5 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:03:38
「乱」じゃないんでないの?
乱て国内の争いでは

6 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:04:39
朝鮮が女真を刀伊(刀を持った伊)と呼んでたのは
面白い。伊って蛮族といういみかよ。


7 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:08:58
アイシンギョロ

8 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:09:31
「入寇」という呼称のほうが一般的だろ

9 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:12:43
>>1です
これって、侵略だろ。どこの国でも特筆大書して詳しく歴史の教科書で
記述されてしかるべきことじゃないの。朝鮮半島の住人はやれ秀吉時代から
侵略してきたって言うけど、元寇以前にもあるじゃないか、これについて
日本側から刀伊の乱から何度も侵略してきたじゃないか今も竹島を侵略して
いるぞなんて言った日本人を一人も聞かない。たしか、岡崎久彦が何かの本で
この乱が日本の政治に果たした影響の大きさについて十分に認識されていない
といっていたんだが。詳しいことは言わなかった。だれかエロイひと
教えてくれ。

10 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:40:13
>>8
1です。私は高校では乱で習ったんですよ。でも考えたら「乱」は確かに
おかしいですよね。なぜ乱って呼ぶことがあるんだろ。
それから、入寇でググっても500って少なくないか。

11 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 01:44:33
一つには刀伊が女真族の前身とされる民族で、高麗も被害を受けていたこと
さらに誘拐された人々を高麗が取り返して日本に送り返してくれたこと
(このときのお礼に藤原隆家は黄金を送ってる)
そういうことがあるから、一概に朝鮮からの侵略と言えないからじゃないか

12 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 12:55:24
どうみても朝鮮の侵略じゃない

13 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 13:04:17
領土問題では満州や中国沿海部をも自国領だと主張する豪快(w)な糞理屈をでっちあげるのに
都合の悪いところは明確に区別したがるんだよな・・・

14 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 13:40:51
朝廷は外交問題に発展するのを恐れて
高麗国の取り締まり責任の追求をしなかった。


15 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 14:06:12
>>10
俺、平成9年検定・桐原『日本史B』でならったけど、
「刀伊の入寇」だったお

16 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 14:09:05
藤原隆家って道長と権力闘争した伊周の弟だよな
侵略者を撃退したのに評価されないのはおかしい
道長や公任はクズ

17 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 14:28:57
岩波の日本史辞典では刀伊の入寇、講談社の日本の歴史では刀伊の襲来だな。
古くは刀伊の賊といわれていたようだ。
最近になってただの海賊から侵略者に徐々に認識が変わってきたのか。

18 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 14:38:46
英国史でいうとデーン人の侵入に当たるね
デーン人は一時期英国を支配したし英語にも痕跡を残してる
それを考えると日本にツングース王朝が立たなかったり
あっちの言葉が日本語に残ってないのは奇跡だな

19 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:02:14
アイシン(金)ギョロ(貴族)
日本には金令木という朝鮮由来の金偏の苗字も多いし
伊○だって朝鮮だし
(長)白(頭)山入ってるし、そもそもツングース言語とは
なんぞや


20 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:07:10
1019(刀伊来る)


いい人達じゃね?

21 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:09:21
ヌルハチの時代、マッカツにはハダ部があったとされ
これは日本の秦氏と同一であったとおもわれ。
今で言う、京都ウズマシャ(太秦)

22 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:26:27
よく考えたら律令制の兵士と在地武士が混成で外敵と戦ったケースって日本史でこれぐらいじゃないだろうか

23 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:28:20
東北のツングースみしはせと阿倍との戦い

24 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 15:37:51
崇神は扶余。
高麗扶余語が崇神の時代、山口から東北一体に広がる。

25 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:17:43
当時の隆家の官位は太宰権帥なのかな?

26 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:40:40
そう、左遷人事ではなく志願人事
だから太宰府の実質的な最高責任者

27 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:49:43
中国・朝鮮沿岸を荒らして日本にもやってきた海賊でしょ。

28 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:50:14
賊徒討伐の勅が太宰府に下る前に賊を片付けちゃったから恩賞でなかったんだよな


29 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:07:35
>>1です
いろいろと勉強になりましたよ。でもね、まだ解せないことがあるのですよ。
藤原隆家、このキャラ書き手に恵まれたらそれなりの歴史上のスターではないか。
結局よい書き手がいないと「スター」にはなれんということね。
宮本武蔵や坂本竜馬も吉川英治や司馬遼太郎がいなければあれほど有名になれたか
分りませんな。塩野七生が言ってたけれど「あのモンゴル」を二度も打ち破った
北条時宗など世界市場に十分だせるが誰も「映画化」しないと。
映画化できる力量を持った監督がいないのかも知れない。
どう考えても藤原隆家なんて「トロイ」以上だと思うんだけどな。
日本の文学は花鳥風月やひとの恋愛にはずいぶんと傑作が多いけど、英雄伝に傑作
が少ないように思う。信長公記や太閤記ぐらいしか思いつかない。
もし、日本にシェークスピアが居たら日本史はとてつもなく面白いと思うんだが。

30 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:21:49
大鏡とかをみても藤原隆家って面白いエピソードが多いな

31 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:24:24
海賊を退治した藤原隆家と、
元を相手に戦争をした北条時宗を
同列には語れない。

32 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:27:21
>>1は日本の英雄譚で面白い物を探しているだけか。

33 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:33:43
刀伊の船に捕えられた民が、戦ってる日本側の武士や兵を叱咤激励した場面なんかは確かに絵になりそうだが

34 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:36:41
元>>>>>刀伊だが、隆家は直接戦闘を指揮している、ドラマにしたらおもしろい
でも刀伊ってどんな服装していたのだろう?

35 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:41:03
大蔵種材とか結構つかえるキャラもいるし

36 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:41:38
>>34
服装の話とはいきなりな展開だな。
想像するに掠奪した衣装を男物女物構わず重ね合わせて華美を競っていたと思われ。

37 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 22:34:18
>>1です
なるほど、では衣装はワダ・エミですね。
しかしこの入寇、日本の政治に何か変化を起こしたのかな、源氏物語が書かれた
時とほぼ同じ、荘園制度、律令制度に変革が起こってた時期とは思うんだが。
鎌倉幕府まではあと170年ぐらい、現代に置き換えると1840年ごろの話
日本の周辺が騒がしくなってきたころというわけで。

38 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 22:46:16
秀吉の朝鮮出兵のドラマは存在しますか?

39 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 22:57:21
朝廷は当初この事件に対してなんらかの不信感があったのだろう
勅使が到着する前にことは終わってて、情報は隆家の報告だけ
しかも高麗のしわざと疑ってたわけだし


40 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 23:15:24
>>1です
秀吉の朝鮮出兵のドラマは存在しますか?

フィリップ2世と対比させて作れば「イケる」と思いますがね。
ドラマの中に天正使節団なんか絡ませて。

41 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 23:39:58
壬辰倭乱とかあったぞ

42 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 23:43:22
1の人は小説も読んだ事もなければ、
NHKの大河ドラマを見たこともないのか。

43 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/05/27(土) 00:23:11
>>39
>しかも高麗のしわざと疑ってたわけだし
10〜11世紀にかけては九州への海賊集団の来寇が相次いでいますが、
刀伊の入寇について記した藤原実資も、他の事件の際に「大宋国の謀略か」
と疑ったりしていますから、よく分からないのでとりあえず隣国の仕業か
と疑うというのは、そう珍しい事でもないと思います。

なお、『大鏡』では九州全土の兵を募ったかの様に書かれていますが、実
際には太宰府と在地領主化する前の私営田領主の兵のみが参加したらしい。
894年の新羅海賊来寇時には見られた新弩の活躍はなく、代って弓馬に
よる攻撃が見えています。
余談ですが、『大鏡』は隆家を弓の上下も分からなかったと書いています
が、花山院事件の事を思えば、明らかに誇張でしょう。
個人の軍事的才能よりも政治家としての決裁の能力に重きを置いた作者の
感覚が反映されたものだろうと思われます。

44 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/05/27(土) 00:29:49
この事件に関しては、『大鏡』はあまりあてになりません。
『小右記』と『朝野群載』にあたるしかありませんね。

45 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 01:32:26
小右記を現代語訳すれば、この事件の99%の情報は得られるよ。

46 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 10:03:50
拉致被害者家族の長嶺諸近という人物も
数奇な人物ですな。

47 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 21:08:21
諸近の国禁を犯してまでの高麗渡航は、
現代の拉致被害者家族の執念に通じるものを感じる


48 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 22:41:38
歴史は繰り返す
いつまで経っても朝鮮人は文明化出来ず、
日本人は朝鮮人を無力化出来ないから。

49 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 10:14:52
藤原道長は伊周を軽蔑していたが、隆家にはそれなりに気を遣っていたらしい。
当時の公卿クラスで、軍隊を直接指揮ができるような豪傑は、ほかにいなかったろう。


50 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 11:06:02
大鏡でも伊周はヘタレなだめ男的な描かれ方だが、隆家のほうはそれなりの
人物として描かれているな。大鏡には「弓矢の本末も知らないが・・・」
と書かれていたが、実際のところはかなりの武闘派だった気がする。
花山院に弓を向けるエピソードなどからも、そんな感じが漂ってくる。

51 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 16:31:11
>ひとの恋愛にはずいぶんと傑作が多いけど、英雄伝に傑作
が少ないように思う。
中略
>シェークスピア
いやシェークスピアの得手はひとの恋愛やで、オセロも英雄伝的側面よりも恋愛的側面が大きいし。

52 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 00:44:49
隆家を貶めようとしてこの戦いを私闘として処理しようとした藤原公任と行成は
今で言う平和ボケ政治家の走りみたいなもんだったんだろうな。
内ゲバに勤しんでる場合じゃなかったろうによ。

53 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 12:55:22
当時の貴族は国家の大事より、物忌みすることを優先するぐらいですからね
隆家は正二位で年齢的にもどんづまりだったので、恩賞があたらなかったかな
院政期ならもう少し賞されていたことでしょう

54 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/06/04(日) 00:02:06
>国家の大事より
というより、「国家の大事」の概念が異なったと見るべきでしょう。
神事・仏事も含めた儀礼の遂行が「政治として」重要だったのであり、律令
体制から逸脱した「良吏」が評価されながらも、その手綱を引き締める必要
も問われていた時代、現地の独走を抑えようとしたというのも、当時の政治
家の一つの立場として考えれば、無理もありません。
今の政治家は、要求されているものが異なるにも拘らずそれをやろうとしな
いのですから、公任や行成といった「平安時代の政治をやっていた政治家」
とは異なり、「平成の政治をやっていない政治家」になる。
公任らはそれなりに役目を果たしていたと言えますが、後者はそうではあり
ません。現代にそのまま移し変えての批判は出来ませんよ。
よく「○○時代と似ている」といった事が言われますが、その時代特有の性
質を見極めないで言っても、印象論に終るだけだろうと思います。

55 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 01:46:03
この襲撃を撃退したのは、藤原隆家が率いた大蔵種材や文屋忠光、多治久明など
だが、前者が中央より下向の軍事貴族、後者が在地豪族という点に注目したい。
西国、特に太宰府・北九州地域に辺境軍事貴族が居住するのは、東国よりも時代
が下がった十一世紀初めであろうから、この女真族の襲撃を迎え討つのには絶好
のタイミングであったのは偶然であろうか?

56 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 04:23:26
>>13
朝鮮固有の領土なんて現在の韓国とほぼ同じ地域。よって北朝鮮は中国に併合されるのが当然。

57 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 04:26:14
>>22
律令制の兵士じゃないだろ。

58 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 00:33:56
あかさわ

59 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 01:31:36
>>55
詳しくないので分からんけど文屋忠光って征夷大将軍になった文屋綿麻呂の子孫なの?

60 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 14:58:10
そうです

61 :日本@名無史さん:2006/07/17(月) 03:04:52
はい

62 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 20:52:49
もし賊が来たのが若狭湾あたりだったら、
頼通は腰抜かしてたかも

63 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 05:24:14
あたごした

64 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 01:25:47
歴史を政治利用しようとする1のような人間が世界中から消えてくれれば
どれだけ住み良い世界になるだろうか。

65 :日本@名無史さん:2006/09/17(日) 18:34:42
大して変わらないと思う。

66 :日本@名無史さん:2006/09/17(日) 21:29:05
この擦れは隆家を応援する擦れです


67 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 11:46:17
>>64
刀伊の入寇について語ることが、何で歴史を政治利用することになるんだよ?

68 :日本@名無史さん:2006/10/16(月) 00:55:11
1から読むべし。

69 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 11:59:35
もうじき刀伊の入寇から千年だね。
刀伊の入寇は、本気で政治利用するつもりなら日韓友好のエピソードとして
大々的にアピールすることも可能だと思うけど。。。

70 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 20:50:44
>>1

ヒント:「人権的」「歴史的」「国際的」圧力

71 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 22:21:53
保守

72 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 05:35:57
韓国の定義する日韓友好とは、何の罪もない韓国を歴史上何度も侵攻した日本が非を認めて韓国の弟分として振る舞う事

だから日本に対する侵攻に他ならない刀伊関連は鬼門なんだよ。

「刀伊は女真」と言い張って責任転嫁すると当時の朝鮮半島は女真の武装勢力が自在に活動する無政府状態だった実態を認めるようなもんだし。

73 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 19:14:17
女真は女直とも表記し、ジュルチンの音を当て字したもの。

シナの史書には粛慎という民族も記録されているが、発音や勢力圏が酷似する事から同じジュルチンに別な表記をしたとする指摘もある。

ちなみに朝鮮語では粛慎をジュシンと発音し、朝鮮の自称であるチョソンと発音が酷似する事から元々は同族とする説もある。

74 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 17:19:27
それって日本書紀にでてくるミシハセじゃないか

16 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)